王弟の恋

結衣可

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第5話 降る雪の庭

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 冬は、長い。
 ルーヴェンの人々はそれをよく知っていた。
 雪に閉ざされる季節、街は静まり返り、暖炉の灯が唯一の彩りになる。

 その朝も、窓の外は白一色だった。
 屋根の上にも、石畳にも、厚く積もった雪が光を呑み、音を奪う。
 レイヴィスは執務室の窓辺に立ち、静かに外を眺めていた。

 ――リアンが去ってから、1か月。

 朝に目覚めても、黒衣の影はどこにもない。
 王命の使者として去った彼の足跡は、雪に覆われ、もう跡形もなかった。

「領主様、庭の手入れをガルドさんとしようかと思ったんですが」

 扉の向こうから、ユリスの声がした。
 扉を開けると、彼の後ろには、いつものようにガルドが控えている。
 毛並みのつややかな耳が、ふわりと揺れた。

「庭の冬薔薇が咲きかけていると聞いたよ」

「はい、ガルドがさん雪をどけてくれました。とても丁寧に」

 ユリスが微笑み、ガルドが少し照れくさそうに耳を伏せる。
 その仕草に、レイヴィスは思わず穏やかに笑った。

「良いコンビだね」

「そ、そんな……!」

 ユリスは慌てて言葉を濁し、ガルドは視線を逸らす。
 白い頬に、ほんのり色が差している。

 (そうか……こういう顔も、するのだな)

 見慣れた二人の姿が、いつもより少しだけ近く見えた。

「私は午後に街の視察へ出るよ。君たちは庭を任せる。あの薔薇が、咲いているといいな」

 そう言って、レイヴィスは外套を羽織る。
 ユリスとガルドが顔を見合わせ、小さく頷いた。

 ***

 雪の市場は、冬祭りの準備で賑わっていた。
 赤い布のテントの下で、獣人の子どもたちが飾りを売っている。
 氷の灯籠、星型の木彫り、香草を束ねたお守り。

「領主様! どうぞ!」

 小さな声に呼び止められ、レイヴィスは足を止めた。
 差し出されたのは、小さな白い飾り――雪の結晶を模したものだった。

「冬の守り星です! 大事な人に渡すと、また会えるんです!」

 子どもの声は明るく、眩しい。
 レイヴィスは微笑みながら、その小さな飾りを受け取った。

「ありがとう。……では、私はその人がどこにいてもその思いが届くよう祈ろう」

 掌の中の結晶飾りが、陽にきらりと光った。

 ***

 夜、館の庭には、灯籠の灯がいくつも並んでいた。
 ユリスとガルドが、冬祭りに向けて飾りつけをしている。

「領主様、良ければこちらへ」

 ユリスが呼ぶ声に、レイヴィスは外套を羽織って出ていく。
 雪の中、ふたりは仲良く肩を寄せて作業していた。

「見てください、冬薔薇が……」

 ユリスの指差す先に、雪を押しのけて咲く小さな花。
 薄桃色の花弁が、月光に照らされている。

「咲いたのですね」

「ええ。冬薔薇は強いですね。雪に覆われるほど、深く根を張るんだそうですよ」

 ユリスの言葉に、レイヴィスはゆっくりと頷く。

「……人も同じかもしれないな」

「え?」

「寒さの中でこそ、誰かを想う気持ちは強くなる。耐えるほど、心の根は深く伸びていく」

 ユリスとガルドが一瞬顔を見合わせ、心配そうにレイヴィスを見る。
 雪がまた降り始め、灯籠の火に白い粒が舞い落ちる。

「領主様、寒くありませんか?」

「平気だよ。……むしろ、心地いい」

 レイヴィスは空を仰いだ。
 降る雪が、月光を受けて静かに流れる。
 その白さの向こうに、あの黒衣の影が見えた気がした。

 ――君がいないと、この冬は長い。

 口には出さず、胸の中で呟く。
 手の中に残る“守り星”を、そっと握りしめた。

 (もし、この飾りに願いが届くのなら)

 その先の言葉を、雪が飲み込んでいった。
 ただ、月だけが静かに見ている。

 灯籠の火が揺れ、影が重なる。
 ユリスとガルドが肩を寄せて笑っている。
 その背中を見つめながら、レイヴィスは初めて気づいた。

 ――自分もまた、誰かを想っているのだと。
 それが“恋”という名前を持つものだと。

 雪は降り続け、夜の庭を包み込む。
 その静けさの中で、レイヴィスの胸にあたたかな光が宿った。
 たとえ距離があっても、想いは消えない。
 それを信じることが、今の彼にできる唯一の祈りだった。

 「……おやすみ、リアン」

 呟いて、館の灯を落とす。
 外では、雪の庭が白い息をしていた。
 その上に、ひとひらの光が舞い降りる。
 まるで遠い王都から届いた、彼の気配のように。
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