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第12話 願い
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夜、殿下の自室は静けさに包まれていた。
机の上の燭台が、二人の影を壁に揺らめかせる。
窓辺に立つ殿下は、月光を浴びて振り返った。
その瞳は、昼の毅然とした王子のものではない。
迷いも、ためらいも、切なさもすべて宿した――ひとりの若者の目だった。
「……アルディス」
「はい」
低く応じた声に、殿下は唇を震わせる。
「……あの日のことを、覚えているか」
アルディスの胸がざわめいた。
あの日――媚薬に苦しむ殿下を誰にも見られぬよう慰めた夜。
影として、決して残していけない記憶。
「……忘れられません」
短く答えると、殿下は一歩近づいた。
外套を脱ぎ捨て、薄衣の袖が月光に透ける。
細い肩が淡く浮かび上がり、その仕草が息を呑むほどに美しかった。
「私は、あの夜のように……お前に抱かれたい」
アルディスの心臓が、大きく跳ねた。
殿下はさらに言葉を重ねる。
「……お前のものだと、証を、印を刻んでほしい」
声は震えていたが、その眼差しは真っ直ぐだった。
迷いながらも、確かな熱が宿っている。
「ずっと聞いていたはずだ、私の願いを……。
今夜、その願いを叶えてはくれないだろうか……」
(……殿下……)
長く抑え込んできた欲望に、鋭い火が点いた。
理性は必死に警鐘を鳴らす――
“王子に触れるな。境界を越えるな”
だが、胸を焦がす熱がそれを飲み込んでいく。
「……殿下」
アルディスは歩み寄り、殿下を腕に抱いた。
その身体はわずかに震えている。恐れではない。
期待と、切実な渇望。
「殿下……印など刻まれるまでもなく、私は……」
言葉の先を飲み込み、代わりに唇を重ねた。
先ほどの優しい口づけとは違う――深く、熱を帯びたもの。
殿下は一瞬、瞳を見開いたが、すぐに目を閉じて縋りつく。
吐息が絡み、震える声が洩れる。
「……んっ、アルディス……お願い」
その掠れた声に、理性が砕け散った。
アルディスは首筋に口づけを落とし、白い肌を甘噛む。
赤い印が、次々に咲いていく。
「殿下は、私のものです」
低く囁いた声は、誓いというより支配のように響いた。
殿下は恍惚の笑みを浮かべ、震える指で彼の背を抱き締める。
「……あぁ、ずっと、その言葉を待っていた」
その瞬間、二人の距離は完全に崩れ去った。
燭台の炎が揺れ、壁に映る影は絡み合い、ひとつに溶けていった。
◆
夜が明け、窓から淡い陽光が差し込む。
寝台の上で殿下は静かな寝息を立てていた。
薄衣から覗く白い肌に、赤く腫れた無数の痕が浮き上がっている。
噛み跡。
あまりにもはっきりと、アルディスのものだと刻まれた印。
アルディスは椅子に腰を下ろし、その姿を見つめながら眉を寄せた。
(……これは、ひどい)
欲に呑まれ、殿下の願いに応えるままに解き放ってしまった。
痛々しいほどの赤が胸を締めつける。
(私は……ずっと大切にしてきたのに
――こんなにも深く、跡を残してしまうなど……)
罪悪感と悦びがせめぎ合い、胸を抉る。
そのとき、殿下が小さく身じろぎし、瞼を上げた。
紅い瞳が眠たげに揺れ、やがてアルディスを見つける。
「……アルディス」
「殿下。……お身体の具合は」
「大丈夫だ」
そう言いながら、殿下はゆるりと微笑む。
昨夜の熱を思い出させる、柔らかな笑顔。
アルディスは安堵しつつも、視線を逸らした。
「……痛みはありませんか」
「……ある」
「……っ」
片眼を見開くアルディスに、殿下はくすりと笑った。
「でも、嬉しい」
甘やかな声が胸を打つ。
アルディスは一瞬言葉を失い、殿下はさらに続けた。
「姿見の前に連れて行ってくれないか」
「……殿下、それは」
「頼む。お前に連れて行ってほしい」
抗えなかった。
アルディスは殿下を支え、寝台から降ろし、姿見の前へ導く。
大きな鏡に映るのは、白い肌に散らばる無数の痕。
肩、鎖骨、胸、腹、腰――隠しきれぬ場所にまで、鮮烈な赤が残っている。
殿下はしばし無言で見つめ、それからうっとりと微笑んだ。
「……美しい」
「殿下……?」
「これほどまでに、お前の印で埋め尽くされている……。
私が、確かにアルディスのものだと示されているのだな」
頬を染め、恍惚とした眼差しで自らの身体を見つめる殿下。
その姿に、アルディスは戸惑いと熱を同時に抱いた。
「私は……殿下を苦しめてしまったのではと」
「違うよ、アルディス」
殿下はきっぱりと首を振る。
「私は嬉しいのだ。欲していたものを、ようやく得られた。
この痕が消えぬ限り、私はずっとお前のものだと実感できる」
その瞳は真剣で、赤く染まった頬が眩しいほどに美しい。
「アルディス」
名を呼ぶ声が震える。
「私は……お前を愛している」
アルディスは息を呑んだ。
言葉を返す代わりに、彼は殿下を抱き締めた。
白い肌を覆う痕に頬を寄せ、今度は優しく口づけを落とす。
覚悟を決めたように、殿下を見据えた。
「……私も、殿下を愛しています」
朝の光が二人を包み、重なった影を祝福するように淡く輝いていた。
机の上の燭台が、二人の影を壁に揺らめかせる。
窓辺に立つ殿下は、月光を浴びて振り返った。
その瞳は、昼の毅然とした王子のものではない。
迷いも、ためらいも、切なさもすべて宿した――ひとりの若者の目だった。
「……アルディス」
「はい」
低く応じた声に、殿下は唇を震わせる。
「……あの日のことを、覚えているか」
アルディスの胸がざわめいた。
あの日――媚薬に苦しむ殿下を誰にも見られぬよう慰めた夜。
影として、決して残していけない記憶。
「……忘れられません」
短く答えると、殿下は一歩近づいた。
外套を脱ぎ捨て、薄衣の袖が月光に透ける。
細い肩が淡く浮かび上がり、その仕草が息を呑むほどに美しかった。
「私は、あの夜のように……お前に抱かれたい」
アルディスの心臓が、大きく跳ねた。
殿下はさらに言葉を重ねる。
「……お前のものだと、証を、印を刻んでほしい」
声は震えていたが、その眼差しは真っ直ぐだった。
迷いながらも、確かな熱が宿っている。
「ずっと聞いていたはずだ、私の願いを……。
今夜、その願いを叶えてはくれないだろうか……」
(……殿下……)
長く抑え込んできた欲望に、鋭い火が点いた。
理性は必死に警鐘を鳴らす――
“王子に触れるな。境界を越えるな”
だが、胸を焦がす熱がそれを飲み込んでいく。
「……殿下」
アルディスは歩み寄り、殿下を腕に抱いた。
その身体はわずかに震えている。恐れではない。
期待と、切実な渇望。
「殿下……印など刻まれるまでもなく、私は……」
言葉の先を飲み込み、代わりに唇を重ねた。
先ほどの優しい口づけとは違う――深く、熱を帯びたもの。
殿下は一瞬、瞳を見開いたが、すぐに目を閉じて縋りつく。
吐息が絡み、震える声が洩れる。
「……んっ、アルディス……お願い」
その掠れた声に、理性が砕け散った。
アルディスは首筋に口づけを落とし、白い肌を甘噛む。
赤い印が、次々に咲いていく。
「殿下は、私のものです」
低く囁いた声は、誓いというより支配のように響いた。
殿下は恍惚の笑みを浮かべ、震える指で彼の背を抱き締める。
「……あぁ、ずっと、その言葉を待っていた」
その瞬間、二人の距離は完全に崩れ去った。
燭台の炎が揺れ、壁に映る影は絡み合い、ひとつに溶けていった。
◆
夜が明け、窓から淡い陽光が差し込む。
寝台の上で殿下は静かな寝息を立てていた。
薄衣から覗く白い肌に、赤く腫れた無数の痕が浮き上がっている。
噛み跡。
あまりにもはっきりと、アルディスのものだと刻まれた印。
アルディスは椅子に腰を下ろし、その姿を見つめながら眉を寄せた。
(……これは、ひどい)
欲に呑まれ、殿下の願いに応えるままに解き放ってしまった。
痛々しいほどの赤が胸を締めつける。
(私は……ずっと大切にしてきたのに
――こんなにも深く、跡を残してしまうなど……)
罪悪感と悦びがせめぎ合い、胸を抉る。
そのとき、殿下が小さく身じろぎし、瞼を上げた。
紅い瞳が眠たげに揺れ、やがてアルディスを見つける。
「……アルディス」
「殿下。……お身体の具合は」
「大丈夫だ」
そう言いながら、殿下はゆるりと微笑む。
昨夜の熱を思い出させる、柔らかな笑顔。
アルディスは安堵しつつも、視線を逸らした。
「……痛みはありませんか」
「……ある」
「……っ」
片眼を見開くアルディスに、殿下はくすりと笑った。
「でも、嬉しい」
甘やかな声が胸を打つ。
アルディスは一瞬言葉を失い、殿下はさらに続けた。
「姿見の前に連れて行ってくれないか」
「……殿下、それは」
「頼む。お前に連れて行ってほしい」
抗えなかった。
アルディスは殿下を支え、寝台から降ろし、姿見の前へ導く。
大きな鏡に映るのは、白い肌に散らばる無数の痕。
肩、鎖骨、胸、腹、腰――隠しきれぬ場所にまで、鮮烈な赤が残っている。
殿下はしばし無言で見つめ、それからうっとりと微笑んだ。
「……美しい」
「殿下……?」
「これほどまでに、お前の印で埋め尽くされている……。
私が、確かにアルディスのものだと示されているのだな」
頬を染め、恍惚とした眼差しで自らの身体を見つめる殿下。
その姿に、アルディスは戸惑いと熱を同時に抱いた。
「私は……殿下を苦しめてしまったのではと」
「違うよ、アルディス」
殿下はきっぱりと首を振る。
「私は嬉しいのだ。欲していたものを、ようやく得られた。
この痕が消えぬ限り、私はずっとお前のものだと実感できる」
その瞳は真剣で、赤く染まった頬が眩しいほどに美しい。
「アルディス」
名を呼ぶ声が震える。
「私は……お前を愛している」
アルディスは息を呑んだ。
言葉を返す代わりに、彼は殿下を抱き締めた。
白い肌を覆う痕に頬を寄せ、今度は優しく口づけを落とす。
覚悟を決めたように、殿下を見据えた。
「……私も、殿下を愛しています」
朝の光が二人を包み、重なった影を祝福するように淡く輝いていた。
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