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どんなに熱く愛し合ってもなお、ユイさんは僕のうなじを噛んではくれなかった。
今年も期間ギリギリまで共にいて、けれども嘘の日のままで終わっていく。
「来年もまた選ぶから」
帰りの車の中でユイさんは一昨年と同じ言葉を繰り返す。いつもならこくりと素直に頷くところだが、その言葉が絶対ではないことを僕は知っている。
だからユイさんの顔は見られなくて。視線を横に固定させたまま、対向車線を過ぎ去る長い車を眺める。
去年はテスターとしてだったけど、いつか他の人に抱かれるのだろう。
それはユイさんが選んでくれなくなった後のことか、はたまたこんな僕にも価値を見出してくれる人が出てきた時のことかは分からない。遊びか本気かも謎のまま。
どちらにせよオメガである僕には選ぶ権利も、選んでほしいと縋り付く権利もない。
「やっぱり番にしてくれるアルファの方がいいのか」
「え?」
「俺は幼馴染がとあるオメガを見つけるまで、番を作ることはできない」
ユイさんはポツリポツリと番を作れない理由を話してくれた。
幼馴染がずっととあるオメガを探していること。幼い頃に公園で一緒に遊んでいたこと。その子が施設に入るきっかけを作ってしまったのは自分であること。優しくしてもらったことは覚えているのに、その子のことはほとんど覚えていないこと。
「俺のせいでユキちゃんってあだ名じゃなくなったことと、黒いランドセルを買ってもらったのだと自慢していたことはよく覚えているんだ。大地が怒った原因はそのあだ名だった。周りのベータやアルファさえも萎縮させるほどの怒りにオメガであるユキちゃんは耐えられず、気絶してしまった。アルファである俺でさえ記憶が朧げにになっているくらいだ。ユキちゃんもどのくらい俺達のことを覚えているか……」
ユキちゃんと聞いて思い出すのは、この一年間ずっとかっちゃんが探していたオメガのこと。きっと去年かっちゃんを選んだアルファこそ、ユイさんの幼馴染なのだろう。
けれど俺はかっちゃんの手伝いをしていたから、施設内にユキちゃんはいないことも知っているのだ。
「本当は小学校に通えるはずだったのに、ユキちゃんはすぐに施設に入れられてしまった。大地からユキちゃんとの時間を奪ってしまった俺が、あいつより先に幸せになることは出来ない」
ユキちゃんという人物はオメガではなかったのか。はたまたすでに他界してしまったのか。
かっちゃんには言わなかったけど、僕は後者なんじゃないかと思っている。昔は誰よりも死に近かったからこそ、人の命は簡単に散っていくことを身をもって知っているのだ。
どちらにせよ、今のままではユイさんの幼馴染はユキちゃんを見つけ出すことは出来ない。見つけたところで会えなかった時間を埋めることはできない。
もし幼馴染さんが好きな子を見つけたとして、ユイさんが僕を番にしてくれる保証はない。期待するだけ馬鹿を見る。
ユイさんの話が終わるとちょうど施設に到着した。
なんとも言えない空気が流れると分かっていて計算していたのかもしれない。慣れた手つきで帰還手続きを済ませていく。
そして僕はまた、施設の一員として一年を過ごすのだ。去り際にユイさんは僕の右肩を掴んだ。
「来年も選ぶから」
確約のない言葉に期待することは出来なくて、弱々しく笑って返すだけ。ユイさんの真っ赤な目は今にも涙を溢しそうなほどに潤んでいた。けれど見て見ぬ振りをして、早足で施設の中へと進んでいく。
ああ、早くかっちゃんに会いたい。
施設に入って良いことがあったのだと再確認したい。
途中、窓に映った僕の顔は酷いものだった。こんなんじゃ誰にも選んでもらえない。中の下どころか下の下。
げえっと嫌な顔をされて返品されてしまうから。だから両手でモニモニと弄って、まともな顔を取り繕う。
談話室の一角にかっちゃんの背中を見つけ、ひどい顔をなんとか表情を取り繕う。すうっと息を吸い込んだ。
「かっちゃん、ただいま!」
「よっちゃん……おかえり」
いつもは明るく迎えてくれるかっちゃんの表情が妙に暗い。
「何かあった?」
「今回が僕にとって初めての嘘の日だったなぁって」
悲しそうに天井を見上げるかっちゃん。それだけでついに誰かに抱かれたのかと理解した。
それも相手は今までのような良い人ではなくて、かっちゃんを悲しませる悪い人。僕の大事な友達を傷つける人。顔も名前も知らないアルファが憎たらしくて堪らない。
けれど僕ではどんなに頑張ったってかっちゃんを幸せにすることは出来ない。
僕もまた、嘘の日に囚われているのだから。
今年も期間ギリギリまで共にいて、けれども嘘の日のままで終わっていく。
「来年もまた選ぶから」
帰りの車の中でユイさんは一昨年と同じ言葉を繰り返す。いつもならこくりと素直に頷くところだが、その言葉が絶対ではないことを僕は知っている。
だからユイさんの顔は見られなくて。視線を横に固定させたまま、対向車線を過ぎ去る長い車を眺める。
去年はテスターとしてだったけど、いつか他の人に抱かれるのだろう。
それはユイさんが選んでくれなくなった後のことか、はたまたこんな僕にも価値を見出してくれる人が出てきた時のことかは分からない。遊びか本気かも謎のまま。
どちらにせよオメガである僕には選ぶ権利も、選んでほしいと縋り付く権利もない。
「やっぱり番にしてくれるアルファの方がいいのか」
「え?」
「俺は幼馴染がとあるオメガを見つけるまで、番を作ることはできない」
ユイさんはポツリポツリと番を作れない理由を話してくれた。
幼馴染がずっととあるオメガを探していること。幼い頃に公園で一緒に遊んでいたこと。その子が施設に入るきっかけを作ってしまったのは自分であること。優しくしてもらったことは覚えているのに、その子のことはほとんど覚えていないこと。
「俺のせいでユキちゃんってあだ名じゃなくなったことと、黒いランドセルを買ってもらったのだと自慢していたことはよく覚えているんだ。大地が怒った原因はそのあだ名だった。周りのベータやアルファさえも萎縮させるほどの怒りにオメガであるユキちゃんは耐えられず、気絶してしまった。アルファである俺でさえ記憶が朧げにになっているくらいだ。ユキちゃんもどのくらい俺達のことを覚えているか……」
ユキちゃんと聞いて思い出すのは、この一年間ずっとかっちゃんが探していたオメガのこと。きっと去年かっちゃんを選んだアルファこそ、ユイさんの幼馴染なのだろう。
けれど俺はかっちゃんの手伝いをしていたから、施設内にユキちゃんはいないことも知っているのだ。
「本当は小学校に通えるはずだったのに、ユキちゃんはすぐに施設に入れられてしまった。大地からユキちゃんとの時間を奪ってしまった俺が、あいつより先に幸せになることは出来ない」
ユキちゃんという人物はオメガではなかったのか。はたまたすでに他界してしまったのか。
かっちゃんには言わなかったけど、僕は後者なんじゃないかと思っている。昔は誰よりも死に近かったからこそ、人の命は簡単に散っていくことを身をもって知っているのだ。
どちらにせよ、今のままではユイさんの幼馴染はユキちゃんを見つけ出すことは出来ない。見つけたところで会えなかった時間を埋めることはできない。
もし幼馴染さんが好きな子を見つけたとして、ユイさんが僕を番にしてくれる保証はない。期待するだけ馬鹿を見る。
ユイさんの話が終わるとちょうど施設に到着した。
なんとも言えない空気が流れると分かっていて計算していたのかもしれない。慣れた手つきで帰還手続きを済ませていく。
そして僕はまた、施設の一員として一年を過ごすのだ。去り際にユイさんは僕の右肩を掴んだ。
「来年も選ぶから」
確約のない言葉に期待することは出来なくて、弱々しく笑って返すだけ。ユイさんの真っ赤な目は今にも涙を溢しそうなほどに潤んでいた。けれど見て見ぬ振りをして、早足で施設の中へと進んでいく。
ああ、早くかっちゃんに会いたい。
施設に入って良いことがあったのだと再確認したい。
途中、窓に映った僕の顔は酷いものだった。こんなんじゃ誰にも選んでもらえない。中の下どころか下の下。
げえっと嫌な顔をされて返品されてしまうから。だから両手でモニモニと弄って、まともな顔を取り繕う。
談話室の一角にかっちゃんの背中を見つけ、ひどい顔をなんとか表情を取り繕う。すうっと息を吸い込んだ。
「かっちゃん、ただいま!」
「よっちゃん……おかえり」
いつもは明るく迎えてくれるかっちゃんの表情が妙に暗い。
「何かあった?」
「今回が僕にとって初めての嘘の日だったなぁって」
悲しそうに天井を見上げるかっちゃん。それだけでついに誰かに抱かれたのかと理解した。
それも相手は今までのような良い人ではなくて、かっちゃんを悲しませる悪い人。僕の大事な友達を傷つける人。顔も名前も知らないアルファが憎たらしくて堪らない。
けれど僕ではどんなに頑張ったってかっちゃんを幸せにすることは出来ない。
僕もまた、嘘の日に囚われているのだから。
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