溺愛王子様の3つの恋物語~第1王子編~

結衣可

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第5話 素顔の一端

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昼下がりの執務室。
高い天井から吊るされたシャンデリアの光が淡く揺れ、机の上には塔のように積み上がった文書が広がっていた。
窓の外からはかすかな鳥の声が聞こえるが、重苦しい室内の空気を軽くするには到底足りない。

レオナード・フォン・グランツは椅子に深く腰を下ろし、長い指で書類を捲りながら低く舌打ちをした。

「……くだらん。各領地の報告が遅れすぎている。……これでは国政が成り立たん」

苛立ちを隠さず、机を軽く叩く。
鋭い金の瞳に射抜かれた文官なら震え上がっただろう。
だが隣に立つセオドア・ラインハルトは怯むことなく、冷静な声で口を開いた。

「殿下、失礼ながら」
彼は一歩前へ進み、積まれた文書の束を軽く指で弾いた。
「これは各地の役人が怠慢なのではなく、報告様式そのものに問題があります」

「様式……?」

レオナードの眉がわずかに動く。

「はい。記入が煩雑すぎるのです。必要以上に詳細を求めるから、地方ではまとめきれない。……俺なら、三分の一に簡略化できます」

言葉は淡々としていたが、そこに迷いはなかった。
セオドアはさらさらとペンを走らせ、即座に簡略化された新しい様式案を書き上げる。
その手際の鮮やかさに、レオナードの目が細められた。

「……」
しばし黙考し、改めて用紙を読み込む。

「……なかなか合理的だな」

短く呟いたその声に、セオドアは肩を竦める。
「お褒めにあずかり光栄です」

その直後、レオナードは書類を机に叩きつけるように置き、鋭い声を響かせた。

「セオドア、お前に任せる。今日から報告様式の改定はお前の案で進めろ」

「……は?」

思わずセオドアは目を瞬かせる。
「い、いや、俺は副会長であって、国政の役人じゃ――」

「俺の命令だ」
レオナードは遮る。
「従え」

その強引な命令に、セオドアは苦笑をこぼすしかなかった。

「……強引ですね、殿下は」

「お前の案が今後役立つと証明すれば、何の問題もない」

レオナードはまっすぐに告げる。
その瞳には一切の曖昧さがなく、揺るぎない熱を宿していた。

「それに……やってみたいとは思わないか?お前の案が国に認められ、それが国中の領地経営に反映される。お前が好みそうなことだと思うが」

真正面から向けられる真剣な眼差しにセオドアは一瞬、視線を逸らす。
胸の奥に、どうしようもなく湧き上がる高揚感が誤魔化せない。

(……正直やってみたい。俺の案で国を?めちゃくちゃ面白いじゃないか)

自分を落ち着かせるために、小さく息を吐き、机に書類を置く。
「……仕方ありませんね。殿下がそこまで言うなら」

「ふ」

レオナードの口元がわずかに緩む。
その声音は普段の冷徹さとは違う、満足げな響きを帯びていた。

「お前は本当にいい顔をする」

セオドアは呆れたように首を振る。
その心の奥で、レオナードの普段と違う声が不思議に残響し、消えなかった。


夜更け、仕事を終えたレオナードは、机を離れ、大きな窓辺に立っていた。
暮れゆく空を背にしたその姿は、威圧よりもむしろ静けさを帯びている。
広い肩越しに射す橙の光が、彼をただの王子ではなく、一人の孤独な青年に映し出していた。

「……殿下?」

セオドアは机上の書類を片付けながら声を掛けた。

「ここから城下を見下ろすと……人々の灯が点々と瞬いている」
レオナードは振り返らず、静かに呟いた。
「俺はあれだけの命を背負っている。……だが俺自身は、一度も“自由”を許されたことがない」

その声は吐息のようにかすかで、どこか震えていた。

セオドアは眉をひそめる。
「……それが王子の役割でしょう」

「そうだ」
レオナードの拳がゆっくりと握りしめられる。
「それでも、幼少期から笑えば媚びだと囁かれ、怒れば器量が小さいと噂される……俺自身を見てくれる者など、一人もいないというのは……虚しいものだ」

わずかな沈黙。
セオドアは深い息を吐き、視線を逸らした。

「……だから俺なんですか。普通に接してくるから」

レオナードは振り返り、わずかに笑った。
「そうだ。お前の、その話し方や態度が俺には心地良い。だから……惹かれたのだろうな」

真正面から投げられる言葉に、セオドアの心臓が不意に跳ねる。
その金の瞳に嘘はなかった。

机の端に手を置き、視線を落とす。
「……困った人ですね、殿下は」

「困ったか?」

レオナードはゆっくりと近づく。
至近距離に立たれ、セオドアは顔を上げざるを得なかった。

「俺の手間を増やす、という意味で、ですよ」

自分の言葉に皮肉を込めても、その瞳はわずかに揺れていた。
レオナードの口元が緩み、ふっと笑う。
「それなら、これからも存分に困らせてやろう」

セオドアは小さく息を吐き、肩を竦める。
胸の奥では、抗いきれない熱が、確かに広がっていた。

(……これは、まずいかもしれない)
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