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陽光降り注ぐ薔薇の庭
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見ればステラは大人と共に人込みに紛れそうになっていた。
自分のやるべきことは終わったと思ったのだろう。
ハウンドは彼女のおいしそうなビスケット色の髪の毛を追って走る。
(驚いた。証言をした報酬になにかを要求されるかと思ったのに、なにもせずにどこかへ行くなんて。本当に下心なしで助けてくれたんだ)
ハウンドの心はどきどきと音を立てていた。
世界が星色に輝きだす。
味方のいない状況で凛と怯まないステラの姿は美しく、ハウンドをたまらなく魅了した。
五歳の小柄な女の子と、同年代よりひょろりと背が伸びた八歳の男の子では移動速度が違う。
庭園の外れでハウンドはステラの手を掴むことに成功した。
彼女はどうやら、帰ろうとしたもののさっきの騒動のなか親とはぐれて迷子になっていたらしい。
薄青色の瞳は不安そうに揺れているが、泣かないように懸命にこらえている。
我慢しているようだが、見た顔に声をかけられて少しほっとした様子なのが愛らしいとハウンドは感じた。
「僕はハウンド。ハウンド・アロガンスハートだ。さっきはありがとう。助かったよ」
膝をついて目線を合わせると、ステラは少し誇らしげに微笑んだ。
「わたしはステラよ。とうぜんのことをしたまでだから、きになさらないで」
「ステラ嬢。すてきな名前だね。きみと少しお話したいんだけどいいかな」
ステラははにかんで頷く。
彼女の親が名前を呼んでいたからもちろんハウンドは知っていた。
それでも彼女の口から名前を知りたかったし、少しでも怖い思いをさせないようにしたかった。
ハウンドはステラの方にハンカチを敷いて、二人で並んで芝生に腰を下ろす。
小さな子供が座ると薔薇の生垣で二人の姿は周囲から見えなくなった。
「きみの行ったことは、すごいことなんだよ。僕だけじゃなくて、アロガンスハート家の名誉が守られたんだ。それに、きみはフィンリー家のご子息……デリックと知り合いなんだろう?」
「デリックのことは知っているわ。でも、自分の見たことでうそはつけないもの」
ステラは困ったように、たどたどしく答えた。
名誉や家のことを言われてもピンと来ず、ただ真実を言ってくれただけなのだろうとハウンドは思う。
「あなたがうれしかったのなら、よかったわ。わたし、あなたのこときれいだなっておもっていたから」
「きれい……?」
言われたことのない形容だった。
ハウンドの赤い瞳は同年代はおろか親にも気持ち悪がられている。
周囲からの視線が煩わしくなった彼はやがて前髪で目元を隠すようになったのだ。
だからステラの言っていることが、ハウンドにはにわかには信じがたい。
それでも心を羽でくすぐられているような心地になった。
ステラは子供特有の遠慮のなさでハウンドの前髪をゆっくりとかきわける。
まるい指先が額に触れたところが、じんじんと熱くなるような気がした。
「きれいよ。あなたの目、とってもきれいだわ。ほら、あそこに咲いている花が宝石でできていたとしたら、あなたの目みたいじゃない?」
ステラが指さしたのは今を盛りと庭園に咲き誇る薔薇だった。
光を受けて瑞々しく美を顕現させているあの花が、さらに宝石で出来ていとしたら、なんて。
彼女の繊細な薄氷色の瞳には、自分の目がそんなに美しく見えているのだろうか。
自分のやるべきことは終わったと思ったのだろう。
ハウンドは彼女のおいしそうなビスケット色の髪の毛を追って走る。
(驚いた。証言をした報酬になにかを要求されるかと思ったのに、なにもせずにどこかへ行くなんて。本当に下心なしで助けてくれたんだ)
ハウンドの心はどきどきと音を立てていた。
世界が星色に輝きだす。
味方のいない状況で凛と怯まないステラの姿は美しく、ハウンドをたまらなく魅了した。
五歳の小柄な女の子と、同年代よりひょろりと背が伸びた八歳の男の子では移動速度が違う。
庭園の外れでハウンドはステラの手を掴むことに成功した。
彼女はどうやら、帰ろうとしたもののさっきの騒動のなか親とはぐれて迷子になっていたらしい。
薄青色の瞳は不安そうに揺れているが、泣かないように懸命にこらえている。
我慢しているようだが、見た顔に声をかけられて少しほっとした様子なのが愛らしいとハウンドは感じた。
「僕はハウンド。ハウンド・アロガンスハートだ。さっきはありがとう。助かったよ」
膝をついて目線を合わせると、ステラは少し誇らしげに微笑んだ。
「わたしはステラよ。とうぜんのことをしたまでだから、きになさらないで」
「ステラ嬢。すてきな名前だね。きみと少しお話したいんだけどいいかな」
ステラははにかんで頷く。
彼女の親が名前を呼んでいたからもちろんハウンドは知っていた。
それでも彼女の口から名前を知りたかったし、少しでも怖い思いをさせないようにしたかった。
ハウンドはステラの方にハンカチを敷いて、二人で並んで芝生に腰を下ろす。
小さな子供が座ると薔薇の生垣で二人の姿は周囲から見えなくなった。
「きみの行ったことは、すごいことなんだよ。僕だけじゃなくて、アロガンスハート家の名誉が守られたんだ。それに、きみはフィンリー家のご子息……デリックと知り合いなんだろう?」
「デリックのことは知っているわ。でも、自分の見たことでうそはつけないもの」
ステラは困ったように、たどたどしく答えた。
名誉や家のことを言われてもピンと来ず、ただ真実を言ってくれただけなのだろうとハウンドは思う。
「あなたがうれしかったのなら、よかったわ。わたし、あなたのこときれいだなっておもっていたから」
「きれい……?」
言われたことのない形容だった。
ハウンドの赤い瞳は同年代はおろか親にも気持ち悪がられている。
周囲からの視線が煩わしくなった彼はやがて前髪で目元を隠すようになったのだ。
だからステラの言っていることが、ハウンドにはにわかには信じがたい。
それでも心を羽でくすぐられているような心地になった。
ステラは子供特有の遠慮のなさでハウンドの前髪をゆっくりとかきわける。
まるい指先が額に触れたところが、じんじんと熱くなるような気がした。
「きれいよ。あなたの目、とってもきれいだわ。ほら、あそこに咲いている花が宝石でできていたとしたら、あなたの目みたいじゃない?」
ステラが指さしたのは今を盛りと庭園に咲き誇る薔薇だった。
光を受けて瑞々しく美を顕現させているあの花が、さらに宝石で出来ていとしたら、なんて。
彼女の繊細な薄氷色の瞳には、自分の目がそんなに美しく見えているのだろうか。
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