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第5話 余韻
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眩しい朝陽が、寝台に横たわる王子の瞼を刺した。
ゆるりと目を開けた瞬間、全身に広がる気怠い感覚が押し寄せる。
「……っ……」
喉は乾き、身体は火照りの名残を残している。
まるで長い熱病に冒された後のような倦怠感。
けれど、それだけではなかった。
昨夜の記憶が、断片的に蘇る。
火照りに翻弄され、呼吸すら乱れていた自分。
その身を支え、抱きとめた温もり。
──低く、囁くような声。
『殿下……見てはなりません』
耳に残るその響きも息遣いも、夢のようであるのに現実の深みを持っていた。
「……影……」
思わず名を呼ぶ。
昨夜の触感が消えないのだ。
指先に残る、強く掴まれた跡。
背を支えられたときの硬質な体温。
目隠しをされたまま、熱を鎮められていったこの一夜。
夢であれば、これほど身体に残るはずがない。
だが、現実であるなら──。
「……私は……影に……」
言葉にするだけで、胸が焼ける。
もし現実ならば、それは掟を破ったことになるのか……?
──なのに、あの夜は確かに自分を包み、慰めてくれた。
頭では“職務として”だと理解している。
媚薬に苦しむ王子を救うため、それ以上の意味などないと。
けれど心は、どうしても違うと叫んでしまう。
(もし……あれがただの義務であったとしても……)
(私は……嬉しかった。救われたのだ……)
熱が引いたはずの胸の奥が、再び疼く。
あの時の腕の感触を思い出すたび、心臓は早鐘を打ち、呼吸が乱れる。
「……どうして、こんなにも……」
吐き出した声は震えていた。
叶わぬと知りながら、渇望は膨らむばかり。
もし、もう一度同じ状況に陥れば、抗える自信などない。
むしろ、心のどこかでそれを願ってしまっている。
「……苦しい……」
しばらく王子は動けなかった。昨夜の熱に囚われたまま──。
それは政務が始まっても変わらなかった。
昨夜から続く身体の重さ、肩に纏わりつく倦怠感が、
政務の合間にもあの熱を思い出させる。
「……」
頭を上げ、静まり返った執務室を見渡す。
見えるはずのない存在に向かって、王子は囁くように口を開いた。
「影……お前は、そこにいるのだろう」
もちろん返事はない。
だが、気配は確かにそこにあった。
夜も昼も、常に自分を見守り続ける沈黙の存在。
昨夜──熱に浮かされ、慰められた記憶。
夢にしてはあまりに鮮烈で、現実にしてはあまりに信じ難い。
影は確かにそこにいるのに、答えを聞くことは出来ない。
王子は拳を握り、さらに言葉を重ねる。
「もし現であったなら──なぜ、私に触れた?」
「なぜ……あのように、私を包んでくれたのだ?」
返答は沈黙。
だが、ほんの刹那、影の気配が揺れた気がした。
気配が揺らめき、王子の問いかけに触れたかのように。
そして──低く抑えた声が、確かに響いた。
『……私はただ、王家に仕える影。誰に対しても変わらず、
その務めを果たすのみでございます』
「……誰に対しても……」
その言葉は、刃のように胸に突き刺さった。
夢ではなかった──そう悟ると同時に、王子の心は締め付けられる。
それはつまり、自分だけが特別ではないということ。
昨夜の熱を鎮めた抱擁も、慰めも──任務の一環に過ぎなかったのだ。
「……そう、か」
(……なら、あの夜の熱も)
わかっている。影は掟に従う。王家の誰に対しても、同じ距離、同じ沈黙、同じ守り。
そうでなければならない存在だ。
けれど、理解と納得は別だ。理解しても、痛みは消えない。
王子は微笑んだ。
完璧な仮面を再びかぶり直すように。
けれどその笑みの裏で、胸は燃えるように痛んでいた。
◆
午後の政務。
重厚な書類を前に、臣下たちが次々と意見を述べる。
王子は表情を崩さず頷き、議論を導く。
その姿に誰も疑念を抱かない。
──だが心は、別のことに囚われていた。
(今も、いるのだろうか……)
臣下の言葉を聞き流しながら、気配を探してしまう。
視線を逸らし、柱の陰、天井の梁、背後の空気へ。
目には映らぬ存在を、意識の奥で追ってしまう。
(ここに……傍に……私だけを見てほしい……)
他の誰にではなく、自分だけに向けられたのだと。
──特別でありたい。
ただひとり、お前に選ばれたい。
そう願えば願うほど、理性の枷は音を立てて崩れていく。
王子は政務の場で堂々と微笑みながら、心の奥では影に縛られ、逃れられなくなっていた。
ゆるりと目を開けた瞬間、全身に広がる気怠い感覚が押し寄せる。
「……っ……」
喉は乾き、身体は火照りの名残を残している。
まるで長い熱病に冒された後のような倦怠感。
けれど、それだけではなかった。
昨夜の記憶が、断片的に蘇る。
火照りに翻弄され、呼吸すら乱れていた自分。
その身を支え、抱きとめた温もり。
──低く、囁くような声。
『殿下……見てはなりません』
耳に残るその響きも息遣いも、夢のようであるのに現実の深みを持っていた。
「……影……」
思わず名を呼ぶ。
昨夜の触感が消えないのだ。
指先に残る、強く掴まれた跡。
背を支えられたときの硬質な体温。
目隠しをされたまま、熱を鎮められていったこの一夜。
夢であれば、これほど身体に残るはずがない。
だが、現実であるなら──。
「……私は……影に……」
言葉にするだけで、胸が焼ける。
もし現実ならば、それは掟を破ったことになるのか……?
──なのに、あの夜は確かに自分を包み、慰めてくれた。
頭では“職務として”だと理解している。
媚薬に苦しむ王子を救うため、それ以上の意味などないと。
けれど心は、どうしても違うと叫んでしまう。
(もし……あれがただの義務であったとしても……)
(私は……嬉しかった。救われたのだ……)
熱が引いたはずの胸の奥が、再び疼く。
あの時の腕の感触を思い出すたび、心臓は早鐘を打ち、呼吸が乱れる。
「……どうして、こんなにも……」
吐き出した声は震えていた。
叶わぬと知りながら、渇望は膨らむばかり。
もし、もう一度同じ状況に陥れば、抗える自信などない。
むしろ、心のどこかでそれを願ってしまっている。
「……苦しい……」
しばらく王子は動けなかった。昨夜の熱に囚われたまま──。
それは政務が始まっても変わらなかった。
昨夜から続く身体の重さ、肩に纏わりつく倦怠感が、
政務の合間にもあの熱を思い出させる。
「……」
頭を上げ、静まり返った執務室を見渡す。
見えるはずのない存在に向かって、王子は囁くように口を開いた。
「影……お前は、そこにいるのだろう」
もちろん返事はない。
だが、気配は確かにそこにあった。
夜も昼も、常に自分を見守り続ける沈黙の存在。
昨夜──熱に浮かされ、慰められた記憶。
夢にしてはあまりに鮮烈で、現実にしてはあまりに信じ難い。
影は確かにそこにいるのに、答えを聞くことは出来ない。
王子は拳を握り、さらに言葉を重ねる。
「もし現であったなら──なぜ、私に触れた?」
「なぜ……あのように、私を包んでくれたのだ?」
返答は沈黙。
だが、ほんの刹那、影の気配が揺れた気がした。
気配が揺らめき、王子の問いかけに触れたかのように。
そして──低く抑えた声が、確かに響いた。
『……私はただ、王家に仕える影。誰に対しても変わらず、
その務めを果たすのみでございます』
「……誰に対しても……」
その言葉は、刃のように胸に突き刺さった。
夢ではなかった──そう悟ると同時に、王子の心は締め付けられる。
それはつまり、自分だけが特別ではないということ。
昨夜の熱を鎮めた抱擁も、慰めも──任務の一環に過ぎなかったのだ。
「……そう、か」
(……なら、あの夜の熱も)
わかっている。影は掟に従う。王家の誰に対しても、同じ距離、同じ沈黙、同じ守り。
そうでなければならない存在だ。
けれど、理解と納得は別だ。理解しても、痛みは消えない。
王子は微笑んだ。
完璧な仮面を再びかぶり直すように。
けれどその笑みの裏で、胸は燃えるように痛んでいた。
◆
午後の政務。
重厚な書類を前に、臣下たちが次々と意見を述べる。
王子は表情を崩さず頷き、議論を導く。
その姿に誰も疑念を抱かない。
──だが心は、別のことに囚われていた。
(今も、いるのだろうか……)
臣下の言葉を聞き流しながら、気配を探してしまう。
視線を逸らし、柱の陰、天井の梁、背後の空気へ。
目には映らぬ存在を、意識の奥で追ってしまう。
(ここに……傍に……私だけを見てほしい……)
他の誰にではなく、自分だけに向けられたのだと。
──特別でありたい。
ただひとり、お前に選ばれたい。
そう願えば願うほど、理性の枷は音を立てて崩れていく。
王子は政務の場で堂々と微笑みながら、心の奥では影に縛られ、逃れられなくなっていた。
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