底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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第十六話 ドラナト魔窟①

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「うへぇ……」

 少し情けない声を出しながら薬草を採取しているのは、Cランク冒険者のベルハイト・ロズ氏である。

 僕とベルハイトは現在、ドラナト魔窟ダンジョンの上層に来ている。そこでウロメ草という薬草を採取しているのだが、

「え、これ……。ウロメ草ですか?……俺が知ってるのと少し違うんですけど…。なんか、動いてません…?」

「活きが良いですね」

「いや、そうじゃなくて……。うわぁ……」

 ドン引きしていた。

 ウロメ草は魔窟ダンジョンにのみ自生する薬草で、一見、ただの細長い草のような薬草だが、うようよとミミズのように動く変わった薬草だ。しかも触れると身の危険を感じ、緑から黒寄りの紫に変色して表面から粘液を出す。まあまあ気持ち悪い。
 採取する時は、なるべく刺激を与えないようにそっと掴めば、粘液の量は最小限で済む。しかし、動くのと変色はどうしようもない。

 実はこのウロメ草、自生する場所によって違いが出る薬草で、ベルハイトもウロメ草の特徴は知っていたものの、今まで見たものは変色したり、大きさが多少違う程度で、ここまで違いがあるものは初めて見たそうだ。
 しかも、ベルハイトはこういった見た目のものが苦手なようで、採取を始めた時は「早く終わらせましょう!」と平気なふうを装っていたが、時間が経つにつれてその気合いも尽きたようで。

「うぇぇ…。もうこれ、薬草じゃないだろ……。なんでこれから薬ができるんだ……」

 代わりに独り言が尽きない。

 しかし、なんだかんだ言いながら僕に丸投げしたりはしない、真面目な青年。

 僕はこの手のものに特に抵抗はないので、粘液でドロドロになったウロメ草を、用意していた瓶いっぱいに詰めていく。

 瓶の中でもぞもぞと蠢いているウロメ草。それを見ているうちに、

「……ポイズンワームの瓶詰め…」

「ちょ……っ!気持ち悪いこと言わないでくださいよ!」
 
 つい余計なことを口走った僕を、ベルハイトが少し離れた場所から泣きそうな声で批難する。

 ポイズンワームとは名前の通り毒を持ち、体皮は紫で泥吐きという特技を持つ、大きなミミズみたいな魔物だ。ちなみに、

「色が元に戻ったら、グリーンワームですね」

 体皮の色が違う毒無しもいる。

「ルカさん、意地悪だ……」
 
 ベルハイトはすっかり悄気しょげた様子で、瓶にウロメ草を詰めている。少しからかい過ぎたか。

「うぅ……。なんで摘み取ったあとも動くかなぁ……」

 …………。楽しい。
 もちろん、薬草採取のことだ。ベルハイトの反応を楽しんでいるわけではない。断じて違う。





 採取を始めて一時間。上層の中腹まで移動して、依頼に必要な瓶十個分に達した。

「ウロメ草はこれで充分ですね」

「そうですか……。よかったです……」

 おそらく彼は、今後余程のことが無い限り、二度とメルビアでウロメ草の採取依頼は受けないだろう。

 ベルハイトは気を取り直し、もう一つの依頼に移る。

「えーと、次は…ユーペル草ですね。これもこの奥で採れるんですね」

「以前来た時はこの層の一番奥に群生してました。魔物に荒らされていなければ、そこで事足りると思います」

 ユーペル草はウロメ草と同じく魔窟ダンジョンにのみ自生している薬草で、このドラナト魔窟ダンジョンでは上層の奥に自生している。少なくとも中層に入った辺りまで行けば、必要な量は採取できるだろう。

「……念の為、確認なんですけど」

 目的の場所に向かって歩いていると、ベルハイトが遠慮がちに尋ねてきた。 

ドラナトここのユーペル草って、余所のと同じですよね?動いたりしませんよね?」

「しませんね。ユーペル草は他の場所にあるものと同じです」

 答えると、ベルハイトはあかさまにホッとしたようだ。
 ユーペル草に場所による違いが無いのは知っているだろうに、ここのウロメ草が余程嫌だったのだろう。

 ユーペル草は白い花を咲かせる薬草で、群生している場所はそこだけがらりと印象が変わる。
 白い花畑が見れるのは、この魔窟ダンジョンを訪れる時の密かな楽しみだった。

 ――しかし。

 久しぶりに訪れた花畑は無惨に荒らされ、以前来た時の半分くらいの面積になってしまっていた。

「爪痕に足跡……。どの魔物の仕業ですかね」

 ベルハイトが荒された場所に屈み、刻まれた大きな爪痕に触れる。
 僕は足元にあった、茎の部分からスッパリと切られた花を手に取った。

「この辺りはヤードベルカやグレーリンクスが生息してますけど、どの痕跡あとも形や大きさが違います」

 ヤードベルカはリス、グレーリンクスはヤマネコに似た魔物で、どちらもリスとヤマネコ、それぞれの大きさと大差ない。
 ユーペル草の群生地に残る痕跡はどれも大型の生き物のもので、普段上層ここにはいない魔物がいたことを示している。

 今のところ、付近に魔物がいる気配はないが、採取をするにあたって備えは必要だろう。 

無限保存庫ストレージ開放アンロック

 [探査サーチ]を展開し、周囲の様子を探る。すぐにちらほらと小型の魔物が映り込む。大きさからして、ヤードベルカだろう。少なくともこの付近には他に魔物の影はない。

 僕は[無限保存庫ストレージ]から、もう一つある物を取り出す。見た目は手の平サイズの美しい細工がされた宝玉。
 ベルハイトが僕の手元を覗き込む。

「それは?」

「[精霊姫の盾]。魔道具の一つで、これを中心に半径三メートル程の範囲に結界を張れます」
 
「[探査サーチ]はともかく、魔道具って……。一体どこでそんなものを」

「ローバノン魔窟ダンジョンの最奥にありました」

 ローバノン魔窟ダンジョンとは、今は遺跡となった古代都市ローバノンという場所の地下にある魔窟ダンジョンで、バージルから頼まれて一度だけ潜った場所だ。ローバノン魔窟ダンジョンの最奥に魔道具が眠るという文献を見つけたとかで、無事発見して持ち帰ると、大喜びされた。その後、実際に使って強度や持続時間を確かめてほしいと言われ、僕が持ち歩いている。

 しかし、ベルハイトが気になったのは[精霊姫の盾]の効果ではないようで、
  
「……ローバノン魔窟ダンジョン最奥に?」

「ローバノン魔窟ダンジョン最奥に」

「以前聞いたことがあるんですけど、あそこって、上層だけでもAランク以上で挑むような場所ですよね?」

「そう言われてますね」
 
「…………」

「…………」

 なにやってんだ、この人。みたいな顔をされた。
 もしかして、手当たり次第に魔窟ダンジョンに潜っていると思われたのだろうか。

 僕は理由があることを伝えようと、

「興味本位とかではなく、知人に頼まれて…」

「なるほど。今度その知人とやらに会わせてください。ちょっとゆっくり話をしたいので」

 ……余計な事を言ってしまったようだ。
 
 この時のベルハイトの笑顔の恐ろしさは、形容し難いものだった。



 その後、[精霊姫の盾]を設置して花畑周辺に結界を張り、僕達は採取を再開していた。
 
「なんとか足りそうですね」

 ベルハイトはユーペル草を入れた袋を魔法鞄マジックバッグに仕舞った。
 半分ほどの量になってしまっていたユーペル草の花畑だが、依頼に必要な分は確保できそうだ。

 しばらくして、ユーペル草が依頼量に達した頃。
 
「!」

 [探査サーチ]に引っかかった、生き物の反応。これは――。

「何かありましたか?」

 僕の様子を察し、ベルハイトも周囲を警戒する。

「魔物に……、人間が追いかけれているみたいです」

「え?!」

 [探査サーチ]の反応では、人間、魔物の順番で、こちらに走って向かってきている。
 やがて何か叫ぶような声と、甲高い鳴き声、そして複数の足音が迫ってくる。

 その先頭にいたのは――。

「――ひいぃぃぃいぃぃいっ!!!」

 ティモンだった。
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