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旅立ち
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厩舎は村の端にある。
村の中でも裕福だったり大きな畑を所有していると個人のものを持っているが、大半は共同厩舎でそれぞれの動物の世話をしている。
「こいつです」
村長に指し示されたのは見事な赤毛の馬だった。たてがみはオレンジに近く、それが燃え盛る炎のようでもあった。厩舎の中でも隅の方にポツンと部屋が割り当てられ藁の上で寝ていた。
「こいつには手を焼かされていましてね。維持するのも大変なんですが肉にするにしても大暴れして。えさを与えていないのにずる賢いのか他の馬のを食べてしまってるようで……いつか買い手がつけばと思っていたんですよ」
村長の言葉には苦労と持て余してきた憎しみが滲んでいた。
「だったら私が連れて行くわ」
思わず口がそう動いていた。
フォティアの加護を受けた馬は会話を理解しているのかしていないのか、長い睫毛を上げてリリアをじっと見る。
そうしてゆっくりと立ち上がるとリリアに近づいた。
「あ、危ないですよ花乙女様」
「大丈夫よ。この子は賢いだけだもの。そうよね。」
深い緋色の瞳がリリアを見つめていた。リリアもじっと馬を見つめる。
「私達、これから王都に向けて旅に出るの。あなたがいてくれると心強いわ」
しばしの静寂の後、驚き慌てる村長を無視して馬は静かに頭を垂れた。
話に聞くような狂暴さはなくそこには深い敬意が見て取れた。
その理由こそリリアには分からず精霊王の加護かしら、と受け入れる。
「名が欲しいのではないか?」
エレスがリリアに声をかける。
「名前……?」
この馬には名前はないと事前に聞いていた。
これが着いてきてくれるという意思表示なら、確かに名前が必要だ。
「アロウ、アロウはどうかしら」
おとぎ話に出てくる名馬の名前だ。勇敢で思慮深く、英雄と共に活躍した話に出てくる。
アロウ、と呼ばれた馬は頭を上げてそのままリリアにすり寄った。
「気に入ってくれたのね。嬉しいわ」
アロウは精霊王がいたから従ったわけではなかった。
人間以外にとっても自然は身近すぎて、姿を見せてもらわなければ精霊を見る事も出来ない。
だから、アロウはただリリアが気に入ったのだ。
自分を虐げず哀れまず、ただ一緒に行かないかと瞳で問いかけたリリアをこそ。
馬の扱いに関しては一日どころか数刻もかからなかった。
アロウがリリアに従順であり、馬の世話は無加護の時にやっていた(押し付けられていたのだが)からだ。
後は旅用に荷の積み替えを待つだけとなった。
リリアも参加しようとしたのだが、花乙女にそんな事はさせられないと断られてしまったので手持無沙汰である。
「この村には感謝もしているし、もちろん、それだけじゃない想いもある。でもとりあえずは王都に向かうわ」
リリアは村の街道口に立ち、精霊に話しかける。
王都はきっと想像もつかないほど賑やかなのだろう。
「エレスが教えてくれたように王家に私の家族がいて何か分かるのなら知りたいと思うわ。でも、私は捨てられた。理由は分かるの」
無加護だからだ。精霊の祝福が「当たり前」の世界で、それがない子供が王家に関係する血に生まれたのならどうするかは想像に難くない。
「ねー! リリアを捨てた人なんかこーしちゃおうよ! えいっえいっ」
アエラスは可愛い掛け声とともに舞っていた木の葉をバラバラに切り刻んだ。
行動は全く可愛くないどころか怖い。
「あはは、ありがとう。でも、殺さずにここの孤児院に預けたって事は少しでも私が生きる道を残してくれていたと思うの」
「リリアさんのご両親は王族なのでしょうか?」
ウォネロがゆらゆらとヒレを動かしながら訪ねる。
「王家に関係するからといって王族とは限らないんじゃないかしら。貴族の人もたくさんいるだろうし、仲のいい臣下かもしれないわ。たくさんいるらしいわよ、お城で働いてる人」
王族の事は旅の人の噂から組み立てたものだ。
本当のところは知らないし、見上げる程大きいというお城もリリアは少し楽しみにしている。
「花乙女さま! 荷馬車のじゅんびが出来ましたよ」
孤児院の男の子が走り寄ってそう伝える。
はあはあと息が上がっているが、その目には花乙女や精霊への純粋な憧れがあるようだった。
(頬が少し切れてる……。痕は残らなさそうだけれど)
これはエレスの嵐によるものだろう。リリアは男の子の頬にそっと手で触れる。
「あの時は怖い思いをさせたわね」
「いいえ、いいえ花乙女さま。僕はせいれいさまをこの目で見られて、花乙女さまが……リリアで良かった!」
男の子は孤児院でもリリアがよく世話をしていた子だった。
このくらいの年の子であればリリアが無加護という事に気付いて距離を取ったりするものなのだが、あまり気にしている様子がなかった。
「ありがとう。私、行くわね」
「うん!」
アロウが荷馬車を曳きながらリリアの元へやってくる。
振り返ると村の人達が総出で見送りに来ていた。
そわそわと期待するようにリリアを見ている。
「……どうしよう、これ」
「姿を見せといた方がいいのかねえ」
「嫌じゃなかったらお願い」
きっとそれを期待しているのだろう。
「リリアの頼みならいくらでも」
エレスがそう言うとふわりと大精霊、そして精霊王が顕現する。
リリアを囲むように現れた精霊達を見て、人々はどよめき、ひれ伏した。
「これでいいのか?」
「そりゃあ嬉しいと思うわよ。ありがとう、みんな」
今までの村に対する義理と感謝は示せただろうか。
色々あったが、それでも去って遠くへ向かうとなると寂しさもある。
(思えばエレスと出会ったのも、この村を出てからなのよね)
あの時の事を思い出しながら、リリアは前を向いた。
「さあ、王都に向けて旅に出るわよ!」
リリアは精霊達と共に村から街道に進む一歩を踏み出したのだった。
村の中でも裕福だったり大きな畑を所有していると個人のものを持っているが、大半は共同厩舎でそれぞれの動物の世話をしている。
「こいつです」
村長に指し示されたのは見事な赤毛の馬だった。たてがみはオレンジに近く、それが燃え盛る炎のようでもあった。厩舎の中でも隅の方にポツンと部屋が割り当てられ藁の上で寝ていた。
「こいつには手を焼かされていましてね。維持するのも大変なんですが肉にするにしても大暴れして。えさを与えていないのにずる賢いのか他の馬のを食べてしまってるようで……いつか買い手がつけばと思っていたんですよ」
村長の言葉には苦労と持て余してきた憎しみが滲んでいた。
「だったら私が連れて行くわ」
思わず口がそう動いていた。
フォティアの加護を受けた馬は会話を理解しているのかしていないのか、長い睫毛を上げてリリアをじっと見る。
そうしてゆっくりと立ち上がるとリリアに近づいた。
「あ、危ないですよ花乙女様」
「大丈夫よ。この子は賢いだけだもの。そうよね。」
深い緋色の瞳がリリアを見つめていた。リリアもじっと馬を見つめる。
「私達、これから王都に向けて旅に出るの。あなたがいてくれると心強いわ」
しばしの静寂の後、驚き慌てる村長を無視して馬は静かに頭を垂れた。
話に聞くような狂暴さはなくそこには深い敬意が見て取れた。
その理由こそリリアには分からず精霊王の加護かしら、と受け入れる。
「名が欲しいのではないか?」
エレスがリリアに声をかける。
「名前……?」
この馬には名前はないと事前に聞いていた。
これが着いてきてくれるという意思表示なら、確かに名前が必要だ。
「アロウ、アロウはどうかしら」
おとぎ話に出てくる名馬の名前だ。勇敢で思慮深く、英雄と共に活躍した話に出てくる。
アロウ、と呼ばれた馬は頭を上げてそのままリリアにすり寄った。
「気に入ってくれたのね。嬉しいわ」
アロウは精霊王がいたから従ったわけではなかった。
人間以外にとっても自然は身近すぎて、姿を見せてもらわなければ精霊を見る事も出来ない。
だから、アロウはただリリアが気に入ったのだ。
自分を虐げず哀れまず、ただ一緒に行かないかと瞳で問いかけたリリアをこそ。
馬の扱いに関しては一日どころか数刻もかからなかった。
アロウがリリアに従順であり、馬の世話は無加護の時にやっていた(押し付けられていたのだが)からだ。
後は旅用に荷の積み替えを待つだけとなった。
リリアも参加しようとしたのだが、花乙女にそんな事はさせられないと断られてしまったので手持無沙汰である。
「この村には感謝もしているし、もちろん、それだけじゃない想いもある。でもとりあえずは王都に向かうわ」
リリアは村の街道口に立ち、精霊に話しかける。
王都はきっと想像もつかないほど賑やかなのだろう。
「エレスが教えてくれたように王家に私の家族がいて何か分かるのなら知りたいと思うわ。でも、私は捨てられた。理由は分かるの」
無加護だからだ。精霊の祝福が「当たり前」の世界で、それがない子供が王家に関係する血に生まれたのならどうするかは想像に難くない。
「ねー! リリアを捨てた人なんかこーしちゃおうよ! えいっえいっ」
アエラスは可愛い掛け声とともに舞っていた木の葉をバラバラに切り刻んだ。
行動は全く可愛くないどころか怖い。
「あはは、ありがとう。でも、殺さずにここの孤児院に預けたって事は少しでも私が生きる道を残してくれていたと思うの」
「リリアさんのご両親は王族なのでしょうか?」
ウォネロがゆらゆらとヒレを動かしながら訪ねる。
「王家に関係するからといって王族とは限らないんじゃないかしら。貴族の人もたくさんいるだろうし、仲のいい臣下かもしれないわ。たくさんいるらしいわよ、お城で働いてる人」
王族の事は旅の人の噂から組み立てたものだ。
本当のところは知らないし、見上げる程大きいというお城もリリアは少し楽しみにしている。
「花乙女さま! 荷馬車のじゅんびが出来ましたよ」
孤児院の男の子が走り寄ってそう伝える。
はあはあと息が上がっているが、その目には花乙女や精霊への純粋な憧れがあるようだった。
(頬が少し切れてる……。痕は残らなさそうだけれど)
これはエレスの嵐によるものだろう。リリアは男の子の頬にそっと手で触れる。
「あの時は怖い思いをさせたわね」
「いいえ、いいえ花乙女さま。僕はせいれいさまをこの目で見られて、花乙女さまが……リリアで良かった!」
男の子は孤児院でもリリアがよく世話をしていた子だった。
このくらいの年の子であればリリアが無加護という事に気付いて距離を取ったりするものなのだが、あまり気にしている様子がなかった。
「ありがとう。私、行くわね」
「うん!」
アロウが荷馬車を曳きながらリリアの元へやってくる。
振り返ると村の人達が総出で見送りに来ていた。
そわそわと期待するようにリリアを見ている。
「……どうしよう、これ」
「姿を見せといた方がいいのかねえ」
「嫌じゃなかったらお願い」
きっとそれを期待しているのだろう。
「リリアの頼みならいくらでも」
エレスがそう言うとふわりと大精霊、そして精霊王が顕現する。
リリアを囲むように現れた精霊達を見て、人々はどよめき、ひれ伏した。
「これでいいのか?」
「そりゃあ嬉しいと思うわよ。ありがとう、みんな」
今までの村に対する義理と感謝は示せただろうか。
色々あったが、それでも去って遠くへ向かうとなると寂しさもある。
(思えばエレスと出会ったのも、この村を出てからなのよね)
あの時の事を思い出しながら、リリアは前を向いた。
「さあ、王都に向けて旅に出るわよ!」
リリアは精霊達と共に村から街道に進む一歩を踏み出したのだった。
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