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13 煤かぶり姫と光の貴公子のひみつ
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***
目が覚めたらそこには知らない天井が広がっていたなんてこと、自分には一生起こらないと思っていた。
未だ下がらぬ熱に朦朧とする意識は、けれどもう1度眠りに落ちる直前、本を繰る微かな音に引き寄せられた。
「えど、わーどさま?」
開けられた天蓋のカーテンから覗く美しい相貌に、ベルティアはとろんとした瞳を向ける。
あどけなさが強く出た表情を不快に思ったのか、エドワードは眉を不機嫌そうに寄せる。
けれど、そこにいつもベルティアに向けられていた嫌悪や憎悪などの強い悪感情を見つけられなくて、ベルティアは回らない頭で酷く困惑した。
「………ここは僕の住んでる学校近くの僕専用の邸。学校と食堂に君の体調不良の連絡はしておいた。着替えはさせてないけど、苦しそうだったから首元だけ僕が緩めた。他に心配は?」
首を緩慢に横に振ると、彼は躊躇いなくベルティアに触れ、身体を起こす。
背中にクッションを入れる仕草は手慣れていて、驚きを隠せなかった。
無言で口元にコップを当てられ、驚いているうちに水を1杯飲まされる。
妙に甘ったるくじゃりじゃりとした感触のある水で、首を傾げた。
「経口補水液。汗をかいているから脱水症状の防止に飲ませた」
「ん」
………手慣れすぎではないだろうか。
彼、天下のルードバーグ公爵家の次男坊ではなかっただろうか。
「………流行病で亡くなった母親の看病で慣れてるんだ」
ゆっくり眠ったからか、水分をしっかりと摂ったからか、ようやく頭が少し回り始めたベルティアは、何を言われているのか理解できなかった。
困惑で瞬きの多くなったベルティアに、エドワードは自嘲するような寂しげな笑みを浮かべている。
だって———、
「………わたくしの記憶違いじゃなかったら、公爵夫人はご存命のはずだけれど」
そう、そうなのだ。
公爵夫人は現在ご存命。
恋多き女として有名な絶世の美女で元王女。
先日もとある芸術家のパトロンになり、彼女の裸婦像が製作されたと話題になっていた。
「僕は一夜の過ちで出来たメイドの子供だよ」
ベルティアは目を見開き、固まってしまった。
「ちなみに兄上は妾の子」
「!?」
「母上は昔誘拐された際に、子を宿す機能を失っているからね」
穏やかに暴露される事実の重さに、もうどう処理すればいいのか分からない。
国家のトップを補佐する筆頭公爵家がこの有様で大丈夫なのかという心配よりも、事実を知ったことで消されるんじゃないかという心配が上回っているベルティアに、エドワードは続ける。
「ママは異国の平民の商家の娘だったんだけど、すごく美しくて、まるで雪の妖精のような人だった。純白の髪に冬の空を切り取ったかのような瞳を持ってたんだけど、でも何より美しかったのはその顔立ちだった」
目を見開いたベルティアは、今にも泣き出してしまいそうなエドワードに、そっと手を伸ばす。
「———僕はさ、正直に言うと髪色が美しい人が美しいって概念が未だに理解できない。だって、ママは金髪ではなかったけれど、僕よりもずっと美しかったから」
ベルティアの手を苦しそうに握って同情を誘う彼と、ベルティアを煤かぶりだと嫌う彼、どっちが本当の彼なのだろうか。
ベルティアには、分からない。
「———今晩はここで休むといい。欲しいものがあったらそこのベルを鳴らして」
話しすぎたとでも言わんばかりの表情にいきなり切り替わった彼は、そう言い残すと部屋から出ていった。
たった3日、お話しするようになって3日しか経っていない。
にも関わらず、ベルティアは彼の持つ大きな秘密を知ってしまった。表では見せないいくつもの顔を見てしまった。
いつも優美に微笑んで、周囲のレベルに合わせてお道化に興じる彼の、怒りを、憎しみを、悲しみを、知ってしまった。
不器用な優しさを知ってしまった。
煤かぶりの自分への理不尽に憤りを覚えてくれる彼に、興味を抱いてしまった。
ほんの少し優しくされただけで、弱さを見せてもらっただけで絆される自分に、殆呆れてしまう。
しかもその優しが必要だった理由も、元はと言えば彼のせいなのに。
(………彼は、賭けに負けたからわたくしに告白したのよ)
憎むべきものがわからなくなる。
頭がもうぐちゃぐちゃだ。
(どうして、………彼の顔が頭から離れないの………………)
ベッドに潜り込んで身悶えたベルティアは、また深い眠りに落ちたのだった。
目が覚めたらそこには知らない天井が広がっていたなんてこと、自分には一生起こらないと思っていた。
未だ下がらぬ熱に朦朧とする意識は、けれどもう1度眠りに落ちる直前、本を繰る微かな音に引き寄せられた。
「えど、わーどさま?」
開けられた天蓋のカーテンから覗く美しい相貌に、ベルティアはとろんとした瞳を向ける。
あどけなさが強く出た表情を不快に思ったのか、エドワードは眉を不機嫌そうに寄せる。
けれど、そこにいつもベルティアに向けられていた嫌悪や憎悪などの強い悪感情を見つけられなくて、ベルティアは回らない頭で酷く困惑した。
「………ここは僕の住んでる学校近くの僕専用の邸。学校と食堂に君の体調不良の連絡はしておいた。着替えはさせてないけど、苦しそうだったから首元だけ僕が緩めた。他に心配は?」
首を緩慢に横に振ると、彼は躊躇いなくベルティアに触れ、身体を起こす。
背中にクッションを入れる仕草は手慣れていて、驚きを隠せなかった。
無言で口元にコップを当てられ、驚いているうちに水を1杯飲まされる。
妙に甘ったるくじゃりじゃりとした感触のある水で、首を傾げた。
「経口補水液。汗をかいているから脱水症状の防止に飲ませた」
「ん」
………手慣れすぎではないだろうか。
彼、天下のルードバーグ公爵家の次男坊ではなかっただろうか。
「………流行病で亡くなった母親の看病で慣れてるんだ」
ゆっくり眠ったからか、水分をしっかりと摂ったからか、ようやく頭が少し回り始めたベルティアは、何を言われているのか理解できなかった。
困惑で瞬きの多くなったベルティアに、エドワードは自嘲するような寂しげな笑みを浮かべている。
だって———、
「………わたくしの記憶違いじゃなかったら、公爵夫人はご存命のはずだけれど」
そう、そうなのだ。
公爵夫人は現在ご存命。
恋多き女として有名な絶世の美女で元王女。
先日もとある芸術家のパトロンになり、彼女の裸婦像が製作されたと話題になっていた。
「僕は一夜の過ちで出来たメイドの子供だよ」
ベルティアは目を見開き、固まってしまった。
「ちなみに兄上は妾の子」
「!?」
「母上は昔誘拐された際に、子を宿す機能を失っているからね」
穏やかに暴露される事実の重さに、もうどう処理すればいいのか分からない。
国家のトップを補佐する筆頭公爵家がこの有様で大丈夫なのかという心配よりも、事実を知ったことで消されるんじゃないかという心配が上回っているベルティアに、エドワードは続ける。
「ママは異国の平民の商家の娘だったんだけど、すごく美しくて、まるで雪の妖精のような人だった。純白の髪に冬の空を切り取ったかのような瞳を持ってたんだけど、でも何より美しかったのはその顔立ちだった」
目を見開いたベルティアは、今にも泣き出してしまいそうなエドワードに、そっと手を伸ばす。
「———僕はさ、正直に言うと髪色が美しい人が美しいって概念が未だに理解できない。だって、ママは金髪ではなかったけれど、僕よりもずっと美しかったから」
ベルティアの手を苦しそうに握って同情を誘う彼と、ベルティアを煤かぶりだと嫌う彼、どっちが本当の彼なのだろうか。
ベルティアには、分からない。
「———今晩はここで休むといい。欲しいものがあったらそこのベルを鳴らして」
話しすぎたとでも言わんばかりの表情にいきなり切り替わった彼は、そう言い残すと部屋から出ていった。
たった3日、お話しするようになって3日しか経っていない。
にも関わらず、ベルティアは彼の持つ大きな秘密を知ってしまった。表では見せないいくつもの顔を見てしまった。
いつも優美に微笑んで、周囲のレベルに合わせてお道化に興じる彼の、怒りを、憎しみを、悲しみを、知ってしまった。
不器用な優しさを知ってしまった。
煤かぶりの自分への理不尽に憤りを覚えてくれる彼に、興味を抱いてしまった。
ほんの少し優しくされただけで、弱さを見せてもらっただけで絆される自分に、殆呆れてしまう。
しかもその優しが必要だった理由も、元はと言えば彼のせいなのに。
(………彼は、賭けに負けたからわたくしに告白したのよ)
憎むべきものがわからなくなる。
頭がもうぐちゃぐちゃだ。
(どうして、………彼の顔が頭から離れないの………………)
ベッドに潜り込んで身悶えたベルティアは、また深い眠りに落ちたのだった。
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