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第十三話 怖いもの知らず
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メルビア北街の最奥。外壁すれすれに建てられた家に、その人物は住んでいる。
そこは外から見ると、雰囲気が暗いだけの普通の家。……いや、窓ガラスにヒビは入っているし、敷地内にはよく分からない置き物が転がっているし、草は伸び放題になっている、少し近寄りがたい雰囲気の家。
生い茂る雑草を分け入って正面の扉に辿り着くが、薄暗い区画にもかかわらず、明かりが点いている様子は見られない。
普通なら不在の可能性もあるが、ここの家主の場合はそれはない。断言してもいい。
僕は扉を軽くノックした。すると、中からガタガタと音がしたかと思うと、何かが倒れるような音と割れるような音が響いた。
しばらくして、蚊の鳴くような声で応答が返ってくる。
「…ど、とちらさま、ですか…?」
まるで借金取りかなにかに怯えるような男性の声。
僕は極力小さな、でもちゃんと聞こえる声で、
「ルカです。…大丈夫ですか?」
「!な、なんだ…。ルカくんかぁ…」
声をかけると、安堵したような呟きのあと、扉の向こうから施錠を解除する音が五回聞こえた。誰かに押し入られる予定でもあったのだろうか。
「いらっしゃい。久しぶりだねぇ」
彼は魔道具研究者のバージル。
研究者としての知識や技術は国営研究所のそれにも匹敵する、指折りの研究者だ。
ただ先程の対応にも見受けられるが、極度の人見知りで、普段は自宅に閉じこもって研究に没頭するか、コレクションの魔道具を磨く日々を送っている。
僕とは八年くらい前から付き合いがあるので、だいぶ慣れたらしいが、出会ったばかりの頃は物陰に隠れっぱなしだったり、対面できたとしても終始怯えて会話すらままならなかったりと、とにかくコミュニケーションがとれなかった。
そんなバージルだが、魔道具や魔法のこととなるとタガが外れる困った大人で、ベルハイトの他に唯一、[無限保存庫]に入ったことがある人だ。それも自分から。
僕を招き入れたバージルは、部屋の中央のテーブルの上を、いそいそと片付け始める。庭もそうだったが、家の中もなかなかのありさまだ。
床に散らばったメモ書きに、ぎっちり詰まった本棚、そこからあぶれた大量の書物。部屋の隅には謎の石板が積み重ねられているし、無造作に置かれているバスケットの中には、治癒薬の空瓶が詰められている。
バージルは手近な木箱に物を放り込みながら、僕に尋ねる。
「それで、今日は何がご入用なのかな?」
バージルは四元魔法の地・水・火・風、全ての適正を持っている。僕はバージルの魔法を[無限保存庫]に保存させてもらう代わりに、魔窟で魔道具を集めたり、研究資金を援助したりしている。
「風属性をいくつかお願いします」
「風だね。じゃあ、下に行こうか」
バージルと一緒に、先程片付けたテーブルを横にずらした。色のくすんだカーペットを捲ると、そこには一枚の扉がある。
バージルはその取っ手に両手をかけ、
「…ふんっ!ぎいぃぃいいっ!」
扉を開けようとしたが、びくともしなかった。
「バージルさん。僕が開けますから」
普段引きこもっているので、バージルには体力や腕力といったものは備わっていない。さっきテーブルを動かしたのも、ほとんど僕だ。
肩で息をしているバージルと場所を代わり、扉を開ける。木が軋む音がして、地下へ続く階段が現れた。
ランタンの明かりを頼りに階段を降りると、そこにはギルドの試験場くらいの広さの地下室がある。普段はバージルが魔道具の実験に使っている場所だ。
僕はバージルが立っている場所から離れ、奥に移動する。お互い、地下室の端と端にいる状態だ。
所定の位置につくと、バージルは楽しそうに肩を回しながら、
「まずは初級から五発ずつ。中級と上級はどうしようか」
「中級を五発いけますか?上級は今回は大丈夫です」
「了解!じゃあ、いくよー」
バージルが詠唱を始める。魔法陣が広がり、風が揺れる。
「無限保存庫・開放」
僕も魔法陣を展開して構える。
「――風裂く刃!」
無数の風の刃か、こちらを目がけて飛んでくる。
ただ[無限保存庫]を開放するだけでは、対象を保存することはできない。取り出す時は取り出す用の、保存する時は保存用の魔法操作が必要になる。特に魔法を保存する時は、その魔法の速度、威力、到達する場所などを見極めて[無限保存庫]を操作しなければならない。
風の初級魔法五発が連続して放たれ、それを全て保存し終えた。バージルは間を置かず詠唱を始める。地下室の空気が一気に巻き上げられ、端に置かれていた魔道具や実験器具がガタガタと揺れた。
「閃風に踊る者っ!」
複数の中級魔法を連続して放つバージル。それを漏らすことなく[無限保存庫]に入れていく。
やがて最初に決めていた数を打ち終わり、バージルは一息ついて服の土埃を払った。
「ふー。これで全部かな?」
「はい。ありがとうございます」
「でもこの方法、前からやってるけど…。自分に向かって攻撃魔法を使わせるなんて、ルカくんってほんと怖いもの知らすだよねぇ」
「…。それほどでも」
[無限保存庫]に率先して入る貴方が言うか。
するとバージルは、何故かそわそわしだした。
「…面白いよね、[無限保存庫]……。どうにかして中の様子、分からないかなぁ」
「………………」
また始まった……。
バージルは以前一度だけ、[無限保存庫]に入ったことがある。
僕が[無限保存庫]を使えると知るやいなや、「お願い!!ボクを[無限保存庫]に入れて!!」と迫ってきたのだ。
保存できる対象に制限はないとされているが、僕自身で試すこともできないので、最初は拒否していた。しかし、魔法に対するバージルの執念は凄まじく、それから一週間、僕につきまとい始めたのだ。そしてあろうことか、「[無限保存庫]に入れないなら牢屋に入ってやる!」と意味の分からないことを叫び、服を脱ぎながら街に出るという暴挙にでた。
僕は当時十歳そこら。もはや彼を止めることはできず、彼を犯罪者にするまいと慌てた結果、[無限保存庫]に入れてしまった。
そしてその後、冷静になった僕はバージルを保存したままヘディの元へ駆け込んだ。話を聞いたヘディに、とにかくバージルを出すよう言われて[無限保存庫]を開くと――。
その時の姿そのままの、半裸のバージルが出てきた。
バージルは「…あれ?今[無限保存庫]に入って……。ここどこ?」と一人呑気だった。
その後バージルは、ヘディによって半裸のまま中央街の街灯に縛り付けられ、無事に牢屋にも入った。
[無限保存庫]内では時間が止まる。それは中に入った人間の意識も同様で、バージル曰く、入った次の瞬間には外に出ている感覚らしい。なので[無限保存庫]の中の様子は殆ど分からないそうだ。ただ一瞬だけ、視界が真っ白になったような気がするとか。
魔道具や魔法に対する探究心が人一倍あるバージル。彼は今でも時々、機会を伺っている。
「…ルカくん。ボク、もう一回入りたいなぁ…なんて」
「牢にですか?」
「ひぇ…っ。なんでもないです……」
今のところ投獄の危機を感じると引き下がるが、いつかまた、バージルの探究心のほうが勝る日がくる気がする。しかし、僕もあれから精神的にも成長している。なので今後は、バージルが全裸になったとしても無視する所存。
探究心といえば。
バージルには、[無限保存庫]に入った人がもう一人いることは、絶対に伏せておこう。知ればきっと、何がなんでも捕まえて、質問攻めにするのが目に見えている。
ベルハイトの精神衛生のためにも、僕は堅く心に誓った。
そこは外から見ると、雰囲気が暗いだけの普通の家。……いや、窓ガラスにヒビは入っているし、敷地内にはよく分からない置き物が転がっているし、草は伸び放題になっている、少し近寄りがたい雰囲気の家。
生い茂る雑草を分け入って正面の扉に辿り着くが、薄暗い区画にもかかわらず、明かりが点いている様子は見られない。
普通なら不在の可能性もあるが、ここの家主の場合はそれはない。断言してもいい。
僕は扉を軽くノックした。すると、中からガタガタと音がしたかと思うと、何かが倒れるような音と割れるような音が響いた。
しばらくして、蚊の鳴くような声で応答が返ってくる。
「…ど、とちらさま、ですか…?」
まるで借金取りかなにかに怯えるような男性の声。
僕は極力小さな、でもちゃんと聞こえる声で、
「ルカです。…大丈夫ですか?」
「!な、なんだ…。ルカくんかぁ…」
声をかけると、安堵したような呟きのあと、扉の向こうから施錠を解除する音が五回聞こえた。誰かに押し入られる予定でもあったのだろうか。
「いらっしゃい。久しぶりだねぇ」
彼は魔道具研究者のバージル。
研究者としての知識や技術は国営研究所のそれにも匹敵する、指折りの研究者だ。
ただ先程の対応にも見受けられるが、極度の人見知りで、普段は自宅に閉じこもって研究に没頭するか、コレクションの魔道具を磨く日々を送っている。
僕とは八年くらい前から付き合いがあるので、だいぶ慣れたらしいが、出会ったばかりの頃は物陰に隠れっぱなしだったり、対面できたとしても終始怯えて会話すらままならなかったりと、とにかくコミュニケーションがとれなかった。
そんなバージルだが、魔道具や魔法のこととなるとタガが外れる困った大人で、ベルハイトの他に唯一、[無限保存庫]に入ったことがある人だ。それも自分から。
僕を招き入れたバージルは、部屋の中央のテーブルの上を、いそいそと片付け始める。庭もそうだったが、家の中もなかなかのありさまだ。
床に散らばったメモ書きに、ぎっちり詰まった本棚、そこからあぶれた大量の書物。部屋の隅には謎の石板が積み重ねられているし、無造作に置かれているバスケットの中には、治癒薬の空瓶が詰められている。
バージルは手近な木箱に物を放り込みながら、僕に尋ねる。
「それで、今日は何がご入用なのかな?」
バージルは四元魔法の地・水・火・風、全ての適正を持っている。僕はバージルの魔法を[無限保存庫]に保存させてもらう代わりに、魔窟で魔道具を集めたり、研究資金を援助したりしている。
「風属性をいくつかお願いします」
「風だね。じゃあ、下に行こうか」
バージルと一緒に、先程片付けたテーブルを横にずらした。色のくすんだカーペットを捲ると、そこには一枚の扉がある。
バージルはその取っ手に両手をかけ、
「…ふんっ!ぎいぃぃいいっ!」
扉を開けようとしたが、びくともしなかった。
「バージルさん。僕が開けますから」
普段引きこもっているので、バージルには体力や腕力といったものは備わっていない。さっきテーブルを動かしたのも、ほとんど僕だ。
肩で息をしているバージルと場所を代わり、扉を開ける。木が軋む音がして、地下へ続く階段が現れた。
ランタンの明かりを頼りに階段を降りると、そこにはギルドの試験場くらいの広さの地下室がある。普段はバージルが魔道具の実験に使っている場所だ。
僕はバージルが立っている場所から離れ、奥に移動する。お互い、地下室の端と端にいる状態だ。
所定の位置につくと、バージルは楽しそうに肩を回しながら、
「まずは初級から五発ずつ。中級と上級はどうしようか」
「中級を五発いけますか?上級は今回は大丈夫です」
「了解!じゃあ、いくよー」
バージルが詠唱を始める。魔法陣が広がり、風が揺れる。
「無限保存庫・開放」
僕も魔法陣を展開して構える。
「――風裂く刃!」
無数の風の刃か、こちらを目がけて飛んでくる。
ただ[無限保存庫]を開放するだけでは、対象を保存することはできない。取り出す時は取り出す用の、保存する時は保存用の魔法操作が必要になる。特に魔法を保存する時は、その魔法の速度、威力、到達する場所などを見極めて[無限保存庫]を操作しなければならない。
風の初級魔法五発が連続して放たれ、それを全て保存し終えた。バージルは間を置かず詠唱を始める。地下室の空気が一気に巻き上げられ、端に置かれていた魔道具や実験器具がガタガタと揺れた。
「閃風に踊る者っ!」
複数の中級魔法を連続して放つバージル。それを漏らすことなく[無限保存庫]に入れていく。
やがて最初に決めていた数を打ち終わり、バージルは一息ついて服の土埃を払った。
「ふー。これで全部かな?」
「はい。ありがとうございます」
「でもこの方法、前からやってるけど…。自分に向かって攻撃魔法を使わせるなんて、ルカくんってほんと怖いもの知らすだよねぇ」
「…。それほどでも」
[無限保存庫]に率先して入る貴方が言うか。
するとバージルは、何故かそわそわしだした。
「…面白いよね、[無限保存庫]……。どうにかして中の様子、分からないかなぁ」
「………………」
また始まった……。
バージルは以前一度だけ、[無限保存庫]に入ったことがある。
僕が[無限保存庫]を使えると知るやいなや、「お願い!!ボクを[無限保存庫]に入れて!!」と迫ってきたのだ。
保存できる対象に制限はないとされているが、僕自身で試すこともできないので、最初は拒否していた。しかし、魔法に対するバージルの執念は凄まじく、それから一週間、僕につきまとい始めたのだ。そしてあろうことか、「[無限保存庫]に入れないなら牢屋に入ってやる!」と意味の分からないことを叫び、服を脱ぎながら街に出るという暴挙にでた。
僕は当時十歳そこら。もはや彼を止めることはできず、彼を犯罪者にするまいと慌てた結果、[無限保存庫]に入れてしまった。
そしてその後、冷静になった僕はバージルを保存したままヘディの元へ駆け込んだ。話を聞いたヘディに、とにかくバージルを出すよう言われて[無限保存庫]を開くと――。
その時の姿そのままの、半裸のバージルが出てきた。
バージルは「…あれ?今[無限保存庫]に入って……。ここどこ?」と一人呑気だった。
その後バージルは、ヘディによって半裸のまま中央街の街灯に縛り付けられ、無事に牢屋にも入った。
[無限保存庫]内では時間が止まる。それは中に入った人間の意識も同様で、バージル曰く、入った次の瞬間には外に出ている感覚らしい。なので[無限保存庫]の中の様子は殆ど分からないそうだ。ただ一瞬だけ、視界が真っ白になったような気がするとか。
魔道具や魔法に対する探究心が人一倍あるバージル。彼は今でも時々、機会を伺っている。
「…ルカくん。ボク、もう一回入りたいなぁ…なんて」
「牢にですか?」
「ひぇ…っ。なんでもないです……」
今のところ投獄の危機を感じると引き下がるが、いつかまた、バージルの探究心のほうが勝る日がくる気がする。しかし、僕もあれから精神的にも成長している。なので今後は、バージルが全裸になったとしても無視する所存。
探究心といえば。
バージルには、[無限保存庫]に入った人がもう一人いることは、絶対に伏せておこう。知ればきっと、何がなんでも捕まえて、質問攻めにするのが目に見えている。
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