父の男

上野たすく

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誰かが誰かを愛している ~蛍視点~

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「見られてるぞ」
 赤城が店内を見回す。同じように視線を巡らせ、数名の、名も知らぬ生徒達と目があった。
「すげえ、早いな、来るの」
「…………ちょうど、帰る途中で、近くにいたから」
 彼は視線を逸らし言うと、戸惑う中野をソファの奥へ入れ、彼女の横に座った。
 参考書と問題集を取り出す男の傍らで、中野が口を押え、静かに嗚咽する。赤城は参考書を見ながら、そんな彼女の頭を撫でた。
 三人で別々の科目の参考書を開き、ろくに会話もせず、勉強会はお開きになった。
 赤城は中野を送ると言って、彼女と夜道を歩いて行った。
 蛍は家へ帰り、風呂に入って体を温めると、ベッドの上で赤城と中野のことを想いながら、瞼を閉じた。
 携帯電話がバイブした。赤城からだった。相手は長い間のあと、「進学か就職か、迷ってんだって?」と言った。
「……ああ」
 赤城はまた口を閉じ、、蛍も何も言えず、しばらく、互いの呼吸を、ただ聴いていた。
「前に、サッカー選手が言っていたんだけどさ、偶然でもそこにいたから点が獲れたって。だから、なんつうか……」
 電話の奥で、相手が息をつく。
「自分がそこにいることで、なにか一つでも、いい方向に、未来を変えられたら素敵だって思えるところに、行けばいいんじゃね?」
 ドクンと、心臓が強く脈打った。
「そんだけ。じゃあな」
 ぷつりと呆気なく電話を切られる。
 蛍は携帯を持つ手を額に当て、背中をベッドに預けた。

                        * * *

 三年に進級し、クラス全体が受験モード一色に染まる。
 中野とはクラスが離れたが、冬の一件以来、放課後の勉強会が習慣になり、赤城と三人で、平日はほぼ毎日、顔を合わせた。
 場所はファーストフード店か図書館のどちらかで、両方、空いていなければ、高校から一番近い、赤城の家に集まった。赤城の家といっても、賃貸アパートの一室であり、そこに家族の気配は一切なかった。
 蛍の知らない間に、中野と赤城は距離を縮めたようだった。外から見ていると恋が実っていく光景は美しく、羨ましかった。
「ごめん。塾があるから先に抜けるね」
 赤城の自室で勉強をしていると、中野が腕時計を確認し、参考書を鞄へと詰め込み出した。
「気を付けて行けよ」
 赤城が手をあげて微笑み、
「またな」
 蛍も彼女に笑みを向けた。
 部屋から出ていく中野を見送り、数学の問題集を捲った。
「言ってなかったけど」
 赤城の視線に、顔を上げた。
「俺、中野と結婚を前提に付き合うことにした」
「……そっか。おめでとう」
「別に、おめでたいとか、そういう話じゃない。少なくとも、俺にとっては」
 友人はシャーペンを机に投げ出した。
「恋と結婚は別物だから、俺を理解してくれる人を結婚相手として選んだ。そんだけ」
「待てよ。好きだから、中野にプロポーズしたんだろ?」
 赤城は上目づかいにこちらを見た。
「あいつはいい奴だし、一緒にいて楽だよ」
「だから、それって、好きってことだろ?」
 友人は小さく吹き出した。
「なあ、前から思ってたけど、その情熱ってなに? なんで、俺と中野のことに、お前が必死になるわけ?」
 机をどかし、赤城がこちらの肩を掴んでくる。突っぱねようとしたなら、勢いよく、ベッドの側面に押し付けられた。
「俺と中野がくっつけば、自分に火の粉がかからないって思った?」
「なに、言って……」
「渋谷さ、自覚ない? 感情が態度にダダ漏れ」
「話にならない。とにかく、どけ。今日は帰ってやるから、お前は頭を冷やせ」
「俺はずっと正気だ!」
 叫ばれ、息を飲んだ。
「小学生のときから、お前が好きだった! お前が苦しんで倒れてんのに、どうすることもできない桜井さんが大嫌いだった! そんな人を追いかけるお前がすげえ嫌だった!」
 赤城の震える指が腕を掴んでくる。
「俺の恋はお前限定なんだよ。なのに。……お前しか好きになれないのに。ずっと想ってきたのに……。なんで、俺、告る前からフラれてんだよ?」
 合点がいった。赤城と中野と初めて三人で勉強をしたとき、突然の呼び出しにも関わらず、赤城はすぐに現れた。てっきり、外から来たものだとばかり思っていたが。
「お前、店ん中にいたのか?」
 赤城は苦笑し、こちらの肩に手をのせた。唇が近づいてくる。嫌悪感はない。
 蛍だって、女と体だけの付き合いを、何度もした。したいなら、させてあげればいい。自分もしてきたことだ。キスなんて減るもんじゃない。心がなくても……。キスなんて……。
 一度は目を瞑った。だけど、自分だけを求めてくる赤城の眼差しが、その行動を咎めるように瞼の裏から離れようとしなかった。 
 だから、赤城の胸に手を当て、彼の動きを止めた。相手は目を伏せ、強引に唇を伸ばした。
「明日から別々に勉強しよう。中野には俺から言っておく」
「友達やめましょうってことか?」
「馬鹿言うな。友達じゃないから、今まで通りってわけにはいかないんだろ?」
 男はそう言って寂しげに笑った。

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