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〈別視点〉 アルバルドの洞察
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それは、妹のエルシエルと街へ出た時のこと。
「ベル兄様、今回の夜会も欠席するおつもりでしょうか?」
「そうだろうな」
冒険者になるため家を出た弟のベルハイトは、あれこれと理由をつけては夜会などの社交を避けている。元々そういった場が苦手ではあったが、ユトスへ移ってからは全く参加しなくなり、最後に社交界に顔を出したのは二年以上前になる。
「もしかして、どなたか良い人が……」
エルシエルが顔を輝かせて言うが、私はゆるく首を振った。
「ベルハイトに?……それは無いだろう」
「ですよね……」
私達は二人揃って、溜め息をついた。
兄である私が言うのもなんだが、ベルハイトは頭も良いし剣の才能もある。容姿も整っているし、真面目で気立てもいい。それらに過信することもなければ、ひけらかすこともない。
それは周囲から見ても同様で、その証拠に縁談は絶えずきていたし、夜会へ行けば、常に令嬢達に囲まれていた。本人はその度に疲れ果て、翌日は日が高くなるまで起きてこなかったが。
弟ももう子供ではないのだから、自分のことは自分で決める。私達も両親も、それでいいとは思っていても、やはり気にならないわけがない。
必ずしも誰かとともに歩むことが幸せとは言わないが、そういった相手が弟の側にいてほしいと思うのも、兄としての本音だ。
なのでなんとか、久方ぶりに社交の場に引っ張り出せないものかと考えていた時だった。
「ベルハイトさん、あれ食べましょう」
私達の少し前を歩いていた見知らぬ少年が、弟の名を呼びながら振り返った。
誰だ?この少年は……。
ベルハイトに、歳の離れた友人などいただろうか。
「…………」「…………」
「…………」
私達の間になんとも言えない空気が満ちる。
「すみません、間違えました」
確かに「ベルハイトさん」と言った少年は、整った顔立ちに動揺を浮かべることなく、立ち去ろうとした。
私がそれを呼び止めて、話を聞くために場所を借りたのは当然の判断だった。弟とその少年の接点は何も思い浮かばない。歳は離れているように見えるし、冒険者のようにも見えない。しかし、そこにいるのが当然のように呼びかける様子は、距離の近さを感じさせた。
この少年が誰でどのような人物なのか、兄として確かめなければならない。
少年と話をするため、よく利用しているカフェサロンへ入った。邸以外で人払いをしたい時に、時折使っている場所だ。
しかしここで事件は起きた。
よく利用する場所だからと油断していたところ、料理に毒を仕込まれたのだ。
ロズ家は代々、王家から特殊な役目を与えられている。その役目を全うするなかで恨みを買うこともあれば、疎まれることもある。王家と強い繋がりを妬まれるのも常だ。
それゆえに命を狙われることも。
毒にいち早く気づいたのはルカだった。
犯行がすぐ露見したことで、犯人はその場で取り押さえることができたが、それでは終わらなかった。
使われたのはモアヴァイパーの毒。それを聞いて絶句した。
あれは普通の解毒薬では効果がないうえ、それ専用の解毒薬は貴重なものゆえ、手元にはない。時間はかかるが、王立研究に取りに行くしかなかった。
そんな状況で、ルカは一人落ち着いていた。
「大丈夫です。任せてください」
そう言って展開したのは、時空魔法の魔法陣。
しかし、発動したのは全く違う属性の魔法だった。
神聖魔法。その中でも神秘術に分類される、[女神の涙]。
美しい光の雫が、ルカとエルシエルの手に吸い込まれていく。それは文献でしか読んだことのない、奇跡の魔法。文字と挿し絵でしか見たことのない光景が、目の前にあった。
「……ルカ・ブライオン。君はまさか……」
まさかこのような形で神秘術の適性者に出会うとは思ってもみなかったが、判明したからには、このまま帰すわけにはいかなかった。
ロズ家の役目についてはルカも承知していたらしく、邸で話をしている間も彼は顔色一つ変えない。それどころか、驚いたのは私のほうだった。
ルカは二つの神秘術の適性者だった。ロズ家に残されている文献にもそんな事例は無く、少なくとも、父からもそんな話は聞いたことがない。
さらには、
「エレメンタルドラゴンさんが、使えるようにしてくれました」
もはや意味が分からない。
私は仕方なく、エレメンタルドラゴンについては、一度置いておくことにした。
ルカはタグに魔石を埋め込むことにも協力的で、ここまでくると何か思惑があるのではと勘ぐってしまう。
後ろめたいことが無くとも、監視されることに多少なり抵抗を感じるのが普通だが、そんな様子は全く感じられない。
そんな疑念は、次の瞬間に消え去った。
「僕が適性者だということを貴方や公爵閣下に知らせなかったことで、その、ベルハイトさんが怒られたりとかは……」
どうやら自分のことではなく、ベルハイトの立場を心配していたらしい。私が否定すると、ルカは無表情のまま「そうですか……」とだけ言った。
冷静で肝が据わっており、行動力もある。あまり感情を見せるタイプではないようだが、ベルハイトのことを気にかけているのは見てとれた。
裏も表もない。
私は素直にそう感じた。
ベルハイトは一見普通の青年だが、貴族として、そな世界を生き抜く術を学んできた人間だ。
信頼できない人間は近くに置かないし、信用のおけない相手には距離をとり警戒する。
ベルハイトはルカを信頼し、ルカも少なくとも彼の身を案じている。今はそれが分かれば充分だろう。
そう思いながら、ルカから預かった運び屋タグの登録内容を見て、私は思わず心の中で復唱した。
十八歳。女性。
………………成人女性だったのか。
今での自分の言動を思い返す。男性扱いするようなことは無かっただろうか。ずっと少年だと思っていたが、口には出さなかったし、性別に触れるような会話も無かったはずだ。
一通り思い返して、内心で安堵の息を吐いた。
料理が運ばれたテーブルセットのほうを見ると、エルシエルの様子がおかしい。ルカが食事をする様子をじっと見ていたかと思うと、そわそわしだした。
これは……。まさかあれをやる気では……。
私の予想は当たっており、エルシエルはいそいそとルカの隣の席へ移動した。そしてアップルパイを一口大に切ってフォークに差し、そっとルカの口元へ運んだ。
「ルカさん。これ食べてみてください。とっても美味しいですよ。はい、あ~ん」
「???」
ルカはきょとんとして私に視線を向けるが、私が何も言わずにいると、エルシエルのほうを向いて素直に口を開けた。
「んむ…………。おいしいです」
「~~っ!」
嫌がる素振りも見せず感想を言うルカの姿に、エルシエルが声にならない歓喜の声を堪えている。
エルシエルは昔から、人が美味しそうに食事をするさまを見るのが好きだった。それをただ見ているだけでは飽き足らず、手ずから食べさせることを好んでいる。
エルシエルがまだ幼い頃は私やベルハイトがその対象だったが、妹が十代にもなると、さすがに私もベルハイトもやんわり断るようになった。エルシエルはとても残念そうだったが。
ルカは表情こそ変化はないものの、食事を見つめる目は、その金色がいっそう輝いて見える。おまけに小柄な見た目から、まるで小動物が食事をしているようだ。
「こちらも美味しいですよ。さ、どうぞ」
エルシエルに差し出されるがまま食事をする様子は、もはや餌付けのそれだ。
もし嫌々付き合っているのなら申し訳ないと思い、妹に釘を差す。
「エル。ほどほどにな」
「分かっています。ルカさん、嫌でしたら遠慮なく言ってくださいね?」
エルシエルがそう言うと、ルカは至極平然とした様子で、
「好き嫌いはないので、大丈夫です」
的外れな回答をした。
そうじゃない。そうじゃないが……まあいいか。
幸せそうな妹と、黙々と舌鼓を打つ少女を眺めながら、私は静かにコーヒーを口に運んだ。
「ベル兄様、今回の夜会も欠席するおつもりでしょうか?」
「そうだろうな」
冒険者になるため家を出た弟のベルハイトは、あれこれと理由をつけては夜会などの社交を避けている。元々そういった場が苦手ではあったが、ユトスへ移ってからは全く参加しなくなり、最後に社交界に顔を出したのは二年以上前になる。
「もしかして、どなたか良い人が……」
エルシエルが顔を輝かせて言うが、私はゆるく首を振った。
「ベルハイトに?……それは無いだろう」
「ですよね……」
私達は二人揃って、溜め息をついた。
兄である私が言うのもなんだが、ベルハイトは頭も良いし剣の才能もある。容姿も整っているし、真面目で気立てもいい。それらに過信することもなければ、ひけらかすこともない。
それは周囲から見ても同様で、その証拠に縁談は絶えずきていたし、夜会へ行けば、常に令嬢達に囲まれていた。本人はその度に疲れ果て、翌日は日が高くなるまで起きてこなかったが。
弟ももう子供ではないのだから、自分のことは自分で決める。私達も両親も、それでいいとは思っていても、やはり気にならないわけがない。
必ずしも誰かとともに歩むことが幸せとは言わないが、そういった相手が弟の側にいてほしいと思うのも、兄としての本音だ。
なのでなんとか、久方ぶりに社交の場に引っ張り出せないものかと考えていた時だった。
「ベルハイトさん、あれ食べましょう」
私達の少し前を歩いていた見知らぬ少年が、弟の名を呼びながら振り返った。
誰だ?この少年は……。
ベルハイトに、歳の離れた友人などいただろうか。
「…………」「…………」
「…………」
私達の間になんとも言えない空気が満ちる。
「すみません、間違えました」
確かに「ベルハイトさん」と言った少年は、整った顔立ちに動揺を浮かべることなく、立ち去ろうとした。
私がそれを呼び止めて、話を聞くために場所を借りたのは当然の判断だった。弟とその少年の接点は何も思い浮かばない。歳は離れているように見えるし、冒険者のようにも見えない。しかし、そこにいるのが当然のように呼びかける様子は、距離の近さを感じさせた。
この少年が誰でどのような人物なのか、兄として確かめなければならない。
少年と話をするため、よく利用しているカフェサロンへ入った。邸以外で人払いをしたい時に、時折使っている場所だ。
しかしここで事件は起きた。
よく利用する場所だからと油断していたところ、料理に毒を仕込まれたのだ。
ロズ家は代々、王家から特殊な役目を与えられている。その役目を全うするなかで恨みを買うこともあれば、疎まれることもある。王家と強い繋がりを妬まれるのも常だ。
それゆえに命を狙われることも。
毒にいち早く気づいたのはルカだった。
犯行がすぐ露見したことで、犯人はその場で取り押さえることができたが、それでは終わらなかった。
使われたのはモアヴァイパーの毒。それを聞いて絶句した。
あれは普通の解毒薬では効果がないうえ、それ専用の解毒薬は貴重なものゆえ、手元にはない。時間はかかるが、王立研究に取りに行くしかなかった。
そんな状況で、ルカは一人落ち着いていた。
「大丈夫です。任せてください」
そう言って展開したのは、時空魔法の魔法陣。
しかし、発動したのは全く違う属性の魔法だった。
神聖魔法。その中でも神秘術に分類される、[女神の涙]。
美しい光の雫が、ルカとエルシエルの手に吸い込まれていく。それは文献でしか読んだことのない、奇跡の魔法。文字と挿し絵でしか見たことのない光景が、目の前にあった。
「……ルカ・ブライオン。君はまさか……」
まさかこのような形で神秘術の適性者に出会うとは思ってもみなかったが、判明したからには、このまま帰すわけにはいかなかった。
ロズ家の役目についてはルカも承知していたらしく、邸で話をしている間も彼は顔色一つ変えない。それどころか、驚いたのは私のほうだった。
ルカは二つの神秘術の適性者だった。ロズ家に残されている文献にもそんな事例は無く、少なくとも、父からもそんな話は聞いたことがない。
さらには、
「エレメンタルドラゴンさんが、使えるようにしてくれました」
もはや意味が分からない。
私は仕方なく、エレメンタルドラゴンについては、一度置いておくことにした。
ルカはタグに魔石を埋め込むことにも協力的で、ここまでくると何か思惑があるのではと勘ぐってしまう。
後ろめたいことが無くとも、監視されることに多少なり抵抗を感じるのが普通だが、そんな様子は全く感じられない。
そんな疑念は、次の瞬間に消え去った。
「僕が適性者だということを貴方や公爵閣下に知らせなかったことで、その、ベルハイトさんが怒られたりとかは……」
どうやら自分のことではなく、ベルハイトの立場を心配していたらしい。私が否定すると、ルカは無表情のまま「そうですか……」とだけ言った。
冷静で肝が据わっており、行動力もある。あまり感情を見せるタイプではないようだが、ベルハイトのことを気にかけているのは見てとれた。
裏も表もない。
私は素直にそう感じた。
ベルハイトは一見普通の青年だが、貴族として、そな世界を生き抜く術を学んできた人間だ。
信頼できない人間は近くに置かないし、信用のおけない相手には距離をとり警戒する。
ベルハイトはルカを信頼し、ルカも少なくとも彼の身を案じている。今はそれが分かれば充分だろう。
そう思いながら、ルカから預かった運び屋タグの登録内容を見て、私は思わず心の中で復唱した。
十八歳。女性。
………………成人女性だったのか。
今での自分の言動を思い返す。男性扱いするようなことは無かっただろうか。ずっと少年だと思っていたが、口には出さなかったし、性別に触れるような会話も無かったはずだ。
一通り思い返して、内心で安堵の息を吐いた。
料理が運ばれたテーブルセットのほうを見ると、エルシエルの様子がおかしい。ルカが食事をする様子をじっと見ていたかと思うと、そわそわしだした。
これは……。まさかあれをやる気では……。
私の予想は当たっており、エルシエルはいそいそとルカの隣の席へ移動した。そしてアップルパイを一口大に切ってフォークに差し、そっとルカの口元へ運んだ。
「ルカさん。これ食べてみてください。とっても美味しいですよ。はい、あ~ん」
「???」
ルカはきょとんとして私に視線を向けるが、私が何も言わずにいると、エルシエルのほうを向いて素直に口を開けた。
「んむ…………。おいしいです」
「~~っ!」
嫌がる素振りも見せず感想を言うルカの姿に、エルシエルが声にならない歓喜の声を堪えている。
エルシエルは昔から、人が美味しそうに食事をするさまを見るのが好きだった。それをただ見ているだけでは飽き足らず、手ずから食べさせることを好んでいる。
エルシエルがまだ幼い頃は私やベルハイトがその対象だったが、妹が十代にもなると、さすがに私もベルハイトもやんわり断るようになった。エルシエルはとても残念そうだったが。
ルカは表情こそ変化はないものの、食事を見つめる目は、その金色がいっそう輝いて見える。おまけに小柄な見た目から、まるで小動物が食事をしているようだ。
「こちらも美味しいですよ。さ、どうぞ」
エルシエルに差し出されるがまま食事をする様子は、もはや餌付けのそれだ。
もし嫌々付き合っているのなら申し訳ないと思い、妹に釘を差す。
「エル。ほどほどにな」
「分かっています。ルカさん、嫌でしたら遠慮なく言ってくださいね?」
エルシエルがそう言うと、ルカは至極平然とした様子で、
「好き嫌いはないので、大丈夫です」
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