わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺

文字の大きさ
12 / 12

勿論、サインしてくださいますわよね?

しおりを挟む
 公衆の面前にあるにも拘わらず、ぎゅっと全身抱きしめてきたルカーシュの暖かさにひとしきり甘えたリリーシアは、満足した瞬間、ベリっと自らの身体からルカーシュを剥がした。

「さて、お次はルカさまの番ですわね。愛おしい婚約者から贈られた契約書。勿論、サインしてくださいますわよね?」

 花が綻ぶような美しい笑みにうっとりと頷いたルカーシュは、契約書に目を通して、そして固まった。


「えぇーっと、リリーさん?これ、嘘だよね?」

「嘘であるわけございませんでしょう?国王陛下にお認めいただいた公式文書ですわ」


 わざとらしく笑顔で首を傾げたリリーシアに、ルカーシュは身体をわなわなと震わせた。


「無理だぁー!!公衆の面前でハグ禁止に、キス禁止、愛の囁き禁止って何!?やったら罰として1週間口聞かない&別居とか耐えられるわけない!!というか、あり得なさすぎる!!それに浮気したら即死刑?そんなの当然じゃん!!というか、浮気する前提なのが許せないんだけど!?」

「えぇ、分かっておりますわ。貴方が公衆の面前で猥褻な行為を繰り返す愚か者でないことや、浮気をするような愚かで滑稽な男ではないと。ですが、わたくしは伯爵令嬢であると同時に商人なのです。契約書があった方が、どうしても安心できるのです。わたくしを愛しているルカさまは、ちゃんとサイン、してくださいますよね?」

 上目遣いに見つめてくるリリーシアに、ルカーシュは一瞬にして敗北した。


「あぁー分かったよ!!サインしてやる!こんな紙切れ1枚で愛おしいリリーが安心できるんならお安いご用だ!!」

 ババっとサインしたルカーシュに、リリーシアは満足げに頷いた。

「ありがとう存じます、ルカさま」


 可愛い微笑みに、仕草に、ルカーシュは、契約書をほっぽり出してぎゅーっとリリーシアを抱きしめる。

「あぁー、リリーが可愛過ぎて死にそう。お部屋に閉じ込めて永遠にお外に出したくない。あぁー、こんなとこで自分が、あの人間の問題をかき集めて煮込んで固めたような父上と同類だってわかるなんてなんて拷問なんだ………。ねぇリリー、傷心の私の頭を撫でてくれ」


「………………」


 笑顔で固まっているリリーシアは、彼がほっぽり出した契約書を手に、彼の身体をベリっと外す。

「リリー?」

「………契約書、書きましたわよね?」

「え、」


 契約書を彼の顔面に叩きつけたリリーシアは、恥ずかしさで真っ赤でありながら怒りによる青筋の浮かぶ顔に満面の笑顔を装うという器用なことをした上で、早口に捲し立てる。

「わたくしとのお約束を破った件も含めて、わたくし、ルカさまとは2週間お口を聞きませんわ」

「え、り、リリー、」
「………」
「リリー!リリー!!」
「………………」
「そ、そんな、———そんな殺生なぁ!!」


 こうして、長年隣国へと留学していた第2王子が帰還し、2つの家紋が消えた。

 驚くほどに甘々で奥方に尻を敷かれているという第1印象を残したルカーシュであったが、彼はとても優秀な男であり、王子として父親譲りの能力を遺憾なく発揮し、母親譲りの引き籠もりである兄王を支え続けた。

 そんな彼であるが、近い将来にはこの日リリーシアと結んだ契約を度々破り、奥方のドレスに縋り付いて号泣する姿がありとあらゆる場面で見られるようになり、いつしか、天才であるにも拘わらず、奥方の願いに関しては一切学習しない挙句、奥方に縋り付いて赤子のように号泣することから、『天才バブちゃん王子』という不名誉なあだ名で呼ばれるようになった。


 これより先、彼にはもう1つのあだ名が生まれる。


「パパっ!!」「ちちっ!!」

 白銀と漆黒、2人の小さなお姫さまが走る先には漆黒の美丈夫が佇んでいる。

「———!———!」

 愛おしいお姫さまを軽々と抱き上げた彼に寄り添うのは、彼は誰よりも愛する彼の女王。
 商人として、元伯爵令嬢として、王子妃として、ありとあらゆる場面に置いて彼を支え続ける強い女性。

「ルカ、あんまり甘やかしてはいけませんよ?」

「ははっ!リリー、残念ながら、私はその契約書にはサインしていないんだ」


 爽やかに笑う夫の腕に自らの身体を預けたリリーシアは仕方なさそうな笑みを浮かべ、『溺愛王子』の言葉に頷いたのだった———。



   fin.

しおりを挟む
感想 14

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(14件)

アルフォンソ

この、誰にも迷惑掛けない溺愛は微笑ましい( ◜ω◝ )限りです

2025.11.29 朝霧心惺

アルフォンソさま、ご感想ありがとうございます!!
甘々重々なのに本人たちで完結するを目標に書きました!!

解除
ask
2025.10.23 ask

何を見せられてるんだ??

2025.10.23 朝霧心惺

askさま、ご感想ありがとうございます
痴話喧嘩ですかね?

解除
votoms
2025.09.15 votoms
ネタバレ含む
2025.09.15 朝霧心惺

votomsさま、ご感想ありがとうございます!!
王家主催のパーティーで騒動を起こしても“えらーいパパ”が解決してくれると信じて疑っていない馬鹿だからこそ、大商人であるリリーシアに騒動を起こしたようです。
つまり初っ端から最後まで脳足りんだったということです💦
王家の呪いは見事次の世代にもちゃんと引き継がれたようで、双子のお姫さまはこの後隣国までもを巻き込んだ果てしない痴情のもつれを引き起こし、長男の子息は人の顔を見るのが怖いと常に部屋に引きこもり、出てきたとしても仮面を被っているという変人っぷりを披露します。
もちろん、美形を掛け合わせまくった長男子息はこの世のものとは思えないほどの美形でございます😂
そして、公務に対しては皆様しっかりとエグいほどの手腕を持ち得ています。
双子の片割れたるお姫さまが恋した隣国の妾の王子さまはなんと、正妻の王太子を蹴落として王になったとかならなかったとか………、

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

わざわざ証拠まで用意してくれたみたいなのですが、それ、私じゃないですよね?

ここあ
恋愛
「ヴァレリアン!この場をもって、宣言しようではないか!俺はお前と婚約破棄をさせていただく!」 ダンスパーティの途中、伯爵令嬢の私・ヴァレリアンは、侯爵家のオランジェレス様に婚約破棄を言い渡されてしまった。 一体どういう理由でなのかしらね? あるいは、きちんと証拠もお揃いなのかしら。 そう思っていたヴァレリアンだが…。 ※誤字脱字等あるかもしれません! ※設定はゆるふわです。 ※題名やサブタイトルの言葉がそのまま出てくるとは限りません。 ※現代の文明のようなものが混じっていますが、ファンタジーの物語なのでご了承ください。

婚約者様。現在社交界で広まっている噂について、大事なお話があります

柚木ゆず
恋愛
 婚約者様へ。  昨夜参加したリーベニア侯爵家主催の夜会で、私に関するとある噂が広まりつつあると知りました。  そちらについて、とても大事なお話がありますので――。これから伺いますね?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

婚約者と家族に裏切られたので小さな反撃をしたら、大変なことになったみたいです

柚木ゆず
恋愛
 コストール子爵令嬢マドゥレーヌ。彼女はある日、実父、継母、腹違いの妹、そして婚約者に裏切られ、コストール家を追放されることとなってしまいました。  ですがその際にマドゥレーヌが咄嗟に口にした『ある言葉』によって、マドゥレーヌが去ったあとのコストール家では大変なことが起きるのでした――。

9年ぶりに再会した幼馴染に「幸せに暮らしています」と伝えたら、突然怒り出しました

柚木ゆず
恋愛
「あら!? もしかして貴方、アリアン!?」  かつてわたしは孤児院で暮らしていて、姉妹のように育ったソリーヌという大切な人がいました。そんなソリーヌは突然孤児院を去ってしまい行方が分からなくなっていたのですが、街に買い物に出かけた際に9年ぶりの再会を果たしたのでした。  もう会えないと思っていた人に出会えて、わたしは本当に嬉しかったのですが――。現状を聞かれたため「とても幸せに暮らしています」と伝えると、ソリーヌは激しく怒りだしてしまったのでした。

あなたの絶望のカウントダウン

nanahi
恋愛
親同士の密約によりローラン王国の王太子に嫁いだクラウディア。 王太子は密約の内容を知らされないまま、妃のクラウディアを冷遇する。 しかも男爵令嬢ダイアナをそばに置き、面倒な公務はいつもクラウディアに押しつけていた。 ついにダイアナにそそのかされた王太子は、ある日クラウディアに離縁を突きつける。 「本当にいいのですね?」 クラウディアは暗い目で王太子に告げる。 「これからあなたの絶望のカウントダウンが始まりますわ」

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。