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“憧れ”と“恋”の境界線
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廊下の先。ひっそりとした静かなテラスに、風が吹き抜ける。
白い月が、城の石壁を照らしていた。
その手すりにもたれていたのは、銀髪の青年――ラセル。
猫ではない、魔法の国から来た“使節団の若き貴族”、レセルという仮の顔をした男、実は敵国、魔法の国の王太子。原作主人公であり、レオナルトの敵だ。原作では、レオナルトの方が敵なんだけどね……。
その背に、俺は静かに声をかけた。
「……お前、俺のこと覚えてるだろ?」
ラセルの肩が、微かに揺れた。
「……さて。何のことでしょう?」
「とぼけんな。今朝の襲撃、お前が防いだ。あの魔法――あれは、特定の人間しか使えない術式だった。そしてそれを使えるのは、ただ一人。ラセル・ヴィル=フェルカ、魔法の国の王太子だけだ」
沈黙。
やがて、ラセルはゆっくりと振り向く。金の瞳が、夜の光を宿している。
「――それを知っていて、私に近づいたのか?」
「怖いか? 正体をバラされるのが」
「いいや。むしろ、“分かってくれている”ほうが楽だよ」
ラセルは、微かに笑った。けれどその笑みは、どこか哀しげだった。
「……じゃあ、なんで“猫”になってたんだよ。
お前……原作じゃ、レオナルトを敵として戦場で追い詰める役だったろ?」
原作、という言葉を使っても、ラセルはレオナルトのように、怪訝な顔をしなかった。さすが魔法の国、何か知っているんだな。いや、レオナルトに対する執念で、調べたのか……?
「そうだね」
ラセルは目を伏せた。
「でも、あれは物語の中の俺」
うわっ、物語、って言った! なんで原作小説の主人公がメタ視点を持ててるんだ? レオナルトを自分の思うままにしたいという執念がメタ視点を持つことを可能にしたのか?
「本当の俺は、あんなふうに……あの人を殺したくなんかなかった」
普通に、読者だった俺との会話が成立しているし!
「じゃあ、なぜ来た? なぜこの国に?」
詰問の声になっていた。
俺の胸の奥で、何かがざわざわと、疼いていた。
俺は知っている。
この男が、あの人を好きだということを。だからこそ、俺は――問いたださずにはいられなかった。
ラセルは小さく、呟いた。
「……“知りたかった”んだよ。本当に、あの人は“誰も愛さない”のか。心を動かさず、冷酷なままに生きていくのか。それとも……誰かの手を、取ることができるのか――って」
「……」
「それを、“猫”として見ていた。そうしたら……あの人は、君と笑った。君と話し、君とキスをした。だから――もう、いいんだ。俺は」
淡々と語る言葉に、悲しみと羨望と、優しさが混ざっていた。
「君は、俺にはできなかったことをした。あの人に、“心をあげる”ってことを、ちゃんと……やったんだ」
俺は、息を呑んだ。
「……あんた、あいつを……」
「愛してるよ」
ラセルは、まっすぐに言った。
「……君が、誰よりもあの人に相応しいとわかっていても、……それでも、好きだ。好きで、触れたくて、でも触れられなくて……だから、“猫”になった。……そんな俺を、笑うか?」
「笑うわけ……ねぇだろ」
俺は、思わず声を詰まらせた。
同じだ。俺だって、もともとは“別世界のオタク”だった。あの人を、助けたいと願ってここまで来た。やってることの根底は、何も違わない。
「……でもな、ラセル」
「……なに?」
「俺も、あいつを愛してる」
その瞬間、ラセルの目がかすかに揺れた。
「お前と同じで、俺も最初は推しだった。でも……今は、ちゃんと恋をしてる。だから――引かねぇよ。お前がどんな立場でも」
夜風が吹く。
二人の間にあるのは、剣でも魔法でもなく、ただ、“同じ人を愛してしまった男”同士の、火花だった。
「……君さえいなければ、きっと俺だったんだろうな」
「でも、いるんだよ。俺は」
「……くそ、腹立つ」
「正直、俺もだ」
二人して、同時にため息をついた。
そして、ラセルがぽつりと呟いた。
「……もし、次にあの人に“何か”が起こったら」
「……?」
「そのときは、君と肩を並べる。敵でも味方でもなく――“ただの恋敵”として」
それは、宣戦布告でもあり、友情のような覚悟でもあった。
白い月が、城の石壁を照らしていた。
その手すりにもたれていたのは、銀髪の青年――ラセル。
猫ではない、魔法の国から来た“使節団の若き貴族”、レセルという仮の顔をした男、実は敵国、魔法の国の王太子。原作主人公であり、レオナルトの敵だ。原作では、レオナルトの方が敵なんだけどね……。
その背に、俺は静かに声をかけた。
「……お前、俺のこと覚えてるだろ?」
ラセルの肩が、微かに揺れた。
「……さて。何のことでしょう?」
「とぼけんな。今朝の襲撃、お前が防いだ。あの魔法――あれは、特定の人間しか使えない術式だった。そしてそれを使えるのは、ただ一人。ラセル・ヴィル=フェルカ、魔法の国の王太子だけだ」
沈黙。
やがて、ラセルはゆっくりと振り向く。金の瞳が、夜の光を宿している。
「――それを知っていて、私に近づいたのか?」
「怖いか? 正体をバラされるのが」
「いいや。むしろ、“分かってくれている”ほうが楽だよ」
ラセルは、微かに笑った。けれどその笑みは、どこか哀しげだった。
「……じゃあ、なんで“猫”になってたんだよ。
お前……原作じゃ、レオナルトを敵として戦場で追い詰める役だったろ?」
原作、という言葉を使っても、ラセルはレオナルトのように、怪訝な顔をしなかった。さすが魔法の国、何か知っているんだな。いや、レオナルトに対する執念で、調べたのか……?
「そうだね」
ラセルは目を伏せた。
「でも、あれは物語の中の俺」
うわっ、物語、って言った! なんで原作小説の主人公がメタ視点を持ててるんだ? レオナルトを自分の思うままにしたいという執念がメタ視点を持つことを可能にしたのか?
「本当の俺は、あんなふうに……あの人を殺したくなんかなかった」
普通に、読者だった俺との会話が成立しているし!
「じゃあ、なぜ来た? なぜこの国に?」
詰問の声になっていた。
俺の胸の奥で、何かがざわざわと、疼いていた。
俺は知っている。
この男が、あの人を好きだということを。だからこそ、俺は――問いたださずにはいられなかった。
ラセルは小さく、呟いた。
「……“知りたかった”んだよ。本当に、あの人は“誰も愛さない”のか。心を動かさず、冷酷なままに生きていくのか。それとも……誰かの手を、取ることができるのか――って」
「……」
「それを、“猫”として見ていた。そうしたら……あの人は、君と笑った。君と話し、君とキスをした。だから――もう、いいんだ。俺は」
淡々と語る言葉に、悲しみと羨望と、優しさが混ざっていた。
「君は、俺にはできなかったことをした。あの人に、“心をあげる”ってことを、ちゃんと……やったんだ」
俺は、息を呑んだ。
「……あんた、あいつを……」
「愛してるよ」
ラセルは、まっすぐに言った。
「……君が、誰よりもあの人に相応しいとわかっていても、……それでも、好きだ。好きで、触れたくて、でも触れられなくて……だから、“猫”になった。……そんな俺を、笑うか?」
「笑うわけ……ねぇだろ」
俺は、思わず声を詰まらせた。
同じだ。俺だって、もともとは“別世界のオタク”だった。あの人を、助けたいと願ってここまで来た。やってることの根底は、何も違わない。
「……でもな、ラセル」
「……なに?」
「俺も、あいつを愛してる」
その瞬間、ラセルの目がかすかに揺れた。
「お前と同じで、俺も最初は推しだった。でも……今は、ちゃんと恋をしてる。だから――引かねぇよ。お前がどんな立場でも」
夜風が吹く。
二人の間にあるのは、剣でも魔法でもなく、ただ、“同じ人を愛してしまった男”同士の、火花だった。
「……君さえいなければ、きっと俺だったんだろうな」
「でも、いるんだよ。俺は」
「……くそ、腹立つ」
「正直、俺もだ」
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そして、ラセルがぽつりと呟いた。
「……もし、次にあの人に“何か”が起こったら」
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