転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー

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裏切りの香り、推しのために立ち上がる

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「――なぜ、俺の“側近”が、夜中に襲われるような事態になった」

 静かな怒りだった。

 執務室。重厚な机を挟んで、レオナルト公爵の声が低く響く。
 まるで冷たい刃を押し当てられているような、緊迫した空気。

「警備の手薄な時間に書庫に行くなど、なぜ止めなかった」

「いえ、我々も事前には把握できておらず……」

 レオナルトの視線が、報告役の将校たちを切り裂くように突き刺す。
 彼らが思わず目をそらしたそのとき、シリルが小さく咳払いした。

「――レオナルト。もうそのへんにしてくれ。大事にはならなかったんだ」

 と、俺は、取りなそうとする。

「大事に“なる前”に止めるのが、お前の言葉で言う“健康的”な判断力だろう」

 と、危機管理に厳しいレオナルトは反論する。

「……皮肉のレベルが高いよ、お前……」
 
 俺は苦笑する。

「当然だ。お前は俺の“命よりも大事な駒”だからな」

 えっ、俺、駒!? 駒なの!? ん? でも、俺の命よりも大事って言った? えっ? え?

「ちょ、今の、今のもうちょっと説明して!?」

「意味がわからないなら黙ってろ」

「うわあああ! デレがわかりにくい!」

 ……その場の空気が、一瞬だけやわらぐ。

 だが――レオナルトは、すぐに真面目な顔に戻って言う。

「……お前、何者かに“助けられた”と言っていたな」

「ああ。何者というか、正確に言うと……黒猫、だった。例の」

「……猫?」

「うん。俺の足元にいた、あの猫。魔法を使って、襲撃者を封じてくれた」

「猫が……魔法を?」

「信じられないよな。俺も、意味わからなかった。でも――あれは、間違いなく魔法だった。魔法陣、結界のパターンも……“原作”に出てくる王太子の専用術式だった」

「……げんさく? 王太子?」

「あっ……いや、なんでもない。いやいやいや、なにか言った!? 俺、なんか言った!?」

「……フン」

 レオナルトは深く椅子に腰を沈めた。

「猫が魔法を使う……妙だな。魔法の国の使い魔か? それとも、変化した者か」

「変化……?」

「つまり、“人間が猫に化けている”という可能性もある」

 レオナルトは眉間に皺をよせて考えこんでいる。

(まさか……)

 まさか、あれが本当に――“ラセル王太子”本人だという可能性まで考え始めているのか?

 そのとき――執務室の扉が、ノックされた。

「失礼いたします。客人がお見えです」

「……客?」

「魔法の国より、使節団の一員として到着されたとのことです。若き貴族のご子息。“レセル・ノウル”と名乗っております」

 シリルとレオナルトは、同時に眉をひそめた。

 レセル――ラセル? 敵国、魔法の国の王太子の名前は、ラセルだった。
 その名前、偶然にしては、できすぎている。レオナルトは何と思ったか知らないが、シリルはピンときた。なぜなら、原作小説では、ラセルは、レオナルトの敵……いや、主人公の宿敵がレオナルトなんだけどね……。だから、ラセルという名には、敏感だ。

「……通せ」


   ◆


 数分後。

 扉が開かれたその瞬間、シリルの心臓は、跳ね上がった。

 金の瞳。銀の髪。貴族然とした整った顔立ち――それでいて、どこか人間離れした気配。
 そして――猫と同じ、目。

(あの猫だ……!)

「はじめまして。魔法の国より参りました、レセル・ノウルと申します」

 優雅な所作で礼を取るその姿は、どこをどう見ても“只者ではない”。気品がありすぎる。そして、その柔らかな物腰は、猫のようにしなやかで……。

 シリルには確信した。
 声は違えど(さすがに、猫の声ではない)、気配が同じだった。

 ――これは、絶対に。
 黒猫で、かつ、敵国、魔法の国の王太子、原作の主人公である、ラセルだ。レオナルトの宿敵。いや、レオナルトが原作主人公の宿敵なんだけど。あやしい。危険だ。危険すぎる。何をたくらんでいるかわからない。しかも、絶大な魔力の使い手だ。

 レオナルトはじっとその男を見つめたまま、立ち上がった。

「……何の用だ?」

「剣の国に対し、非公式ながら友好の証を――と、王より命を受けております。今回は、視察と顔見せのために。お目汚し、失礼いたします」

「……非公式、ね」

 レオナルトの視線が鋭くなる。

「お前の魔力が、今朝この城に残された痕跡と一致するのは、偶然か?」

「……ほう」

 レセル――ラセルは、唇の端をわずかに上げた。

「流石ですね、公爵閣下。そういうところが――“私の憧れ”でもある」

「……」

「そう、貴方には“昔から興味がありました”。戦鬼と呼ばれるその剣、その瞳、その沈黙……どれもが、“理想”でしたから」

 その言葉に、シリルは息を呑んだ。

(……ああ、そういうことか)

 レオナルトに憧れて、この国に来て、猫の姿で近づいて――でもそれを、レオナルトはまだ気づいていない。

 そして俺だけが、知ってしまっている。

 ――この“第三者”の視線が、レオナルトを見つめるその熱を。

 “あて馬”という言葉が、現実味を帯びて胸に突き刺さった。

 物語が改変された今の世界では、この二人が正式に結ばれて、俺の方があて馬なのかもしれない……。なぜなら、絶大な魔力を誇る、ラセルが噛んでいるとしたら……自分の思い通りになるように、魔力を駆使するのではないか?
 俺の胸に、不安が広がった。
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