底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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〈別視点〉 ベルハイトの見解

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 たぶんルカさんは、

 おかしい。本当なら今、朝ご飯を食べているはずなのに。

 ……とか思ってるんだろうな。さっき魔法鞄マジックバッグを漁ってたし。

 話しをしましょう、と笑顔でルカさんを連行した俺は、自身の前にぽつんと立つ少女を見ながら、そんな事を思った。

 少し離れた場所で、ユリウスは怪訝な顔で、ソニアさんは不思議そうにこちらを見ている。
 彼らの側には、以前ドラナト魔窟ダンジョンでも使った、ルカさんの魔道具[精霊姫の盾]を設置してあるので、俺達が多少離れていても問題ないのだが、ルカさんは早く向こうに戻りたいだろう。

 目の前にあるのが朝食じゃなくて、俺の難しい顔で申し訳ないが、今後のことも考えて、確認しなければならない事がある。

 何から話したものかと考えていると、ルカさんはさすがに何か察したようで、

「さっきのこと、ですか?」

「それもあります」

 ユリウスとソニアさんに、えげつない圧をかけた件は思い当たったらしい。表情は相変わらずだが、気持ちしょんぼりと肩を落としているのは、反省というより空腹のせいだろう。
 その姿にほだされそうになるのを、ぐっと堪えた。

 身長差ゆえ、見下ろすと見上げるの状態で向かい合い、

「いくら事情を聞き出すためとはいえ、急にあんなことしたら、ただの怖い人じゃないですか」

 これでも一応、オブラートに包んだ言い方だと思う。実際は怖い人どころじゃない。昔聞いた、遠い東の国の言い伝えにある、修羅か羅刹のようだった。

 相手が悪人である可能性も無かったわけではないが、ルカさんは、そこを見誤るような人でもないだろう。

「俺まで心臓止まるかと思いましたよ」

「それは…、すみません。いまいち加減が分からないというか……」

 ルカさんにしては珍しく、視線を泳がせた躊躇いがちな口調だ。

「前にもやった事あるんですか?」

「……一度だけ。何年か前、魔窟ダンジョンでガラの悪い冒険者に絡まれた時に」

 それはすぐに意味が分かった。たまにいるのだ。自分より非力そうな者から戦利品などを奪う、たちの悪い冒険者が。
 ルカさんの見た目なら、間違いなく狙われるだろう。数年前なら尚更。

「まあ、そういう時は仕方ないですけど…」

 結果、そのガラの悪い冒険者がどうなったかは、あの空気を体験した俺としては訊くまでもない。

「…………」

「…………」

 もしかして、ルカさんがあまり他人と行動しないのは、そういう出来事も原因なのだろうか。幼い頃から一人で仕事をしていれば、トラブルに巻き込まれることは少なからずあったはずだ。その可能性を考えると、あまり小言は言うのは憚られる。

 じっとこちらを見たままのルカさんに、俺は一番伝えたかったことだけ伝える。 

「ルカさんなりに一番話が早い方法をとったんでしょうけど、わざわざ貴方が怖い人を演じる必要はないんです」

「……。気をつけます」

 こくりと頷くルカさんに、俺は無意識に、ふっと笑みが溢れてしまった。焦ったが、彼女は気づかなかったようで安堵する。

「…で、話は変わるんですけど」

 そう前置くと、ルカさんが若干身構えたように見えた。こちらの話は察しがついていないからだろう。

「今まで討伐した中で、一番手強かった魔物って何ですか?」

「?魔物、ですか?」

 唐突な質問に、ルカさんは首を傾げた。

「魔物です。一番強かったやつ」

「一番……」

 改めて訊かれて悩んでいるのか、悩むほど候補がいるのか。ぜひとも前者であってほしい。

 しばらく悩んだルカさんは、俺が予想もしなかった、とんでもない名前を口にする。

「ヘイムゼル魔窟ダンジョンのエレメンタルドラゴン、とか…?」

「………………」

「?」

「………………」

「…………。ベルハイトさん?」

 俺は一度ギュッと目を閉じ、そのままギュッと眉間にシワを寄せた。たぶん今、すごい顔をしてると思う。そうして充分に心を落ち着けてから、

「……すみません。もう一回言ってもらえます?」

「ヘイムゼル魔窟ダンジョンの」

「やっぱりいいです、すみません」

 自分で聞き返したけれど、最初の五文字だけでギブアップして頭を抱えてしまった。ヘイムゼルという文字の破壊力が凄い。

 え、冗談か?冗談だよな?

 一縷の望みをかけて、ちらっとルカさんを見る。

「?」

 こちらを見上げて、きょとんと首を傾げる様子が可愛かわい…、っじゃなくて!
 
「俺が知ってる限り、ここ数十年でエレメンタルドラゴンを討伐した記録なんて、冒険者ギルドにもありませんよ」

「へぇ…」

 へぇ…って。
 エレメンタルドラゴンに何の用があったというのか。そもそも、もっと下位のドラゴンだって、Sランクパーティーで挑むような相手だ。エレメンタルドラゴンなんて、ドラゴン種の中でも上位の存在。間違っても単騎で挑むような相手じゃない。

 それにヘイムゼル魔窟ダンジョン。未だに深層まで到達した冒険者はいない、難攻不落の魔窟ダンジョンとして有名な場所だ。ルカさんが深層まで行ったのかは聞きたくないが、エレメンタルドラゴンが上層に出るとも思えない。
 どちらにしても、エレメンタルドラゴンなんてもの相手にしてる時点で、どの階層でも関係ない。

 [無限保存庫ストレージ]云々ではない。ルカさん個人の戦闘能力が、文字通り桁外れなのだ。

 しかも本人は、あまり自覚がないときた。

「今の話を聞いて改めて思ったんですけど。……ギルド統括局は、貴方の能力を把握しているんでしょうか」

「[無限保存庫ストレージ]のことですか?」

「もちろんそれもですが、貴方自身の戦闘能力についてもです」

 じっと聞いているルカさんに、俺は話を続ける。

「そもそも疑問には思っていたんです。いくら[無限保存庫ストレージ]に入れられるからって、訓練を積んでいない魔法をぶっつけ本番で使うなんて、普通にその魔法を使う人でも、難しいことなんです」

「使っているというか……。取り出して、放り投げてるような感じですけど」

使用者あなたからすると、そういう感じなんですね…」

 ルカさんにとっては普通のこと。だから凄いという自覚がないのも当然か。

「それに、称号は普通、その人の特徴や功績からつけられます」

「へぇ…」

「そういう意味で、ルカさんの[正体不明アンノウン]は、まさにそのままの意味でつけられてるんじゃないでしょうか。ギルド統括局でさえ、そのじつを知らないという意味で」

「ほう…」

「なんか、興味なさそうですね」

「いえ、興味がないというか……。理由はなんでもいいかな、とは思ってますけど」

 自分に感心が無さ過ぎる……。それでいて、周囲に害が及ぶ懸念があれば、まるで容赦などしない。ユリウスとソニアさんに対して見せた威圧が、まさにそれだ。

 他人の評価を気にしないと言えば聞こえはいいが、つまるところルカさんの場合は、自分がどう思われても構わないと思っているのだ。
 威圧のことにしても称号のことにしても、彼女自身のためにも多少は気にしてほしいのだが、おそらく昔からこうなのだろう。
 以前、自分自身を守るための選択をしてほしいと伝えたが、一朝一夕で変わるのは難しいか。

「とにかく。ルカさんは自分の実力を甘く見すぎです。過信は駄目ですけど、もう少し自覚したほうがいいです」

 このままだと、いつか嫌でも目立ってしまう。

「了解です……」

 ルカさんが再び頷くのを確認し、

「そういえば。あれ、何したんですか?」

 言いながら、俺は自分の左手首を示した。
 
「バレてる…」

「俺の位置からは[無限保存庫ストレージ]を開いたのが見えてましたから」

 ユリウスがブレスレットを外そうとした時、なぜか留め具が外れなかった。その直前、ルカさんが[無限保存庫ストレージ]を展開したのだ。

 俺からしてみれば毎回驚かされる事だが、ルカさんは事も無げに、

「ちょっと悪戯いたずらしただけです」

悪戯いたずら?」

「精霊魔法[小さき門番クライン=キーパー]。効果は短いですが、封印を施す魔法です」

 いったい、何種類の魔法をストックしているのか。

「ブレスレットの留め具を封印する人、初めて見ました」

「それは良かった」

 なにも良くはないし、そんな魔法をどこで入手したのかも気になるが、今日はもうエレメンタルドラゴンでお腹いっぱいなので訊かないことにする。
 代わりにルカさんのお腹を満たすべく、

「朝ご飯、食べましょうか」

「!はい」

 促すと、やや早足でユリウス達のほうへ歩いていく姿に、俺は苦笑するしかなかった。

 
 
「なにかあったのか?」

 ユリウスとソニアさんの元へ戻ると、二人は心なしか緊張した面持ちだった。こんな時にルカさんと二人だけで話をしていれば、気になるのは当然か。

「コミュニケーションの取り方について指導を受けてました」

 なにか違う気もするが、あながち間違いでもない…か?

「ところで」

 ルカさんがユリウスの左手首に視線を移す。

「そのブレスレット、誰に届けてほしかったんですか?」

「ん?…ああ…。…その……」

 なぜか今になって言い淀むユリウス。
 あの流れで頼むくらいだ。ブレスレットも渡す相手も、彼にとって重要な存在に違いない。

 ユリウスはブレスレットに軽く触れながら、

「……グラスダールに、友人がいるんだ。その…、時々、手紙のやりとりをしている」

 文通相手?しかしユリウスは王族だ。となると、相手もそれなりの身分になるはず。

 友人ねぇ……。

 ユリウスの顔を見るに、どうもそれだけではない気がする。ソニアさんもニコニコしてユリウスを見ているし。
 他人事ひとごとながら、甘酸っぱいものを勝手に想像し、水筒を開ける。

 しかしこの話は、俺にとって他人事ひとごとなどではなかったと知る。

「友人の名前はエルシエル・ロズ。ロズ公爵家の令嬢だ」

「?!」

 ユリウスの口から出た名前に、俺は飲み込もうとしていた水を、しっかり気管に引っかけた。
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