12 / 83
謎の男の奇妙な執着4
しおりを挟む
カフェを出たらすでに馬車が用意されていた。
明るいところで見るとなおのこと豪華な馬車である。
その馬車の中で、ステラは困っていた。
ハウンドを利用する。
つまり換金可能な装飾品を買ってもらうつもりだった。
しかしいざとなるとどう切り出せばいいのか分からないのだ。
じっと観察しても微笑まれるばかり。
親にもおねだりが成功したことがないのに、ほぼ初対面の男に対して買ってもらうというのは冷静になると不可能に思える。
(ところでどこへ向かっているのかしら)
馬車はそこまで速度が出ていない。
貴族の多い地区を、さらに中心部へと向かっているようだ。
ゆっくりと馬車が止まる。
降りるとそこはかなりの有名店だという高級仕立屋だった。
ガラス張りで華やかに賑わう『マリオン』。
高級ブティックであるマリオンに、ステラが足を踏み入れたことがない。
ブリジットが新作ドレスを自慢する際に出てくる名前が看板に掲げられていたから分かっただけだ。
ここに何の用事があるのだろうか、とステラはいぶかしむ。いや、立ちすくんでいた。
わざわざ仕立屋に足を運ぶような美しく着飾った紳士淑女がいる場に、明らかにお古を着た人間が入っていけるわけがない。
「行きましょうか」
ふと昨日のパーティーを思い出す。
(分不相応な場所へ連れて行って恥をかかせるつもりなのかしら)
胸がずきりと痛む。
その理由も分からないまま、ステラはエスコートされるまま足を動かしていた。
「ようこそお越しくださいました」
店内は客同士がかち合わないような造りになっていた。
それぞれに仕立て人が付き、個室へと案内されるようだ。
少なくとも、昨日のようなことにはならなさそうだとステラは体の力を抜く。
はじめに迎えてくれた人が案内してくれていたが、ハウンドが何かを言うと個室へついた途端奥から人が出てきて担当者が変わった。
白髪交じりの髪を肩上ですっぱりと切りそろえた初老の女性で、見るからに自信たっぷりだ。
そのまま女性とハウンドが何かを相談している。
女性は呆れたり怒ったり頭が痛そうにしている。よほど無茶な要求でもしているらしい。
(昨日来たばかり……という設定に真実味を持たせるために今何か仕立てるのかしら)
採寸からとなるとけっこうな時間がかかるかもしれない。
ステラはもともと暇だったので、歩かず休んでいられるのならむしろ丁度いいほどだ。
「ステラ様、こちらへ。お好きな色はありますか?」
ハウンドに呼ばれて試着室へ近づく。
(どうして私の好きな色なんて聞くのかしら。いえ、そうやって私の好感度を上げようとしているんだわ。隙のない人ね)
とはいえいきなり言われても困る。
騙されている最中であることを考えれば、意地悪で似合わない色を選べばいいのだろうが、せっかくお金を使うのであればちゃんとしたものの方がいい、と思ってしまう。
「……薔薇色」
口にして、しまったと気づく。
好きな色など気にしたことがないステラは、ヒントを求めるように周囲を見渡していた。
その中でひと際目を引いたのがハウンドの瞳だったのだ。
「あら、センスいいわね」
女性がウインクをして笑う。
「あ、あの今のは……」
てきぱきと指示を出し始めた女性に向かって違う、とはとても言い出せない空気だった。
ステラは薔薇色も嫌いではない。
それどころか確かに、かなり好きな色だ。
「お似合いだと思いますよ」
ハウンドも頬を緩めて笑っている。
(ん? お似合い?)
「さあ採寸するわよ。パターンはその後」
ステラは試着室に押し込められる。ドレスは着たままだが、カーテンまで閉められたので慌てて女性に訴えた。
「えっ、あの、私じゃないです! 今日はあの人……ハウンドさんのものを仕立てに来て」
「あら? でも彼はあなたのものを一式揃えるって言っていたわよ」
「は、はあ?」
明るいところで見るとなおのこと豪華な馬車である。
その馬車の中で、ステラは困っていた。
ハウンドを利用する。
つまり換金可能な装飾品を買ってもらうつもりだった。
しかしいざとなるとどう切り出せばいいのか分からないのだ。
じっと観察しても微笑まれるばかり。
親にもおねだりが成功したことがないのに、ほぼ初対面の男に対して買ってもらうというのは冷静になると不可能に思える。
(ところでどこへ向かっているのかしら)
馬車はそこまで速度が出ていない。
貴族の多い地区を、さらに中心部へと向かっているようだ。
ゆっくりと馬車が止まる。
降りるとそこはかなりの有名店だという高級仕立屋だった。
ガラス張りで華やかに賑わう『マリオン』。
高級ブティックであるマリオンに、ステラが足を踏み入れたことがない。
ブリジットが新作ドレスを自慢する際に出てくる名前が看板に掲げられていたから分かっただけだ。
ここに何の用事があるのだろうか、とステラはいぶかしむ。いや、立ちすくんでいた。
わざわざ仕立屋に足を運ぶような美しく着飾った紳士淑女がいる場に、明らかにお古を着た人間が入っていけるわけがない。
「行きましょうか」
ふと昨日のパーティーを思い出す。
(分不相応な場所へ連れて行って恥をかかせるつもりなのかしら)
胸がずきりと痛む。
その理由も分からないまま、ステラはエスコートされるまま足を動かしていた。
「ようこそお越しくださいました」
店内は客同士がかち合わないような造りになっていた。
それぞれに仕立て人が付き、個室へと案内されるようだ。
少なくとも、昨日のようなことにはならなさそうだとステラは体の力を抜く。
はじめに迎えてくれた人が案内してくれていたが、ハウンドが何かを言うと個室へついた途端奥から人が出てきて担当者が変わった。
白髪交じりの髪を肩上ですっぱりと切りそろえた初老の女性で、見るからに自信たっぷりだ。
そのまま女性とハウンドが何かを相談している。
女性は呆れたり怒ったり頭が痛そうにしている。よほど無茶な要求でもしているらしい。
(昨日来たばかり……という設定に真実味を持たせるために今何か仕立てるのかしら)
採寸からとなるとけっこうな時間がかかるかもしれない。
ステラはもともと暇だったので、歩かず休んでいられるのならむしろ丁度いいほどだ。
「ステラ様、こちらへ。お好きな色はありますか?」
ハウンドに呼ばれて試着室へ近づく。
(どうして私の好きな色なんて聞くのかしら。いえ、そうやって私の好感度を上げようとしているんだわ。隙のない人ね)
とはいえいきなり言われても困る。
騙されている最中であることを考えれば、意地悪で似合わない色を選べばいいのだろうが、せっかくお金を使うのであればちゃんとしたものの方がいい、と思ってしまう。
「……薔薇色」
口にして、しまったと気づく。
好きな色など気にしたことがないステラは、ヒントを求めるように周囲を見渡していた。
その中でひと際目を引いたのがハウンドの瞳だったのだ。
「あら、センスいいわね」
女性がウインクをして笑う。
「あ、あの今のは……」
てきぱきと指示を出し始めた女性に向かって違う、とはとても言い出せない空気だった。
ステラは薔薇色も嫌いではない。
それどころか確かに、かなり好きな色だ。
「お似合いだと思いますよ」
ハウンドも頬を緩めて笑っている。
(ん? お似合い?)
「さあ採寸するわよ。パターンはその後」
ステラは試着室に押し込められる。ドレスは着たままだが、カーテンまで閉められたので慌てて女性に訴えた。
「えっ、あの、私じゃないです! 今日はあの人……ハウンドさんのものを仕立てに来て」
「あら? でも彼はあなたのものを一式揃えるって言っていたわよ」
「は、はあ?」
262
あなたにおすすめの小説
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています
綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」
公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。
「お前のような真面目くさった女はいらない!」
ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。
リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。
夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。
心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。
禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。
望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。
仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。
しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。
これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
追放令嬢の発酵工房 ~味覚を失った氷の辺境伯様が、私の『味噌スープ』で魔力回復(と溺愛)を始めました~
メルファン
恋愛
「貴様のような『腐敗令嬢』は王都に不要だ!」
公爵令嬢アリアは、前世の記憶を活かした「発酵・醸造」だけが生きがいの、少し変わった令嬢でした。 しかし、その趣味を「酸っぱい匂いだ」と婚約者の王太子殿下に忌避され、卒業パーティーの場で、派手な「聖女」を隣に置いた彼から婚約破棄と「北の辺境」への追放を言い渡されてしまいます。
「(北の辺境……! なんて素晴らしい響きでしょう!)」
王都の軟水と生ぬるい気候に満足できなかったアリアにとって、厳しい寒さとミネラル豊富な硬水が手に入る辺境は、むしろ最高の『仕込み』ができる夢の土地。 愛する『麹菌』だけをドレスに忍ばせ、彼女は喜んで追放を受け入れます。
辺境の廃墟でさっそく「発酵生活」を始めたアリア。 三週間かけて仕込んだ『味噌もどき』で「命のスープ」を味わっていると、氷のように美しい、しかし「生」の活力を一切感じさせない謎の男性と出会います。
「それを……私に、飲ませろ」
彼こそが、領地を守る呪いの代償で「味覚」を失い、生きる気力も魔力も枯渇しかけていた「氷の辺境伯」カシウスでした。
アリアのスープを一口飲んだ瞬間、カシウスの舌に、失われたはずの「味」が蘇ります。 「味が、する……!」 それは、彼の枯渇した魔力を湧き上がらせる、唯一の「命の味」でした。
「頼む、君の作ったあの『茶色いスープ』がないと、私は戦えない。君ごと私の城に来てくれ」
「腐敗」と捨てられた令嬢の地味な才能が、最強の辺境伯の「生きる意味」となる。 一方、アリアという「本物の活力源」を失った王都では、謎の「気力減退病」が蔓延し始めており……?
追放令嬢が、発酵と菌への愛だけで、氷の辺境伯様の胃袋と魔力(と心)を掴み取り、溺愛されるまでを描く、大逆転・発酵グルメロマンス!
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
【完結】魔力の見えない公爵令嬢は、王国最強の魔術師でした
er
恋愛
「魔力がない」と婚約破棄された公爵令嬢リーナ。だが真実は逆だった――純粋魔力を持つ規格外の天才魔術師! 王立試験で元婚約者を圧倒し首席合格、宮廷魔術師団長すら降参させる。王宮を救う活躍で副団長に昇進、イケメン公爵様からの求愛も!? 一方、元婚約者は没落し後悔の日々……。見る目のなかった男たちへの完全勝利と、新たな恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる