わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺

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婚約破棄?

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「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」



 今宵、王宮の煌めくシャンデリアの下で起こるは、美しいダンスだけのはずであった。

 そんな空気をぶち壊したのは、腰まで伸ばし1つに結われた太陽のような金髪と切れ長で空色の瞳、そして麗しい相貌を持つ男、テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息であった。


「あらまぁ」


 相対するは、天使の羽のような純白の髪を艶やかに巻き上げ、ガーネットのような釣り上がった瞳に合わせたであろう深紅のマーメイドラインのドレスに身を包む絶世の美女リリーシア・ソフィア・リーラー伯爵令嬢。

 テオドールによって高らかに告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ、先程まで浮かべていた驚いた顔を引っ込める。

 そして、悪役顔にはどハマりな高圧的に微笑みながら首を傾げる。



「———いったい誰と誰の婚約ですって?」


 うふふっと馬鹿にするように笑うと、この国でも指おりのイケメンと有名なテオドールは、その美しい顔に似合わぬ赤子のような地団駄を踏み、そしてビシッと指差し大声で告げる。

 その様子が周囲にどのように受け取られるのか、温室でぬくぬくと生ぬるく育てられた彼には、全くもって分からないのだろう。


「はぁ!?俺と!お前の!だよ!!」


 舞踏会の会場のど真ん中、本来ならば麗しいダンスが披露される場所でテオドールが場違いにわんわんと騒ぐものだから、ものすごい勢いで視線が集まってくる。

 ひそひそこしょこしょと噂好きの貴族たちによって、格好の餌となる。


(あぁ、なんて、………なんて、————愚かで滑稽なのかしら)


 テオドールは今現在、自分自身に対して何が起こっているのか、さっぱり分かっていないのだろう。

 愚かで、無知で、働かず贅沢をすることが美徳であると考える昔ながらの貴族らしく、何にも理解できていないのであろう。


 あまりの愚かさに呆れ返って、柄にもなく憐憫の視線を向けてしまいそうになるリリーシアは、咄嗟に表情筋がお仕事をしてしまいそうになるのを我慢し、怒り心頭のテオドールに向け、心当たりがない故に困ったような表情と声音で尋ねる。



「わたくし、貴方さまに対し、このような公の場で、しかも大声で怒鳴られながら断罪されるようなことを、何かいたしましたでしょうか?」



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