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子を成せ
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「お兄様……今、なんと?」
「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」
リストには各国の重役達の名前がずらりと並んでいる。我が国への寄付金が高い順に一、二、三と番号が振ってある。これが子を成す順番なのだろう。二~三くらいならミーシェも国のためだと割り切れた。けれど番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前まで続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しい。
兄は父亡き後、若くして王位を継いだ。年の離れたミーシェが必死で尻と貞操を守っている間に国を守り続けた。さぞ苦労も多かったことだろう。誰彼構わず発情させてしまう厄介者の弟を手放せ、かつ国のために役立てられるなら……との考えがあるのかもしれない。
もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。こちらもまた国のためだ。リーファスの、キリン獣人の子を産めば、一気に我が国の立場は引き上がる。なにせキリン獣人は絶滅危惧人種リストに入っており、今後数百年のうちに絶滅すると言われているのだ。その最たる理由が、彼らのほとんどがアルファ男性もしくはアルファ寄りの男性ベータとしか交わらないから。オメガや女性は見向きもされない。そのため代を重ねるごとにキリン獣人は数を減らし、今では大陸中を探しても両手の指で数えられるほどしか存在しないまでとなった。絶滅を危惧されてもなお、彼らはオメガや女性と交わることはしない。
知能が高いキリン獣人の種を取り入れようと画策した国はかつていくつも存在した。その中には薬でオメガの誘発香を強め、キリン獣人の正気を失わせて襲おうとする者もいたのだとか。けれど失敗に終わった。全てのキリン獣人が発情香に反応しなかったのだ。
実際、この国にいるリーファスもまた発情香に反応しない。いや、香りだけではない。発情期でなくとも全ての性別を惑わしてしまい、強姦未遂は日常茶飯事のミーシェと一緒に過ごしても目の色一つ変えないのだ。おかげで彼がミーシェのお付きになってから使用人から襲われかけることは減った。彼の隣こそ唯一安らげる場所だと思っている。
だがその分、彼から種を回収することの難しさもわかる。まず通常の方法での妊娠はまず無理だ。事情を話したところではいそうですかと抱いてくれるはずがない。だからといってアルファをあてがって中に出された種を回収するというのも……。嫌がる顔が眼に浮かぶ。何より彼はキリン獣人として好奇な目にさらされることを嫌う。配属当初は犯されかけたミーシェのことも芋虫を見るような目で見てきたほどだ。
『俺のこともそうやって襲うつもりですか?』なんて言われた時は思わずぶん殴ってしまったが、のちにそれはキリン獣人として生きたからには当然の疑いだと知った。
『種なんていらない。そんなことより結婚するまで貞操を守り抜きたいから協力してくれ』
そう告げたのはもう何年も前のこと。彼は目を丸くして驚き、それからよく仕えてくれた。だが今思うと研究員であるリーファスをミーシェの従者にしたのは、発情してくれないかとの思惑があったのかもしれない。実際は全く効果がなかったわけだが。
物心ついてすぐ、さまざまな相手から襲われるようになったミーシェは性欲ではなく、恋愛感情を向けてくれる相手を求めた。王族であるからには恋愛結婚なんて難しいことは承知していた。それでも政略的に結ばれた婚姻の先には愛が芽生えるかもしれないと、夢を見続けた。
結果が孕み腹とはなんとも滑稽だ。
神からの贈り物と賞賛される顔はミーシェにとってマイナスでしかなかった。兄のように筋肉をつければ少しは印象も変わるかと思った時もある。暴飲暴食だってした。けれどダメだった。ミーシェの見た目は全く変わらなかった。ニキビ一つできやしない。それどころか食べ物には媚薬が入れられ、トレーニング後の疲れている時には危うく騎士達にマワされかけた。
ーーいっそ、外の国に行って囲われた方が幸せなのかもしれない。子を成すという目的がある以上、彼らは他の者からミーシェを守ってくれるだろう。
なにより今まで信頼して仕えてきてくれたリーファスを裏切りたくはない。
「……彼らの子を産みます」
ミーシェはリストをぐしゃりと潰しながら宣言する。王子に生まれたからには国の役に立つのが定めだ。そう自身に言い聞かせる。
「すぐに決めずともまだ時間はある。結論を出すのはもう少し考えてからでもいいのだぞ。そうだ、今ここにリーファスを呼ぶか」
「いえ、結構です。話し合ったところで私にはリーファスの子は産めませんから」
ミーシェの返答が気に入らないのか、兄は眉をしかめる。ミーシェがリーファスに泣いて縋ることを期待していたのだろうか。ミーシェが乞えば種を分けてくれるだろうと……馬鹿馬鹿しい。縋った瞬間、リーファスからの信頼は地に落ちるだけ。迷惑をかけた上に嫌われるだけだ。ならば話を持ちかける必要すら感じない。
「出発はいつでしょう?」
「一週間後だ。それまでに身支度を整えておきなさい」
「承知いたしました」
深く頭を下げ、王座の間を後にする。ドアの前で控えていたリーファスはどこか不安そうにミーシェの顔色を窺っている。いつもなら言いたいことはズバッと言うくせに彼らしくもない。もしかしたらミーシェよりも先に話を聞いていたのかもしれない。種が欲しいとねだられるかもと警戒しているとか。だとしたら、ミーシェがこの数年で築いてきたと思っていた信頼はただの錯覚に過ぎなかったことになる。そう考えると少しヘコむが、ミーシェからその話題に触れなければ答えを聞くこともないだろう。
この一週間、無駄な警戒をさせてしまうことにはなるが、二年も付きまとわれるよりもマシだ。
スタスタと自室に戻り、リーファスには隣室で待機していて欲しいと告げる。指示を出せばあからさまに彼の身体がビクッと跳ねた。怖がりすぎだ。フッと笑ってから背を向け、鍵を閉める。
一人になった部屋でミーシェは身支度を始めた。侍女はいないため、全部自分でやらねばならないが、それももう慣れた。王族だが風呂だって自分で入る。どちらも鍵を閉めるのと同じ、自衛のためだ。
棚の横に置いたままのバッグに最低限の服を詰めていく。なにも結婚するわけではない。与えられるのは子を産むまでの仮住まい。産んでは次の国に移りを繰り返すことになる。ならば荷物は最低限でいい。どうせ妊娠中は気に入っている服など着られない。それに寝室から出る機会もそうそうないだろう。お気に入りの石けんは持って行くべきかと悩んでいるうちに荷造りは終わった。かかった時間はたったの四半刻。お風呂の時間よりも短かった。
その日以降、リーファスは声をかける度に何やらビクッと身体を震わせるようになった。そして用事を告げれば不満気な視線を寄越す。言うなら早く言えとでも急かされているようだが、告げるつもりはない。いつも通りを装いながら、ミーシェは残りの時間を過ごすことにした。
そう、いつも通り。
尻は狙われるし、食事に妙な薬を混ぜられる。もう少し待ってくれればいいのに、発情期に入ってしまったのも悪かった。
最後の最後までリーファスに迷惑をかけてしまった。予想外だったのは最終日に混ぜられた薬が利尿剤だったことだ。しかも食事が終わる辺りの時間を狙って効果が出るものときた。兄のいる席で彼より先に立つわけにもいかず、机の下でモゾモゾと太ももをすり合わせる。もう少しの我慢、もう少しの我慢だ。ミーシェは必死で耐えた。けれどこんな日に限って兄はデザートをおかわりした。食後のコーヒーをゆったりと優雅に飲む姿に苛立ちさえ覚える。ミーシェが生まれる前から城に仕えているオメガの使用人は異変に気づいたらしい。兄が部屋を出てすぐにミーシェの元へ駆け寄ってきてくれた。
「ミーシェ様、こちらをお使いください」
差し出されたのは水差しだった。つい先ほどまで水が入っていたのだろう。瓶には水滴が付着している。これに出せと。文句の一つも言いたいが、今から手洗い場に向かう余裕はない。それにおそらくこれは罠だ。尿意を催したミーシェがトイレに駈け込めばそこを狙われる。明日には国を出るというのに騒ぎは起こしたくない。覚悟を決めて水差しを手に取る。幸い、この場にはミーシェに発情する者はいない。けれど背後の彼には醜態を晒したくなかった。
「リーファス、外に出ていてくれ」
「嫌です。今離れたら誰に狙われるか分かりませんから」
リーファスの言いたいこともわかるが、ミーシェにも羞恥はある。だが言い争っている時間はない。すでに膀胱は決壊寸前だった。
「ならせめて後ろを向いていて」
「それなら」
彼が背を向けたのを確認してから、ペニスを水差しの中に差し込む。そしてはぁ~と息を吐けば堪えることを止めた尿はドボドボと音を立てて瓶に溜まっていく。重さが増すごとに部屋の中にアンモニア臭が広がっていく。みんな目を逸らしてくれているが、臭いばかりは隠せない。猛烈な尿意から解放されれば今度は羞恥心で頭がいっぱいになる。恥ずかしい。消えてしまいたい。そう願いながらもまだまだ排尿は止まらない。勢いこそ弱まったがチョロチョロと出続けている。瞳には涙がたまり、今にもこぼれ落ちそうだ。
そんな時、背後から深いため息が聞こえた。リーファスだ。軽蔑したのだろう。どうせ嫌われるのなら種を欲して嫌われた方がまだマシだったかもしれない。プルプルと震え、尿が止まるのを待ってからスラックスの中にペニスをしまった。右手には尿がいっぱいまで溜まった水差しがある。こんなもの、使用人に処理してくれと頼むこともできやしない。ゆっくりと立ち上がり、トイレに捨ててこようと立ち上がった。
「それ、ください」
「自分で捨ててくる。リーファスは先に部屋に帰って」
「出来ません」
「出来なくないだろ」
「無理です。もう……我慢できない」
はぁはぁと荒い息が聞こえ、ミーシェは異変に気付いた。振り返ればそこには顔を真っ赤に染めたリーファスがいる。浅い呼吸を繰り返しており、発情していると一目でわかった。
リーファスも何か薬を盛られた?
だが彼はこの部屋に入ってから何も口にしていないはず。おそらくここにくる前、彼の自室に何かしらの罠を仕掛けてあったのだろう。ミーシェの尿意はあくまでリーファスの行動を遅らせるための手段でしかなかったのだ。瓶を床に置き、彼の元へと駆け寄る。
「リーファス、大丈夫か! だれかすぐに医師を呼んできてくれ!」
アンモニア臭が充満した場所に呼び出すのは申し訳ないが、そうも言っていられない。リーファスの身体を寝かせ、アルファの発情に当てられないように周りのオメガを退避させる。ミーシェも少し辛いが、今までありとあらゆる媚薬や発情促進剤を飲まされており、発情には慣れている。尻を濡らしながらも正気を保ち、医者の到着を待った。
その間、彼が水差しに手を伸ばそうとするたびに大人しくしていろとおさえつける。彼はもう瓶の中身が水か尿か判別するだけの頭が回らないのだろう。使用人に飲み物を持ってきてもらい、ゆっくりと飲ませようとする。けれど彼は拒絶し、ますます息を荒くさせる。そして決定的な言葉を口にした。
「王子の尿、飲ませてください」
決定的にアウトな言葉を。
彼は水差しに入っていたものを尿と認識して求めていたのだ。仕方ない。理解して欲しがっているならもう止めはしない。ミーシェは諦めて彼を抑える手を止めた。自由を得たリーファスは水差しに手を伸ばし、直接口を付けた。
ゴクゴクと大きく喉を動かしながら、尿を流し込んでいく。躊躇なく飲み干していく姿にミーシェは言葉を失った。
こんな変態嗜好知りたくはなかった。
なぜ犯人はよりによって今日、利尿剤なんてものを盛ったのだろう。リーファスの嗜好を知っていたのか。彼は水差しの中身だけでは飽き足らず、ミーシェの下履きに手を伸ばす。医師は一向にやってくる気配はなく廊下も静かなものだ。もう、どうとでもなればいい。スラックスと下着を剥ぎ取られたミーシェは天井を仰ぐ。密かな恋心を寄せていた相手はジュルリと卑猥な音を立て、ペニスをしゃぶった。空いた手でミーシェの尻を揉み、長い指は穴の中へと入っていく。発情期の上、目の前でアルファに発情されたミーシェの尻はぐっちょりと濡れており、卑猥な音を立てながら彼の指を飲み込んでいく。どちらももう限界だった。
「挿れても?」
「ん」
最低限の言葉だけ交わし、ミーシェの尻にはリーファスのペニスがずっぽりと入れられる。躊躇なく奥まで。臓器が押し上げられる不快感と一人では決して感じることのできなかった快感が同時に押し寄せる。わずか一突きされただけでミーシェの身体はピクピクと震える。先ほどわずかな尿まで搾り取られたペニスからは先走りがダラダラとこぼれ、口からはヨダレが垂れた。
大陸一の美少年と呼ばれるミーシェも快楽を前にすれば簡単に理性を飛ばす。穴の入り口まで一気に抜かれたと思えば、再び最奥まで押しいられる。彼のペニスになら貫かれてしまっても構わない。それよりももっと大きな快楽が欲しい。理性だけでなく、意識すらも飛ばしてしまうほどの熱が。
リーファスに手を伸ばしながら「もっともっと」と強請る姿は戯れる子どものよう。最も欲しがるおもちゃはぬいぐるみなどではなく、オメガの尻でも咥えるのがやっとなほど巨大なペニスである。突かれるごとに流れ込む大量の精子こそ、誰もが欲するキリン獣人のタネだ。けれどミーシェはそこまで頭が回らない。明日には国を出ることすら忘れて、押し寄せる快楽に身を預けた。
ーーだがミーシェは知らなかった。
兄がミーシェを他国の王族達の元に行かせるつもりなどさらさらないことを。
あの日、ミーシェに渡されたのは絶滅危惧人種保護プロジェクトに参加するメンバーの一覧である。彼らはミーシェにキリン獣人のタネを孕む素質を見出し、多額の寄付をした。リーファスをミーシェの護衛役に付けていたのは、リーファスがミーシェを気にいるか見ていたのだ。そして見事、彼はミーシェを気に入った。オメガであっても関係ない。彼と子を成したいと、プロジェクトの参加にうなづいた。
部屋にはいくつもの覗き穴があり、兄を含めた十数人が二人の性行為を見ていたことを知らないのはミーシェだけだったのだ。
「さすがはミーシェ様だ。キリン獣人を発情させるとは」
「それにしてもよく尿がトリガーだと気付きましたな」
「リーファス本人から教えてもらったのです。教えるから、ミーシェを妻によこせと」
「子供ができた暁には是非我が国の王族との婚姻を」
「それはもちろん」
「我が国のことも忘れないでくださいよ。ミーシェ様のお子ならキリン獣人以外の絶滅危惧人種のタネが残せるかもしれない」
キリン獣人の他にも絶滅危惧人種は存在する。
オメガでありながらキリン獣人の寵愛を手にしたミーシェの子どもならきっと他の種族の子を成すことは可能だろう。
「ミーシェ様がいてくれて、本当に良かった」
壁を挟んですぐ隣で兄達が祝杯をあげていることをミーシェが知るのは日が明るくなってからのことだった。
「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」
リストには各国の重役達の名前がずらりと並んでいる。我が国への寄付金が高い順に一、二、三と番号が振ってある。これが子を成す順番なのだろう。二~三くらいならミーシェも国のためだと割り切れた。けれど番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前まで続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しい。
兄は父亡き後、若くして王位を継いだ。年の離れたミーシェが必死で尻と貞操を守っている間に国を守り続けた。さぞ苦労も多かったことだろう。誰彼構わず発情させてしまう厄介者の弟を手放せ、かつ国のために役立てられるなら……との考えがあるのかもしれない。
もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。こちらもまた国のためだ。リーファスの、キリン獣人の子を産めば、一気に我が国の立場は引き上がる。なにせキリン獣人は絶滅危惧人種リストに入っており、今後数百年のうちに絶滅すると言われているのだ。その最たる理由が、彼らのほとんどがアルファ男性もしくはアルファ寄りの男性ベータとしか交わらないから。オメガや女性は見向きもされない。そのため代を重ねるごとにキリン獣人は数を減らし、今では大陸中を探しても両手の指で数えられるほどしか存在しないまでとなった。絶滅を危惧されてもなお、彼らはオメガや女性と交わることはしない。
知能が高いキリン獣人の種を取り入れようと画策した国はかつていくつも存在した。その中には薬でオメガの誘発香を強め、キリン獣人の正気を失わせて襲おうとする者もいたのだとか。けれど失敗に終わった。全てのキリン獣人が発情香に反応しなかったのだ。
実際、この国にいるリーファスもまた発情香に反応しない。いや、香りだけではない。発情期でなくとも全ての性別を惑わしてしまい、強姦未遂は日常茶飯事のミーシェと一緒に過ごしても目の色一つ変えないのだ。おかげで彼がミーシェのお付きになってから使用人から襲われかけることは減った。彼の隣こそ唯一安らげる場所だと思っている。
だがその分、彼から種を回収することの難しさもわかる。まず通常の方法での妊娠はまず無理だ。事情を話したところではいそうですかと抱いてくれるはずがない。だからといってアルファをあてがって中に出された種を回収するというのも……。嫌がる顔が眼に浮かぶ。何より彼はキリン獣人として好奇な目にさらされることを嫌う。配属当初は犯されかけたミーシェのことも芋虫を見るような目で見てきたほどだ。
『俺のこともそうやって襲うつもりですか?』なんて言われた時は思わずぶん殴ってしまったが、のちにそれはキリン獣人として生きたからには当然の疑いだと知った。
『種なんていらない。そんなことより結婚するまで貞操を守り抜きたいから協力してくれ』
そう告げたのはもう何年も前のこと。彼は目を丸くして驚き、それからよく仕えてくれた。だが今思うと研究員であるリーファスをミーシェの従者にしたのは、発情してくれないかとの思惑があったのかもしれない。実際は全く効果がなかったわけだが。
物心ついてすぐ、さまざまな相手から襲われるようになったミーシェは性欲ではなく、恋愛感情を向けてくれる相手を求めた。王族であるからには恋愛結婚なんて難しいことは承知していた。それでも政略的に結ばれた婚姻の先には愛が芽生えるかもしれないと、夢を見続けた。
結果が孕み腹とはなんとも滑稽だ。
神からの贈り物と賞賛される顔はミーシェにとってマイナスでしかなかった。兄のように筋肉をつければ少しは印象も変わるかと思った時もある。暴飲暴食だってした。けれどダメだった。ミーシェの見た目は全く変わらなかった。ニキビ一つできやしない。それどころか食べ物には媚薬が入れられ、トレーニング後の疲れている時には危うく騎士達にマワされかけた。
ーーいっそ、外の国に行って囲われた方が幸せなのかもしれない。子を成すという目的がある以上、彼らは他の者からミーシェを守ってくれるだろう。
なにより今まで信頼して仕えてきてくれたリーファスを裏切りたくはない。
「……彼らの子を産みます」
ミーシェはリストをぐしゃりと潰しながら宣言する。王子に生まれたからには国の役に立つのが定めだ。そう自身に言い聞かせる。
「すぐに決めずともまだ時間はある。結論を出すのはもう少し考えてからでもいいのだぞ。そうだ、今ここにリーファスを呼ぶか」
「いえ、結構です。話し合ったところで私にはリーファスの子は産めませんから」
ミーシェの返答が気に入らないのか、兄は眉をしかめる。ミーシェがリーファスに泣いて縋ることを期待していたのだろうか。ミーシェが乞えば種を分けてくれるだろうと……馬鹿馬鹿しい。縋った瞬間、リーファスからの信頼は地に落ちるだけ。迷惑をかけた上に嫌われるだけだ。ならば話を持ちかける必要すら感じない。
「出発はいつでしょう?」
「一週間後だ。それまでに身支度を整えておきなさい」
「承知いたしました」
深く頭を下げ、王座の間を後にする。ドアの前で控えていたリーファスはどこか不安そうにミーシェの顔色を窺っている。いつもなら言いたいことはズバッと言うくせに彼らしくもない。もしかしたらミーシェよりも先に話を聞いていたのかもしれない。種が欲しいとねだられるかもと警戒しているとか。だとしたら、ミーシェがこの数年で築いてきたと思っていた信頼はただの錯覚に過ぎなかったことになる。そう考えると少しヘコむが、ミーシェからその話題に触れなければ答えを聞くこともないだろう。
この一週間、無駄な警戒をさせてしまうことにはなるが、二年も付きまとわれるよりもマシだ。
スタスタと自室に戻り、リーファスには隣室で待機していて欲しいと告げる。指示を出せばあからさまに彼の身体がビクッと跳ねた。怖がりすぎだ。フッと笑ってから背を向け、鍵を閉める。
一人になった部屋でミーシェは身支度を始めた。侍女はいないため、全部自分でやらねばならないが、それももう慣れた。王族だが風呂だって自分で入る。どちらも鍵を閉めるのと同じ、自衛のためだ。
棚の横に置いたままのバッグに最低限の服を詰めていく。なにも結婚するわけではない。与えられるのは子を産むまでの仮住まい。産んでは次の国に移りを繰り返すことになる。ならば荷物は最低限でいい。どうせ妊娠中は気に入っている服など着られない。それに寝室から出る機会もそうそうないだろう。お気に入りの石けんは持って行くべきかと悩んでいるうちに荷造りは終わった。かかった時間はたったの四半刻。お風呂の時間よりも短かった。
その日以降、リーファスは声をかける度に何やらビクッと身体を震わせるようになった。そして用事を告げれば不満気な視線を寄越す。言うなら早く言えとでも急かされているようだが、告げるつもりはない。いつも通りを装いながら、ミーシェは残りの時間を過ごすことにした。
そう、いつも通り。
尻は狙われるし、食事に妙な薬を混ぜられる。もう少し待ってくれればいいのに、発情期に入ってしまったのも悪かった。
最後の最後までリーファスに迷惑をかけてしまった。予想外だったのは最終日に混ぜられた薬が利尿剤だったことだ。しかも食事が終わる辺りの時間を狙って効果が出るものときた。兄のいる席で彼より先に立つわけにもいかず、机の下でモゾモゾと太ももをすり合わせる。もう少しの我慢、もう少しの我慢だ。ミーシェは必死で耐えた。けれどこんな日に限って兄はデザートをおかわりした。食後のコーヒーをゆったりと優雅に飲む姿に苛立ちさえ覚える。ミーシェが生まれる前から城に仕えているオメガの使用人は異変に気づいたらしい。兄が部屋を出てすぐにミーシェの元へ駆け寄ってきてくれた。
「ミーシェ様、こちらをお使いください」
差し出されたのは水差しだった。つい先ほどまで水が入っていたのだろう。瓶には水滴が付着している。これに出せと。文句の一つも言いたいが、今から手洗い場に向かう余裕はない。それにおそらくこれは罠だ。尿意を催したミーシェがトイレに駈け込めばそこを狙われる。明日には国を出るというのに騒ぎは起こしたくない。覚悟を決めて水差しを手に取る。幸い、この場にはミーシェに発情する者はいない。けれど背後の彼には醜態を晒したくなかった。
「リーファス、外に出ていてくれ」
「嫌です。今離れたら誰に狙われるか分かりませんから」
リーファスの言いたいこともわかるが、ミーシェにも羞恥はある。だが言い争っている時間はない。すでに膀胱は決壊寸前だった。
「ならせめて後ろを向いていて」
「それなら」
彼が背を向けたのを確認してから、ペニスを水差しの中に差し込む。そしてはぁ~と息を吐けば堪えることを止めた尿はドボドボと音を立てて瓶に溜まっていく。重さが増すごとに部屋の中にアンモニア臭が広がっていく。みんな目を逸らしてくれているが、臭いばかりは隠せない。猛烈な尿意から解放されれば今度は羞恥心で頭がいっぱいになる。恥ずかしい。消えてしまいたい。そう願いながらもまだまだ排尿は止まらない。勢いこそ弱まったがチョロチョロと出続けている。瞳には涙がたまり、今にもこぼれ落ちそうだ。
そんな時、背後から深いため息が聞こえた。リーファスだ。軽蔑したのだろう。どうせ嫌われるのなら種を欲して嫌われた方がまだマシだったかもしれない。プルプルと震え、尿が止まるのを待ってからスラックスの中にペニスをしまった。右手には尿がいっぱいまで溜まった水差しがある。こんなもの、使用人に処理してくれと頼むこともできやしない。ゆっくりと立ち上がり、トイレに捨ててこようと立ち上がった。
「それ、ください」
「自分で捨ててくる。リーファスは先に部屋に帰って」
「出来ません」
「出来なくないだろ」
「無理です。もう……我慢できない」
はぁはぁと荒い息が聞こえ、ミーシェは異変に気付いた。振り返ればそこには顔を真っ赤に染めたリーファスがいる。浅い呼吸を繰り返しており、発情していると一目でわかった。
リーファスも何か薬を盛られた?
だが彼はこの部屋に入ってから何も口にしていないはず。おそらくここにくる前、彼の自室に何かしらの罠を仕掛けてあったのだろう。ミーシェの尿意はあくまでリーファスの行動を遅らせるための手段でしかなかったのだ。瓶を床に置き、彼の元へと駆け寄る。
「リーファス、大丈夫か! だれかすぐに医師を呼んできてくれ!」
アンモニア臭が充満した場所に呼び出すのは申し訳ないが、そうも言っていられない。リーファスの身体を寝かせ、アルファの発情に当てられないように周りのオメガを退避させる。ミーシェも少し辛いが、今までありとあらゆる媚薬や発情促進剤を飲まされており、発情には慣れている。尻を濡らしながらも正気を保ち、医者の到着を待った。
その間、彼が水差しに手を伸ばそうとするたびに大人しくしていろとおさえつける。彼はもう瓶の中身が水か尿か判別するだけの頭が回らないのだろう。使用人に飲み物を持ってきてもらい、ゆっくりと飲ませようとする。けれど彼は拒絶し、ますます息を荒くさせる。そして決定的な言葉を口にした。
「王子の尿、飲ませてください」
決定的にアウトな言葉を。
彼は水差しに入っていたものを尿と認識して求めていたのだ。仕方ない。理解して欲しがっているならもう止めはしない。ミーシェは諦めて彼を抑える手を止めた。自由を得たリーファスは水差しに手を伸ばし、直接口を付けた。
ゴクゴクと大きく喉を動かしながら、尿を流し込んでいく。躊躇なく飲み干していく姿にミーシェは言葉を失った。
こんな変態嗜好知りたくはなかった。
なぜ犯人はよりによって今日、利尿剤なんてものを盛ったのだろう。リーファスの嗜好を知っていたのか。彼は水差しの中身だけでは飽き足らず、ミーシェの下履きに手を伸ばす。医師は一向にやってくる気配はなく廊下も静かなものだ。もう、どうとでもなればいい。スラックスと下着を剥ぎ取られたミーシェは天井を仰ぐ。密かな恋心を寄せていた相手はジュルリと卑猥な音を立て、ペニスをしゃぶった。空いた手でミーシェの尻を揉み、長い指は穴の中へと入っていく。発情期の上、目の前でアルファに発情されたミーシェの尻はぐっちょりと濡れており、卑猥な音を立てながら彼の指を飲み込んでいく。どちらももう限界だった。
「挿れても?」
「ん」
最低限の言葉だけ交わし、ミーシェの尻にはリーファスのペニスがずっぽりと入れられる。躊躇なく奥まで。臓器が押し上げられる不快感と一人では決して感じることのできなかった快感が同時に押し寄せる。わずか一突きされただけでミーシェの身体はピクピクと震える。先ほどわずかな尿まで搾り取られたペニスからは先走りがダラダラとこぼれ、口からはヨダレが垂れた。
大陸一の美少年と呼ばれるミーシェも快楽を前にすれば簡単に理性を飛ばす。穴の入り口まで一気に抜かれたと思えば、再び最奥まで押しいられる。彼のペニスになら貫かれてしまっても構わない。それよりももっと大きな快楽が欲しい。理性だけでなく、意識すらも飛ばしてしまうほどの熱が。
リーファスに手を伸ばしながら「もっともっと」と強請る姿は戯れる子どものよう。最も欲しがるおもちゃはぬいぐるみなどではなく、オメガの尻でも咥えるのがやっとなほど巨大なペニスである。突かれるごとに流れ込む大量の精子こそ、誰もが欲するキリン獣人のタネだ。けれどミーシェはそこまで頭が回らない。明日には国を出ることすら忘れて、押し寄せる快楽に身を預けた。
ーーだがミーシェは知らなかった。
兄がミーシェを他国の王族達の元に行かせるつもりなどさらさらないことを。
あの日、ミーシェに渡されたのは絶滅危惧人種保護プロジェクトに参加するメンバーの一覧である。彼らはミーシェにキリン獣人のタネを孕む素質を見出し、多額の寄付をした。リーファスをミーシェの護衛役に付けていたのは、リーファスがミーシェを気にいるか見ていたのだ。そして見事、彼はミーシェを気に入った。オメガであっても関係ない。彼と子を成したいと、プロジェクトの参加にうなづいた。
部屋にはいくつもの覗き穴があり、兄を含めた十数人が二人の性行為を見ていたことを知らないのはミーシェだけだったのだ。
「さすがはミーシェ様だ。キリン獣人を発情させるとは」
「それにしてもよく尿がトリガーだと気付きましたな」
「リーファス本人から教えてもらったのです。教えるから、ミーシェを妻によこせと」
「子供ができた暁には是非我が国の王族との婚姻を」
「それはもちろん」
「我が国のことも忘れないでくださいよ。ミーシェ様のお子ならキリン獣人以外の絶滅危惧人種のタネが残せるかもしれない」
キリン獣人の他にも絶滅危惧人種は存在する。
オメガでありながらキリン獣人の寵愛を手にしたミーシェの子どもならきっと他の種族の子を成すことは可能だろう。
「ミーシェ様がいてくれて、本当に良かった」
壁を挟んですぐ隣で兄達が祝杯をあげていることをミーシェが知るのは日が明るくなってからのことだった。
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