君に可愛いがられたい

結衣可

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第8話 キスの意味

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週明けの朝、昇降口で靴を履き替えていた遼は、廊下の向こうに孝一の姿を見つけた。
目が合ったら、昨日のことを絶対に思い出してしまう。

(やば……!見つかったら変な顔しそう……)

慌てて鞄を抱え直し、階段の裏へと身をひそめた。
胸の奥は、全力疾走したみたいにうるさく鳴り響いている。

「遼先輩、おはようございます」

上を見上げると、孝一が覗き込むように立っていた。

「っ、なんでここに……」

「貴方の後ろ姿が見えたので――」

一歩、距離を詰められる。遼は反射的に後ずさった。

「……俺のこと、避けてます?」

「そ、そんなこと……!」

「じゃあ、なんで昇降口から逃げたんですか」

図星。遼の喉が詰まる。

(み、見られてた……!?)

「……別に、その……」

「なぜ、逃げたか説明してください」

低く落ち着いた声。
背中が壁に触れ、遼は逃げ場を失った。

「俺、嫌われたかと思って焦りました」

「ち、ちが……!」

「なら、いいですけど」

あっさりと壁から退く孝一。
最後に、まるで逃げ道を塞ぐように言葉を残した。

「放課後、時間くださいね」

取り残された遼は、壁に背を預けたまま深く息を吐いた。

(……ど、どうしよ)

***

この日は気が付くと、あっという間に放課後になっていた。
生徒会室ではいつの間にか他の役員はもう帰り、時計の音だけが響いている。
机の上の書類を片付けながら、遼はちらりと孝一を見た。

「あの……話って」

「遼先輩が俺を避けてた理由、教えてください」

真正面からの視線に、肩が小さく揺れる。

「……別に、理由なんて」

「ダメですよ? ちゃんと教えてくれないと」

低い声が、耳の奥まで響く。
心臓の速さを誤魔化せない。

「……この前の……お、おでこにキスされたこと、思い出しちゃって……」

ぽつりと落ちた言葉に、孝一の瞳が大きく揺れた。

「……それで?」

「そ、それで……ドキドキして……顔、見られなくて」

机の角に指先を置き、視線を落とす。
耳まで真っ赤に染まっているのが分かる。

(……可愛いすぎだろ、先輩)

孝一は深く息を吐き、一歩近づく。
机を回り込み、遼の横に立った。

「……そんなこと言われたら、俺、我慢できなくなりますよ」

低い声が近くでして、遼ははっと顔を上げると、目の前の真剣な瞳とぶつかった。

「……っ」

理性がきしむ音が聞こえた気がした。

「……本気で嫌がってくれないと、俺止まれないかも……」

孝一の指が机に置かれた遼の手を覆う。
その温もりに、声にならない息が漏れた。

覆われた手。近すぎる視線。
酸素が足りないみたいに、胸が上下する。

「……こ、孝一、くん?……」

「はい」

低い声が返るたびに、逆に落ち着きを失う。

「……ち、近い……」

「まだ近づけますけど」

半歩踏み出され、遼の背は机の端に押しやられる。

「……っ、やめ……」

「やめろって言われても……顔真っ赤ですよ?」

くすりと笑い、遼の頬にかかる髪を指で払う。
その仕草が優しすぎて、胸の奥がくすぐったい。

「……あ、あの、ほんとに心臓が……も、無理……」

絞り出す声は情けないくらい小さい。

「……俺も同じです」

短い一言に、思考が止まった。

視線を逸らしたいのに、目を離せない。
ほんのわずかな距離が、さらに縮まる気配がして――

「……もう、これ以上は……」

遼が言いかけた瞬間、孝一は微かに笑い、囁いた。

「遼先輩……」

耳元に落ちた声は熱を帯びて、遼の胸を強く締めつける。

「え?」

「……本当に可愛い」

熱を含んだ声で囁かれ、遼は恥ずかしさに俯いた。

「や……」

顎に孝一の指先が触れ、そっと持ち上げられる。

「遼……」

名前を呼ばれるだけで、背筋が震える。

「そんな顔、他の誰にも見せないでください」

顔が近づく。息が触れる距離。
遼は反射的にぎゅっと目を閉じた。

落とされたのは唇ではなく――額への軽いキス。

「……今日は、ここまでにしときます」

息の混ざった声が、耳の奥に残る。

「な、な、なに???……」

呆然と問いかけると、孝一は挑発するように口角を上げた。

「次は……もう少し先に進めましょうね」

挑発のようで、真剣な響き。
遼の心臓は限界まで跳ね上がり、自分の中の気持ちを誤魔化す余地はもう残っていなかった。

遼は逃げるように生徒会室を出た。
額に残る温もりが消えなくて、頬に手を当てても熱は下がらない。

「……僕、なにやって……」

つぶやいても、耳の奥に焼きついて離れない。
真剣な目。低く響いた声。
そして――「次はもう少し先に」という言葉。

(……さ、先って……何?)

胸の奥が苦しくて、呼吸が浅くなる。
こんな感情、誰かに抱いたことなんてなかった。

(……孝一くんは……何を考えて?)

全力で走ったあとみたいにしゃがみこんだ。
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