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後日譚
番の本質(和泉視点) (3)
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早朝の仕事を終え、外来に向かう前に、病棟のナースから連絡をもらった。
「特別室の日下さんが、今朝から発情期に入ったそうです」
その知らせに頷いた。
外来の前に様子を見ておく必要があるだろうと、病棟に足を向けた。
アルファ・オメガ科の特別室というのは、スタッフステーションの目の前でありICUの隣という、かなり特異な場所に設置されている。トイレと浴室が併設されている個室で、他の病棟で使われている特別室とは異なる用途で使用される。
特徴的なのが、内側から施錠できることで、外から開ける鍵は主治医とスタッフステーションに厳重に保管されている二本だけということ。そして、防音仕様になっていること。
この特別室は、発情期に入ったオメガが収容される病室なのだ。
昨日からこの特別室に入院しているのが、和泉が担当する日下弥生というオメガの男性だ。昨日の外来で発情期が近いからとそのまま入院することになった。もちろん、オメガにとって発情期は生理現象であるのだが、この青年をひとりで発情期を越えさせるのが危険だと和泉が判断したためだ。
昨日から預かっている鍵を使って、病室のドアを開ける。病棟のナースには医療用のワゴンを持ってくるように指示していた。
室内からはむせかえるほどの香りが漂う。弥生のフェロモンだ。
朝、まだカーテンは閉じられていて、朝日が透けて入ってきている。カーテンを開けるかどうか迷ったが、そのままにした。
「弥生くん」
ベッドの中には、弥生が掛け布団にくるまっていた。院内は適切な室温と湿度に保たれているとはいえ真夏だ。暑いに違いないのに、彼は和泉の問いかけに応えなかった。
和泉は弥生がくるまっている掛け布団に手を添える。びくんと震えた気がした。意識があるみたいだ。
「顔を見せて」
そう請うと、布団のなかから潤んだ瞳が覗いた。
「い……和泉……せんせ?」
和泉は頷いた。大丈夫だから、診せて、と請うた。
医療用ワゴンを持ってきたナースが手際よくベッドの回りに設置されたカーテンをひく。広めの特別室のなかに閉鎖された空間ができあがる。そうして弥生は顔を見せてくれた。
「辛かったな」
和泉がそう言うと、弥生の目から大粒の涙があふれたが、首は横に振られた。
「……平気です……」
宥めながら、掛け布団を少しずつ剥いでいく。自分のフェロモンを押さえたかったのか、備え付けの毛布を身体に巻き付け、さらに掛け布団をも巻き付けていた。フェロモンが漏れるのを恐れる、番を持たないオメガの防衛的な行動だ。
「ここは安全だ。君が鍵を開けなければ、私しか鍵を持っていないから、誰も入ってこない」
そう言って彼の鎧を剥いでいった。彼のパジャマは汗とフェロモンの香りでむせかえるほどだ。
「あとでナースに汗を拭いてもらおうな」
そう言って、彼をベッドに仰向けに寝かせようとしたが、弥生が和泉に縋りついてきた。
「こうすけ……」
ぶわりと弥生のフェロモンが和泉を覆う。昨日まで抑制剤でコントロールできていたというのに……と思うが、自分のわずかなアルファとしてのフェロモンに反応して、弥生もだれかと間違えているようだ。
朔耶と出会うまではベータとして偽って生きるために完璧に押さえつけていたアルファとしての匂い。朔耶と出会ってから、時々自分でも感じる。
自分が患者を煽ってどうする、と和泉は気を引き締める。さっさと済ませよう。
「弥生くん、少し診せてね」
いい態勢だからと弥生をそのまま膝立ちにさせたまま、右手でパジャマのズボンと濡れた下着をずらす。医療用の手袋を着けて、背後から見下ろすようにしてその場所を探り、触診する。
「ん……」
敏感な場所に触れられて驚いたような声を弥生が漏らした。
「痛かった? ごめんな」
そう言うと、ふるふると首を横に振った。
「……だいじょ……ぶです」
指を入れて局部を触診する。かなり柔らかくなっている。
「辛いだろ。緊急抑制剤で症状を少し軽くしよう」
手早く診察を終えると、ナースに筋注の指示を出す。
「え……」
少し驚いたように弥生は潤んだ瞳を和泉に見せた。
「い……だいじょうぶ」
「大丈夫じゃないだろ」
「発情期がなくなるのは……いや」
「完全に押さえはしないから。君の身体の負担を少し楽にするだけだ」
そう説得するが、弥生は荒い息づかいを繰り返すだけ。和泉は弥生の無反応を了と受け取った。
彼を横に寝かせて、臀部を露出させ、その場所をアルコール綿で消毒した。
下生えのなかから、はち切れそうなほどに勃起した性器が視界に入った。
「いいかい。少し痛いけど、すぐ終わるからね」
そう宥めて、臀部に注射器を刺し、ゆっくり薬剤を注入する。弥生は毛布を握り、顔を覆っていた。
「はい終わったよ。少し楽になるから。そしたら、汗を拭いてもらおうな」
そう言って後処理をすべてナースに任せて、病室を出たのだった。
「特別室の日下さんが、今朝から発情期に入ったそうです」
その知らせに頷いた。
外来の前に様子を見ておく必要があるだろうと、病棟に足を向けた。
アルファ・オメガ科の特別室というのは、スタッフステーションの目の前でありICUの隣という、かなり特異な場所に設置されている。トイレと浴室が併設されている個室で、他の病棟で使われている特別室とは異なる用途で使用される。
特徴的なのが、内側から施錠できることで、外から開ける鍵は主治医とスタッフステーションに厳重に保管されている二本だけということ。そして、防音仕様になっていること。
この特別室は、発情期に入ったオメガが収容される病室なのだ。
昨日からこの特別室に入院しているのが、和泉が担当する日下弥生というオメガの男性だ。昨日の外来で発情期が近いからとそのまま入院することになった。もちろん、オメガにとって発情期は生理現象であるのだが、この青年をひとりで発情期を越えさせるのが危険だと和泉が判断したためだ。
昨日から預かっている鍵を使って、病室のドアを開ける。病棟のナースには医療用のワゴンを持ってくるように指示していた。
室内からはむせかえるほどの香りが漂う。弥生のフェロモンだ。
朝、まだカーテンは閉じられていて、朝日が透けて入ってきている。カーテンを開けるかどうか迷ったが、そのままにした。
「弥生くん」
ベッドの中には、弥生が掛け布団にくるまっていた。院内は適切な室温と湿度に保たれているとはいえ真夏だ。暑いに違いないのに、彼は和泉の問いかけに応えなかった。
和泉は弥生がくるまっている掛け布団に手を添える。びくんと震えた気がした。意識があるみたいだ。
「顔を見せて」
そう請うと、布団のなかから潤んだ瞳が覗いた。
「い……和泉……せんせ?」
和泉は頷いた。大丈夫だから、診せて、と請うた。
医療用ワゴンを持ってきたナースが手際よくベッドの回りに設置されたカーテンをひく。広めの特別室のなかに閉鎖された空間ができあがる。そうして弥生は顔を見せてくれた。
「辛かったな」
和泉がそう言うと、弥生の目から大粒の涙があふれたが、首は横に振られた。
「……平気です……」
宥めながら、掛け布団を少しずつ剥いでいく。自分のフェロモンを押さえたかったのか、備え付けの毛布を身体に巻き付け、さらに掛け布団をも巻き付けていた。フェロモンが漏れるのを恐れる、番を持たないオメガの防衛的な行動だ。
「ここは安全だ。君が鍵を開けなければ、私しか鍵を持っていないから、誰も入ってこない」
そう言って彼の鎧を剥いでいった。彼のパジャマは汗とフェロモンの香りでむせかえるほどだ。
「あとでナースに汗を拭いてもらおうな」
そう言って、彼をベッドに仰向けに寝かせようとしたが、弥生が和泉に縋りついてきた。
「こうすけ……」
ぶわりと弥生のフェロモンが和泉を覆う。昨日まで抑制剤でコントロールできていたというのに……と思うが、自分のわずかなアルファとしてのフェロモンに反応して、弥生もだれかと間違えているようだ。
朔耶と出会うまではベータとして偽って生きるために完璧に押さえつけていたアルファとしての匂い。朔耶と出会ってから、時々自分でも感じる。
自分が患者を煽ってどうする、と和泉は気を引き締める。さっさと済ませよう。
「弥生くん、少し診せてね」
いい態勢だからと弥生をそのまま膝立ちにさせたまま、右手でパジャマのズボンと濡れた下着をずらす。医療用の手袋を着けて、背後から見下ろすようにしてその場所を探り、触診する。
「ん……」
敏感な場所に触れられて驚いたような声を弥生が漏らした。
「痛かった? ごめんな」
そう言うと、ふるふると首を横に振った。
「……だいじょ……ぶです」
指を入れて局部を触診する。かなり柔らかくなっている。
「辛いだろ。緊急抑制剤で症状を少し軽くしよう」
手早く診察を終えると、ナースに筋注の指示を出す。
「え……」
少し驚いたように弥生は潤んだ瞳を和泉に見せた。
「い……だいじょうぶ」
「大丈夫じゃないだろ」
「発情期がなくなるのは……いや」
「完全に押さえはしないから。君の身体の負担を少し楽にするだけだ」
そう説得するが、弥生は荒い息づかいを繰り返すだけ。和泉は弥生の無反応を了と受け取った。
彼を横に寝かせて、臀部を露出させ、その場所をアルコール綿で消毒した。
下生えのなかから、はち切れそうなほどに勃起した性器が視界に入った。
「いいかい。少し痛いけど、すぐ終わるからね」
そう宥めて、臀部に注射器を刺し、ゆっくり薬剤を注入する。弥生は毛布を握り、顔を覆っていた。
「はい終わったよ。少し楽になるから。そしたら、汗を拭いてもらおうな」
そう言って後処理をすべてナースに任せて、病室を出たのだった。
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