私が聖女でした。〜侍女扱いされた本物の聖女がハッピーエンドを迎える話〜

井上 佳

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第1話

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 王都の門が見えた瞬間、思わず足を止めてしまった。
 高く積み上げられた白い石壁は、地方の小さな教会しか知らない私にとって、まるで別世界の入り口のようだった。

「……すごい」

 思わずこぼれた声は、馬車の軋む音にかき消される。
 色とりどりの馬車、人々のざわめき、空気に混じる香料と鉄の匂い。王都は、息を吸うだけで胸がいっぱいになる場所だった。

「立ち止まらないで、セレスティア」

 背後から、少し尖った声が飛んでくる。
 振り返ると、陽の光を反射するような金髪を揺らし、リリアーナ様が立っていた。

「王都では、ぼんやり歩くのは無作法よ」
「……申し訳ありません」

 私は慌てて頭を下げる。
 薄い水色のワンピースの裾を、無意識に握りしめていた。これが、故郷の教会で持っていた、たった一着のよそ行きだ。

 リリアーナ様は、私を一瞥すると小さく鼻を鳴らした。

「その服……やはり目立つわね。聖女のそばに控えるのなら、もう少し品格を意識なさい」

――私は、聖女候補だったはずなのに。

 そう思ったけれど、口には出さなかった。
 今の私は「聖女リリアーナ様の侍女」。そう命じられている。


 王宮は、巨大な宝石箱のようだった。
 磨き上げられた大理石の床、天井から垂れ下がる無数の光。歩くたび、靴音がやけに大きく響いて、自分の存在まで浮き彫りにされる気がする。

「あなたは、この控え室を使いなさい」

 案内されたのは、リリアーナ様のために用意された豪奢な部屋とは対照的に、簡素なものだった。
 それでも、地方教会の一室よりは、はるかに立派だ。

 すぐに呼ばれてリリアーナ様の部屋へ行くと、煌びやかなドレスや宝飾品が並べられていた。

「謁見の前に、私の衣装を整えて」
「はい」

 真紅のドレスを広げると、思わず息をのむ。
 金糸の刺繍が、まるで生き物のように光を宿していた。

「……とても、お似合いです」
「当然でしょう?」

リリアーナ様は鏡の前で微笑む。

 その背中を見ながら、私は思う。――この“奇跡”が、魔道具によるものだということを、誰も知らない。
 謁見の間では、私は徹底して「影」だった。


 玉座に座る第一王子アレクシス様は、リリアーナ様だけを見て言った。

「聖女リリアーナ。あなたの奇跡の噂は、すでに王都中に広まっている」
「光栄です。王国のため、全力を尽くしますわ」

 拍手が起こる。
 私は一歩後ろで、静かに目を伏せた。

「……そちらは?」

 一瞬だけ、王子の視線が私に向いた。

「世話係ですわ」

 即答だった。

「そうか。ご苦労だな」

 それだけだった。


――私の中に宿る聖力は、ここでは価値がないのだ。
 派手な光も、歓声も生まない。
 ただ、病を癒し、大地を静かに蘇らせるだけ。


 夜。
 誰もいない庭で、私は怪我をした小鳥をそっと抱き上げた。

「大丈夫……」

 指先から、淡い銀色の光が漏れる。
 小さな奇跡。誰にも知られない、私だけの力。

 それでも――
 いつか、この力が必要とされる日が来ると、私は信じていた。
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