片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる

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書庫

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 今にも雨が降り出しそうな、濃い灰色の雲が空に重くのしかかっている。
 午後4時を過ぎた所ではあるが、天窓から見える空は暗い。
 ユディットは、カートに積まれた魔導書を元の場所へ戻していた。
 魔術研究所に入所して、早3年。いまだに雑用ばかりで研究の手伝いをほとんどさせて貰えない。

「先輩が育てたマンドラゴラをダメにしちゃったし……。仕方ないか……」

 深いため息をつく。
 マンドラゴラの人工栽培には、温度管理が重要だ。しかし、ユディットが設定温度を間違えたため、1年かけて育てた収穫間近の苗が、一晩で全て枯れてしまったのだ。
 
 ユディットは研究論文を書かせれば非常に優秀なのだが、実務には全く向いていない。
 1つのことに集中してしまうと、他のことがおろそかになってしまうからだ。
 学生時代はそれでも問題無く優秀な成績を収めることができたが、研究員として働くとなると、研究所の細々した業務と研究を平行して行う能力が求められる。
 本日何度目か分からないため息をつき、本棚へ視線を戻す。ふと1冊の本が目に留まる。

 あ、この本、面白そう!
 ユディットは、本を手に取り、ついついページを開き読み始めてしまう。

 しばらくするとゴロゴロと雷が鳴り、雨が激しく降り始めた。その音に、はっと我に返る。

「……またやってしまった」

 時間を忘れて、読書に集中してしまった。
 早く本を片付けて、研究棟へ戻らなくてはと大急ぎで本を戻し始める。
 全ての本がカートの上から無くなった頃には、定時はとっくに過ぎ、夜になっていた。
 外は激しい雨が降り止まず、時折雷鳴がゴロゴロと響いている。傘も無く、研究棟への帰り道もよく見えない。

「これは戻れないな……雨がもう少し弱まるまで待つしか……」
 
 書庫の入口で呆然と立ちすくんでいると、遠くに光が見えた。それはどんどん大きくなってくる。
 
 そう言えば……書庫に幽霊が出るって噂があったな。
 古い教会の建物を改装した書庫には、様々な曰くがあった。
 ステンドガラスの聖人が血の涙を流すとか、勝手に本棚から本が落ちるとか。
 その中に、雨が降ると許しを求めて亡者がやってくるという話もあったような。

(どうしてこんなタイミングで、その話を思い出してしまうの! 私の馬鹿!)

 背筋がぞくりとする。
 
 誰かが光を持って近付いて来ている……のよね? でも、こんな土砂降りの中を……?
 ユディットは、書庫の扉の方へ後ずさる。その時、光の中からにゅっと手が伸び、ぐいっと腕をつかまれる。

「きゃあー!」
「ユディットさん、大丈夫だった?」
「あ……」
 
 ぐっしょりと濡れたレインコートを脱ぎながら、ジェラルド・バルバブルーは心配そうなまなざしを向ける。
 ジェラルドは、研究室の室長であり、バツ3独身の30代後半のイケオジだ。金色の髪と青の瞳、常にほほえみを絶えない表情が特徴的だ。
 3人の妻を事故で亡くしていた。3人目の妻は、1年半前に亡くなっていた。
 
 時折見せる物思いにふける様子は、年上なのに放っておけないような気持にさせる。
 温厚な人柄で、他の研究室の職員からも好かれている。
 頭脳明晰で多くの研究で賞を受賞し、最年少の研究所所長候補とも言われている。
 ユディットの片想いの相手でもあった。

「室長、申し訳ございません。雨がひどくて戻れなくて、通信タブレットも持っておらず連絡ができませんでした」

 謝りながらも、来てくれたことが嬉しくて、ついついニヤニヤとしてしまう。まさか自ら迎えに来てくれるなんて!
 顔を見られない様に深々と頭を下げる。
 
「いや、君が無事なら問題無いよ。近くの川の堤防が決壊したらしくて、今、外を歩くのは危険だ。研究所の皆も早々に帰宅したよ」
「雨がやむまでここにいるしか……ないですよね」
「……そうだね。うかつに外に出ても危険だから、仕方ないよね」
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