底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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第十七話 ドラナト魔窟②

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 先頭にもの凄い形相のティモン。その後ろをベロニカとカミラが息を切らしながら走っている。 

「は、ちょ……、ティモンッ!先に行くなんて、はぁ、はぁ、…っヒドイ!!サ、サイテー!!」

「はっ、はぁ…、女性を、置いて真っ先に、逃げるなんて……っ!は、恥ずかしくないの…っ?!」

 走りながらティモンを責め立てるベロニカとカミラ。しかしティモンは彼女達の数メートル前を走りながら、

「知るか!!俺は[真なる栄光]のリーダーだぞ?!俺あってのパーティーだ!リーダーの安全は一番に確保すべきだろう!!」

 淀み無く言い放った。仲間を守る気は無いようだ。

 三人とも目立った怪我などは無さそうだが、その後ろからは、おそらく五十を超える数のヤードベルカが怒りを露わに追い立ててくる。

「キィッ!」「キュイーーー!」「キキッ!」

 本来、ヤードベルカはこちらが手を出したり、縄張りに入ったりしなければ何もしてこない、魔物の中でも最も大人しいしゅだ。その  ヤードベルカがあんなにも、敵意を剥き出しにしているということは……。

 ティモン達あいつら、絶対何かやったな。

 以前同行していた時にも、街道脇で無防備に眠りこけていたホーンラビットに対し、放っておけばいいのに、わざわざ石を投げたり剣で突いたりして面白がっていた。
 その結果、怒ったホーンラビットに角でつつかれながら三十分程追い回されていたのを、僕は近くの木の上から見物していた。
 あの時は、ティモン達があまりにも情けない声を上げながら逃げるものだから、飽きたのか呆れたのか、ホーンラビットのほうが見逃してくれるという、とても珍しい光景を見ることができた。

 それはともかく。
 
 全力で逃げる[真なる栄光]と、それを追うヤードベルカの群れ。なかなかの光景に、僕は思わず、そのまま見送ってしまった。
 向こうも逃げるのに精一杯で、僕達に気づかなかったようだ。

 ティモン達の絶叫が魔窟ダンジョンの奥へ消えていく中、ベルハイトが先に我に返る。

「えっと……、どうします?」

「……仕方ないので追いかけます。このまま中層に降りれば、あの人達は無事では済まないでしょうから」

 彼らとて腐っても冒険者。落ち着いて対処すれば、自力で脱出できる可能性がないわけではない。しかしそれは、あくまで上層での話だ。ドラナト魔窟ダンジョンの中層は、Cランク以上を推奨している。彼らには厳しい場所だ。

 二人でティモン達を負いながら、ベルハイトは疑問を口にする。

「彼ら、三年以上冒険者やってるんですよね?なんであんな状況に……」

 ヤードベルカの温厚さを知っていれば、不思議に思うのは当然だ。

「僕の主観ですけど、あの人達はか、かの二択からしか選べないようで」

「なんですか、その究極の選択肢」

 つまり、何をしてもしなくても、ろくな事にならないのだ。ベルハイトが呆れているのが見なくても分かる。

 ベルハイトはふと、

「そう言えば、一人足りませんでしたよね?」

 確かに、先程の逃走劇にはゲイルの姿が無かった。

「大丈夫ですかね…?はぐれたんでしょうか?」

「あの人は大丈夫です」

 僅かに後ろを振り返ったベルハイトに、僕は答えた。それはただの勘や希望的観測ではなく、ゲイルは一人でも問題ないという確信。

 僕とベルハイトは、ティモン達が走り去った中層方面を目指した。





 中層に降りてすぐの場所で、ティモン達に追いついた。
 彼らは既にヤードベルカによって壁際に追い詰められている。

「キキッ!キィ!」「キィィッ!!」
「キュイィーーッ!」

 ヤードベルカの甲高い威嚇と、

「くく来るなぁ!!俺を誰だと思ってるんだ!」

「ちょっと!なに噛んでんのよ!この靴高かっ……、あーーーっ!!穴空いちゃったじゃない!!」

「こんな矮小な魔物に私が追い詰められるなんて……っ。あり得ない!これは何かの間違いよ!……そう、そうよ!これは夢!夢よ!!」

 闇雲に剣を振り回すティモン、靴の心配をしているベロニカ、現実を直視できないカミラ。

 同じ状況に陥っているのに、こんなにも三者三様の反応になるのか。

 少し感心さえしながら、僕は魔法鞄マジックバッグから小さな包み二つを取り出した。
 ベルハイトが後ろから覗き込む。
 
「なんですか?それ」

「木の実の詰め合わせです」

「もしかして……、餌ですか?」

 僕は頷いて包みを開く。

「ここにヤードベルカがいるのは分かっていたので」

 採取の弊害になりそうな時は、これで誘導してご退場いただこうと思い、持ってきていた。

 僕は木の実を一つ摘んで、群れの一番後ろにいたヤードベルカに差し出した。

「キッ?!……キュイ?」

 ヤードベルカは一瞬驚いたものの、木の実に気づくと鼻を近づけてきた。……かわいい。

「キュ!」

 そして小さい両手で木の実を受け取ると、群れに向かって呼びかける。

「キュキュッ!キューイ!」

「キュッ?」「キュキュ?」

 振り向いたヤードベルカに見えるよう、僕は包みを二つとも開いて地面に置いた。その瞬間、ヤードベルカ達はわらわらと木の実に集まってくる。

「キュウ!」「キュアッ」「キュイキュイ!」

 みな一つずつ木の実を手にしていく。やがて包みが空になったのだが、

「キュ??…………キュー…」

 一つ足りなかったようだ。
 最後の一匹がしょぼしょぼと肩を落としてしまった。
 僕はティモン達に見えないよう、手を身体の後ろに回す。こっそり[無限保存庫ストレージ]を開き、木の実をもう一つ取り出した。

「ごめんね。はい、どうぞ」

 差し出すと、しょぼくれていたヤードベルカは小さな目をぱっと輝かせ、

「キュウ!」

 木の実を受け取ると、そのまま群れの仲間と一緒に去っていった。餌を手にして、ティモン達のことはどうでもよくなったようだ。おそらく、ちょっかいを出されて怒ってはいたが、そんな人間よりも木の実のほうが優先順位は高いのだろう。 

 ヤードベルカ達が去ったことで、先程とは打って変わり、辺りはしんと静まり返っている。 

「え……、ルカ…?どうしてここに……?」

 今頃気づいたティモンが呆然と呟くが、ハッと我に返り、
 
「ふ、ふん!まさか助けたつもりか?あれは……作戦だ!油断させて一網打尽にする予定だったんだ!」

 まったく余計な事を、と溜め息をつかれた。
 まあ、貴方ならそう言うだろうと思っていたので、別にいいけれど。
 
 そのティモンの横では、

「きゃーっ!あの人じゃん!今度は名前聞かなきゃ!あと、歳と家族構成と年収と貯金も!」

「夢、夢なのよ…っ。私はこんなところでは終わらない、選ばれた人間なのだから!」
 
 ベロニカは一人で盛り上がり、カミラはまだ現実逃避から帰ってこない。
 
「なんでもいいですけど、ここ中層なので。早く帰ったほうがいいですよ」

 大人しい言う事を聞くとは思えないが、一応、忠告した。しかしティモンの返答は斜め上だった。

「なにを馬鹿なことを言ってるんだ。俺達はラビットを討伐しに来たんだ」

 ……。
 …………。
 ………………なんて?

炙り焼きウサギローストラビット……ですか?」

 僕が聞き返すと、ティモンは急に生き生きとして、得意気に説明を始める。

「知らないのか?これだから運び屋ポーターは。いいか?ローストラビットはこの魔窟ダンジョンにいる魔物で、えーと確か……、そう!ホーンラビットよりずっと強いんだ!そのうえ大きい!四人でも持てないくらいなんだぞ!」

 すごく大きな炙り焼きウサギ……?

 それは…………、食べごたえがありそうだ。

「ルカさん」

 つい大きなウサギ肉を想像していたら、ベルハイトが僕の肩をつついた。

「ローストじゃなくて、モデストだと思うんですけど…」

 ……あぁ、なるほど。ティモンは人の名前だけじゃなくて、魔物の名前も間違えるのか。

「よく分かりましたね」

「掲示板にモデストラビットの討伐依頼があったので」

 モデストラビットなら僕も知っている。さっきは炙り焼きに気を取られて気づかなかったけど。
 そして僕の記憶が正しければ、モデストラビットはAランク以上のパーティーが対応するような魔物だ。

「モデストラビットの討伐依頼を受けてるってことは、彼ら、Aランクなんですか?」

 ベルハイトが小声で尋ねた。
 
「いえ、彼らは――」

 僕が答えようとした時、ティモンが胸を張って言う。

「ローストラビットを討伐すれば、ギルドの連中も俺達への評価が不当だったことを認め、すぐに今のEランクからAランクに……いや、Sランクに昇格させるだろう!」

 ポジティブが突き抜けている。

「え……。Eランク?」

 ベルハイトは思わず、といった様子でティモンのほうを見た。Eランクがどうのということではない。冒険者はみなFランクから始め、徐々に経験を積み重ねてランクを上げていく。問題なのは、ティモン達が現在の実力に見合わない事をしようとしていることだ。

 しかしティモンは気に食わなかったようで、ベルハイトをキッと睨む。

「だからっ!そんなものはギルドが勝手につけたものだ!!俺の才能と実力を恐れてな!そもそも、そういうお前はどうなんだ?!この俺に大きな口を叩くんだ。少なくとも同じE……いや、Dランクには達しているんだろうな?」

「一応、Cだけど……」

 ベルハイトがなんとも言えない表情で答えると、ティモンは一瞬唖然とし、
 
「う、嘘をつくなっ!お前がCランク?!そんな馬鹿な話があるか!!」

「そんなこと言われても……」

 でまかせだ!詐欺だ!インチキだ!とジタバタしながら騒ぐティモン。ベルハイトはどう言っても無駄だと悟ったようで、その様子を諦めて傍観している。ベロニカはベロニカで、「Cランク?やっぱティモンより優良物件じゃん!」と火に油を注いでいる。
 
 というか、こんな所で騒いでいる場合ではないのだが。

 もう一度ここから離れるよう、促そうとした時だった。

「!…………何かくる」

 近づいてくる気配に、片手を短剣の柄に置く。
 ベルハイトも気づいたようで、同じく長剣に手を添えている。

「おい!聞いてるのか、お前達!そもそも…」

 ズシン……ッ

 ティモンの言葉を遮るように、重い音とともに地面が揺れる。

 そして。

 魔窟ダンジョンの奥から姿を現したのは、ティモン達の目的の魔物だった。
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