毒姫ライラは今日も生きている

木崎優

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四十二話 ――――

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 バン、と音を立てて開かれた扉の向こうにいたのは、黒い髪に赤い目をした――ついさっき、お姫様と一緒にどこかに行ったルーファス陛下だった。
 彼はぐるりと部屋の中を見回すと、眉をひそめて私を見下ろした。

「何があった」

 そして発せられた言葉に、私は首を傾げるしかない。

「とくに何もないですけど……どうかしたんですか?」

 ルーファス陛下は不思議そうに聞く私に眉間の皺をより深くし、息を吐いた。

「珍しくベルが鳴ったからな。……念のため、確認に来ただけだ」

 ちらりとルーファス陛下の耳を見ると、そこには金色のイヤリングが一つだけ光っていた。
 ヴィルヘルムさんが付けていたイヤリングも一つで、片方の耳には何も付いていなかった。
 つまり、元々二つあったものをルーファス陛下とヴィルヘルムさんは分けて使っていた、ということだろう。

「……間違えて落としただけですので、大丈夫です」


 イヤリングをヴィルヘルムさんと他の誰か――たとえば、侍女の一人が付けるという話なら理解できる。
 案内などをしてくれたのはヴィルヘルムさんで、私のお世話をしてくれるのは侍女だからだ。
 だけど、一国の王であるルーファス陛下が付けるのは、まったくもって意味がわからない。
 しかも、たった一回ベルが鳴っただけなのに、ヴィルヘルムさんじゃなくて彼が来るのも意味がわからない。

「何もないのならいい。また何かあればいつでも鳴らせ」

 混乱する私をよそに、ルーファス陛下はそう言い捨てると扉を閉めた。
 部屋の中に一人残された私は、落ちていたベルを拾い、慎重に棚の上に置く。
  ただでさえ遺物だというだけで使うのをためらってしまうのに、ルーファス陛下にも伝わると思うと、使いづらい。

 意味もなく鳴らして苛々させることはできるかもしれないけど、ヴィルヘルムさんが来ることもあるだろうし、そうなると彼の手間が増える。

 ただでさえ胃が心配になる生活を送っているのに、余計な面倒を抱えさせるのはかわいそうだ。

「いつでも鳴らせって言ってたけど、使う機会はなさそうかなぁ」

 アドフィル帝国での生活は何不自由なく、これといった用事も思いつかない。そして残念なことに、命の危険もない。

 それに遺物であることや、ルーファス陛下が来ることも加わり、私の中でベルは飾りに位置付けられた。



 それから夕食を食べて、ソファに転がり、朝を迎えた。
 珍しく、というかアドフィル帝国に来て初めて、私はソファの上で目を覚ました。

 ふわあ、とあくびを一つ噛みしめたところで、ノックの音に続いて扉が開かれる。侍女が朝の支度をしに来たのだ。
 こちらが呼びつける間もなく来て着替えさせて去るのだから、ベルを鳴らす機会なんて本当にどこにもない。

「本日の朝食ですが……アルテシラ様が是非ご一緒にとのことで……どうなさいますか?」

 訪ねてきたのは、少し背が低めの侍女さん。彼女も新しく雇用された子とのことで、年若の侍女さんとはそれなりに親しくしていたらしい。
 私が彼女に毒を盛られたと知った時は、顔を青褪めて「どうしてそんなことを……」と嘆いていた。

「陛下は嫌なら同席しなくても構わないとおっしゃっていました」
「いえ、別に……嫌とかはないので、大丈夫です」

 お姫様にはお母さまがどうしているのかとか、聞きたいことがある。お母さまは元気にしているのだろうか。もう目覚めたのだろうか。どんな生活をして、どんなものを食べているのか。
 エイシュケル王国を離れてまだそれほど経っていないのに、聞きたいことがありすぎて困るほどだ。

「かしこまりました」

 背の低い侍女さんに先導されながらたどり着いた食堂には、すでにお姫様とルーファス陛下がいた。
 撤去されたはずの机がでんと置かれて、扉側の椅子は空いていて、奥の椅子にはルーファス陛下が座っている。
 そしてルーファス陛下側にこれまでなかった椅子が新しく用意されていて、そこにお姫様が座っていた。

「――それで、私がまだ幼い頃に彼女のことを知ったの。だけど顔を合わせることはなくて……どうしてなのかしらって不思議に思っていたのだけど、ある日それがどうしてなのかわかったのよね。あの子ってほら、少しおかしいでしょう? 少しどころじゃないかもしれないけど」

 ふふ、と笑みを零すお姫様の視線の先にいるのはルーファス陛下で、扉を開けて入って来た私のほうには一瞥もくれない。

「おはようございます」

 だけど挨拶すると、お姫様は少しだけこちらに顔を向けて「おはよう」と短く告げた。
 私が椅子に座ると、朝食が運ばれてきた。パンにサラダにスープに、焼いたお肉と卵を焼いたもの。

 簡単な朝食は、いつものことだ。さっさと執務室に行きたいルーファス陛下のために、すぐに食べられるものを用意しているのだろう。

 黙々と食べて、最後の一片まで綺麗にたいらげた後、お姫様を見る。食事の合間にルーファス陛下に話しかけている彼女は、本当に楽しそうだ。
 元々、話すのが好きなのかもしれない。それに加え、好きな人と一緒にいられることで喜びも増しているのだろう。

「あの、おひ……アルテシラ様」
「なあに?」

 呼びかけると、お姫様は微笑みを浮かべながら首を傾げた。流れる銀の髪が窓から差し込む陽光で輝いている。

「お母さまはどうしていますか?」
「どうって、どういうことかしら」
「……元気にしていますか? よい薬が見つかったりとかは――」

 不思議そうな顔をしているお姫様にさらに聞いていると、ガタンと椅子の動く音がした。発したのは、ルーファス陛下だ。
 彼の前には空のお皿が置かれている。

「俺は職務があるのでこれで失礼するが……姫君にも一緒に来ていただけないだろうか。エイシュケルについて尋ねたいことがある」

 昨日の丁寧さは消えている。なんやかんや、親しくなったのだろう。
 お姫様は嬉しそうに頷いて、席を立った。

 お母さまについてはまた今度聞くことにしよう。しかたない、と今聞くのは諦めた私の横で、お姫様は足を止めた。

「ああ、そうそう。あなたの母親についてだったわね。ちゃんと処分しておいたわよ」
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