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二人で過ごす、雷雨の夜
しおりを挟む脚立に座りながら、書庫に備蓄してあった非常用のカンパンと水を夕飯代わりにしつつ、二人は雨が弱まるのを待っていた。
「雨、全然止まないですね」
「私が通信タブレットをの充電をもっとちゃんとしておけば、警備室へ連絡できたのに。ごめんね」
ジェラルドは申し訳なさそうに、青の瞳を伏せながら、頭を下げる。すっかり乾いたストレートな金色の髪がサラリと揺れる。
警備室へ連絡をして、車で迎えに来てもらう予定だったのだが、彼の通信タブレットの充電が切れてしまったのだ。
戻るに戻れず、二人で書庫にとどまっていた。
「そもそも私の仕事が遅く、雨が降る前に戻れなかったことが原因なのですから、頭を上げてください」
ユディットは申し訳ない気持ちになる。
自分が時間を忘れて本を読んでしまったばかりに、迷惑をかけてしまった。
でも本当に職員思いのいい方なんだよな……。
こんなダメダメな自分が、研究所をクビにならずに済んでいるのも、彼が上司であるからだ。
悪く思いつつも、不謹慎ながら、ジェラルドと二人っきりの時間がまだ続いてほしいと思ってしまう。
バーン! バリバリバリッ!
「きゃっ!」
突然激しい落雷の音が響き、驚いたユディットは脚立から転がり落ちる。
バチッと書庫の光が切れて、真っ暗になる。
停電⁉︎
バチバチと激しい雨音が響き、時折天窓から明るい光が降り注ぐ。
「ユディットさん、閲覧スペースへ行きましょう」
教会だった頃に懺悔室として使用していた小部屋は、本を閲覧するためのスペースとなっていた。ジェラルドはユディットの手を取る。
わ、手を繋いじゃった! 大きくて骨ばった手だ。ドキドキする。
狭い小部屋に入り、壁のスイッチを押すと、懺悔室にオレンジの光が灯る。
「良かった。ここの光源は書庫のものとは別で、魔力石から取ってるって聞いたことがあったんだ」
「そうなのですね」
お、落ち着かない……。身体が密着してる。
すらりとした体型のジェラルドではあったが、骨格は意外とたくましく、2人で懺悔室へ入るにはぴったりと身体を寄せ合う必要がある。
ほんのり甘くスッキリとした香水の香りが落ち着かず、もじもじと身体を動かす。
「狭くてごめんね。こんなおじさんと密着していやだよね」
「いえ、そんなことないです! きゃあっ!」
ゴゴゴッ、バリバリ、ドーン!
再び大きな雷鳴が轟く。
ユディットは、ぎゅっとジェラルドに抱きつく。むぎゅりと彼女の柔らかな乳房が、ジェラルドの胸筋へ押し付けられる。
その感触に動揺したのか、彼の声は少し震えている。
「ちょっと、ち、近いから……少し離れて……」
「でも音が怖くて。このままでいさせて下さい」
本気で怖いのもあるが、離れたくない気持ちもある。ここぞとばかりに身体を密着させる。
バリバリと重低音が響く。どこかで雷が落ちたようだ。
「ひっ!」
「大丈夫だから、落ち着いて」
ジェラルドは、戸惑いながらも背中をポンポンと優しく叩く。
音が大きくて怖いけど、室長の胸の中は安全な気がする。
(いつも、そう。失敗しても不安になっても、いつも私を励ましてくれる。そういう所が本当に、好き)
「室長……」
「うん? どうしたの?」
「どうしてわざわざ来てくれたのですか? 他の職員や警備の方に来てもらってもよかったですよね?」
「…………」
ジェラルドがどんな表情をしているのか気になり、上を向く。頬が紅潮して照れている様に見える。
もし、同じ気持ちなら……。同じ気持ちであってほしい。
そう祈りながら懺悔室の長椅子に膝を乗せ、ジェラルドの上にのしかかる。慌てる彼を見下ろす。
おもむろに、彼の太ももの上にまたがる。
「ちょっ……っ、どうしたの⁉︎」
「好き、なんです。もう気持ちを抑えきれません」
ユディットは、ぎこちないキスをする。
(お願い、私の勘違いじゃないよね……? どうか私のことを好きって言って下さい)
「ダメだよ、待って!」
ジェラルドが両腕でユディットの肩を押す。唇が離れ、絶望的な気分になる。
「…………いやですか? 秘書課のユーベルと再婚、するからですか? 私じゃダメですか?」
ジェラルドの再婚の噂を聞いてから、ユディットは情緒不になっていた。
仕事で再びひどいミスを連発するようになってしまったのはそのせいだった。マンドラゴラの失敗もその1つだ。
「しないよ。ただの噂話だ。君だって3人の妻たちのことを知っているだろう? 私は幸せになる価値のない男だ」
彼の3人の元妻たちは、結婚して数年で事故死していた。バルバブルー家の不運の花嫁としばし人々の噂の的になっていた。
「知ってます、でも、室長は素敵な方ですもの……。過去のことは全然気にしません」
「嬉しいが、君が思っているような人間じゃないよ」
「じゃあ好きな人が、いるんですか? 私じゃダメですか? 室長、好きなんです。ずっとずっと好きだったんです」
感情がたかぶったせいか、いつの間にか号泣していた。
「泣かないで、ユディットさん」
「だって! 私のことを好きじゃないのに、優しくするなんてずるいです!」
ジェラルドは、今夜の雨のように流れる涙を親指で拭う。
「君は若いし、私よりいい男がいる。こんな中年の曰く付きな男と一緒になるのはもったいないよ」と、自重気味に笑う。
その青い瞳があまりにも悲しみに満ちており、胸が締め付けられる。
「そんなことないです。奥様たちのことだって、事故だったんですよね。室長は何も悪くないじゃないですか」
大きな手がユディットの顔を撫で、薔薇色の唇に触れる。
「参ったな……。君を泣かせるつもりは無かったんだが……」
ジェラルドは、ユディットの後頭部に手を添えると自分の方へ引き寄せる。
唇が重なり、熱い舌が口内にねじ込められ、すみずみまで侵していく。くちゃくちゃと唾液の絡み合う音が、淫靡に響く。
先ほどユディットがした子どものようなキスとは違う、濃厚な大人のキス。
驚いて目を閉じるのを忘れてしまう。
「自分の気持ちに蓋をして一生生きていこうと思ったけど。帰ってこない君が心配で、無謀にもここへ走ってきてしまったんだよ」
「室長……、好きです。いつも私のことを気にかけくれて……」
「君のこと、大切なんだ。研究所で初めて会った時から、ずっと気になっていた。いつのまにか目が離せなくなっていた」
二人は見つめ合う。ジェラルドが、彼女を抱きしめる。背中の手が、ユディットのワンピースのファスナーを器用に下ろした。
ああ、このまま彼と1つになれるんだ。両想いだったなんて、信じられない。
「君のことを私のものに、したい……」
「はい、あなたのものに……、なりたいです」
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