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三十話 頑張れヴィルヘルムさん
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主役が二人とも退場したお披露目会は、あの後ヴィルヘルムさんが場をとりなしてことなきを得たらしい。
とくにこれといって――暗殺者が現れたりすることなく、お披露目会から一週間が経ったある日のことだった。
「あれ?」
自室で一人でとる昼食。運ばれてきたのはスープとサンドイッチといった軽い軽食だった。
スープをひと匙すくい口に入れたら、舌先にぴりぴりとした痛みが走った。
そして何も乗っていないスプーン――スープをすくったスプーンを見れば、黒ずんでいる。
「どうかしましたか?」
食事を運んできた年若の侍女が首を傾げる。それに私はなんでもないと返して、もうひと匙口に入れた。
やはり、ピリピリとした痛みを感じる。
黒ずんだ銀のスプーンに、食事としてはおかしな痛み。
間違いない、毒が入っている。
ようやく、ようやく私を殺してくれる人が現れたと喜んだのは一瞬。舌先が痺れる以外には何も起きないことに、落胆する。
この程度の毒では私を殺すことはできない。体調を崩すことすらもない。
「……次はもっとたくさん入れてくれるかな」
おそらく、一滴か二滴。スープの味が変わらない程度の量しか入っていない。
いっそスープ丸ごと毒液にしてくれてもいいぐらいだ。それでも死ぬとは限らないのが、この体の困ったところだ。
自分で調合した毒を瓶丸ごと飲んでも、お腹を下すぐらいしか効果がなかったことを思い出し、苦笑が漏れる。
「これって同じものをルーファス陛下も食べているんですか?」
サンドイッチもおいしくたいらげて――残念ながらこちらには何も入っていなかった――ふと、ルーファス陛下のことを思い出して侍女に聞く。
これと同じものを唯人であるルーファス陛下が食べていたら、舌の痺れが取れなくなって困っているかもしれない。
「はい。そのはずです」
頷く侍女に私は空になった食器を机の上においたまま、部屋を出る。
おいしいものをおいしく食べられないのは残念なことだ。舌の痺れが取れない苛立ちを私にぶつけてくれるかもしれないけど、そうなるとは限らない。
彼が他の人に八つ当たりでもしたら、怖がって私に毒を盛ることをやめてしまうかもしれない。
「ルーファス陛下!」
ばん、と執務室の扉を遠慮なく開ける。彼が普段ここで食事をしていることは知っている。
この一週間は執務室に連行されることはなかったけど、それまでは執務室で一緒に昼食を食べていたからだ。
「なんだ……?」
ぎょっとした顔のあと、仏頂面になるルーファス陛下を無視して食器の置かれている机に向かう。
スープ皿も、サンドイッチが乗っていたであろう皿も空。自分の食事を味わっていたばかりに手遅れになったことを悟り、肩を落とす。
「舌は……大丈夫ですか?」
舌先のピリピリがすぐ取れていることを願って聞くと、ルーファス陛下はきょとんとした顔で首を傾げた。
「舌、だと? お前は何を言っているんだ」
「私の食事に毒が入っていたので、ルーファス陛下の食事にも入っているかと思ったんですけど……大丈夫そうですね」
ちらりと、机の上にあるスプーンに視線を落とす。黒ずんでいない、綺麗な銀色をしている。
どうやら毒が入っていたのは私のスープだけだったようだ。ルーファス陛下の暴君ぶりに拍車がかからずに済んだことに、下げていた肩を上げる。
「毒……?」
「はい。なにごともなかったようで、よかったです」
状況が飲みこめていないのかオウムのようになっているルーファス陛下に、私はほっと胸を撫で下ろし、そのまま部屋を出ようとして――
「なにごともあるだろう!? お前は何を言っているんだ!」
怒声と共に聞こえてきたガチャンという音に後ろを振り返った。
「食器が!」
「そんなものはどうでもいい!」
ルーファス陛下が立ちあがった衝撃で落ちてしまったのだろう。綺麗なお皿が床で見るも無残な姿になってしまっている。
「今すぐ城を閉鎖し、誰の出入りも許すな!」
割れた食器に憐憫の情を抱いている私をよそに、ルーファス陛下は開きかけの扉を押し開けて、部屋の外にいたヴィルヘルムさんに指示を飛ばした。
お披露目会の後始末といい、ルーファス陛下の唐突な指示といい、ヴィルヘルムさんの苦労が偲ばれる。
とくにこれといって――暗殺者が現れたりすることなく、お披露目会から一週間が経ったある日のことだった。
「あれ?」
自室で一人でとる昼食。運ばれてきたのはスープとサンドイッチといった軽い軽食だった。
スープをひと匙すくい口に入れたら、舌先にぴりぴりとした痛みが走った。
そして何も乗っていないスプーン――スープをすくったスプーンを見れば、黒ずんでいる。
「どうかしましたか?」
食事を運んできた年若の侍女が首を傾げる。それに私はなんでもないと返して、もうひと匙口に入れた。
やはり、ピリピリとした痛みを感じる。
黒ずんだ銀のスプーンに、食事としてはおかしな痛み。
間違いない、毒が入っている。
ようやく、ようやく私を殺してくれる人が現れたと喜んだのは一瞬。舌先が痺れる以外には何も起きないことに、落胆する。
この程度の毒では私を殺すことはできない。体調を崩すことすらもない。
「……次はもっとたくさん入れてくれるかな」
おそらく、一滴か二滴。スープの味が変わらない程度の量しか入っていない。
いっそスープ丸ごと毒液にしてくれてもいいぐらいだ。それでも死ぬとは限らないのが、この体の困ったところだ。
自分で調合した毒を瓶丸ごと飲んでも、お腹を下すぐらいしか効果がなかったことを思い出し、苦笑が漏れる。
「これって同じものをルーファス陛下も食べているんですか?」
サンドイッチもおいしくたいらげて――残念ながらこちらには何も入っていなかった――ふと、ルーファス陛下のことを思い出して侍女に聞く。
これと同じものを唯人であるルーファス陛下が食べていたら、舌の痺れが取れなくなって困っているかもしれない。
「はい。そのはずです」
頷く侍女に私は空になった食器を机の上においたまま、部屋を出る。
おいしいものをおいしく食べられないのは残念なことだ。舌の痺れが取れない苛立ちを私にぶつけてくれるかもしれないけど、そうなるとは限らない。
彼が他の人に八つ当たりでもしたら、怖がって私に毒を盛ることをやめてしまうかもしれない。
「ルーファス陛下!」
ばん、と執務室の扉を遠慮なく開ける。彼が普段ここで食事をしていることは知っている。
この一週間は執務室に連行されることはなかったけど、それまでは執務室で一緒に昼食を食べていたからだ。
「なんだ……?」
ぎょっとした顔のあと、仏頂面になるルーファス陛下を無視して食器の置かれている机に向かう。
スープ皿も、サンドイッチが乗っていたであろう皿も空。自分の食事を味わっていたばかりに手遅れになったことを悟り、肩を落とす。
「舌は……大丈夫ですか?」
舌先のピリピリがすぐ取れていることを願って聞くと、ルーファス陛下はきょとんとした顔で首を傾げた。
「舌、だと? お前は何を言っているんだ」
「私の食事に毒が入っていたので、ルーファス陛下の食事にも入っているかと思ったんですけど……大丈夫そうですね」
ちらりと、机の上にあるスプーンに視線を落とす。黒ずんでいない、綺麗な銀色をしている。
どうやら毒が入っていたのは私のスープだけだったようだ。ルーファス陛下の暴君ぶりに拍車がかからずに済んだことに、下げていた肩を上げる。
「毒……?」
「はい。なにごともなかったようで、よかったです」
状況が飲みこめていないのかオウムのようになっているルーファス陛下に、私はほっと胸を撫で下ろし、そのまま部屋を出ようとして――
「なにごともあるだろう!? お前は何を言っているんだ!」
怒声と共に聞こえてきたガチャンという音に後ろを振り返った。
「食器が!」
「そんなものはどうでもいい!」
ルーファス陛下が立ちあがった衝撃で落ちてしまったのだろう。綺麗なお皿が床で見るも無残な姿になってしまっている。
「今すぐ城を閉鎖し、誰の出入りも許すな!」
割れた食器に憐憫の情を抱いている私をよそに、ルーファス陛下は開きかけの扉を押し開けて、部屋の外にいたヴィルヘルムさんに指示を飛ばした。
お披露目会の後始末といい、ルーファス陛下の唐突な指示といい、ヴィルヘルムさんの苦労が偲ばれる。
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