転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー

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猫の王子、願いはただ一つ(ラセル視点)

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 そのころ、王都の影で――夜の宮殿裏庭にて、黒いローブを纏った数人の人影が密かに集っていた。
「……次の標的は、“レオナルト・ヴァイス”だ」
「ふん。戦鬼様に手を出すとは、命知らずだな」
「構わん。あの男が動けば、戦争は止まる。我らにとっては邪魔だ」
「だが……側近の“シリル・フォード”にも注意が必要だ。あの男、動きが妙だ」
「ふん……なら、同時に潰せばいいだけの話」
「猫を――使うか?」
「……いや、あれは今はまだ“目”にしておけ」
 その時、一人の男が、庭の影にうずくまる黒猫に目をやった。
「……ふん、相変わらず気配を消すのが上手いな、“ラセル”」
 黒猫は、薄く笑うように目を細めた。そして、月明かりの中――その姿が、銀髪の青年へと変化する。
「……人間は、やっぱり面白いね」
 彼は夜の闇へと溶けるように消えていった。

   ◆

 夜の城の廊下は、ひんやりとしていて、静かだった。人の足音はなく、蝋燭の明かりだけが揺れている。
 ――その中を、一匹の黒猫がしなやかに歩いていた。いや、黒猫の姿をした“魔法の国の王太子”、ラセル・ヴィル=フェルカである。
「……やっぱり、ここの空気は、息苦しいな」
 声には出さない。でも、猫の姿の中で、彼は思う。
 ――剣の国の空気は、魔法の国のそれとはまるで違う。清廉で、冷たくて、規律に満ちていて、そして――あの人の匂いがする。
 レオナルト・ヴァイス。
 “戦鬼”と呼ばれた剣の国の将軍。あまりに冷酷で、美しくて、無感情で、非人間的。だからこそ、幼い頃のラセルには神のように見えた。
(あの人のようになりたい、と思った。ずっと、背中を追いかけてきた)
 けれど――いつしかそれは、“憧れ”ではなく“恋”へと変わっていた。
 魔法の国の王太子でありながら、敵国の英雄を、密かに、心の奥で想い続けていた。
 その想いは、もはやこじれて、崩れて、どうにもならなくて。
(だから、猫になった)
 人としては、近づけない。王太子としてなど、絶対に会えない。剣を交えるしかない宿命なら、いっそ、最初から剣を交えずに済むように。
 この国に潜入し、「黒猫」として、あの人の手に触れることを選んだ。

「……にゃあ」
 やわらかな声をあげて、ラセルは扉を鼻先でつつく。
 少し開いた扉の隙間から入ったのは――レオナルトの私室。
 月明かりの中、椅子に座って何かの報告書を読んでいるレオナルトの姿が、部屋の奥にあった。
(相変わらず、完璧な横顔……)
 ラセルはそっと部屋の中へ入る。レオナルトは視線をあげたが、特に驚いた様子もなく、小さく呟いた。
「……また来たのか」
 レオナルトが相好を崩す。厳しい顔つきが一瞬にして崩れる、この瞬間が好きだ。
 ラセルは「にゃ」と鳴きながら、床をとんとんと歩いてレオナルトの足元へ。
 そして、当然のように、彼の膝の上へよじ登る。鬼神と呼ばれ人々に恐れられている人の膝に抱かれに行けるのは、無邪気な猫の特権だ。
「……重くはないが、こうも毎日来られると、少々困るな」
 困るなと言いつつも、その声は甘く優しい。ちょっと困った様子が、またいい。もっと困らせてみたくなる。
 ――レオナルトの指は、黒猫の耳をやさしく撫でた。指先が、そっと毛を梳いてくる。
(……やっぱり、気持ちいい)
 ラセルは思わず喉を鳴らした。
 人として触れられたら、それは“禁忌”で、“政治問題”で、“戦争”だ。でも、猫なら――。
 なにも起こらない。ただ、こうして撫でてもらえる。膝に抱かれて、耳を撫でられて、あたたかく眠れる。
(……ずるい、のだろうな、俺は。だけど、俺からしたら、もっと「ずるい」と思ってしまうやつがいる)
 彼はシリルの顔を思い出す。この国の側近。元は別の世界の人間。そして、今――レオナルトの隣にいる男。
 (俺と違って、“堂々と”あの人に言葉をかけられる。俺と違って、手も、心も、きっと繋げる)
 嫉妬していないとは言わない。でも、それ以上に――ただただ、羨ましかった。

 レオナルトの指が、耳の後ろを撫でる。
 苦しい思いも、切ない思いも、こうしてレオナルト指で優しく撫でられれば瞬時に霧散して溶けてしまう。このひとときだけだとしても、やがて、シリルのもとに帰る指だとしても、この喜びと心地よさは、何ものにも代えがたい。享受できるだけ、享受するのは、罪ではないよね? だって、この人も、俺を撫でることで、癒されているのだもの。
「お前は……どうして、こんなに俺の傍にいるんだ?」
 その問いに、黒猫は答えない。猫だから、答えられない。いや、人であっても、立場上、けして伝えられない言葉だった。けれど、もし答えられるのなら、こう言いたかった。
 ――貴方のことが、好きだからです。
 ラセルは、ふと目を伏せた。
(……いつか、この姿ではいられなくなる)
 いつか、国に帰り、王となり王としての役目を果たさなければならない。そして、この人と敵対しなければいけないのか? このままではいられない。
(だから――その前に、せめて)
 せめてあと少しだけ。彼の手に、撫でられたかった。
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