5 / 11
第5話 素顔の一端
しおりを挟む
昼下がりの執務室。
高い天井から吊るされたシャンデリアの光が淡く揺れ、机の上には塔のように積み上がった文書が広がっていた。
窓の外からはかすかな鳥の声が聞こえるが、重苦しい室内の空気を軽くするには到底足りない。
レオナード・フォン・グランツは椅子に深く腰を下ろし、長い指で書類を捲りながら低く舌打ちをした。
「……くだらん。各領地の報告が遅れすぎている。……これでは国政が成り立たん」
苛立ちを隠さず、机を軽く叩く。
鋭い金の瞳に射抜かれた文官なら震え上がっただろう。
だが隣に立つセオドア・ラインハルトは怯むことなく、冷静な声で口を開いた。
「殿下、失礼ながら」
彼は一歩前へ進み、積まれた文書の束を軽く指で弾いた。
「これは各地の役人が怠慢なのではなく、報告様式そのものに問題があります」
「様式……?」
レオナードの眉がわずかに動く。
「はい。記入が煩雑すぎるのです。必要以上に詳細を求めるから、地方ではまとめきれない。……俺なら、三分の一に簡略化できます」
言葉は淡々としていたが、そこに迷いはなかった。
セオドアはさらさらとペンを走らせ、即座に簡略化された新しい様式案を書き上げる。
その手際の鮮やかさに、レオナードの目が細められた。
「……」
しばし黙考し、改めて用紙を読み込む。
「……なかなか合理的だな」
短く呟いたその声に、セオドアは肩を竦める。
「お褒めにあずかり光栄です」
その直後、レオナードは書類を机に叩きつけるように置き、鋭い声を響かせた。
「セオドア、お前に任せる。今日から報告様式の改定はお前の案で進めろ」
「……は?」
思わずセオドアは目を瞬かせる。
「い、いや、俺は副会長であって、国政の役人じゃ――」
「俺の命令だ」
レオナードは遮る。
「従え」
その強引な命令に、セオドアは苦笑をこぼすしかなかった。
「……強引ですね、殿下は」
「お前の案が今後役立つと証明すれば、何の問題もない」
レオナードはまっすぐに告げる。
その瞳には一切の曖昧さがなく、揺るぎない熱を宿していた。
「それに……やってみたいとは思わないか?お前の案が国に認められ、それが国中の領地経営に反映される。お前が好みそうなことだと思うが」
真正面から向けられる真剣な眼差しにセオドアは一瞬、視線を逸らす。
胸の奥に、どうしようもなく湧き上がる高揚感が誤魔化せない。
(……正直やってみたい。俺の案で国を?めちゃくちゃ面白いじゃないか)
自分を落ち着かせるために、小さく息を吐き、机に書類を置く。
「……仕方ありませんね。殿下がそこまで言うなら」
「ふ」
レオナードの口元がわずかに緩む。
その声音は普段の冷徹さとは違う、満足げな響きを帯びていた。
「お前は本当にいい顔をする」
セオドアは呆れたように首を振る。
その心の奥で、レオナードの普段と違う声が不思議に残響し、消えなかった。
夜更け、仕事を終えたレオナードは、机を離れ、大きな窓辺に立っていた。
暮れゆく空を背にしたその姿は、威圧よりもむしろ静けさを帯びている。
広い肩越しに射す橙の光が、彼をただの王子ではなく、一人の孤独な青年に映し出していた。
「……殿下?」
セオドアは机上の書類を片付けながら声を掛けた。
「ここから城下を見下ろすと……人々の灯が点々と瞬いている」
レオナードは振り返らず、静かに呟いた。
「俺はあれだけの命を背負っている。……だが俺自身は、一度も“自由”を許されたことがない」
その声は吐息のようにかすかで、どこか震えていた。
セオドアは眉をひそめる。
「……それが王子の役割でしょう」
「そうだ」
レオナードの拳がゆっくりと握りしめられる。
「それでも、幼少期から笑えば媚びだと囁かれ、怒れば器量が小さいと噂される……俺自身を見てくれる者など、一人もいないというのは……虚しいものだ」
わずかな沈黙。
セオドアは深い息を吐き、視線を逸らした。
「……だから俺なんですか。普通に接してくるから」
レオナードは振り返り、わずかに笑った。
「そうだ。お前の、その話し方や態度が俺には心地良い。だから……惹かれたのだろうな」
真正面から投げられる言葉に、セオドアの心臓が不意に跳ねる。
その金の瞳に嘘はなかった。
机の端に手を置き、視線を落とす。
「……困った人ですね、殿下は」
「困ったか?」
レオナードはゆっくりと近づく。
至近距離に立たれ、セオドアは顔を上げざるを得なかった。
「俺の手間を増やす、という意味で、ですよ」
自分の言葉に皮肉を込めても、その瞳はわずかに揺れていた。
レオナードの口元が緩み、ふっと笑う。
「それなら、これからも存分に困らせてやろう」
セオドアは小さく息を吐き、肩を竦める。
胸の奥では、抗いきれない熱が、確かに広がっていた。
(……これは、まずいかもしれない)
高い天井から吊るされたシャンデリアの光が淡く揺れ、机の上には塔のように積み上がった文書が広がっていた。
窓の外からはかすかな鳥の声が聞こえるが、重苦しい室内の空気を軽くするには到底足りない。
レオナード・フォン・グランツは椅子に深く腰を下ろし、長い指で書類を捲りながら低く舌打ちをした。
「……くだらん。各領地の報告が遅れすぎている。……これでは国政が成り立たん」
苛立ちを隠さず、机を軽く叩く。
鋭い金の瞳に射抜かれた文官なら震え上がっただろう。
だが隣に立つセオドア・ラインハルトは怯むことなく、冷静な声で口を開いた。
「殿下、失礼ながら」
彼は一歩前へ進み、積まれた文書の束を軽く指で弾いた。
「これは各地の役人が怠慢なのではなく、報告様式そのものに問題があります」
「様式……?」
レオナードの眉がわずかに動く。
「はい。記入が煩雑すぎるのです。必要以上に詳細を求めるから、地方ではまとめきれない。……俺なら、三分の一に簡略化できます」
言葉は淡々としていたが、そこに迷いはなかった。
セオドアはさらさらとペンを走らせ、即座に簡略化された新しい様式案を書き上げる。
その手際の鮮やかさに、レオナードの目が細められた。
「……」
しばし黙考し、改めて用紙を読み込む。
「……なかなか合理的だな」
短く呟いたその声に、セオドアは肩を竦める。
「お褒めにあずかり光栄です」
その直後、レオナードは書類を机に叩きつけるように置き、鋭い声を響かせた。
「セオドア、お前に任せる。今日から報告様式の改定はお前の案で進めろ」
「……は?」
思わずセオドアは目を瞬かせる。
「い、いや、俺は副会長であって、国政の役人じゃ――」
「俺の命令だ」
レオナードは遮る。
「従え」
その強引な命令に、セオドアは苦笑をこぼすしかなかった。
「……強引ですね、殿下は」
「お前の案が今後役立つと証明すれば、何の問題もない」
レオナードはまっすぐに告げる。
その瞳には一切の曖昧さがなく、揺るぎない熱を宿していた。
「それに……やってみたいとは思わないか?お前の案が国に認められ、それが国中の領地経営に反映される。お前が好みそうなことだと思うが」
真正面から向けられる真剣な眼差しにセオドアは一瞬、視線を逸らす。
胸の奥に、どうしようもなく湧き上がる高揚感が誤魔化せない。
(……正直やってみたい。俺の案で国を?めちゃくちゃ面白いじゃないか)
自分を落ち着かせるために、小さく息を吐き、机に書類を置く。
「……仕方ありませんね。殿下がそこまで言うなら」
「ふ」
レオナードの口元がわずかに緩む。
その声音は普段の冷徹さとは違う、満足げな響きを帯びていた。
「お前は本当にいい顔をする」
セオドアは呆れたように首を振る。
その心の奥で、レオナードの普段と違う声が不思議に残響し、消えなかった。
夜更け、仕事を終えたレオナードは、机を離れ、大きな窓辺に立っていた。
暮れゆく空を背にしたその姿は、威圧よりもむしろ静けさを帯びている。
広い肩越しに射す橙の光が、彼をただの王子ではなく、一人の孤独な青年に映し出していた。
「……殿下?」
セオドアは机上の書類を片付けながら声を掛けた。
「ここから城下を見下ろすと……人々の灯が点々と瞬いている」
レオナードは振り返らず、静かに呟いた。
「俺はあれだけの命を背負っている。……だが俺自身は、一度も“自由”を許されたことがない」
その声は吐息のようにかすかで、どこか震えていた。
セオドアは眉をひそめる。
「……それが王子の役割でしょう」
「そうだ」
レオナードの拳がゆっくりと握りしめられる。
「それでも、幼少期から笑えば媚びだと囁かれ、怒れば器量が小さいと噂される……俺自身を見てくれる者など、一人もいないというのは……虚しいものだ」
わずかな沈黙。
セオドアは深い息を吐き、視線を逸らした。
「……だから俺なんですか。普通に接してくるから」
レオナードは振り返り、わずかに笑った。
「そうだ。お前の、その話し方や態度が俺には心地良い。だから……惹かれたのだろうな」
真正面から投げられる言葉に、セオドアの心臓が不意に跳ねる。
その金の瞳に嘘はなかった。
机の端に手を置き、視線を落とす。
「……困った人ですね、殿下は」
「困ったか?」
レオナードはゆっくりと近づく。
至近距離に立たれ、セオドアは顔を上げざるを得なかった。
「俺の手間を増やす、という意味で、ですよ」
自分の言葉に皮肉を込めても、その瞳はわずかに揺れていた。
レオナードの口元が緩み、ふっと笑う。
「それなら、これからも存分に困らせてやろう」
セオドアは小さく息を吐き、肩を竦める。
胸の奥では、抗いきれない熱が、確かに広がっていた。
(……これは、まずいかもしれない)
12
あなたにおすすめの小説
【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)
『君を幸せにする』と毎日プロポーズしてくるチート宮廷魔術師に、飽きられるためにOKしたら、なぜか溺愛が止まらない。
春凪アラシ
BL
「君を一生幸せにする」――その言葉が、これほど厄介だなんて思わなかった。
チート宮廷魔術師×うさぎ獣人の道具屋。
毎朝押しかけてプロポーズしてくる天才宮廷魔術師・シグに、うんざりしながらも返事をしてしまったうさぎ獣人の道具屋である俺・トア。
でもこれは恋人になるためじゃない、“一目惚れの幻想を崩し、幻滅させて諦めさせる作戦”のはずだった。
……なのに、なんでコイツ、飽きることなく俺の元に来るんだよ?
“うさぎ獣人らしくない俺”に、どうしてそんな真っ直ぐな目を向けるんだ――?
見た目も性格も不釣り合いなふたりが織りなす、ちょっと不器用な異種族BL。
同じ世界観の「「世界一美しい僕が、初恋の一目惚れ軍人に振られました」僕の辞書に諦めはないので全力で振り向かせます」を投稿してます!トアも出てくるので良かったらご覧ください✨
孤独な王子は影に恋をする
結衣可
BL
王国の第一王子リオネル・ヴァルハイトは、
「光」と称えられるほど完璧な存在だった。
民からも廷臣からも賞賛され、非の打ち所がない理想の王子。
しかしその仮面の裏には、孤独と重圧に押し潰されそうな本音が隠されていた。
弱音を吐きたい。誰かに甘えたい。
だが、その願いを叶えてくれる相手はいない。
――ただ一人、いつも傍に気配を寄せていた“影”に恋をするまでは。
影、王族直属の密偵として顔も名も隠し、感情を持たぬよう育てられた存在。
常に平等であれと叩き込まれ、ただ「王子を守る影」として仕えてきた。
完璧を求められる王子と、感情を禁じられてきた影。
光と影が惹かれ合い、やがて互いの鎖を断ち切ってゆく。
溺愛王子様の3つの恋物語~第3王子編~
結衣可
BL
王立学園の生徒会長を務める第三王子 クリストフ・フォン・グランツ。
冷静沈着で完璧な彼は、ある日廊下で本を抱えた若き魔術教師 ユーリ・グレイ と出会う。
不器用で無防備なその姿に、なぜか心が惹きつけられていく。
小さなきっかけから、クリストフは頻繁にユーリを訪ねるようになり、二人きりの空間では“王子”ではなく“ひとりの青年”としての顔を見せはじめる。
本に夢中で床に座り込むユーリを抱き上げたり、眠り込んだ彼を仮眠室へ運んだり――
そんな出来事を重ねるうちに、クリストフの独占欲は強くなっていく。
「先生、二人きりのときは名前で呼んでください」
「無自覚に近づくなら……閉じ込めてしまいたくなる」
強引なのに優しく、ぎりぎりで線を守る。
そんなクリストフに、ユーリの心も揺れ動いていく。
獣人王と白い導き手は運命の恋に導かれる
木月月
BL
とある異世界。様々な種族のいる世界(人間、獣人、エルフ、ドワーフ、魔人、竜人など)のなかの獣人の国の話。
獣人の王・獅子族の第一王子(攻め)×辺境の少数種族・白猫族(長毛種)の魔法使い(受け)
この話は小説家になろうでも掲載されています。
【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。
キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。
しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。
迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。
手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。
これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。
──運命なんて、信じていなかった。
けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。
全8話。
【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい
市川
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。
魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。
そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。
不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。
旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。
第3話から急展開していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる