君に可愛いがられたい

結衣可

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第4話 名前呼び

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放課後の生徒会室。
窓の外では運動部の声が遠くに響き、傾いた日差しがカーテンの隙間から差し込んでいる。
机の上には歓迎会準備の備品や資料が山のように積まれ、紙の匂いと少しの埃っぽさが混じった空気が漂っていた。

相変わらず孝一が顔を出していて、遼の隣に腰を下ろしていた。

「高峰くん、ここ……この備品のチェック、一緒にお願いしてもいい?」

「……はい」

並んで机に座り、箱の中を一つずつ確認していく。
遼が説明を加えるたびに、孝一は静かに頷き、丁寧に作業を進めていった。

(……やっぱり真面目だな)

横目に見た孝一の横顔は真剣そのもので、大きな手が備品をひとつひとつ慎重に扱う様子に、遼の胸がなぜかドキドキする。

「……椎名先輩」

急に呼ばれて、ビクッと肩を震わせた遼に、孝一の表情が少し柔らかくなる。

「な、なに?」

「……あの。呼び方、なんですけど」

「呼び方?」

「いつも“椎名先輩”って呼んでますけど……もし、もう少しだけ近くなってもいいなら」

孝一の低い声がゆっくり近づく。

「……名前で呼んでもいいですか? “椎名”じゃなくて……遼、先輩……って」

耳元で囁かれ、遼の心臓が跳ねた。

(……!? 名前って!?……ていうか、近くない!?)

「……えっと……」

戸惑う声が裏返り、頬が一気に熱を帯びる。

「ダメですか?」

覗き込まれて、遼は顔を真っ赤にしたまま。

「だ、ダメじゃない……けど」

「あと、もし嫌じゃなければ……俺のことも、“孝一”って呼んでほしいです」

「……っ!?」

思わず顔を上げた遼は、真っ直ぐな黒い瞳に射抜かれて慌てて視線を逸らす。

「……じゃあ、その……孝一くん、って……」

その声に、孝一がふっと笑ったのが分かる。
遼はさらに赤面し、胸がぎゅうっと詰まるように熱くなった。

(……なんで僕ばっかり、こんなにドキドキしてるんだろ)

照れ隠しに笑顔を返してみるけど、どうにも誤魔化せなかった。
名前を呼ぶたび、胸の奥がざわついてしまうような気がして──

***

その日の帰り、遼は階段下の物置前で重たいプリントの箱を運んでいた。

「遼先輩、危ないですよ」

「わっ──」

バランスを崩しそうになった瞬間、孝一の腕がすっと回って、遼の腰を支える。

(──近っ……!)

大きな手。低く落ち着いた声。
ほんの一瞬のことなのに、遼の心臓は跳ね上がった。

「……大丈夫ですか?」

「う、うん……ありがと……」

頬の熱を隠すように視線を逸らすと、孝一はわずかに眉を下げた。

「……すいません。急に触ってしまって。下に三人も弟妹がいるので、こういう時、つい手が出てしまうんです」

「そっか、孝一くんって、すっごいお兄ちゃんっぽいもんね……」

思わずそう口にすると、優しそうに兄弟を見る孝一の姿が頭に浮かんだ。

(ふふ……家でもきっと世話焼いてるんだろうなぁ)

「……いいなぁ、僕も、可愛がられたい」

言ってから、自分の言葉にハッとする。

「あ、ご、ごめ、なんでもない!」

慌てて逃げようとすると、孝一が驚いたように遼を引き止め、そしてゆっくりと笑った。

「先輩……本当に可愛いですね」

「っ……!」

一瞬で顔が熱を帯び、耳まで真っ赤になる。

(やっぱり、僕ばっかり……ドキドキしてる!!)

「あ……遼先輩、手、見せてください」

先ほどバランスを崩したときに、持っていた箱の角で擦ったらしく、遼の手の甲には小さな傷ができていた。

「ん? 平気だよ。これくらい……」

「いいから、見せてください」

きっぱりとした口調に、不意を突かれた。
おずおずと手を差し出すと──孝一の大きな手が重なる。

(……うっわ、大きい手)

ポケットから絆創膏を取り出し、丁寧に貼ってくれる。

「はい、これで大丈夫です」

「……うん。ありがとう」

遼は伏し目がちに小さく返す。
いつもなら誰にでも気さくに笑っていられるのに、孝一の前だと、それがうまくできない。

(なんか、くすぐったい……)

こっそりと孝一を眺めていると。

「……遼先輩は“可愛がられたい”んですか?」

「っ……! あ、あれは!……もう忘れて!」

慌てて顔を覆う遼に、孝一は淡々と、でもどこか優しい声で。

「俺、遼先輩のそういうところ……好きですよ」

「……は?」

「素直で、表情がコロコロ変わるの、見てて楽しいですし」

(……もう無理)

顔が熱すぎてどうしようもなかった。
孝一はいつもの落ち着いた表情のままなのに、そんな言葉をさらっと言うからずるい。

「そ、そんなの……知らない」

遼は拗ねたように小さくつぶやいた。
手の甲に貼られた絆創膏が、じんわりとあたたかく感じた。
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