わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺

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この契約書にサインしていただけますわよね?

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 とんでもない宣言を受けたリリーシアであったが、クロイツ侯爵が地面から復活したのを皮切りに、普段の仕事出来過ぎ令嬢へとその表情を変化させる。


「あら、お目覚めのようですわね、クロイツ侯爵」
「ひぃっ!!」

 ルカーシュの脅しが効き過ぎているようで、クロイツ侯爵の怯えようは半端ない。


「陛下、衛兵をお借りしても?」

「リリーシアは未来の王子妃だ。好きにするが良い」

「まぁ!ありがとう存じますわ。このお礼は王妃さまへの献上品に」

「うむ」


 国王ルフェーブルは、王妃のことが絡むと基本的にチョロい。
 それで良いのかと問い掛けたいほどにチョロい。

 それをよく分かっているリリーシアは、国王ではなく王妃にお礼の品物を購入する。
 グルメな王妃に対し、次はどんな美味しいものを持参しようか思考をフルに回転させながら、リリーシアは衛兵に対し、テオドールとベリーラを王家への叛逆剤で捕縛するよう命じる。


「お、おいっ!貴様ら誰に触っていると思っているんだ!!というか、俺に触るな!!」
「きゃっ!!やめてっ、痛いわ!!なんでわたしがこんな目にっ!!」

(いや、王子であるルカさまに殺人予告したのですから、捕まって当然でしょうに)

 暴れ回る2人を、衛兵は手こずることなく押さえつける。

「くそっ!離せっ!!悪いのは全部その女だっ!!その女だけを捕縛しろっ!」

「はぁ!?何言ってんの!?元はと言えば、あんたが蒔いた種でしょうがっ!!あんた1人が捌かれなさいよ!!」

「はぁ!?俺のせいなわけないだろっ?そもそも!お前がリリーシアに虐められたなんて言わなければこんなことにはならなかったんだ!!」

(そうですわね。一応理に適っておりますわね。ですが、それを信用し、過激な行動に出たのは他ならぬ貴方ですわよ)

 お縄についたテオドールがギャンギャン喚くために、衛兵が嫌そうな顔をする。

「そ、それは!………あんたがリリーシア・ソフィア・リーラーと婚約してるなんて言ったかじゃないの!!わたし、悪くないっ!!嘘つきのあんたが悪い!!」


 耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言に、リリーシアは思考を放棄し、冷めた視線を向ける。
 あんなにお互い『愛している』なんて安っぽいセリフと雰囲気で甘々だったのに、たった数分でなんという頽落だろうか。

 全くの無関係な人間関係にあるのにも関わらず、なんだかリリーシアの方が恥ずかしくなってくる。

 愛おしいルカーシュが度々仕掛けんとしてくる抱きつき攻撃を扇子で叩き落としながら、リリーシアは衛兵によって捕縛された2人を横目に、衛兵に用意してもらった紙とペンで5枚の紙を仕上げる。

「うふふっ、」

「な、なんだか楽しそうだね。リリー」
「えぇ、とっても」

 ご機嫌に書類を仕上げたリリーシアは、国王ルフェーブルに直接紙を渡す。

「被害者であるわたくしからの望みですわ。王家への叛逆を含めたとしても妥当な罰だと思いますが、いかがでしょうか」


 人外の速さで全ての書類に目を通したルフェーブルは、途端、楽しげな声を上げた。

「ははっ!良いねぇ。性格が悪いを太鼓判を押されている僕ですら、身慄いしてわくわくするような契約書だ」

 ひとしきり頷いたのちに、王の顔となったルフェーブルは命じる。


「うむ、リリーシアよ。この書類を罪人全てにサインさせよ」

「承知いたしましたわ、陛下」

 契約書サインのための机を用意させ書類を並べたリリーシアは、満面の笑みで両手を広げる。


「テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息、ライト・グルーエル・クロイツ侯爵、ベリーラ・ミュリエル・フィアリア男爵令嬢、リュディガー・ルーベル・フィアリア男爵、そして、———ルカーシュ・セオドア・リオネル殿下」


 純真無垢な笑みからは考えられない契約書を愛おしそうに見つめたリリーシアは、首を愛らしくこてんと傾げ、歌うように断罪の声を紡ぐ。


「この契約書にサインしていただけますわよね?」


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