わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺

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愚かに拍車をかけるとはまさにこのこと

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 現実を叩きつけられ、しばらく呆然としていたテオドールの腕の中から、下品な服を身につけた可愛らしい女の子ベリーラが、怯えるようにして飛び出す。


「わ、わたしは関係ないんだからっ!!」


「いや、関係大ありでしょ」


 久々に真顔でノリツッコミをしてしまったリリーシアに、ルカーシュも苦笑しながら頷いた。

「そうだね。ここまで巻き込まれてたら、『わたしは無関係ですぅ、助けてくださぁい』なんて言っても、誰も助けないよねぇ。まあ、ここで助けちゃったら不倫やら浮気やらがバレバレになっちゃうからね。身から出た錆だよ」

 からからと笑ったルカーシュの小さな声に、周囲にいた人間はドン引く。
 普通、分かっていても、事実であっても、こんなネタは心の中に潜めておくものだ。


 ぎいぃっ、


 空気をぶち壊すような扉が開けられる音がした。

「?………??」

 白髪の混じり始めたブロンドに空色の瞳を持つ初老の男性が、首を傾げながらやってくる。

「テオドール?何があったのかね」

 国王に挨拶することもなくいけしゃあしゃあと言ってのけたのはクロイツ侯爵、テオドールの父であった。

「ぱぱっ!!助けてくれ!!俺、冤罪で殺されそうなんだっ!!」


 会場の中にいる皆が思ったことだろう。
 冤罪でもなんでもない、自分の行いのせいで投獄されそうになっているだけだ、と。

 しかし、息子のことを妄信的に溺愛しているクロイツ侯爵は、当然のごとく息子を疑うということをしない。
 故に、今この場で最も行ってはいけない、愚かな行為をした。

 罪を、犯した………。


「リリーシア、お前、何をしている。早くテオドールを助けなさい。格下の伯爵家のでしゃばり娘であるお前を引き取ってやるんだ、こういう場で命を犠牲にせずしてどう生きるというのだね」


 嘲るような声音、侮蔑の表情、だがしかし、そんな表情と声音は一瞬で吹き飛ぶこととなった。

「今、貴様はなんと言った」


 クロイツ侯爵の身体が宙に浮いている。
 彼の首元には、剣タコやペンタコの目立つ美しい手。


「私の愛おしい婚約者に対し、なんと言ったと聞いているんだ!!」


 激昂したルカーシュの声に、視線に、ゾクゾクとした喜びが背筋を駆け巡ったリリーシアは、うっとりと微笑む。

「はぁ、ルカさまが素敵すぎますわ」


 背筋が凍るような殺気の中で唯一頬を赤く染め上げているリリーシアは、商人として幾多の困難を乗り越えてきたが故に、危険や突発的な出来事に対する反応が大らかだ。

 だからこそ、今このカオスと化しつつある現状を最もよく理解していると言っても過言ではない。


(クロイツ侯爵家並びにフィアリア男爵家はもう終わりましたわね。王の御前でピーチクパーチク騒ぐなんて、愚かさに拍車をかけるとはまさにこのことですわね)


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