毒姫ライラは今日も生きている

木崎優

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四十八話 天使

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 時は少し遡り。アドフィル帝国の城で、走り去ったライラを見送ったヴィルヘルムは、まいったなと小さく呟いた。
 枯草色の髪をかきあげて小さくため息をこぼし、何が悪かったのかを考える。

 ヴィルヘルムにとっては、母親のために死のうとしていると聞いたので、その必要はないと話したに過ぎない。
 それなのにライラの考えが変わることはなく、それどころか笑って死なないと駄目とまで言い切る始末。

「人の心は難しい」

 暴君と呼ばれる皇帝の補佐を務めていると聞けば、大抵の人はヴィルヘルムのことを苦労人かあるいは優秀な男と考えるだろう。
 横暴な振る舞いをする主の事後処理などに追われているに違いない。となれば、苦労しているだろうし、補佐を務められるだけの技量があると推測するからだ。
 だが実際には、ヴィルヘルムが補佐を務めることによって苦労しているのは、どちらかといえば暴君であるルーファスだろう。何しろ、勝手に王妃を決めてきて連れてきて書類を提出している横暴ぶりだ。
 そもそも、補佐を務めているのだって、王にならないから代わりにとヴィルヘルムがごり押した結果である。
 書類作業は得意な部類ではあるが、長らく本という友しかいなかったヴィルヘルムにとって、人心は難解なもので、その点では他の人に劣っている自覚もあった。

「……いや、妖精の血が特別なのかな」
 
 自覚はあるが、だからといって困っているわけでもなく、ヴィルヘルムは人の心の難解さという問題を横に置き、別のことを考えることにした。

 ヴィルヘルムが塔で過ごしていた頃、彼に与えられたのは食べ物と本だった。何もないのはさすがに、とでも考えたのか、先代皇帝は望まれるまま本を彼に与えていた。
 その中には各国の歴史を記したものもあり、エイシュケルについて記述しているものもあった。
 始祖を持つ者はその血を絶やさぬよう、多くの妻を娶るものだ。だがエイシュケルの現王は一人しか妻を持たず、歴代の王も一人しか妻を持たない者が多かった。
 他の国からすれば、異端である。効率も悪く、血が途絶える危険がある。だが、エイシュケルの民は現王のあり方を受け入れている。まるで、そういうものだと思っているかのように。

 それらを顧みると、妖精の血には一人の人間に執着する習性があるのはかもしれない。
 元々そうなら、妖精を王として崇める民から不満が出ないのも頷ける。

 ライラもまた、妖精の血をひく者。その習性に縛られていても不思議ではない。その執着を母親からルーファスに向けらられるのなら、そう悪い話でもない。

「だけど、今のままじゃ難しいだろうなぁ」

 死ぬことに固執しているため、ルーファスに絆されるとは考えにくいだろう。何しろ、ルーファス自身が拒絶している。半分諦めているところもあるかもしれないが、表面上では頑なに妻とは認めていない。

「時間もあまりないし、どうするかな」

 今は先代皇帝――ルーファスの父親が滅茶苦茶にした国々の立て直しを行っている最中だ。だがそれが終われば、玉座に留まり続ける理由はなくなる。
 たとえヴィルヘルムがなんと言おうと、ルーファスは固辞するだろう。ルーファスからしてみれば、あるべきところに王位を戻すだけだ。
 ルーファスには負い目もある。父親が玉座を奪いさえしなければ、ヴィルヘルムが幽閉されることもなく、母親が死ぬこともなく、大勢の民が死ぬこともなかった。
 父親が――唯人が王にさえならなければ、悲劇は起きなかった。
 唯人である自分が、王に、父親の跡を継ぐべきではないと、そう考えている。

 たとえ、第三者の介入があったからだとしても、ルーファスの負い目が消えることはなかった。

「時間稼ぎも……あれじゃあなぁ」

 嫁を連れてくれば、多少は変わるかと思った。夫婦の時間が増えれば、それだけ政に割く時間が減る。
 そして嫁のために玉座に留まると決心するかもしれない。そんな魂胆があったのだが、ルーファスもライラも夫婦というものに対して興味がなかった。なさすぎた。

 ライラは妻と言い張ってはいたが、夫と親交を深めようとはせず。
 ルーファスは夫婦ではないと言い張った。

 好奇心旺盛そうに見えたので、破ることを前提の注意事項を告げたりもしたが功を成さず、直談判も失敗したばかりだ。

 いっそヴィルヘルムが重罪でも犯せばよいのかもしれないが、別に死にたいわけでも幽閉されたいわけでもない。
 どこかに二人を閉じ込めたら時間稼ぎができるし、二人の仲がどうにかなるかもしれないが、厄介な客人がいる手前その手は使えない。

「打つ手がないというのはこういうことを言うのかな」

 まいったな、とヴィルヘルムは再度呟きを落とす。

「そこで何をしているんだ」

 不意に声をかけられ、ヴィルヘルムはゆっくりと声のしたほうに顔を向ける。
 ルーファスが眉をひそめ、訝しげにこちらを見ていた。廊下で一人佇んでいるのを不審に思ったのだろう。

「いいえ、何も。ただ思案に暮れていただけですよ」
「またろくでもないことを考えているのか?」
「そんなまさか。私はいつだって益になることしか考えておりません」

 自分自身のために、親友のために、あとついでにこの国のために。
 成功すれば自分は自由を得られ、親友は幸せを得られ、国は名高い薬姫を得られる。どこをとっても得しかない。

「そういえば、エイシュケルから参られた姫君はどうされたのですか?」

 ふと、エイシュケルから来たもう一人の姫を思い出し、問いかける。名はなんといったか。
 ヴィルヘルムにとって、彼女は厄介な客に過ぎない。その名前も立ち位置もどうでもいいが、厄介な客が一人になっているのは危惧すべきことだ。
 城の中を勝手に徘徊されては困る。

「少し話をしたが……その後は知らん」
「ずいぶんと無責任な」

 思わず本音と共にため息が漏れる。
 だがすぐにヴィルヘルムは気を取り直し、彼女が王妃の関係者であること、そうでなくとも他国の姫君なのだから歓待してあげなくてはと、面倒な客だという主観を横に置いてルーファスを諭した。
 一応は臣下と主という立場。王に忠言するのも臣下の務めだと考えたからだ。

「だから妃ではないと――」

 顔をしかめ、ルーファスがいつものように不満を漏らそうとしたところで、リィン、と小さな音がした。
 音の出どころは、古代の遺物であるイヤリング。一瞬、ライラに渡したベルが鳴ったのかと思ったが、すぐに違うと頭を振った。
 イヤリングはいくつかのベルと連動している。それぞれのベルは違う音色を奏でる。その中の一つ、この数年、一度も聞くことのなかった音色。

「塔に誰か侵入したな」

 険しくなるルーファスの顔に、ルーファスは小さく頷いて返す。
 面倒な客の次は面倒な事態。どうしてこう面倒が重なるのか。嫌になる。心の中に抱えた不満を真剣な顔の下に隠して。
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