孤独な王子は影に恋をする

結衣可

文字の大きさ
4 / 15

第3話 揺らぐ陽光

しおりを挟む
王宮の庭園は、春の花々に彩られていた。
陽光に映える王子の姿は、絵画のように美しく、臣下たちはただ見惚れていた。
耳慣れた賞賛の言葉に王子は微笑みを返しながらも、心はどこか遠くにあった。

「殿下、本日も御見事でございました」
「やはり第一王子殿下のお言葉は、我らを導く光にございます」

政務を終えるたび、臣下たちはそう口々に言う。
稽古場では、剣を振るえば誰もが称賛の拍手を送る。
民の前に立てば、笑顔と感謝が降り注ぐ。

──完璧な王子。
誰もが夢見る理想の姿。それが、この身に課せられた仮面。

王子は微笑みを崩さず、淡々と務めを果たしていた。
声色ひとつ乱さず、汗に濡れた額を拭う仕草すら優雅に見せる。
しかし胸の奥では、別の熱が消えずにくすぶり続けていた。

──あの夜。

影の魔力に包まれた、あの瞬間。
冷たいはずの気配が、不思議なほど温かく、自分を抱き締めてくれたように思えた。
ほんの一瞬、何も語らず、ただ寄り添っただけ。
影にとっては気まぐれのような揺らぎにすぎないだろう。

それでも王子にとっては、あまりに大きな出来事だった。
胸の奥に刻まれた痕のように、決して消えない記憶。
思い出すだけで心臓が高鳴り、呼吸が乱れる。

「……殿下?」

隣に仕える臣下が怪訝そうに覗き込む。
王子はすぐに笑顔を作り直した。

「いや……少し考え事をしていただけだ」

誰も疑わないような微笑みを浮かべながら、その裏で脈打つ鼓動は速まっていた。
手のひらにはじんわりと汗が滲み、胸は苦しいほどに熱を帯びている。

──また、あの温もりを感じたい。
もう一度、影の魔力に包まれたい。

たったそれだけを望んでしまう。
理性で押し殺そうとしても、心は抗えず、欲望は静かに膨らんでいく。
愚かだと知りながら。
叶わぬ恋と理解していながら。
それでも、昼間の喧騒の中で唯一鮮明に残るのは、あの夜の記憶。
民の前で優雅に手を振りながら、王子は胸の奥でひとり呟く。

──お前に会いたい。
名も、顔も、声も知らぬというのに。
どうして私は、これほどにお前を求めてしまうのだろう……。
視線を遠くへ投げても、答えは返ってこない。
それでも心は、確かにひとつの気配を探していた。

(……なぜ、これほどまでに)

忘れようとすればするほど、記憶は鮮烈に蘇る。
胸の奥でじんじんと疼く熱は、理性で押さえ込もうとすればするほど、逆に広がっていく。
その渇きは、誰にも言えない欲望へと変わりつつあった。

表情は乱さず、ただ頷き、再び「完璧な王子」を演じる。
だがその裏で、心臓の鼓動は速まり、指先にはうっすら汗が滲んでいた。

(会いたい……触れたい……)

願ってはいけない。
影は誰のものでもない。
それでも、渇望は止められない。



ふとした違和感が王子の背筋を撫でた。

──視線。

誰もいないはずの庭の一角から、冷たい気配。
影の存在とは異なる、敵意を孕んだ鋭さ。

(……気のせいか?)

王子は胸の奥にざらつく不安を覚えながらも、微笑みを崩さない。
だがその瞬間、いつもの“影の気配”がふっと濃くなった。

見えない腕が背に添えられたように、心臓が跳ねる。
まるで「心配はいらぬ」と囁かれたかのように。

「……」

王子は振り返らない。
それでも、背を支える確かな力を感じる。

──影が警戒している。

その事実だけで、胸の奥に小さな安堵が芽生える。
同時に、己の中に甘やかな欲望が広がっていく。

(また……あの夜のように。
 私を包んでくれ……抱き締めてくれ……)

叶わぬ恋だと知っているのに、理性を越えて渇望が溢れ出す。
影はただ守っているだけなのに、自分にとってはそれが愛の証のように思えてしまう。

やがて王子は政務の場に戻り、書類を読み上げる声が広間に響いた。
表向きは凛とした第一王子。
だが陰で、臣下の一人が不穏な視線を交わすのを影は見逃さなかった。

王位継承を巡る暗い思惑か。
闇はじわじわと確実に王子を取り囲みつつあるようだ。
影はただ沈黙のまま、主の背を守り続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次元を歪めるほど愛してる

モカ
BL
白い世界で、俺は一人だった。 そこに新しい色を与えてくれたあの人。感謝してるし、大好きだった。俺に優しさをくれた優しい人たち。 それに報いたいと思っていた。けど、俺には何もなかったから… 「さぁ、我が贄よ。選ぶがいい」 でも見つけた。あの人たちに報いる方法を。俺の、存在の意味を。

宮本くんと事故チューした結果

たっぷりチョコ
BL
 女子に人気の宮本くんと事故チューしてしまった主人公の話。  読み切り。

沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました

ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。 落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。 “番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、 やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。 喋れぬΩと、血を信じない宰相。 ただの契約だったはずの絆が、 互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。 だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、 彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。 沈黙が祈りに変わるとき、 血の支配が終わりを告げ、 “番”の意味が書き換えられる。 冷血宰相×沈黙のΩ、 偽りの契約から始まる救済と革命の物語。

邪魔はさせない

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 病棟で知り合った2人。生まれ変わって異世界で冒険者になる夢を叶えたい!

溺愛王子様の3つの恋物語~第1王子編~

結衣可
BL
生徒会副会長を務めるセオドア・ラインハルトは、冷静沈着で実直な青年。 学園の裏方として生徒会長クリストフを支える彼は、常に「縁の下の力持ち」として立場を確立していた。 そんなセオドアが王城へ同行した折、王国の次期国王と目される 第一王子レオナード・フォン・グランツ に出会う。 堂々たる風格と鋭い眼差し――その中に、一瞬だけ垣間見えた寂しさに、セオドアの胸は強く揺さぶられる。 一方のレオナードは、弟クリストフを支える副会長の聡明さと誠実さに興味を抱く。 「弟を支える柱」として出会ったセオドアに、いつしか彼自身にとっても特別な存在となっていく。

抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる

水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」 人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。 ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。 「俺が、貴方の剣となり盾となる」 国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。 シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

処理中です...