205 / 216
4章
17歳 -土の極日3-
しおりを挟む
龍さんが「あれに見えるが……」と視線を向けた先へ私も視線を向けたのですが、そこには何もありません。なのでもう一度その周辺をじっと目を凝らして見るのですが、どれだけ見詰めてもやはり何も見つけられず……。念の為に少し上や左右も見て、更には苦手なのを我慢して下方向を見ても影すら確認できません。
でも……、見えないのに何かを感じるのです。
この感覚はジェットコースターの加速時に感じる圧が一番近いのですが、アレよりもずっと強い力が全身を圧迫してきます。この身体を押さえつけるような強い圧はF1レーサーや、風という要素が無い事を踏まえると戦闘機のパイロットが感じる重力加速度の方が的確なのかもしれませんが、私にその経験はありませんし比べることはできません。ただ呼吸をしても肺へ酸素が流れていかないような息苦しさがあり、徐々に頭がクラクラとしてきてしまいました。
龍さんの言葉から察するに、そこに精霊神を管理する上位の神がいるのだとは思います。ですがアニメなどでよく見るようなファーと上から光が降り注ぐだとか、目が眩むような強い光が発せられるなんて事は無く。ただただ息が苦しい程の圧力を感じるだけなのです。
その圧が急激に強まり、喉と首が締められたような感覚に陥り口からヒュッという空気が漏れる音がしました。もう微かな呼吸すらできず、心臓が激しくバクバクと脈打ち頭が割れそうに痛みます。明らかに何か得体のしれない力が私へと加わっているのは解るのに、正体も対処法も何も解りません。
三太郎さんへ助けを求めようとした、その時
『何『謎『煩『邪魔』誰』虫』除』
一度に無数の、言葉?感情?意思? 私の持っている語彙では表現できない何かが襲ってきました。しかも一つ一つの言葉に数え切れないほどの音と意味と意思が重なり、私が処理できる情報量を遥かに超えてしまっています。先ほどまでは頭が割れそうな痛みでしたが、今はもう頭が割れてしまっていると確信できてしまうほどの痛みに変わりました。あまりの痛みに頭を抱えますが、血の感触はありません。声が出ないぐらいに痛いのに血が出ていないなんて理不尽だと、それこそ理不尽な怒りが湧き上がるぐらいに痛くて仕方がありません。
<龍! このままでは櫻の身体がもちません。
少し結界を広げてください。私達も同時に結界を張ります>
内側から浦さんの心話が聞こえ、それと同時に浦さんの霊力が私の身体を包み込みました。ほぼ時を同じくして金さんと桃さんの力も溢れるようにして私の身体を包み、龍さんの結界がグンッと広がります。
そして龍さんの結界の拡張が止まると、次は私を包んでいた三太郎さんの結界がすぐさまそこまで広がりました。途端に空気が肺へドッと流れ込んできて、急な供給に咳き込んでしまってその場に崩れ落ちてしまいます。
「ゲホッゴホゴホッ! ……って、なっ?!」
口を抑えた手のひらにぬるりとした感触があり、何だろう?と思って手のひらを見たら血で真紅に染まっていました。
(うわぁ……、色からして吐血じゃなくて喀血かな?
あと鼻からも血が出て……って、耳からも出てる?!)
結界のお陰なのか先ほどまで全身を襲っていた圧と痛みは消えていて、おかげで少しだけ心に余裕が生まれました。なので冷静に袂から出した手巾で血を拭ってから、ここに母上たちが居なくて良かったと安堵の息を漏らします。それでなくても心配をかけることが多いというのに、こんな血まみれの姿なんて見せられません。そこまで思ってから、お母さんにも見せられないなぁ……と追加で思います。どうもこの17年の間に、母と呼ぶ対象の割合が逆転してしまったようです。お母さんを母と思っていないという訳ではなく、暮らした年月の長さの関係で先に母上を思い出してしまうのです。お母さん、悲しんじゃうかな……。
なおも流れ続ける鼻血や口の端から溢れた血を手巾で抑えつつ、震える膝に力と負けん気を込めて立ち上がりました。やられっぱなしは性に合いません。龍さんと三太郎さんの霊力が満ちた結界内は私にとって心地良く、この1年で覚えた三太郎さんの霊力を自分の身体の特定の場所へ集める感覚を駆使して、浦さんの力を目へと集めます。
龍さんに見えていて私に見えていないのは、おそらく存在の規模や格が違いすぎるからだと思うのです。例えば蟻の眼の前にシロナガスクジラがいたとして、その蟻がクジラという存在を把握できるかといえば無理でしょう。また前世の人と比べて精霊と親和力が高いと思われる今世の人ですら精霊が見えない人の方が圧倒的に多く、ましてや更に格上の神なんて見えなくても当然です。
浦さんも私がしようとしている事に気づいたようで、自分の霊力を積極的に私の目へと集めてくれます。そうして見えたのは、これまた言葉では言い表せない何かでした。球体かと思ったら正20面体、正12面体、正8面体、正6面体、正4面体と次々と姿を変えていき、また同じ順で球体へと戻っていきます。しかもそれらの形が全て同時に重なって見えて、意味がわからず頭が混乱してしまいます。5つの存在がぴったりと重なって、輪唱のように次々と違う形になっているような感じとしか表現できません。何にしても、私の思い描いていた神とは全く違う姿をしています。
そして浦さんの力を借りて見た世界は、全く違う様相を呈していました。大御神と思われる存在はうっすらと光を発しながらも下部には闇もあり、くるくるとその内部で何かが動いているのが解ります。そのままぐるりと周囲を見回せば、淡く光る何かがたくさん浮かんでいました。ただそれは大御神のように姿を変えることはなく、同じ場所で静かに光っているだけです。その中の一つでしょうか、私達が来たと思われる方向にも光が一つ。周囲に全く光が無い場所にポツンと孤独に光るソレは、明らかに他のものよりも暗く……。時々明滅してはノイズが何度も走っています。
(ま……まさか……)
まさかとは思いたいですし信じたくもないのですが、あの他とは違いすぎる暗い光が母上たちが居る世界なのだ確信してしまいます。ギリギリ間に合ったと龍さんは言っていましたが、コレは本当に間に合っているのか不安になるレベルです。
と、再び結界がビリビリと震えるほどの圧が襲ってきました。幸いにも龍さんと三太郎さんの4重結界のおかげで先ほどのような呼吸すら苦しいといった事態にはなっていませんが、思わず両手で耳を塞いでしまうほどの耳鳴りはします。攻撃されているって訳ではなさそうですが、相手の意図が全く解りません。
「龍さん、これはなんなの?!」
「ちょっと待て!! 儂も今は手一杯じゃ!
ぐぅ……結界をほんの少し緩めるが、気はしっかり持っておくのじゃぞ!
三太郎たち、手を貸せ!!」
私の了承を取る前に龍さんは行動に移しました。途端に僅かに圧が強まりますが、逆に耳鳴りは減ります。おかげで耳を塞がなくてすみますが、結界が弱まったのに耳鳴りが弱まる理由が解りません。
<ちぃ、仕方ねぇ!! 俺様も前に出る。金、浦、後は任せた!>
そう桃さんが言うと私のすぐ横に桃さんが現れると数歩前へと進み、今度は桃さんの結界が僅かに弱まります。そして僅かに増える圧と減る耳鳴り。浦さんと金さんもその後に続き、やはり同様に圧が強まって耳鳴りが減ります。今や身体に受ける圧は足を踏ん張る必要があるほどになりましたが、耳鳴りは全くなくなりました。そして聞こえてくるのは、不思議な声です。
『ここ 何 来た? ここ 場所 違う 居る』
大御神から発せられる情報が単語の羅列となった結果、私が理解出来そうな程度にまで簡略化されました。ハッとして三太郎さんたちの顔を見れば、かなり切羽詰まった表情になっています。あの土の神相手に戦っていた時と同じかソレ以上に険しい表情で、現在進行系で何かをしている事が解ります。
後から聞いたのですがこの時、龍さんは大御神から押し寄せる強大な圧を全力で受け流し、その受け流し損ねた圧を桃さんが感覚でざっくり2つに分け、その分けられた圧を金さんと浦さんが更に全力で選別し、私が認識・理解ができる範囲にまで神の意思、あるいは神の言葉という名の圧を減らしてくれていたのだそうです。
ただ、これはあくまでも私の負担を減らす為の策でしかありません。
私が直接大御神へ声をかけても、相手には届きません。大御神の言葉が私には致死レベルの強さになる事の逆で、私の言葉はどれだけ大声を上げても大御神には届かないのです。
対土の神戦でもそうでしたが、龍さんや三太郎さんは私がその場に必要であると思っているのにも関わらず、前に出すどころか戦場を極力見せないようにします。私にショックを与えないようにという意図なのでしょうが、三太郎さんたちは優しく私の目を覆うのです。今まではそれがありがたかったのですが、これからはそうもいきません。なにせ三太郎さんたちにもそんな余裕は無いのですから。三太郎さんたちから見ても大御神は格上の存在で、結界を維持しながらその圧を減らすのは困難です。
なので私はありったけの霊石を小袋から取り出して両手にしっかりと握ると、全ての霊力を引き出して声に乗せました。
「この世界の木を切るのはお待ちください!!」
静まり返った教室で挙手して意見を言った時よりも緊張してしまい、答えが返ってくるまでの時間が実際よりも長く感じてしまいます。しかも言葉以外の圧はその間も強く放たれていて、踏ん張っている足は再びガタガタと震え出してしまいました。
答えはもらえないのだろうか?と不安になった頃になってようやく
『その世界 不要 無駄 除去 別の木 植える 決定』
という単語が次々と舞い込みますが、その大御神の言葉に真っ青になってしまいました。
(龍さんの嘘つき! 全然間に合ってないじゃない!!)
と思いますが、今は龍さんを責めている場合じゃありません。
「その世界はまだ生きています。精霊たちも懸命に守っています。
だからどうか、お願いです!!」
これが本当の神頼みなんて心の何処かで他人事のように思っている自分がいて、そんな自分に嫌悪感が湧いて凹んでしまいます。でも、大御神からの返事が怖いのです。拒否されて世界を壊されてしまうのが怖くて、現実逃避をしてしまいたくなるのです。前世で読んだり遊んだ小説やゲームの主人公たちは世界の命運を任された時、怖くなかったんだろうか……と不思議で仕方がありません。眼の前にいる大御神の返答次第では、残してきた母上や叔父上や兄上、それに橡や山吹といった家族はもちろん、この17年の間に言葉と心を交わしたたくさんの人の命が消えてしまうのです。それを思うと怖くて仕方がありません。
『人 畑 野菜 病気 駄目 除去』
大御神から帰ってきたのは許しではなく、除去する理由でした。接してみて解ったのですが、大御神は決して慈悲の欠片もないような厳しい神ではありませんでした。圧が強いのは存在自体が強大な所為で、わざと私たちに圧をかけようとしている訳ではないようです。更に今は小さい存在が相手だからか気を使ってくれているようで、三太郎さんたちの負担が少しだけとはいえ減ったように見えます。例えとして的確かは解りませんが、農作業の邪魔になるとはいえ、そこにいる子猫を退けるのに全力で握って投げ捨てるような真似をする人じゃないという感じでしょうか。
ただ大御神の意思は固く、言葉を重ねてもその意思を変える事ができません。大御神からすれば周囲へ悪影響を及ぼしているあの木を放置しておけば、全ての木が滅ぶ可能性があるので伐採するしかないという事なのでしょう。
これが畑の野菜なら人間だって同じことをしています。
作物や家畜が病気になたっ時、放置しておけばそれが広がる可能性がある場合は、まだ病気になっていない個体も含めて処分することはままあることです。ニュースなどで見ていて「命が軽い」と思うことはありましたが、理由を聞けば仕方がない事だとも思っていました。
でも、今はその仕方がないと処分される中に家族がいるのです。
前世から私は特別頭が良かった訳ではありませんが、今、大学受験の時以上に頭をフル回転させて大御神を説得する材料を探します。
<三太郎さん! 龍さん!! どうしようっっ!!!>
そう泣きついても、三太郎さんたちは余裕がほとんどないことに加えて、大御神は既に方針を決められてしまった……と諦めてしまっているようで、誰も答えてくれません。
(どうしよう、どうしよう、母上や叔父上たちが……。
助けて、助けて誰か……お父さん、お母さん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん!)
次々と浮かぶ顔に泣きつきたくなりましたが、最後に祖父母の二人を思い浮かべた時、ある光景を思い出しました。
「な、ならば自分たちで育てるので、あの枝をください!!」
私の言葉が意外すぎたのか、三太郎さんたちすら驚いて振り返ります。途端に凄まじい圧と耳鳴りが襲ってきて、頭を抱えて蹲ってしまいました。三太郎さんたちからそれぞれの言葉で謝罪と気遣う心話が届きますが、今は大御神の説得の方が大事です。
『育成 無理』
恐らくこれらの単語の前にも何かを言っていたのでしょうが、私に聞き取れたのはここだけでした。でもこれが最後の希望です、大御神の言葉に頷く訳にはいきません。
「精霊の結界を張って、そこで木を育ててみせます!!
例え崩壊寸前だとしても、最後まで自分たちの世界を守り育む
努力を放棄したくないんです、お願いします!!」
・・
・・・・
・・・・・・
どれだけ待っても大御神からの返事が来ません。心臓が痛いぐらいに激しく脈打っていて、何だったら吐きそうなほどです。あまりにも不安で誰か私の手を握っていてほしい、何だったら身体を支えてほしいとすら思いますが、ここにはそう言って甘えられる叔父上はいません。自分の足で踏ん張って立つしかないのです。これが大人になるって事なんだろうなぁなんて思いますが、解ってます、現実逃避パート2か3か4です。
そして先ほど思い返した光景。それはお祖父ちゃんが庭の桜の木を見ながら
「この木はな、お祖父ちゃんがお祖母ちゃんと結婚した時に、
元々あった桜の木にお祖母ちゃんの家の桜の木の枝を接ぎ木したんだよ」
なんて思い出話をしている光景でした。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが婚約した時に元々家にあった古い山桜の木の枝を挿し木して育て、結婚した時にお祖母ちゃんの家の桜の木を接ぎ木したんだそうです。子どもながらにロマンチックだなぁと思った覚えがあります。お祖母ちゃんは
「素人が見様見真似でやったから、枯れる可能性だってあったのよ。
もし枯れちゃったら縁起が悪いのに、この人ったら……」
って苦笑いしていましたが、どこか嬉しそうでもありました。
接ぎ木や挿し木という手法を使えば、この木だって生き延びるかもしれません。もちろん厳密には私の知る植物でないことは解っています。龍さんが木に例えたのも、その方が私が理解しやすいからです。なので接ぎ木しても成長は困難でしょうし、絶対にうまくいくとも言えません。でも、もうこれ以外の方法が思いつかないのです。
固唾を飲んで大御神の返信を……途中で現実逃避をしつつ……待ち続け、体感時間で1時間以上経った時、ようやく大御神から言葉が届きました。
『許可 激励 祈る』
と。
でも……、見えないのに何かを感じるのです。
この感覚はジェットコースターの加速時に感じる圧が一番近いのですが、アレよりもずっと強い力が全身を圧迫してきます。この身体を押さえつけるような強い圧はF1レーサーや、風という要素が無い事を踏まえると戦闘機のパイロットが感じる重力加速度の方が的確なのかもしれませんが、私にその経験はありませんし比べることはできません。ただ呼吸をしても肺へ酸素が流れていかないような息苦しさがあり、徐々に頭がクラクラとしてきてしまいました。
龍さんの言葉から察するに、そこに精霊神を管理する上位の神がいるのだとは思います。ですがアニメなどでよく見るようなファーと上から光が降り注ぐだとか、目が眩むような強い光が発せられるなんて事は無く。ただただ息が苦しい程の圧力を感じるだけなのです。
その圧が急激に強まり、喉と首が締められたような感覚に陥り口からヒュッという空気が漏れる音がしました。もう微かな呼吸すらできず、心臓が激しくバクバクと脈打ち頭が割れそうに痛みます。明らかに何か得体のしれない力が私へと加わっているのは解るのに、正体も対処法も何も解りません。
三太郎さんへ助けを求めようとした、その時
『何『謎『煩『邪魔』誰』虫』除』
一度に無数の、言葉?感情?意思? 私の持っている語彙では表現できない何かが襲ってきました。しかも一つ一つの言葉に数え切れないほどの音と意味と意思が重なり、私が処理できる情報量を遥かに超えてしまっています。先ほどまでは頭が割れそうな痛みでしたが、今はもう頭が割れてしまっていると確信できてしまうほどの痛みに変わりました。あまりの痛みに頭を抱えますが、血の感触はありません。声が出ないぐらいに痛いのに血が出ていないなんて理不尽だと、それこそ理不尽な怒りが湧き上がるぐらいに痛くて仕方がありません。
<龍! このままでは櫻の身体がもちません。
少し結界を広げてください。私達も同時に結界を張ります>
内側から浦さんの心話が聞こえ、それと同時に浦さんの霊力が私の身体を包み込みました。ほぼ時を同じくして金さんと桃さんの力も溢れるようにして私の身体を包み、龍さんの結界がグンッと広がります。
そして龍さんの結界の拡張が止まると、次は私を包んでいた三太郎さんの結界がすぐさまそこまで広がりました。途端に空気が肺へドッと流れ込んできて、急な供給に咳き込んでしまってその場に崩れ落ちてしまいます。
「ゲホッゴホゴホッ! ……って、なっ?!」
口を抑えた手のひらにぬるりとした感触があり、何だろう?と思って手のひらを見たら血で真紅に染まっていました。
(うわぁ……、色からして吐血じゃなくて喀血かな?
あと鼻からも血が出て……って、耳からも出てる?!)
結界のお陰なのか先ほどまで全身を襲っていた圧と痛みは消えていて、おかげで少しだけ心に余裕が生まれました。なので冷静に袂から出した手巾で血を拭ってから、ここに母上たちが居なくて良かったと安堵の息を漏らします。それでなくても心配をかけることが多いというのに、こんな血まみれの姿なんて見せられません。そこまで思ってから、お母さんにも見せられないなぁ……と追加で思います。どうもこの17年の間に、母と呼ぶ対象の割合が逆転してしまったようです。お母さんを母と思っていないという訳ではなく、暮らした年月の長さの関係で先に母上を思い出してしまうのです。お母さん、悲しんじゃうかな……。
なおも流れ続ける鼻血や口の端から溢れた血を手巾で抑えつつ、震える膝に力と負けん気を込めて立ち上がりました。やられっぱなしは性に合いません。龍さんと三太郎さんの霊力が満ちた結界内は私にとって心地良く、この1年で覚えた三太郎さんの霊力を自分の身体の特定の場所へ集める感覚を駆使して、浦さんの力を目へと集めます。
龍さんに見えていて私に見えていないのは、おそらく存在の規模や格が違いすぎるからだと思うのです。例えば蟻の眼の前にシロナガスクジラがいたとして、その蟻がクジラという存在を把握できるかといえば無理でしょう。また前世の人と比べて精霊と親和力が高いと思われる今世の人ですら精霊が見えない人の方が圧倒的に多く、ましてや更に格上の神なんて見えなくても当然です。
浦さんも私がしようとしている事に気づいたようで、自分の霊力を積極的に私の目へと集めてくれます。そうして見えたのは、これまた言葉では言い表せない何かでした。球体かと思ったら正20面体、正12面体、正8面体、正6面体、正4面体と次々と姿を変えていき、また同じ順で球体へと戻っていきます。しかもそれらの形が全て同時に重なって見えて、意味がわからず頭が混乱してしまいます。5つの存在がぴったりと重なって、輪唱のように次々と違う形になっているような感じとしか表現できません。何にしても、私の思い描いていた神とは全く違う姿をしています。
そして浦さんの力を借りて見た世界は、全く違う様相を呈していました。大御神と思われる存在はうっすらと光を発しながらも下部には闇もあり、くるくるとその内部で何かが動いているのが解ります。そのままぐるりと周囲を見回せば、淡く光る何かがたくさん浮かんでいました。ただそれは大御神のように姿を変えることはなく、同じ場所で静かに光っているだけです。その中の一つでしょうか、私達が来たと思われる方向にも光が一つ。周囲に全く光が無い場所にポツンと孤独に光るソレは、明らかに他のものよりも暗く……。時々明滅してはノイズが何度も走っています。
(ま……まさか……)
まさかとは思いたいですし信じたくもないのですが、あの他とは違いすぎる暗い光が母上たちが居る世界なのだ確信してしまいます。ギリギリ間に合ったと龍さんは言っていましたが、コレは本当に間に合っているのか不安になるレベルです。
と、再び結界がビリビリと震えるほどの圧が襲ってきました。幸いにも龍さんと三太郎さんの4重結界のおかげで先ほどのような呼吸すら苦しいといった事態にはなっていませんが、思わず両手で耳を塞いでしまうほどの耳鳴りはします。攻撃されているって訳ではなさそうですが、相手の意図が全く解りません。
「龍さん、これはなんなの?!」
「ちょっと待て!! 儂も今は手一杯じゃ!
ぐぅ……結界をほんの少し緩めるが、気はしっかり持っておくのじゃぞ!
三太郎たち、手を貸せ!!」
私の了承を取る前に龍さんは行動に移しました。途端に僅かに圧が強まりますが、逆に耳鳴りは減ります。おかげで耳を塞がなくてすみますが、結界が弱まったのに耳鳴りが弱まる理由が解りません。
<ちぃ、仕方ねぇ!! 俺様も前に出る。金、浦、後は任せた!>
そう桃さんが言うと私のすぐ横に桃さんが現れると数歩前へと進み、今度は桃さんの結界が僅かに弱まります。そして僅かに増える圧と減る耳鳴り。浦さんと金さんもその後に続き、やはり同様に圧が強まって耳鳴りが減ります。今や身体に受ける圧は足を踏ん張る必要があるほどになりましたが、耳鳴りは全くなくなりました。そして聞こえてくるのは、不思議な声です。
『ここ 何 来た? ここ 場所 違う 居る』
大御神から発せられる情報が単語の羅列となった結果、私が理解出来そうな程度にまで簡略化されました。ハッとして三太郎さんたちの顔を見れば、かなり切羽詰まった表情になっています。あの土の神相手に戦っていた時と同じかソレ以上に険しい表情で、現在進行系で何かをしている事が解ります。
後から聞いたのですがこの時、龍さんは大御神から押し寄せる強大な圧を全力で受け流し、その受け流し損ねた圧を桃さんが感覚でざっくり2つに分け、その分けられた圧を金さんと浦さんが更に全力で選別し、私が認識・理解ができる範囲にまで神の意思、あるいは神の言葉という名の圧を減らしてくれていたのだそうです。
ただ、これはあくまでも私の負担を減らす為の策でしかありません。
私が直接大御神へ声をかけても、相手には届きません。大御神の言葉が私には致死レベルの強さになる事の逆で、私の言葉はどれだけ大声を上げても大御神には届かないのです。
対土の神戦でもそうでしたが、龍さんや三太郎さんは私がその場に必要であると思っているのにも関わらず、前に出すどころか戦場を極力見せないようにします。私にショックを与えないようにという意図なのでしょうが、三太郎さんたちは優しく私の目を覆うのです。今まではそれがありがたかったのですが、これからはそうもいきません。なにせ三太郎さんたちにもそんな余裕は無いのですから。三太郎さんたちから見ても大御神は格上の存在で、結界を維持しながらその圧を減らすのは困難です。
なので私はありったけの霊石を小袋から取り出して両手にしっかりと握ると、全ての霊力を引き出して声に乗せました。
「この世界の木を切るのはお待ちください!!」
静まり返った教室で挙手して意見を言った時よりも緊張してしまい、答えが返ってくるまでの時間が実際よりも長く感じてしまいます。しかも言葉以外の圧はその間も強く放たれていて、踏ん張っている足は再びガタガタと震え出してしまいました。
答えはもらえないのだろうか?と不安になった頃になってようやく
『その世界 不要 無駄 除去 別の木 植える 決定』
という単語が次々と舞い込みますが、その大御神の言葉に真っ青になってしまいました。
(龍さんの嘘つき! 全然間に合ってないじゃない!!)
と思いますが、今は龍さんを責めている場合じゃありません。
「その世界はまだ生きています。精霊たちも懸命に守っています。
だからどうか、お願いです!!」
これが本当の神頼みなんて心の何処かで他人事のように思っている自分がいて、そんな自分に嫌悪感が湧いて凹んでしまいます。でも、大御神からの返事が怖いのです。拒否されて世界を壊されてしまうのが怖くて、現実逃避をしてしまいたくなるのです。前世で読んだり遊んだ小説やゲームの主人公たちは世界の命運を任された時、怖くなかったんだろうか……と不思議で仕方がありません。眼の前にいる大御神の返答次第では、残してきた母上や叔父上や兄上、それに橡や山吹といった家族はもちろん、この17年の間に言葉と心を交わしたたくさんの人の命が消えてしまうのです。それを思うと怖くて仕方がありません。
『人 畑 野菜 病気 駄目 除去』
大御神から帰ってきたのは許しではなく、除去する理由でした。接してみて解ったのですが、大御神は決して慈悲の欠片もないような厳しい神ではありませんでした。圧が強いのは存在自体が強大な所為で、わざと私たちに圧をかけようとしている訳ではないようです。更に今は小さい存在が相手だからか気を使ってくれているようで、三太郎さんたちの負担が少しだけとはいえ減ったように見えます。例えとして的確かは解りませんが、農作業の邪魔になるとはいえ、そこにいる子猫を退けるのに全力で握って投げ捨てるような真似をする人じゃないという感じでしょうか。
ただ大御神の意思は固く、言葉を重ねてもその意思を変える事ができません。大御神からすれば周囲へ悪影響を及ぼしているあの木を放置しておけば、全ての木が滅ぶ可能性があるので伐採するしかないという事なのでしょう。
これが畑の野菜なら人間だって同じことをしています。
作物や家畜が病気になたっ時、放置しておけばそれが広がる可能性がある場合は、まだ病気になっていない個体も含めて処分することはままあることです。ニュースなどで見ていて「命が軽い」と思うことはありましたが、理由を聞けば仕方がない事だとも思っていました。
でも、今はその仕方がないと処分される中に家族がいるのです。
前世から私は特別頭が良かった訳ではありませんが、今、大学受験の時以上に頭をフル回転させて大御神を説得する材料を探します。
<三太郎さん! 龍さん!! どうしようっっ!!!>
そう泣きついても、三太郎さんたちは余裕がほとんどないことに加えて、大御神は既に方針を決められてしまった……と諦めてしまっているようで、誰も答えてくれません。
(どうしよう、どうしよう、母上や叔父上たちが……。
助けて、助けて誰か……お父さん、お母さん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん!)
次々と浮かぶ顔に泣きつきたくなりましたが、最後に祖父母の二人を思い浮かべた時、ある光景を思い出しました。
「な、ならば自分たちで育てるので、あの枝をください!!」
私の言葉が意外すぎたのか、三太郎さんたちすら驚いて振り返ります。途端に凄まじい圧と耳鳴りが襲ってきて、頭を抱えて蹲ってしまいました。三太郎さんたちからそれぞれの言葉で謝罪と気遣う心話が届きますが、今は大御神の説得の方が大事です。
『育成 無理』
恐らくこれらの単語の前にも何かを言っていたのでしょうが、私に聞き取れたのはここだけでした。でもこれが最後の希望です、大御神の言葉に頷く訳にはいきません。
「精霊の結界を張って、そこで木を育ててみせます!!
例え崩壊寸前だとしても、最後まで自分たちの世界を守り育む
努力を放棄したくないんです、お願いします!!」
・・
・・・・
・・・・・・
どれだけ待っても大御神からの返事が来ません。心臓が痛いぐらいに激しく脈打っていて、何だったら吐きそうなほどです。あまりにも不安で誰か私の手を握っていてほしい、何だったら身体を支えてほしいとすら思いますが、ここにはそう言って甘えられる叔父上はいません。自分の足で踏ん張って立つしかないのです。これが大人になるって事なんだろうなぁなんて思いますが、解ってます、現実逃避パート2か3か4です。
そして先ほど思い返した光景。それはお祖父ちゃんが庭の桜の木を見ながら
「この木はな、お祖父ちゃんがお祖母ちゃんと結婚した時に、
元々あった桜の木にお祖母ちゃんの家の桜の木の枝を接ぎ木したんだよ」
なんて思い出話をしている光景でした。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが婚約した時に元々家にあった古い山桜の木の枝を挿し木して育て、結婚した時にお祖母ちゃんの家の桜の木を接ぎ木したんだそうです。子どもながらにロマンチックだなぁと思った覚えがあります。お祖母ちゃんは
「素人が見様見真似でやったから、枯れる可能性だってあったのよ。
もし枯れちゃったら縁起が悪いのに、この人ったら……」
って苦笑いしていましたが、どこか嬉しそうでもありました。
接ぎ木や挿し木という手法を使えば、この木だって生き延びるかもしれません。もちろん厳密には私の知る植物でないことは解っています。龍さんが木に例えたのも、その方が私が理解しやすいからです。なので接ぎ木しても成長は困難でしょうし、絶対にうまくいくとも言えません。でも、もうこれ以外の方法が思いつかないのです。
固唾を飲んで大御神の返信を……途中で現実逃避をしつつ……待ち続け、体感時間で1時間以上経った時、ようやく大御神から言葉が届きました。
『許可 激励 祈る』
と。
10
あなたにおすすめの小説
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~
アトハ
ファンタジー
【短いあらすじ】
普通を勘違いした魔界育ちの少女が、王都に旅立ちうっかり無双してしまう話(前世は病院少女なので、本人は「超健康な身体すごい!!」と無邪気に喜んでます)
【まじめなあらすじ】
主人公のフィアナは、前世では一生を病院で過ごした病弱少女であったが……、
「健康な身体って凄い! 神さま、ありがとう!(ドラゴンをワンパンしながら)」
転生して、超健康な身体(最強!)を手に入れてしまう。
魔界で育ったフィアナには、この世界の普通が分からない。
友達を作るため、王都の学園へと旅立つことになるのだが……、
「なるほど! 王都では、ドラゴンを狩るには許可が必要なんですね!」
「「「違う、そうじゃない!!」」」
これは魔界で育った超健康な少女が、うっかり無双してしまうお話である。
※他サイトにも投稿中
※旧タイトル
病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】World cuisine おいしい世界~ほのぼの系ではありません。恋愛×調合×料理
SAI
ファンタジー
魔法が当たり前に存在する世界で17歳の美少女ライファは最低ランクの魔力しか持っていない。夢で見たレシピを再現するため、魔女の家で暮らしながら料理を作る日々を過ごしていた。
低い魔力でありながら神からの贈り物とされるスキルを持つが故、国を揺るがす大きな渦に巻き込まれてゆく。
恋愛×料理×調合
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる