異世界おひとりさまOL

佐藤謙羊

文字の大きさ
4 / 21

01-04 トックチューブとユリアチャンネル

しおりを挟む
「ありがとう。この画像はトックチューブにアップするが構わないだろうか?」

 「も、もちろんっす!」と揉み手の若者たち。

「アップだろうがアップップだろうが好きにしてくださいっす!」

「自撮り夜叉の姉さんにアップップしてもらえるだなんて、光栄っす!」

「そ、それじゃあ俺らは、ここいらで失礼させていただくっすぅ!」

 そそくさと離れていく若者たちには目もくれず、ユリアはスマホを操作して動画撮影モードに切り替える。
 コホンと咳払いをひとつすると、スマホに向かって話し始めた。

「ユリアチャンネルだ。今日は、チーズのおいしい村に来ている」

 自撮り棒を足元に傾け、背後にある岩山が映り込むようにする。

「酒場の店主によると、まわりにある岩山にはレアなスライムがいるそうなので、これからそれを探しに行ってみようと思う」

 『トックチューブ』は、特区内でのコンテンツに限定された写真や動画の共有サイトのこと。
 特区はすべての人種に人気のある旅行先なので、トックチューブの利用者も世界じゅうにいた。

 余談となるが、百合が自宅のアパートで使っている炊飯器や電気ポットは、実家からもってきた大昔のものである。
 デザインは花柄で操作するボタンもひとつしかないのだが、なぜそんな骨董品を使い続けているかというと、それしか使い方がわからないからであった。

 百合は、極度の機械オンチである。
 ソーシャルネットワーク系のサービスについては名前だけは知っているものの、どれも若者に人気のテレビ番組かなにかだと思っていた。

 そんな生きた化石のような彼女であったが、大学の進学祝いで父親から貰ったスマホにトックチューブのアプリがプリインストールされていたのをキッカケに、配信の世界に足を踏み入れることとなる。
 写真を簡単にアップロードできるので、最初は特区での出来事を日記感覚でアップロードしていた。

 アプリには懇切丁寧なチュートリアルが付いていたので、それに従っていくうちに、『ユリアチャンネル』と名づけた動画配信を行なうまでに至る。
 しかし彼女の場合はあくまで自分用でしかなく、現実に疲れた時にトイレの中で見返して、密かに楽しむためのものであった。

 ユリアチャンネルの登録者数は現在10億人で、ダントツで世界一である。

 人気の理由としては、ユリアが辺境の地ばかり行っていること。
 他のトックチューバーの大半が、治安のいい王都近辺で配信を行なっているのに対し、ユリアは現地人ですら躊躇するような場所に平気で行くからだ。

 これは例えるならば、日本のドヤ街に行ってバカをやる素人と、海外の紛争地域に乗り込む戦場カメラマンほどの違いがある。

 再生回数はひとつの動画につき、100億再生。
 トックチューブは広告収入を得られるので、もし広告を付けていたらユリアは億万長者なのだが、彼女は広告を付けていなかった。

 なぜかというと、自分の動画をこれほどまでに多くの人に観られていることを知らないから。
 チャンネル登録数や再生数はロールプレイングゲームの経験値みたいなもので、やっていればひとりでに増えていくものなのだと勘違いしていた。

 トックチューブの運営からは、世界記録達成のお祝いとしてダイヤモンドの盾を贈るというメールが何度も来ている。
 企業からもオファーが殺到しているのだが、百合はすべて詐欺メールだと思ってノーリアクションを貫いていた。

 すでにギネスブックにも載っているのだが、それすらも彼女は知らない。

 トックチューブといえば、一攫千金を狙う自己顕示欲のカタマリのような者たちだらけ。
 しかしユリアだけは視聴者に媚びも驕りもせず、我が道を行くような配信を淡々と続けている。
 その姿が新鮮に映り、彼女はインターネットでは『ユリア様』の愛称で親しまれる、無欲でミステリアスな伝説の美女となっていた。

 さらなる余談となってしまうが、特区が現われてからというもの、現実と異世界の文化や技術がお互いに輸出入されるようになった。
 しかし現実にある家電製品だけは、特区には輸入されていない。

 なぜならば、特区にはまだ電気がないのと、現地人が家電製品を操作すると異常動作を起こしてしまうためである。
 充電式のノートパソコンやスマートフォンも現地人には扱えない。

 そのためスマホを持っていると、腕輪を確認するまでもなく『腕輪持ち』というのがわかってしまうのだ。

 トックチューバーの中にはスマホと腕輪を隠して配信する者もいるが、ユリアはそんなことはしない。
 彼女は「わたしはここにいる」と喧伝せんばかりに腕輪もスマホを天に掲げ、威風堂々と動画配信を続けていた。

 ふと先ほどの記念撮影を思い出し、大切なコレクションをしまい込むような手つきでアップロードのアイコンをタッチする。
 間を置かずに『いいね』が殺到し、その写真はトックチューブの人気ナンバーワンに躍り出た。

 彼女は夢にも思っていない。
 自分が、なすことすべてがバズりにバズりまくっている、世界的なインフルエンサーであることを。

「今しがた、酒場の前で出会った青年たちと撮った写真をアップした。こういう出会いも、旅先の楽しみのひとつだとわたしは思う。さて、それではレアスライムを探しに岩山のほうに……」

 コメントの途中で子羊がスマホをのぞきこんできたので、ユリアはしゃがみこんで頬を寄せた。

「そうそう、この村では羊が放し飼いされていて、村の外にある草原と村の中を自由に行き来している。みんなのびのびしているからいい羊乳が採れ、そのおかげでこの村のチーズは絶品なのだろう。……あ、チーズを食べるところも撮っておけばよかったな」

 食事系はトックチューブでも人気のコンテンツで、ユリアが料理を食べている姿を配信すればさらに人気になるのは間違いないのだが、彼女は食事中の配信だけはしなかった。
 いや、するつもりはあったのだが、料理を前にすると食欲が先走り、撮るのを忘れてしまうのだ。

 そんなおっちょこちょいなところも、ユリアチャンネルの魅力のひとつである。
 そしてユリアは天然でもあったので、微笑ましいシーンにも事欠かなかった。

 牛の鳴きマネで子羊に話しかけ、しかもそれが全力モノマネだったので子羊はすっかり引いている。
 逃げられてしまいしょんぼりしていると、どやどやと足音が近づいてきた。

「おい、テメェが『自撮り夜叉』か!」

「そう呼ぶ者もいるようだな」

 振り返るとそこには、先ほど退散した自称『自警団』たちが五倍ほどの手勢に膨れ上がってそこにいた。
 その先頭に立っていたのは未来の山男といった風情の、精悍さの中にあどけなさを残す青年だった。
 素肌に羊皮の上着を羽織っており、引き締まった肉体にある刺し傷から、若くして多くの修羅場をくぐってきていることを伺わせる。

「俺は自警団のリーダー! そしてゆくゆくは世界一の羊飼いとなる男、ペータだ! この俺が来た以上、よそものに勝手はさせねぇぜ!」

「わたしはただの観光客だが」

「夜叉が観光に来るかよ! しかし夜叉っていうから悪魔みてぇなヤツかと思ったのに、ぜんぜん違うじゃねぇか! まあいい、コイツで夜叉かどうかハッキリさせてやる!」

 ペータは腰に提げていたナイフを引き抜く。
 ナイフの刀身には穴が開いていて、ペータはその穴に指を突っ込んでクルクル回しはじめた。
 曲芸のようにナイフ回しを披露するペータを、ユリアは冷めた目で見つめている。

「どうだ、俺の目にも止まらぬナイフさばきは!」

「そのナイフは、そんな風に使うものではないだろう」

「おいおい、ビビってんのかぁ!? なら、コイツはどうだっ!」

 風鳴りとともにユリアの喉元にナイフが押し当てられる。
 瞬時に間合いを詰めたペータの顔は、まだ怖れを知らない若者特有の笑みを浮かべていた。

「へへっ、一歩も動けなかったな……! やっぱりテメェは夜叉なんかじゃねぇ、ただの女だ……!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

あなたはダンジョン出禁ですからッ! と言われた最強冒険者 おこちゃまに戻ってシェルパから出直します

サカナタシト
ファンタジー
ダンジョン専門に、魔物を狩って生計を立てる古参のソロ冒険者ジーン。本人はロートルの二流の冒険者だと思っているが、実はダンジョン最強と評価される凄腕だ。だがジーンはある日、同業の若手冒険者から妬まれ、その恋人のギルド受付嬢から嫌がらせを受けダンジョンを出入り禁止にされてしまう。路頭に迷うジーンだったが、そこに現れた魔女に「1年間、別人の姿に変身する薬」をもらう。だが、実際には「1歳の姿に変身する薬」だった。子供の姿になったジーンは仕方なくシェルパとなってダンジョンに潜り込むのだが、そんな時ダンジョンい異変が起こり始めた。

転生?憑依?したおっさんの俺は【この子】を幸せにしたい

くらげ
ファンタジー
鷹中 結糸(たかなか ゆいと) は、四十目前の独り身の普通という名のブラック会社に務めるサラリーマンだった。だが、目が覚めたら細く小さい少年に転生?憑依?していた。しかも【この子】は、どうやら家族からも、国からも、嫌われているようで……!? 「誰も【この子】を幸せにしないなら俺が幸せにしてもいいよな?」

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...