毒姫ライラは今日も生きている

木崎優

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五十二話 何をしても駄目な体

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 私はこれまで、色々な死に方を試してみた。その結果、毒を作るという結論に至ったわけだけど、ひとつだけ試していない方法があった。
 それが、生き埋め。

 掘ることはできても自分に被せることはできなかったので諦めた。だけどやらなくて正解だった。
 たとえ周囲が土に埋め尽くされていようと、この体が死ぬことはないのだと、今実感しているから。

 自分の体の頑丈さに驚きが隠せない。目に入ったら少し痛いから閉じているし、口に入ったら嫌な味がするから閉じているし、鼻に入ったら嫌だから息もしていない。それなのに、この体はまだ生きている。
 もはや、頑丈という域を超えていないか、と思わずにはいられない。本当にこの体を殺せる毒が作れるのだろうかと悩んでしまう。

 いったいどれだけ時間が経ったのか。光も差さないこの場所ではわからない。考えることしかできない場所で、私はいまだにどうやったら死ねるのかを考えている。
 
 吊るしても飛んでも埋めても駄目。人の所業ではないと言われた毒も駄目。
 死ぬことを決して許さないこの体。
 神の裁きにより行き着いた先がこの体だということを考えたら、この頑丈さは呪いなのかもしれない。

 どれほど死にたいと願っても死ぬことはできない。
 愛する者を失い後を追いたくても生きることしかできない。

 定められた寿命をまっとうするまで、生きることを強制する呪い。

 そう考えたら、笑えてくる。笑いかけて口の中に土が入って、嫌な気持ちになった。
 じゃりじゃりとした感触が口内から伝わり、げんなりした。

 本当に、どのぐらい時間が経ったのだろう。あとどのぐらい、こうしていればいいのだろう。

 ぼんやりと、漂うように同じことばかり考える。
 こんなことをしている場合ではないのに、と。
 よくわからないが戻ってこれたのなら、小屋にある器材や材料を使って毒を作りたい、と。
 埋められる前も、埋められた今も、同じことばかり考えている。

「――あ―――さ―――」

 そんな中、遠くから声が聞こえた。そして少し遅れて、ほのかな光。
 ほのかな光は次第に眩いほどの光になり、顔を覆っていた土が取り払われる。

「ライラ様!」

 聞こえた声と見た顔は、見覚えがあるようなないような。でも、その人が着ている服には見覚えがあった。アドフィル帝国の侍女のお仕着せだ。
 土の中、アドフィル帝国に移動していたのだろうかと首を傾げかけるが、視界の先に見覚えのある白い城壁があり、まだエイシュケル国にいるのだと思い至る。

「ああ、こんなに汚れて……あとで新しいドレスを用意いたしますね」

 完全に埋められていたのだから、ドレスについた土は簡単に取れるものではない。だけど、侍女さんは手で土を払っている。落ちた土で服が汚れるのも気にしないで。
 ルーファス陛下を筆頭に、アドフィル帝国の人は変わった人ばかりだ。真っ直ぐに見つめる瞳も、労わるような所作も、毒を盛られることも、エイシュケル国にいた頃にはなかった。
 どうしてこんなに無駄なことばかりするのだろうと思わずにはいられない。

「これ以上は難しそうですね……。できれば今すぐ着替えを用意したいところですが、今は少々都合が悪く……私たちと共に来ていただけますか?」

 そう言って、私に手を差し出す侍女さんの周りには、剣を携えた青年が三人。彼らの手には剣ではなくスコップが握られている。
 土だらけのその様子から、彼らもまた、エイシュケル国の人間ではなくアドフィル帝国の人なのだろう。

「最小限の人数で申し訳ございません。人手不足なもので……」

 私が周りの様子をうかがっているのに気がついたのだろう。青年の一人が苦笑しながらそう言った。
 
「え、ええと……? 人数は別にいいんですけど、どうしてここに?」
「我らの王妃様がさらわれたのですから、救出にうかがうのは当然のことです」

 きょとんとしたように、さも当然というように、先ほどとは違う青年が言う。
 彼らは――侍女さんも含めて――不思議そうな顔をしていて、私も私で首を傾げる。

「さらわれた……?」
「罪人と共謀し連れ出したのですから、さらったも同義かと」
「共謀?」
「罪人のもとに向かうよう仕向けたと自供しましたので」

 わけがわからない私に説明してくれているが、それでもやはりわからない。

「ご説明は後々。今は王がお待ちですので」

 私の理解が追いつくのが待てなかったのだろう。侍女さんがさっと私の手をひいて歩きはじめる。
 何がなんだかわからないままたどり着いたのは、玉座の置いてある部屋。厳かな扉を見るのはこれで三度目。
 一度目は王様と初めて話した時。二度目は埋めるために連れ出された時。そして三度目が今だ。

「お連れいたしました」

 中にまで届いているのかはわからないが、侍女さんはそう言って、ノックしてから扉を開ける。
 王様と会うのに土だらけなのはどうなのだろうと思っていたが、そんな考えは中の様子を見て吹き飛んだ。

「……何をしているんですか?」
「遅かったな」

 こちらを一瞥し、中にいたルーファス陛下は手に持つ剣の先――玉座に座るエイシュケルの王様を見下ろした。
 王様は玉座に頬付きをつき、げんなりとした顔をしている。剣を突きつけられていても余裕そうなのは、体の頑丈さを知っているからだろう。
 埋めても吊っても刺しても飛んでも、ほとんど傷を負うことがなく、死ぬことのない体。一振りの剣なんて、脅威にはなりえない。

「こんな者のためにこのような真似をするとはな。……これを返せばアルテシラを返すという言葉に二言はないな」
「無論。あれに用はない」

 鈍く光る剣が鞘に戻され、王様から離れたルーファス陛下が私のもとに向かってくる。
 土だらけの姿を一瞥して眉をひそめ、上げられた手が短くなった私の髪に触れた。

「見苦しいな。後ほど整えさせよう」
「前衛的な髪形と思えば、これでもいいと思いませんか?」

 剣で切られただけの髪は揃っていないのだろう。左を見れば少しだけ髪が見え、右には何も見えない。斜めに切られたのか、あるいは一部だけを切ったのか。
 どちらにせよ、整えるとしたら長い部分を短いほうに合わせることになる。これ以上、髪を失いたくはなかった。

「それで……いったい、何をしていたんですか?」
「お前を罰したと聞いたからな。罰する必要はないと言いに来ただけだ」
「剣を向けて?」
「死んでいたら切り落とすつもりだったからな」

 あっさりと言われ、思わずなるほどと納得しかける。
 いやでも、妖精の血をひく体はそんな簡単には切れない。だから王様も余裕な顔をしていたわけで――

「……すべての民の英知」

 ぽそりと呟いた言葉に、ルーファス陛下の手がぴくりと動く。どこでその言葉を聞いたのか。そう問いかけるような顔に、無性に嬉しくなる。

 塔にいたあのひとは、欲しがりな王様の話と、昔話をしてくれた。もしもその話が繋がっていて、哀れな青年に与えられた剣が神をも殺す剣だったとしたら。
 宝石を持っていた青年が、ルーファス陛下の父親――先代の皇帝だとしたら。

 父親を殺した彼の手に、その剣があっても不思議ではない。
 食事の席にまで持ち込むほど大切にしている剣なら、その可能性は十分ある。
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