君に可愛いがられたい

結衣可

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第9話 「スキ」の先 

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生徒会室の扉の前に座り込んでいた遼は、膝を抱えたまま顔を伏せていた。
胸の奥が熱くて、うまく息ができない。
そこへ、扉の向こうから低く落ち着いた声が響く。

「……先輩、そこにいるんですか?」

その声に、心臓がまた大きく跳ねる。
返事をする間もなく、鍵の開く音がして扉が開いた。

「ドア、開けますよ」

目の前に現れた孝一は、座り込む遼を一瞬見つめると、迷わずその身体を抱え上げた。
抵抗する間もなく、生徒会室のソファに座らされる。
孝一は遼の前に膝をつき、まるで見上げるように視線を合わせてきた。

「遼先輩、ごめんなさい。少し意地悪でしたね」

柔らかな声音。けれど胸の奥がきゅっと痛む。

「……だって、なんで? なんであんなことするの?」

泣き出しそうな声で問いかけていた。

「僕に、キ、キスなんてして……どういう意味なの?」

視界の端が熱を帯び、涙がにじむ。

(自分だけ、こんなに振り回されて……苦しい……)

孝一は短く息を吐き、伸ばした指先でそっと遼の涙を拭った。
その瞳は一切揺らがず、ただ真っすぐに遼を見ている。

「……好きだからに決まってるでしょう?」

「……っ!」

耳が熱くなり、息が詰まる。
逃げようとしても、もう遅かった。

「……遼先輩があまりにもかわいくて、我慢できませんでした。キスしたくなるのも……全部そういう意味です」

その声は驚くほど低く、真剣で、冗談の余地はなかった。

「……好き、って……」

その言葉が頭の中で何度も反響する。
鼓動は暴れ、耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かった。

「……ほんとに?」

震える声で問うと、孝一は眉をひそめて、きっぱりと答える。

「あなたに嘘はつきません」

そのまま背中をソファへ押しやられ、視界いっぱいに孝一の顔が近づく。

「……遼先輩、泣いてる顔まで可愛い」

目尻をなぞる指先がやさしくて、余計に胸が揺れる。

「あ、あの……」

声は途中で途切れた。
孝一の手が頭を撫で、背中を包み込んだ瞬間、全身から力が抜けていく。

「……そんな無防備な顔しないでください。また意地悪したくなります」

「……っ!」

(はずかしい……でも、だって……嬉しい……)

混乱の中で、孝一の腕の中から逃げることはできなかった。

***

帰り道、孝一は「先輩を一人で帰すのは心配です」と言って、自宅まで送ってくれた。
遼は恥ずかしさでほとんど記憶がなかった。

部屋に戻ってからも、頭の中は孝一でいっぱいだった。
低い声。真剣な瞳。――「好き」と言われたこと。

(……あんなの、恋愛初心者の僕には無理……でも……)

夕食の席で弟に「兄ちゃん、顔赤い」と指摘され、思わず箸を落とす。

「な、なんでもない!」

母にも「遼、熱でもあるんじゃないの」と心配され、慌てて部屋に逃げ込んだ。
机に向かっても、ペンは止まってしまう。

(僕、どうしたんだ……)

寝る前にスマホを手に取っても、LINEの画面を開いては閉じる。
送る言葉が見つからない。

胸の奥には、孝一の温かさがまだ残っていた。
そして、耳の奥であの声が繰り返される。

――「……好きだからに決まってるでしょう」

枕に顔を埋めながら、心臓の音にかき消されそうな声で呟く。

(僕も……好き、孝一くん……)

熱は下がらず、夜は静かに更けていった。

***

翌朝、昇降口を抜けた瞬間――

「おはようございます」

背後から聞き慣れた声が落ちてきた。
振り返ると、孝一が昨日の告白なんてなかったみたいに、いつも通り落ち着いた顔で立っていた。

「……お、おはよ」

声が裏返りそうになるのを、必死に押さえる。

(なんでそんな普通でいられるんだよ……!)

ぎこちなく歩き出すと、孝一が当然のように横に並んだ。

「昨日、ちゃんと寝れましたか?」

「……う、うん」

「目、赤くなってますよ?」

少し意地悪そうに笑って言うから、思わず視線をそらしてしまう。
胸の奥は落ち着かなくて、息まで早い。

「……だって……」

小さく漏れた声は、自分でも驚くほど情けなく震えていた。
孝一がふっと笑い、立ち止まる。

「……そんなかわいい顔されると、少し困ります」

指先が目尻をなぞり、涙が落ちる前に拭われる。
その優しさに、遼の胸がまたぎゅっと締めつけられた。

(……また、かわいいって言った)

「……先輩、こっちに」

人のいない昇降口の隅へと誘われる。
「落ち着くまで、ここでいいでしょう?」

「……うん」

逃げ場のない距離。
孝一は目を逸らさず、熱を帯びた視線で遼を見つめている。

「……遼先輩?」

「うう~~~」

平然としている孝一が憎らしくて、思わず恨めしそうに睨む。

「そんな顔されたら、キスしたくなります」

「!?」

耳まで真っ赤になった遼を見て、孝一は低く笑う。

「……昨日のこと、ちゃんと覚えてますか?」

小さく、小さく、遼がうなずいた。
孝一の表情が一瞬やわらぎ、すぐに顔が近づいてくる。

「……じゃあ、今後のこと、考えてくれました?」

背中に大きな手が回され、息が触れる距離。
――額ではなく、唇が重なった。

「……っ!」

返事をする暇もなく塞がれ、遼は放心したまま目を瞬く。
そんな様子に孝一がにやりと笑った。

「ちゃんと、俺の恋人になる覚悟はできましたか?」

「……こ、こいびと……?」

顔が一気に熱くなる。

「そうです。早く俺のものになってください、先輩」

「……こ、孝一、く?」

「はい」

「ぼ、僕は孝一くんの恋人になるの?」

「えぇ、先輩が了承してくれるなら、ですけど」

にこりと笑う孝一。
その余裕が、余計に心臓を騒がせる。

「……る……」

「ん?」

聞き返されて、遼は真っ赤になりながら思わず抱きついた。

「りょ、了承する!!」

その答えに満足したように、孝一は遼の頭をやさしく撫でた。

「……遼先輩」

名前を呼ばれる声が、やけに優しくて、くすぐったい。
恥ずかしさに視線を上げると、またひとつ、キスが落とされる。

「……学校にいることを忘れてしまいそうですね」

「~~っ!」

顔を覆った遼の耳まで真っ赤で、孝一は楽しそうに笑った。
その日の授業は、二人ともまともに頭に入らなかった。
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