煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。

朝霧心惺

文字の大きさ
12 / 17

11 煤かぶり姫に味方なんていない

しおりを挟む
 穏やかな微笑みの裏に隠れる激情がこんなにも怖いだなんて思ってもみなかった。

「え、エドワード、さま?」
「なあに?ベルティア」

 何を怒っているのか知りたくて、不思議で仕方がなくて、だから尋ねたのに、彼の怒りはベルティアに掴みかかった男に向けられている。

「いい歳した男が何で女性にコーヒーかやしてるの?赤子でもこんなひっどい飲み方しないよ」

 爽やかな笑みが逆に恐怖を煽る。

「ヒック、なんだ?青二才がっ!」
「………そうですね。僕はあなたに比べたらひよっこですけど………、こんなにも物を溢して飲むなんて芸当できないので、つい」

 投げやりな煽り方に、結局エドワードは何がしたいのか理解できず、ベルティアは眉を顰める。
 相手の男の酔いの回り方的にこのままでは逆上した相手にエドワードが殴られてしまう。

(引き摺ってでも店から出るのが正解、かな………?)

 いざ行かんと彼に手を伸ばした瞬間———、

「………へくちゅっ、」

 思わぬタイミングで出たくしゃみが、全ての人の視線を集めてしまった。
 隠密行動の時は我慢できてなぜ今我慢できないのか、ベルティアにはその原理が分からない。

「………エドワードさま、そろそろ次のご予定のお時間では?」

 当たり障りなく………と言うには無理があるが、とりあえず店を出る提案を彼に投げかけると、彼は少し離れたところに立っているベルティアにも聞こえるほどの酷い歯軋りの後に頷いた。

「あぁ、そうだったね」

 あまりにも悔しそうな表情に、ベルティアは意味が分からなくなる。

「エドワードさま?」
「………行こうか」
「!?」

 唐突に握られた手に、ベルティアは驚きを隠せない。
 店を出て躊躇いなく歩みを進める彼の行き先も分からない。
 ただ無言で力強く引っ張られる。

 少し、奥まった道に入った。
 人気が消え、街の喧騒が遠ざかる。
 閉塞感のある店と店の間の小道は、ベルティアの不安を大きく煽る。

「っ、」

 次の瞬間、ベルティアの身体は壁に押し付けられ、顔の横には彼の腕があった。

「なんの、おつもりですか?」

 怒りと悲しみに満ちた、まるで慟哭する子供のような空気を纏うエドワードに、ベルティアは困惑が隠せない。

「………なぜ、何故言い返さない。君ならばあんな無能、一瞬で片付けられるはずだ。君にはそれだけの頭脳と、実力がある」

 目を見開いたベルティアは、目の前の男が憎むべきクズだと理解していながら、ほんの少し、ほんの少しだけ嬉しさを覚えた。
 報われた気がした。

 でも、同時に落胆した。
 あれだけの事を見て、これだけ自分に関わって、まだ、理解できない。
 ぬるま湯の世界で生きるエドワードが、無性に腹立たしくて、死ぬほど羨ましい。

 コーヒーで汚れた眼鏡を取り、ベルティアはまっすぐとエドワードの黄金の瞳を見つめる。

 にっこり笑うと、彼は目を見開いて固まった。

「無駄だからですよ。何を言っても、何をしても、わたくしは穢れた煤かぶり。あの場で手を出せば、たとえ正当防衛であろうとも、わたくしの負けです」
「?」
「ふふっ、まだ理解できないのですか?」

 もういっそ清々しいまでにお坊ちゃんなエドワードに、ベルティアはつい小馬鹿にするような態度をとってしまう。

「たとえば、あの場で殺人が起きたとしましょう。貴族の傀儡たる警察は、まず間違いなく、こう判断するでしょう。穢れた煤かぶりが全て悪いと。たとえわたくしに非がなくとも、わたくしが殺されたんだとしても、煤かぶりのわたくしが全て悪いのだと。存在そのものが悪だとされるわたくしには、貴族社会において誰ひとり味方なんていない。全てが敵」

 絶句しているエドワードに、ベルティアは冷めた視線を向ける。

「もう、よろしいですか?今日は余計な仕事が増えてしまったので早く帰宅したいのですが」

 項垂れるエドワードに軽く溜息を吐いたベルティアは、再度帰宅を促し、この日は結局ひとりで悠々と馬車を使って帰宅することとなった。

 コーヒーによる被害は、ブラウスとペチコートにのみ残ってしまったとだけ記しておこう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。 その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。 カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。 ――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。 幼馴染であり、次期公爵であるクリス。 二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。 長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。 実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。 もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。 クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。 だからリリーは、耐えた。 未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。 しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。 クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。 リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。 ――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。 ――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。 真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。

私のことは愛さなくても結構です

ありがとうございました。さようなら
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。 一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。 彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。 サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。 いわゆる悪女だった。 サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。 全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。 そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。 主役は、いわゆる悪役の妹です

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

魔女見習いの義妹が、私の婚約者に魅了の魔法をかけてしまいました。

星空 金平糖
恋愛
「……お姉様、ごめんなさい。間違えて……ジル様に魅了の魔法をかけてしまいました」 涙を流す魔女見習いの義妹─ミラ。 だけど私は知っている。ミラは私の婚約者のことが好きだから、わざと魅了の魔法をかけたのだと。 それからというものジルはミラに夢中になり、私には見向きもしない。 「愛しているよ、ミラ。君だけだ。君だけを永遠に愛すると誓うよ」 「ジル様、本当に?魅了の魔法を掛けられたからそんなことを言っているのではない?」 「違うよ、ミラ。例え魅了の魔法が解けたとしても君を愛することを誓うよ」 毎日、毎日飽きもせずに愛を囁き、むつみ合う2人。それでも私は耐えていた。魅了の魔法は2年すればいずれ解ける。その日まで、絶対に愛する人を諦めたくない。 必死に耐え続けて、2年。 魅了の魔法がついに解けた。やっと苦痛から解放される。そう安堵したのも束の間、涙を流すミラを抱きしめたジルに「すまない。本当にミラのことが好きになってしまったんだ」と告げられる。 「ごめんなさい、お姉様。本当にごめんなさい」 涙を流すミラ。しかしその瞳には隠しきれない愉悦が滲んでいた──……。

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

処理中です...