孤独な王子は影に恋をする

結衣可

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第12話 本心

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翌朝、城に柔らかな陽が差し込んだ。
鳥の声が回廊を渡り、夜の冷えを洗い流す。

殿下は長い寝息のあと、ようやくゆるりと目を開けた。
熱はすでに引いている。
頭の重さもなく、身体は久しぶりに軽やかだった。

「……おはよう、アルディス」

椅子に座っていたアルディスが立ち上がり、深く頭を垂れる。
その片眼の下には薄い影があり、眠らず看病していたことが一目でわかる。

「……お加減はいかがですか」
「もう大丈夫だ」

殿下は微笑んで、ふと視線を落とした。
そこにはまだ、互いの手が重なっていた。

「……ずっと握っていてくれたのだな」

アルディスの肩が僅かに揺れた。
声を返そうとしたが、喉の奥がつまる。

「殿下が……望まれたので」

ようやく絞り出した答えは、側近としての無難な言葉だった。
だが殿下は首を振り、まっすぐに射抜いてくる。

「望んだから、だけではないな?」

「……」

「アルディス。お前が言ったんじゃないか」

赤い瞳が、夜の残り火を映す。
殿下の唇が紡ぐのは、眠りの中で聞いたはずの言葉。

『……この身を生涯、貴方の隣に置いてほしいと願わずにいられません』

アルディスは言葉に詰まった。
確かに、眠る殿下にしか届かないと思って口にした。
それなのに――心の奥まで届いてしまっていた。

「夢の中で聞いたのかと思った。けれど、確かに耳に残っている。
 ……あれは、お前の本心なのか」

問いに答えられず、拳を強く握りしめる。
沈黙の中、心臓の鼓動だけが耳を打った。

殿下はゆるやかに微笑み、囁く。
「私は嬉しかった」

「……殿下」

「影としてでもなく、側近としてでもなく。
 私の隣にいたいと、お前が思ってくれていることが。
 だから――聞こえなかったふりはしないよ」

アルディスは顔を上げられない。
けれど、重なった手の温度がそれを責めていないことだけはわかった。

「……愚かでした。殿下に……言葉を漏らすなど」

「なぜ?」

柔らかな声が落ちる。
「私は……」

その一言に、胸の奥が熱く締め付けられる。
呼吸が乱れそうになり、アルディスは必死に平静を装った。

「殿下、そろそろお時間が」
「……そうだな」



午後の執務室。
窓から差し込む陽が長く伸び、机に積まれた書簡を淡く照らす。
殿下は羽根ペンを置き、深いため息をもらした。

「……アルディス」

「はい」

「昨夜の言葉を、お前は愚かだと言ったな」

アルディスは姿勢を正す。
「私の本心を口にしたのは事実ですが……殿下にとって重荷になればと」

殿下はじっと見つめ、それから口を尖らせた。
「……私はそんなに魅力がないのか?」

「は?」

不意の言葉に、アルディスは目を瞬いた。
普段は完璧な仮面を崩さない第一王子。
その彼が、今は少年のように拗ねて見える。

「皆は私を称える。聡明だの完璧だのと……。
 なら、お前にとってはどうなんだ? 私は魅力がないのだろうか」

潤んだ瞳が、答えを欲して揺れる。
アルディスの胸を掴むように締めつける。

「殿下……」

彼は歩み寄り、膝を折った。
片眼に映るのは、いつもの威厳ではなく、年相応の幼さ。

「殿下が魅力的でなければ、私はここにおりません」

「……っ」

「本心を言えば、幼い頃より殿下の姿に……何度も心を奪われていました。
 笑う顔も、弱さを見せる姿も、すべて」

殿下の頬に熱が走る。
「……本当に?」
震える声。

「はい。殿下」

指先で頬を撫でる。柔らかな熱が触れた。
殿下は目を閉じ、唇を震わせる。

「……アルディス」

その囁きに、もう抗えなかった。
身を寄せ、唇を重ねる。

初めての口づけは、驚くほど甘く、震えるほど優しかった。
殿下は一瞬強張ったが、すぐに力を抜いて応えた。
瞼の裏に、熱い涙が滲んでゆく。

離れたとき、殿下の睫毛に雫が光った。
「……やっと、お前が近くに感じられる」

アルディスは涙を拭い、額を合わせた。
「遅くなって申し訳ありません。
 ですが、もう……離れません」

殿下は小さく笑い、囁く。
「ん、私も……離れたくない」

二人の距離はもう、どこにも隙を残していなかった。
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