転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー

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黒猫は、甘くて、痛い。撫でていた猫が“宿敵、敵国の王太子”でした(レオナルト視点)

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 夜の執務室。誰もいない静かな部屋。
 デスクに座った俺は、思考を停止したまま、眉間を押さえていた。

 目の前には、一冊の報告書。
 魔法の国の王太子、ラセル・ヴィル。
 仮名“レセル・ノウル”として潜入、さらに――

 猫の姿に変化して、俺の足元にいた。

 そう。
 あの、毎晩のように足元にいた。
 あの、部屋に入ってきて、腹を見せてひっくり返っていた。

(……思い出すな)

 撫でていた。
 背中を、喉元を、耳の裏を。
 可愛く鳴いて、尻尾を絡ませて――

(よりによって“敵国の王太子”だったとは……)

 頭を抱えた。



 そこへ、扉がノックされた。
 開けたのは、シリル。

「……お疲れ」

「……ああ」

「なんか、顔赤いけど?」

「……気のせいだ」

「……いや、絶対気のせいじゃない」

 椅子に腰かけた俺を、じっと見てくる。
 その目がなんとなく笑ってる。

「レオナルト……お前、思い出してるだろ。猫のこと」

「……」

「膝の上に抱いて撫でてたんだもんな、あいつを。ラセルのことを。しかも腹とか、耳の裏とか」

 おぞましい事実をシリルが突き付ける。

「やめろ」

「“なあ、今日も撫でていいか?”とか言ってたよな」

「それ以上喋るな」

「“お前、ほんとに甘えん坊だな”って、真顔で言ってたよな」

「殺すぞ」

「っぷ……! で、でさ、いまどんな気持ち?」

 笑いをこらえて嬉しそうに言うシリル、どんだけドS。

「……死にたい」

 顔を手で覆った。
 いつも膝に抱きかかえて撫でながら、あんなやさしい声をかけていた自分が、情けない。


「でもなぁ、俺もちょっとわかる気がするんだ」

 シリルがぼそっと言う。

「だってさ……あんなふうに寄ってこられたら、撫でたくなるよ。すり寄って、喉鳴らして、膝に乗ってくるとか……ズルい」

「……」

「俺だって……猫みたいに撫でられたいし」

「……何?」

「……いや、なんでもない。忘れて」

 シリルがぷいと顔を背けた。
 耳まで赤い。

「言ったんだから、もう遅い」

「う、うるさい!」

「え? 何? もう一回言って? なんだっけ、猫みたいに……?」

「言うなあああああ!!」


 その時だった。
 ふいに、なんでもないみたいな顔で、シリルが言った。

「……ラセルのこと、好きだった?」

「いや、恋ではない」

「そっか」

 シリルは、ほっとしたような顔をして息を吐いた。

「……俺はあいつを敵だと思っていた。でも、心のどこかでは、あいつを“敵”じゃなくしたかったのかもしれない」

「……」

「敵じゃなかったら、あいつが王子じゃなかったら、ただの猫のままだったら――俺は……撫でたことに、こんなに罪悪感や恥ずかしい思いをしなくてすんだんだ……。そうだよな?」

 そして、ぽつりと呟いた。

 「猫に対して……心が、動いた。でもそれを、“精神干渉”って言われたんだ。自分の感情を……魔法のせいだって」

 シリルが、黙ってこちらを見ていた。

 俺は、苦笑した。

「……また、俺は“感情”を捨てるべきなんだろうな」

「そんなこと、言うなよ」

 シリルが歩み寄ってきて、俺の手を掴む。

「お前が笑ったの、何回見たと思ってんだよ。泣いても、怒っても、撫でても、全部、ちゃんと“レオナルト”だったじゃないか」

「……」

「俺は、ちゃんとお前が“心で動いた”のを見てきたよ。魔法のせいじゃない。“お前”の感情だったよ」

 その言葉に、初めて、涙が出そうになった。

 でも、泣く前に――俺は、シリルの頬に触れた。

「……猫みたいに撫でられたいって言ったな」

「ま、待って!? それはその場のノリというか、例えというか――」

「もう一度言え」

「え、や、だから、俺は……その、俺だって、撫でられたいな、と……」

「ふ」

 小さく、笑ってしまった。

 頭に手を置く。

 髪を撫でる。ゆっくり、優しく、心を込めて。


 シリルが、目を閉じた。撫でられている時の、猫みたいに、気持ちよさそうに。

 頬が赤くて、でも、少し泣きそうな顔だった。

「……ありがとう」

 俺が愛していたはずの猫は、もういない。猫じゃなかった。幻だった。でも、俺には、まだ、こいつが、シリルがいる。シリルが、俺の側にいてくれる。

「俺は……お前がいてくれて、よかった」

 その夜、感じたぬくもりを、より大切に思ったのは、撫でられたいと言っていたシリルよりも、俺の方だったかもしれない。
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