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02-05 はじめての料理
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命が助かったばかりなのに捌かれてはたまらないと、プレットは声を裏返しながら叫んだ。
「さ……ささっ、捌く! 捌けばいいんだろっ!」
すると、殺意すら感じさせていたユリアの目元が柔らかになる。
「そうか。ならばこのナイフを使ってさっそく始めよう」
「あ、ああ……。ってこのナイフ、オークを斬ってたやつじゃ……」
「いや、さっきのは戦闘用で、そっちは調理用のナイフだ。ナイフは使いやすいメーカーのもので揃えているんだ」
レイピアに刺さった魚を外し、まな板の上に乗せていくユリア。
「アユとサケとカツオか。淡水魚と海水魚が湖にいるとは、さすが特区だな」
「なんだそのへんな名前。コイツらはスイートデビルフィッシュ、スキップキックジャック、キングギロチンサーモンだ。この領内の湖は海と繋がってるから、海の魚も獲れるんだよ」
「ほう、詳しいんだな」
「当たり前だろ、僕はここの領主だぞ。……って、好きで詳しくなったわけじゃないけどな」
プレットはブツブツ文句を言いながら、魚にナイフを突き立てる。
「ったく……なんで僕が料理なんか……。湖なんてあるからこんな目に遭うんだ。帰ったらさっそく埋め立ての命令を……」
「違う、そうじゃない。あなたはお魚を捌いたことがないのか?」
「あるわけないだろ。料理なんて女か使用人がやることだからな」
「ならばわたしが教えるから、そのとおりにやるんだ」
プレットは「誰が……」と反抗しかけたところで、ユリアの眼が底光りしていることに気づいて口をつぐむ。
「まずはお魚の表面にあるウロコとヌメリを取るんだ。そのほうが、焼いたときに皮がパリッとなるからな」
「うへぇ、皮まで食すつもりか。僕ならかわりに銀紙を食すね、そのほうがよっぽどマシだ」
「ナイフの使い方はそうじゃない。ウロコを取るときは、こうやって背を使って……」
ユリアは言いながらプレットの隣に寄り添い、手を取って指導をはじめる。
間近に迫るその美貌はまばゆいほどで、プレットは思わずのけぞりそうになってしまう。
洞窟で抱っこされた時は半生半死だったのでそれどころではなかったのだが、吐息がかかるほどの距離に、呼吸も忘れて見とれてしまった。
長い睫毛がかかる頬は雪のように白く、薄ピンクの髪が揺れるたびに桃のような香りが漂ってくる。
少年のハートには矢が刺さったばかりか、天使の弾丸によってドキュンと撃ち抜かれていた。
プレットは領主という立場で、かつルックスも良いので異性には絶大な人気がある。
女の扱いには慣れているつもりでいたが、近づいただけで震えるほどのときめきを感じたのは、生まれて初めてのことであった。
まるでウブなお坊ちゃんが、美人家庭教師に教わる初日のようにすっかりカチコチになっている。
「……こうすればウロコなど簡単に……どうした、聞いているのか?」
「あっ……!? う、うんっ! こっ、こうすればいいんだな!?」
「そうだ。このお魚の捌き方だけは手取り足取り教えるから、しっかり聞いているんだぞ」
「は……はいっ! ……あっ、い、いや、お、おうっ! しょ……しょうがないなぁ!」
ユリアは三枚おろしのやり方まで教えたところで、甘やかな残り香とともに立ち上がる。
「よし、あとは自力でできるだろう。残ったお魚を捌いておいてほしい。ただし、スイートなんとか……アユは三枚おろしにしなくていい」
「わかったよ。……って、どこかに行くのか?」
「そろそろ暗くなってきたから薪を集めてくる。調理にも火が必要だからな」
そう言って洞窟のそばにある森に分け入っていくユリア。
いつものプレットであればこれ幸いと逃げ出すところだが、いまは違っていた。
「よーし! それじゃあバッチリ捌いて、アイツをびっくりさせてやるとするか!」
さっきまでの嫌がりっぷりはどこへやら、いっちょまえの板前のように袖捲りをしてウロコ取りをはじめる。
しばらくして、藪を破るような勢いでユリアが飛び出してきた。
ユリアは枯れ枝を両手いっぱいに抱えていたのだが、彼女が持っていると満開の花束に見えるな、とプレットは思う。
しかしユリアはそれどころではないようで、枝を置くなりプレットの手を取った。
「ちょっと、いっしょに来てほしい」
「えっ? なんだよ?」
ユリアは出てきたばかりの茂みにプレットを引っ張りこむと、折り重なる樹冠でひとあし早い夕闇を迎えていた森の中を早足に進んでいく。
「おいおい、いったいどこに連れていくつもりだ?」
「もう着いた。これを採ってほしい」
ユリアがスマホのライトで示した先はコケむした木の根元で、ぶどうのように房となって生えているキノコがあった。
「なんだこれ?」
「特区でなんというかは知らないが、わたしたちの世界では『シメジ』と呼ばれるキノコだ」
「キノコなんて採ってどうするつもりだ?」
「お魚といっしょに調理する」
「うげっ、臭い魚にほとんど味がしないキノコを合わせるなんて正気か。まぁ、僕が食すわけじゃないからいいけど……」
文句を言いながらもキノコをむしり採るプレット。
ユリアが欲しかったのはそれだけではないようで、そこからさらに歩いた場所に生えていた『ノビル』と『ニンニク』に似た野草も採ってから洞窟の前に戻る。
その頃には日も沈みかけてだいぶ暗くなっていたので、ユリアは手際よく焚火を作った。
洞窟の前の広場はオレンジ色の光で満たされていく。
「よし、それでは捌いたアユと、カツオの切り身に串打ちをするんだ。アユには塩を振って、この焚火のまわりに立ててくれ」
「はいはい、わかったよ。ったく、こんなののなにがいいのやら……」
プレットは文句を垂れつつも言われたとおりに手を動かす。
その間、ユリアはバーベキューコンロにも火種を作り、その上に鉄板を置いていた。
プレットの作業が終わったところで、さらなる指示を飛ばす。
「次は採ってきたノビルとニンニクを刻んでほしい。それが終わる頃にはこの鉄板から煙が上がっているはずだから、サケの切り身とシメジを焼いてくれ。味付けはそのときになったら教える」
「おい、魚を捌くだけじゃなくて、そのあとの事までやれというのか!?」
「しょうがないだろう、わたしは調理ができないのだから。それにあなたはいちど始めたことを途中で投げ出すような人間ではないと思ったのだが?」
ユリアの真顔に、プレットはすっかり弱くなっていた。
「ああもう、わかったよ! やればいいんだろう、やれば! 僕にここまでやらせたヤツはお前が初めてだ! ぜったいに、あとで後悔させてやるからな!」
「わたしは失敗なら数え切れないほどしてきたが、それを悔やんだことは一度もない。成功も失敗も、すべてが血肉だ」
「いくらお前でも、腹を壊したら血肉にならないだろう! あ~あ、僕はし~らないっと!」
軽口とともに三枚におろしたサケを鉄板に叩きつけるプレット。
サケは弾けるような音をたてて鉄板を跳ねはじめる。
ユリアの指示でシメジを、さらにバターとニンニクを追加投入すると、旨味の音はさらに強くなっていく。
……ジューッ!!
焼けるサケの香りと、焦げるバターとニンニクの香ばしい香りがあたりに広がり、プレットは知らず知らずのうちに喉を鳴らしていた。
「……な……なんだよ、これ……。なんか……ちょっと……うまそうだな……」
「さ……ささっ、捌く! 捌けばいいんだろっ!」
すると、殺意すら感じさせていたユリアの目元が柔らかになる。
「そうか。ならばこのナイフを使ってさっそく始めよう」
「あ、ああ……。ってこのナイフ、オークを斬ってたやつじゃ……」
「いや、さっきのは戦闘用で、そっちは調理用のナイフだ。ナイフは使いやすいメーカーのもので揃えているんだ」
レイピアに刺さった魚を外し、まな板の上に乗せていくユリア。
「アユとサケとカツオか。淡水魚と海水魚が湖にいるとは、さすが特区だな」
「なんだそのへんな名前。コイツらはスイートデビルフィッシュ、スキップキックジャック、キングギロチンサーモンだ。この領内の湖は海と繋がってるから、海の魚も獲れるんだよ」
「ほう、詳しいんだな」
「当たり前だろ、僕はここの領主だぞ。……って、好きで詳しくなったわけじゃないけどな」
プレットはブツブツ文句を言いながら、魚にナイフを突き立てる。
「ったく……なんで僕が料理なんか……。湖なんてあるからこんな目に遭うんだ。帰ったらさっそく埋め立ての命令を……」
「違う、そうじゃない。あなたはお魚を捌いたことがないのか?」
「あるわけないだろ。料理なんて女か使用人がやることだからな」
「ならばわたしが教えるから、そのとおりにやるんだ」
プレットは「誰が……」と反抗しかけたところで、ユリアの眼が底光りしていることに気づいて口をつぐむ。
「まずはお魚の表面にあるウロコとヌメリを取るんだ。そのほうが、焼いたときに皮がパリッとなるからな」
「うへぇ、皮まで食すつもりか。僕ならかわりに銀紙を食すね、そのほうがよっぽどマシだ」
「ナイフの使い方はそうじゃない。ウロコを取るときは、こうやって背を使って……」
ユリアは言いながらプレットの隣に寄り添い、手を取って指導をはじめる。
間近に迫るその美貌はまばゆいほどで、プレットは思わずのけぞりそうになってしまう。
洞窟で抱っこされた時は半生半死だったのでそれどころではなかったのだが、吐息がかかるほどの距離に、呼吸も忘れて見とれてしまった。
長い睫毛がかかる頬は雪のように白く、薄ピンクの髪が揺れるたびに桃のような香りが漂ってくる。
少年のハートには矢が刺さったばかりか、天使の弾丸によってドキュンと撃ち抜かれていた。
プレットは領主という立場で、かつルックスも良いので異性には絶大な人気がある。
女の扱いには慣れているつもりでいたが、近づいただけで震えるほどのときめきを感じたのは、生まれて初めてのことであった。
まるでウブなお坊ちゃんが、美人家庭教師に教わる初日のようにすっかりカチコチになっている。
「……こうすればウロコなど簡単に……どうした、聞いているのか?」
「あっ……!? う、うんっ! こっ、こうすればいいんだな!?」
「そうだ。このお魚の捌き方だけは手取り足取り教えるから、しっかり聞いているんだぞ」
「は……はいっ! ……あっ、い、いや、お、おうっ! しょ……しょうがないなぁ!」
ユリアは三枚おろしのやり方まで教えたところで、甘やかな残り香とともに立ち上がる。
「よし、あとは自力でできるだろう。残ったお魚を捌いておいてほしい。ただし、スイートなんとか……アユは三枚おろしにしなくていい」
「わかったよ。……って、どこかに行くのか?」
「そろそろ暗くなってきたから薪を集めてくる。調理にも火が必要だからな」
そう言って洞窟のそばにある森に分け入っていくユリア。
いつものプレットであればこれ幸いと逃げ出すところだが、いまは違っていた。
「よーし! それじゃあバッチリ捌いて、アイツをびっくりさせてやるとするか!」
さっきまでの嫌がりっぷりはどこへやら、いっちょまえの板前のように袖捲りをしてウロコ取りをはじめる。
しばらくして、藪を破るような勢いでユリアが飛び出してきた。
ユリアは枯れ枝を両手いっぱいに抱えていたのだが、彼女が持っていると満開の花束に見えるな、とプレットは思う。
しかしユリアはそれどころではないようで、枝を置くなりプレットの手を取った。
「ちょっと、いっしょに来てほしい」
「えっ? なんだよ?」
ユリアは出てきたばかりの茂みにプレットを引っ張りこむと、折り重なる樹冠でひとあし早い夕闇を迎えていた森の中を早足に進んでいく。
「おいおい、いったいどこに連れていくつもりだ?」
「もう着いた。これを採ってほしい」
ユリアがスマホのライトで示した先はコケむした木の根元で、ぶどうのように房となって生えているキノコがあった。
「なんだこれ?」
「特区でなんというかは知らないが、わたしたちの世界では『シメジ』と呼ばれるキノコだ」
「キノコなんて採ってどうするつもりだ?」
「お魚といっしょに調理する」
「うげっ、臭い魚にほとんど味がしないキノコを合わせるなんて正気か。まぁ、僕が食すわけじゃないからいいけど……」
文句を言いながらもキノコをむしり採るプレット。
ユリアが欲しかったのはそれだけではないようで、そこからさらに歩いた場所に生えていた『ノビル』と『ニンニク』に似た野草も採ってから洞窟の前に戻る。
その頃には日も沈みかけてだいぶ暗くなっていたので、ユリアは手際よく焚火を作った。
洞窟の前の広場はオレンジ色の光で満たされていく。
「よし、それでは捌いたアユと、カツオの切り身に串打ちをするんだ。アユには塩を振って、この焚火のまわりに立ててくれ」
「はいはい、わかったよ。ったく、こんなののなにがいいのやら……」
プレットは文句を垂れつつも言われたとおりに手を動かす。
その間、ユリアはバーベキューコンロにも火種を作り、その上に鉄板を置いていた。
プレットの作業が終わったところで、さらなる指示を飛ばす。
「次は採ってきたノビルとニンニクを刻んでほしい。それが終わる頃にはこの鉄板から煙が上がっているはずだから、サケの切り身とシメジを焼いてくれ。味付けはそのときになったら教える」
「おい、魚を捌くだけじゃなくて、そのあとの事までやれというのか!?」
「しょうがないだろう、わたしは調理ができないのだから。それにあなたはいちど始めたことを途中で投げ出すような人間ではないと思ったのだが?」
ユリアの真顔に、プレットはすっかり弱くなっていた。
「ああもう、わかったよ! やればいいんだろう、やれば! 僕にここまでやらせたヤツはお前が初めてだ! ぜったいに、あとで後悔させてやるからな!」
「わたしは失敗なら数え切れないほどしてきたが、それを悔やんだことは一度もない。成功も失敗も、すべてが血肉だ」
「いくらお前でも、腹を壊したら血肉にならないだろう! あ~あ、僕はし~らないっと!」
軽口とともに三枚におろしたサケを鉄板に叩きつけるプレット。
サケは弾けるような音をたてて鉄板を跳ねはじめる。
ユリアの指示でシメジを、さらにバターとニンニクを追加投入すると、旨味の音はさらに強くなっていく。
……ジューッ!!
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