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本編
3.私、呪われてたの?
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ポロリ、と頬を伝った涙に、殿下が息を飲む。
「セシィ……」
(どうしよう。八歳の殿下を傷つけてしまったかもしれない。このまま元の時代に戻られたら、私と殿下の間に"しこり"が出来てしまうかも知れないわ)
幼い頃の大切な思い出を、築く前に自ら壊してしまったかも知れない。
「あああ、セシィ、泣かないで。どうすれば──」
その時だった。背後から、最も聞きたくない声が、棘を含んで責めてきた。
「これはどういうことですか? ベイジル様、あたしとの約束を破られるつもりですか?」
「マチルダ嬢! どうしてここに?」
「ベイジル様に会いに来たら、セシリア様と出かけたと聞いたからよ。ふぅ、さんざん探したわ」
(だからといって王子宮の奥にまで……。きっと日頃、殿下がマチルダ嬢を優遇してるから、兵たちも彼女におもねったのね。迂闊に通してしまうなんて)
驚く私の横で、殿下が小さく「えっ、誰?」と戸惑っている。
(! そうか。この殿下はマチルダ嬢を知らない。八歳の殿下は、私が守らなくちゃ!)
私は殿下を庇うように、マチルダ嬢の前に出た。
「ずいぶんなご挨拶ですこと、マチルダ・ハフトン男爵令嬢。殿下とどのようなお約束をされたか存じませんが、あなたに断わる謂れはないし、突然声をかけてくるなど、無礼では?」
「ふぅん、偉そうに。セシリア様、あたしが王子妃になったら、アンタを傍使いとしてこき使ってやろうかしら」
「なっ」
「王子妃? なんだお前は! 僕の妃になるのはセシィだ」
(!)
マチルダ嬢の言葉に、後ろから殿下が反応してしまった。
殿下の心が、八歳の殿下と入れ替わっていることは、王宮内のごく僅かな者しか知らない秘密。
気づかせるわけにはいかない。
とりあえず、彼女を追い払わないと。手段を模索してると、マチルダ嬢が薄く笑った。
「あら? ベイジル様、いいの? あたしにそんなこと言って」
「──?」
彼女の態度に違和感を覚える。
(たかだか男爵令嬢が、なぜこうも強気なの?)
その答えは、マチルダ嬢から明かしてきた。
「まあいっか。そろそろ面倒臭くなってきたし、さっさと術を発動させちゃおうかなぁ?」
「術ですって?」
「ふふっ、なぁんにも知らないセシリア様。アンタの命はあたしが握ってるの」
「なんの話?」
「あたし、十年前の花祭りのパレードでアンタを見かけて妬ましくて。私はしがない男爵令嬢なのに、アンタは将来、王妃サマ。生まれだけで人生が決まっちゃうなんて、こんな不公平なことある? だからアンタに呪いを仕込んだんだぁ」
ケラケラと、マチルダ嬢が笑う。
「呪いを、仕込んだ……?」
「そーよ。花祭りで、同年代の子どもたちから花を受け取ったでしょう。その中に黒い花があったの覚えてる?」
ハッとする。
確かに祭りで黒い花を貰ったことがある。見慣れない花で、見てると何だか気分が悪くなって、悪いと思いつつも早々に処分した記憶があった。
「あれ、ウチの部族の呪いの花だから。受け取ったら、呪いが指から流れ込む。解呪方法はないわ」
「!?」
殿下にマチルダ嬢が接近し始めた頃、彼女の素性を調べたことがある。
彼女はハフトン男爵が、旅の踊り子を身ごもらせて生まれた娘だ。外聞のため男爵夫人の子とされているが、実母は移動を常とする少数部族ロフスの民。異国の民である彼らは、踊りに占い、伝統細工、独自の技をたくさん持つという。特殊な呪いがあってもおかしくない。
マチルダ嬢は男爵が引き取ったが、旅団はとっくにこの国を去っている。
(待って。私に仕込まれた呪い。ベイジル殿下を振り回す彼女……)
内容を整理する暇なく、マチルダ嬢の饒舌さは続く。
「アンタたちに再会するには、あたしのデビュタントまで数年間待つ必要があったけど、おかげで呪いもイイ具合に育ってて。アンタ時々、原因不明で倒れてたでしょ? あれ、そういうことなの」
得意そうに、彼女が言う。
「呪いのせいってこと……?」
何度か公務に支障を来し、殿下に伝えたこともあった。婚約者同伴の会食とか、迷惑をかけてしまったこともある。
「アンタの呪いをあたしが握ってるって王子サマに話したら、あっさりあたしの言いなり。何でも言うこと聞いてくれるんだもの、快感だったわぁ」
つながった。殿下の態度が。
「まさか私の命を盾に、今まで殿下を脅していたの?」
「そうよ。あたしと結婚してくれなきゃ、セシリア様の命を刈り取るって。妬けるわよね。アンタ、彼に馬鹿みたいに愛されてるの、腹立たしいわ」
「!!」
それで殿下が私を遠ざけていたのだとしたら。
「なんて、ことを……」
「"それでも王子妃になりたい"、あたしの執念を称えて欲しいわ」
「称えれるわけないじゃない。ひとを呪い、ひとを脅し、そうして得た地位に何の価値があるの!?」
「恵まれてるアンタには、分かんないだけよ!」
マチルダ嬢の目が、狂気に揺らぐ。
「王子サマもそう。のらりくらりと躱されて、待たされ続けてたけど。そろそろ婚約破棄くらいしてくれなきゃ」
そんな動機が認められるわけないし、私利私欲のために王族を脅し、公爵令嬢を呪うなんて、一族連座の大罪だ。
「セシリア様に欠格事由が出来れば、破棄も容易いかしら。とりあえず、呪いの力でアンタの喉と両手を壊してやるわ!」
「セシィ……」
(どうしよう。八歳の殿下を傷つけてしまったかもしれない。このまま元の時代に戻られたら、私と殿下の間に"しこり"が出来てしまうかも知れないわ)
幼い頃の大切な思い出を、築く前に自ら壊してしまったかも知れない。
「あああ、セシィ、泣かないで。どうすれば──」
その時だった。背後から、最も聞きたくない声が、棘を含んで責めてきた。
「これはどういうことですか? ベイジル様、あたしとの約束を破られるつもりですか?」
「マチルダ嬢! どうしてここに?」
「ベイジル様に会いに来たら、セシリア様と出かけたと聞いたからよ。ふぅ、さんざん探したわ」
(だからといって王子宮の奥にまで……。きっと日頃、殿下がマチルダ嬢を優遇してるから、兵たちも彼女におもねったのね。迂闊に通してしまうなんて)
驚く私の横で、殿下が小さく「えっ、誰?」と戸惑っている。
(! そうか。この殿下はマチルダ嬢を知らない。八歳の殿下は、私が守らなくちゃ!)
私は殿下を庇うように、マチルダ嬢の前に出た。
「ずいぶんなご挨拶ですこと、マチルダ・ハフトン男爵令嬢。殿下とどのようなお約束をされたか存じませんが、あなたに断わる謂れはないし、突然声をかけてくるなど、無礼では?」
「ふぅん、偉そうに。セシリア様、あたしが王子妃になったら、アンタを傍使いとしてこき使ってやろうかしら」
「なっ」
「王子妃? なんだお前は! 僕の妃になるのはセシィだ」
(!)
マチルダ嬢の言葉に、後ろから殿下が反応してしまった。
殿下の心が、八歳の殿下と入れ替わっていることは、王宮内のごく僅かな者しか知らない秘密。
気づかせるわけにはいかない。
とりあえず、彼女を追い払わないと。手段を模索してると、マチルダ嬢が薄く笑った。
「あら? ベイジル様、いいの? あたしにそんなこと言って」
「──?」
彼女の態度に違和感を覚える。
(たかだか男爵令嬢が、なぜこうも強気なの?)
その答えは、マチルダ嬢から明かしてきた。
「まあいっか。そろそろ面倒臭くなってきたし、さっさと術を発動させちゃおうかなぁ?」
「術ですって?」
「ふふっ、なぁんにも知らないセシリア様。アンタの命はあたしが握ってるの」
「なんの話?」
「あたし、十年前の花祭りのパレードでアンタを見かけて妬ましくて。私はしがない男爵令嬢なのに、アンタは将来、王妃サマ。生まれだけで人生が決まっちゃうなんて、こんな不公平なことある? だからアンタに呪いを仕込んだんだぁ」
ケラケラと、マチルダ嬢が笑う。
「呪いを、仕込んだ……?」
「そーよ。花祭りで、同年代の子どもたちから花を受け取ったでしょう。その中に黒い花があったの覚えてる?」
ハッとする。
確かに祭りで黒い花を貰ったことがある。見慣れない花で、見てると何だか気分が悪くなって、悪いと思いつつも早々に処分した記憶があった。
「あれ、ウチの部族の呪いの花だから。受け取ったら、呪いが指から流れ込む。解呪方法はないわ」
「!?」
殿下にマチルダ嬢が接近し始めた頃、彼女の素性を調べたことがある。
彼女はハフトン男爵が、旅の踊り子を身ごもらせて生まれた娘だ。外聞のため男爵夫人の子とされているが、実母は移動を常とする少数部族ロフスの民。異国の民である彼らは、踊りに占い、伝統細工、独自の技をたくさん持つという。特殊な呪いがあってもおかしくない。
マチルダ嬢は男爵が引き取ったが、旅団はとっくにこの国を去っている。
(待って。私に仕込まれた呪い。ベイジル殿下を振り回す彼女……)
内容を整理する暇なく、マチルダ嬢の饒舌さは続く。
「アンタたちに再会するには、あたしのデビュタントまで数年間待つ必要があったけど、おかげで呪いもイイ具合に育ってて。アンタ時々、原因不明で倒れてたでしょ? あれ、そういうことなの」
得意そうに、彼女が言う。
「呪いのせいってこと……?」
何度か公務に支障を来し、殿下に伝えたこともあった。婚約者同伴の会食とか、迷惑をかけてしまったこともある。
「アンタの呪いをあたしが握ってるって王子サマに話したら、あっさりあたしの言いなり。何でも言うこと聞いてくれるんだもの、快感だったわぁ」
つながった。殿下の態度が。
「まさか私の命を盾に、今まで殿下を脅していたの?」
「そうよ。あたしと結婚してくれなきゃ、セシリア様の命を刈り取るって。妬けるわよね。アンタ、彼に馬鹿みたいに愛されてるの、腹立たしいわ」
「!!」
それで殿下が私を遠ざけていたのだとしたら。
「なんて、ことを……」
「"それでも王子妃になりたい"、あたしの執念を称えて欲しいわ」
「称えれるわけないじゃない。ひとを呪い、ひとを脅し、そうして得た地位に何の価値があるの!?」
「恵まれてるアンタには、分かんないだけよ!」
マチルダ嬢の目が、狂気に揺らぐ。
「王子サマもそう。のらりくらりと躱されて、待たされ続けてたけど。そろそろ婚約破棄くらいしてくれなきゃ」
そんな動機が認められるわけないし、私利私欲のために王族を脅し、公爵令嬢を呪うなんて、一族連座の大罪だ。
「セシリア様に欠格事由が出来れば、破棄も容易いかしら。とりあえず、呪いの力でアンタの喉と両手を壊してやるわ!」
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