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〈別視点〉 ベルハイトと繋いだ手
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メルビアに戻ったその日の夕食時。
「用事があるので」と一人別行動となったルカさんを見送ると、ローガンさんがぼそりと言った。
「なんだろね、用って。…気にならない?」
俺にだけ耳打ちするような、含みのある言い方。しかし俺は目を合わせずに、
「……いえ、別に。ルカさんにだって、個人的な用事の一つや二つあるんじゃないですか?」
全く気にならないわけではないが、詮索するものでもない。
しかしローガンはニヤニヤしながら、聞き流し難い言葉を口にする。
「男だったらどうするの?」
「……え?」
「男に会いに行ったのかもしれないよ?」
「!そ……っ」
そんなわけない、などと言い切れるだろうか。
でも恋人がいるなら、ヘディさんが把握してる気がする。いや、恋人じゃないにしても、好きな人とか……?
その可能性を考えて無かった……。
明日はまた早い時間にここを立つのだ。もし、もしそういう相手がいるとしたら、会いに行かないわけがない。
メルビアにはルカさんの自宅があるが、ユリウス殿下達の護衛のため、ローガンさんはユリウス殿下と、ルカさんはソニアさんと宿屋に泊まることになっている。単独行動が可能な貴重な時間をわざわざ割くということは、それだけ大事な用だということだ。
「いや、あのね?たとえば、の話だよ?そんな死にそうな顔しなくても…」
ルカさんが去った方向を見たまま固まった俺にローガンは気まずそうに声をかけ、それでも反応が無いのを見ると、
「ベルくんがショックで死んじゃいそう!!」
「貴方が余計なことを言うからだろう…」
俺の肩を揺さぶるローガンさんに、ユリウス殿下が呆れたように溜め息をつく。
「ベルハイト。ローガンの相手は俺達に任せて、行ってくるといい」
「あれ?おじさんが相手される側?」
「ローガン様は私達と夕飯を食べましょうね」
そう言ってローガンさんを引っ張っていく二人の言葉に甘えて、俺はルカさんの後を追った。
途中で声をかければよかったのに、後ろめたさから尾行するような形でついて行くと、そこは静かな集合墓地だった。
ルカさんの足が二つの墓標の前で止まる。
「父さん、母さん。ただいま」
静かな声で発せられた言葉に、俺は一瞬息を詰めた。
“父さん”、“母さん”。
ルカさんの家族に関する話は、今まで一度も聞いたことはなかった。そもそもお互い、仕事に同行するだけの関係で、尋ねる機会自体が無かったのだが。
……男に会いに行くのでは、なんて思った自分を殴りたい。
結局尾行はバレていて、芝生に座るルカさんの隣に腰を下ろした。
墓標に刻まれた没年はどちらも十三年前。ということは、ルカさんが五歳の頃に亡くなったということか。
「ルカさん、きょうだいは?」
「いないです」
彼女に近しい親類か、親代わりとなってくれるような人はいたのだろうか。
踏み込んでいいのか分からずにいると、ルカさんはいつもよりほんの少しだけ高いトーンで、
「僕、お姉さん要素も妹要素も無いでしょう?」
そう言ってこちらを見た。
姉らしさとか、妹らしさという意味だろうが、ルカさんの思う“らしい”要素とは何だろうか。
「どんな要素ですか、それ」
「どんな……?…包容力とか、甘え上手とか……?」
それは個人差があると思うが、ルカさんに備わっているかという点では、俺の考えは少し違った。
「甘え上手は……今のところ無いかもですね。……包容力は、あるかもしれませんけど」
「本気で言ってます?」
信じられないものを見るように、金の瞳が瞬いた。
「……本気ですよ。俺の主観ですけど」
メルビアに来た時、同行することを改めて肯定してくれた時も、実家の話をした時も。俺は彼女の懐の深さに救われている。気恥ずかしいので、今改めて言いはしないが。
夕闇が近づき、そろそろ戻ろうと立ち上がる際、手を差し出した。その手と俺の顔を不思議そうに交互に見て、ルカさんはきょとんとしている。
「………………どうぞ」
促せば素直に重ねられた手は、白くて細くて、当たり前だが俺の手より小さい。
本当は立ち上がった時点で、手は離すべきだったのだろう。それをしなかったのは彼女の手が、心細さに堪えてきたように感じたから。
だから少しの間だけ。
せめて今だけは、夕暮れに吹く風にその手が凍えてしまわないように。
我ながら大胆なことをしたという自覚はある。
適当なタイミングで離すつもりだったのに、そのタイミングが分からず、結局宿屋に着くまでルカさんの手を握ったままだった。
「……で。それをオレに報告するとか、正気か?」
冒険者ギルドに併設された宿舎の一階。出入り口横のスペースに置かれたソファーに座り、ニールは俺の気が触れたのではと疑った。
ルカさんを宿屋まで送り宿舎に戻った俺は、タイミングよく出くわしたニールを捕まえ、頼まれてもいないのに洗い浚い話した。
お墓参りのことは言わなかったが、ルカさんの後を尾けた事、手をとった事、その手を離さなかった事を全て。
「他に話せるような相手がいないんだよ……」
ユリウス殿下やソニアさんに聞いてもらうのは恥ずかしすぎるし、ローガンさんは論外だ。ヘディさんは怖いし、ヴィクトルさんはあり得ない。ともすれば、失礼な選択法ではあるが、消去法でニールしかいなかった。
「話くらいは聞くって言っただろ」
「言ったなぁ。まさか本当に相談されるとは思ってなかったけどな」
ニールはソファーの背もたれに寄りかかり、
「で?なんでそんなに落ち込んでんだよ?別に嫌がられたわけでも、振りほどかれたわけでもないんだろ?」
なんだかんだ言いながら、聞いてくれるらしい。
「詳細は言えないけど、あの時はただ……、ルカさんが独りにならないようにって、なんかこう……目に見える繋がりを作らないといけないような気がして…。なのに最終的に何故かやましいことしただけのような気が……」
「考え過ぎだろ。好きな女の手ェ触れてラッキー、くらいに思っとけよ」
「それがやましいんだろ……」
俺が顔を覆って溜め息を漏らすと、ニールは一段低い声で、
「めんどくせぇな、アンタ」
「自覚はある……」
分かりやすいうえに面倒くさい。ただの知人でしかないニール相手に、色恋の相談をしているのだ。相当面倒なのは自覚している。
ニールは組んだ片足をふらふら揺らしながら、
「向こうはそのやましさにも気づいてねえんだ。悩むだけ損だろ。……まぁ、その鈍感娘に惚れたのが、アンタみたいなヤツで良かったとは思うけどな」
それは褒められているのだろうか、と思うと同時に、気になっていたことが口をついた。
「君はなんで、そんなにルカさんのことを気にかけてるんだ?」
ぴたりと、揺れていた足が止まった。
「……そう見えるか?」
「見える」
俺の即答にニールは肩をすくめ、
「心配しなくても、オレの好みじゃねえよ」
「その心配はしてないけど…。ヘディさんも君も、俺に探りを入れてきたのは、ルカさんを案じてだろ?」
ほとんどカマをかけただけだが、ヘディさんやニールが、ルカさんに関わる事で俺に接触してきたのは事実だ。
「じゃあ、こうしようぜ」
ニールはおもむろにソファーから立ち上がった。
「アンタら、またどっか行くんだろ?今度メルビアに帰ってくるまでに、アンタがルカと今より仲良くなれてたら、教えてやるよ」
「仲良く……?」
ずいぶん曖昧な条件だ。仲良くと言ったって、何を基準に判断するのか。
「なんでもいいぜ?ハグでもキスでも、それ以外でも」
「は…………、はあ?!!」
思わず抗議するような声を上げるが、
「じゃーな」
ニールはひらひらと手を振り、上階へ去って行った。
これは結局、はぐらかされたのだろうか。だが提示された条件を満たせば、訊く権利は発生するわけで……。
「なかよく……」
しかしその条件を達成するのは、俺にとって魔物討伐よりも難しいことであるのは確かだった。
「用事があるので」と一人別行動となったルカさんを見送ると、ローガンさんがぼそりと言った。
「なんだろね、用って。…気にならない?」
俺にだけ耳打ちするような、含みのある言い方。しかし俺は目を合わせずに、
「……いえ、別に。ルカさんにだって、個人的な用事の一つや二つあるんじゃないですか?」
全く気にならないわけではないが、詮索するものでもない。
しかしローガンはニヤニヤしながら、聞き流し難い言葉を口にする。
「男だったらどうするの?」
「……え?」
「男に会いに行ったのかもしれないよ?」
「!そ……っ」
そんなわけない、などと言い切れるだろうか。
でも恋人がいるなら、ヘディさんが把握してる気がする。いや、恋人じゃないにしても、好きな人とか……?
その可能性を考えて無かった……。
明日はまた早い時間にここを立つのだ。もし、もしそういう相手がいるとしたら、会いに行かないわけがない。
メルビアにはルカさんの自宅があるが、ユリウス殿下達の護衛のため、ローガンさんはユリウス殿下と、ルカさんはソニアさんと宿屋に泊まることになっている。単独行動が可能な貴重な時間をわざわざ割くということは、それだけ大事な用だということだ。
「いや、あのね?たとえば、の話だよ?そんな死にそうな顔しなくても…」
ルカさんが去った方向を見たまま固まった俺にローガンは気まずそうに声をかけ、それでも反応が無いのを見ると、
「ベルくんがショックで死んじゃいそう!!」
「貴方が余計なことを言うからだろう…」
俺の肩を揺さぶるローガンさんに、ユリウス殿下が呆れたように溜め息をつく。
「ベルハイト。ローガンの相手は俺達に任せて、行ってくるといい」
「あれ?おじさんが相手される側?」
「ローガン様は私達と夕飯を食べましょうね」
そう言ってローガンさんを引っ張っていく二人の言葉に甘えて、俺はルカさんの後を追った。
途中で声をかければよかったのに、後ろめたさから尾行するような形でついて行くと、そこは静かな集合墓地だった。
ルカさんの足が二つの墓標の前で止まる。
「父さん、母さん。ただいま」
静かな声で発せられた言葉に、俺は一瞬息を詰めた。
“父さん”、“母さん”。
ルカさんの家族に関する話は、今まで一度も聞いたことはなかった。そもそもお互い、仕事に同行するだけの関係で、尋ねる機会自体が無かったのだが。
……男に会いに行くのでは、なんて思った自分を殴りたい。
結局尾行はバレていて、芝生に座るルカさんの隣に腰を下ろした。
墓標に刻まれた没年はどちらも十三年前。ということは、ルカさんが五歳の頃に亡くなったということか。
「ルカさん、きょうだいは?」
「いないです」
彼女に近しい親類か、親代わりとなってくれるような人はいたのだろうか。
踏み込んでいいのか分からずにいると、ルカさんはいつもよりほんの少しだけ高いトーンで、
「僕、お姉さん要素も妹要素も無いでしょう?」
そう言ってこちらを見た。
姉らしさとか、妹らしさという意味だろうが、ルカさんの思う“らしい”要素とは何だろうか。
「どんな要素ですか、それ」
「どんな……?…包容力とか、甘え上手とか……?」
それは個人差があると思うが、ルカさんに備わっているかという点では、俺の考えは少し違った。
「甘え上手は……今のところ無いかもですね。……包容力は、あるかもしれませんけど」
「本気で言ってます?」
信じられないものを見るように、金の瞳が瞬いた。
「……本気ですよ。俺の主観ですけど」
メルビアに来た時、同行することを改めて肯定してくれた時も、実家の話をした時も。俺は彼女の懐の深さに救われている。気恥ずかしいので、今改めて言いはしないが。
夕闇が近づき、そろそろ戻ろうと立ち上がる際、手を差し出した。その手と俺の顔を不思議そうに交互に見て、ルカさんはきょとんとしている。
「………………どうぞ」
促せば素直に重ねられた手は、白くて細くて、当たり前だが俺の手より小さい。
本当は立ち上がった時点で、手は離すべきだったのだろう。それをしなかったのは彼女の手が、心細さに堪えてきたように感じたから。
だから少しの間だけ。
せめて今だけは、夕暮れに吹く風にその手が凍えてしまわないように。
我ながら大胆なことをしたという自覚はある。
適当なタイミングで離すつもりだったのに、そのタイミングが分からず、結局宿屋に着くまでルカさんの手を握ったままだった。
「……で。それをオレに報告するとか、正気か?」
冒険者ギルドに併設された宿舎の一階。出入り口横のスペースに置かれたソファーに座り、ニールは俺の気が触れたのではと疑った。
ルカさんを宿屋まで送り宿舎に戻った俺は、タイミングよく出くわしたニールを捕まえ、頼まれてもいないのに洗い浚い話した。
お墓参りのことは言わなかったが、ルカさんの後を尾けた事、手をとった事、その手を離さなかった事を全て。
「他に話せるような相手がいないんだよ……」
ユリウス殿下やソニアさんに聞いてもらうのは恥ずかしすぎるし、ローガンさんは論外だ。ヘディさんは怖いし、ヴィクトルさんはあり得ない。ともすれば、失礼な選択法ではあるが、消去法でニールしかいなかった。
「話くらいは聞くって言っただろ」
「言ったなぁ。まさか本当に相談されるとは思ってなかったけどな」
ニールはソファーの背もたれに寄りかかり、
「で?なんでそんなに落ち込んでんだよ?別に嫌がられたわけでも、振りほどかれたわけでもないんだろ?」
なんだかんだ言いながら、聞いてくれるらしい。
「詳細は言えないけど、あの時はただ……、ルカさんが独りにならないようにって、なんかこう……目に見える繋がりを作らないといけないような気がして…。なのに最終的に何故かやましいことしただけのような気が……」
「考え過ぎだろ。好きな女の手ェ触れてラッキー、くらいに思っとけよ」
「それがやましいんだろ……」
俺が顔を覆って溜め息を漏らすと、ニールは一段低い声で、
「めんどくせぇな、アンタ」
「自覚はある……」
分かりやすいうえに面倒くさい。ただの知人でしかないニール相手に、色恋の相談をしているのだ。相当面倒なのは自覚している。
ニールは組んだ片足をふらふら揺らしながら、
「向こうはそのやましさにも気づいてねえんだ。悩むだけ損だろ。……まぁ、その鈍感娘に惚れたのが、アンタみたいなヤツで良かったとは思うけどな」
それは褒められているのだろうか、と思うと同時に、気になっていたことが口をついた。
「君はなんで、そんなにルカさんのことを気にかけてるんだ?」
ぴたりと、揺れていた足が止まった。
「……そう見えるか?」
「見える」
俺の即答にニールは肩をすくめ、
「心配しなくても、オレの好みじゃねえよ」
「その心配はしてないけど…。ヘディさんも君も、俺に探りを入れてきたのは、ルカさんを案じてだろ?」
ほとんどカマをかけただけだが、ヘディさんやニールが、ルカさんに関わる事で俺に接触してきたのは事実だ。
「じゃあ、こうしようぜ」
ニールはおもむろにソファーから立ち上がった。
「アンタら、またどっか行くんだろ?今度メルビアに帰ってくるまでに、アンタがルカと今より仲良くなれてたら、教えてやるよ」
「仲良く……?」
ずいぶん曖昧な条件だ。仲良くと言ったって、何を基準に判断するのか。
「なんでもいいぜ?ハグでもキスでも、それ以外でも」
「は…………、はあ?!!」
思わず抗議するような声を上げるが、
「じゃーな」
ニールはひらひらと手を振り、上階へ去って行った。
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