拗らせ問題児は癒しの君を独占したい

結衣可

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第2話 共同課題

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翌日、授業が終わるのが憂鬱で仕方なかった。セナはできるだけゆっくりと荷物を片付け、教室を出るのを遅らせた。

「セナ、これから補習?」

ルカが心配そうに声をかけてくる。

「うん」

「頑張ってね。無理しすぎないように」

笑顔で見送られながら、セナは重い足取りで補習室へと向かった。

ドアの前で少し立ち止まる。中からは既に人の気配がする。アレクシスはもう来ているようだ。

(覚悟を決めなければ)

深く息を吸い、セナはドアを開けた。

アレクシスは昨日と同じ席に座り、窓の外を見ていた。今日はきちんと制服を着ているが、ネクタイは緩められ、相変わらずだらしない印象だ。

「遅い」

振り向きもせずにアレクシスが言う。

「……すみません」

「ふ、冗談だ、俺もついさっき来たところだ」

アレクシスはようやく顔を向ける。蒼い瞳に、今日はなぜか落ち着いた色が見えた。

「昨日の続きを」

「……はい」

セナが席に着くと、書類を渡される。アレクシスは相変わらず隣に座り、セナの作業を見守る。

今日は昨日ほど緊張しなかった。とはいえ、依然として居心地の悪さは感じる。

「おい、そこは違うな」

突然、アレクシスが指差す。セナの書いた数式の一部を指して。

「魔力消費の計算式だが、これは通常は定数として扱うはずだ」

「……え?」

セナは驚いてアレクシスを見た。魔法理論に詳しいとは思っていなかった。

「どうして?」

「実技でよく使うからな」

アレクシスはいたずらっぽく笑った。

「お前、俺が何も知らないと思ってたな?」

「……すみません」

「謝るな。そう思うのも無理はない」

アレクシスは肩をすくめた。

「俺は問題児らしいだからな。授業もよくサボるし」

「……なぜ、そんなことを?」

思わず聞いてしまった。アレクシスは少し驚いた表情を見せた後、苦笑した。

「退屈だからだ。学院の授業など、つまらなくて仕方ない」

「……でも、アレクシス様は優秀だと聞いています。魔法実技も剣術も――」

「できるからこそつまらない」

アレクシスの瞳に、一瞬だけ寂しげな色が浮かんだ。

「誰も俺に本気で挑もうとしない。勝って当然と思われている」

その言葉に、セナは胸が痛んだ。それは自分とは正反対の、しかしどこか通じる苦しみのように感じられた。

「……お前はどうだ?」

突然、アレクシスが尋ねる。

「お前も優秀なんだろう? なのに、なぜ目立たないようにしている?」

鋭い質問に、セナは息を詰まらせた。

「……そんなこと」

「お前、わざと手を抜いているな?」

「……!」

見抜かれていた。セナは顔を上げず、必死で平静を装う。

「何をおっしゃっているのか」

「知らないふりをするな」

アレクシスはさらに身を乗り出した。

「昨日の論文の概要を見ればわかる。お前の実力は、学院の評価以上だ」

「……過剰な評価です」

「違う。俺の目は確かだ」

アレクシスの声には、疑いの余地がない。

「なぜ力を隠す?」

「……ただの奨学生です。目立つ必要はありません」

「それも嘘くさいな」

アレクシスはあっさりと言い放った。

「お前の瞳には、もっと深い理由がある。俺にはわかる」

セナは思わず顔を上げた。アレクシスの蒼い瞳が、真剣に自分を見つめている。

(なぜ、そんなに……)

「まあいい」

突然、アレクシスが態度を変えた。

「無理に話させはしない。いつか勝手に話したくなる時が来るだろう」

その自信に満ちた言葉に、セナは少しむっとした。

「……そんな日は来ないと思います」

「来るさ」

アレクシスは確信に満ちて笑った。

「では、作業を続けよう。お前、さっきの数式を直せ」

「……はい」

セナは再びペンを握った。アレクシスの存在は相変わらず気になるが、昨日ほど混乱しなくなっていた。

数時間後、論文の骨子がほぼ完成した。セナはほっと一息ついた。

「……これで、あとは詳細を埋めるだけです」

「思ったより早いな。流石だ、セナ」

名前を呼ばれて、セナははっとした。アレクシスが自分の名前を呼ぶのはこれが初めてだ。

「……?」

「何だ?ただ、褒めただけだろ」

アレクシスは立ち上がり、窓のそばに歩いていった。夕日が差し込み、その姿をシルエットのように浮かび上がらせる。

「おい、セナ」

「……はい」

「なんでお前は、俺を恐れないんだ?」

突然の質問に、セナは言葉に詰まった。

「……恐れてはいません」

「媚びてもいないな。他の連中とは違う」

アレクシスは振り向いた。逆光の中、表情は読めない。

「俺が公爵家の息子だということを、どう思っている?」

「……特に何も」

「そうか、それが本当なら、お前はある意味で凄い奴だ」

アレクシスは窓辺に寄りかかった。

「学院で、俺がどう思われているか知っているか?」

「……問題児だと」

「はっ、そうだ。なぁ、セナ」

アレクシスが真っ直ぐにセナを見つめる。

「お前もそう思うか?」

難しい質問だ。セナは少し考えてから答えた。

「……わからないです。まだ、よく知りませんから」

「なら、知りたいか?」

「……え?」

「俺を、知りたいか?」

セナの心臓が、またしても激しく鼓動した。なぜこんな質問をするのか。どう答えればいいのか。

「……共同課題を完成させるためには、ある程度の理解は必要かもしれません」

「課題の話じゃない」

アレクシスがきっぱりと言う。

「俺はお前に興味がある。だからお前にも、俺に興味を持ってほしい」

「……なぜ、僕に?」

「それがわからんのだ」

アレクシスは不思議そうに眉をひそめた。

「お前は特別だ。なぜかは説明できないが、俺の本能がそう告げている」

危険な香りがする。セナは無意識に後ずさりした。

「……変なことをおっしゃいます」

「変か? まあ、そうかもしれん」

アレクシスは笑いながら近づいてきた。

「で、答えは? 俺のことを知りたいか?」

逃げ場がない。セナはじっとアレクシスを見つめた。蒼い瞳は真剣で、遊びではなかった。

「……時間がかかるかもしれません」

ようやく絞り出した言葉に、アレクシスは満足げに頷いた。

「構わない。時間はある」

その言葉が、どんな意味を持つのか、セナにはまだわからなかった。

それからの数日、セナとアレクシスは毎日のように補習室で時間を共にした。論文の作業は順調に進み、予定より早く完成させることができそうだ。

しかし、アレクシスは相変わらず奇妙な行動を続けた。作業が終わっても帰らせず、雑談を要求したり、学院内を散歩させたり。

「おい、セナ。今日は中庭に行くぞ」

「……で、ですが、中庭では論文の作業ができないのでは?」

「関係ない。俺が行きたいと言ったんだ」

こうして、セナはアレクシスに付き合わされる日々が続いた。最初は迷惑で仕方なかったが、次第に慣れていった。アレクシスは確かにわがままだったが、セナの意思を無視することはなかった。時折見せる優しさに、つい心が動かされそうになる自分がいた。

ある夕方、二人は中庭のベンチに座っていた。先程、論文を無事に提出し、補習は正式に終了した。それでもアレクシスはセナを離さなかった。

「やっと終わった。お前の論文、面白かった」

「……いいえ、アレクシス様が指摘してくださったお陰です」

「別に普通だろ」

アレクシスは空を見上げた。夕焼けが蒼い瞳を金色に染めていた。

「で、これからどうする?」

「……寮に戻ります」

「つまらないな。もっと面白いことはないのか?」

「……わかりません」

セナは俯いた。最近、アレクシスと一緒にいるときの自分の変化が怖かった。心が少しずつ開いていくのを感じる。

「おい、セナ」

「……はい」

「俺たち、少し近づけた……よな?」

突然の質問に、セナは息を詰まらせた。

「……み、身分が違いすぎます。そんな――近づくなんて」

「身分は関係ない。俺が聞いているのは、お前の気持ちだ」

アレクシスの声は真剣だった。

「お前は俺を、どう思っている?」

セナは答えに困った。確かに、アレクシスは他の貴族とは違った。わがままだが誠実で、時折見せる寂しげな表情に、つい心を動かされそうになる。

「……わかりません」

「はは、相変わらずだな」

アレクシスは笑ったが、その笑みはどこか寂しげだった。

「まあいい。無理に答えさせたいわけじゃない」

立ち上がり、アレクシスはセナを見下ろした。

「だが、俺はお前を……、いや、それ以上か」

「?……それ以上?」

セナは不安げに顔を上げた。アレクシスの表情は複雑で、読み取りにくかった。

「俺にもよく分からないんだ」

そう言うと、アレクシスは去っていった。セナは一人ベンチに残され、胸の高鳴りが収まらないのを感じた。

(それ以上……って?)
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