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後日譚
番の本質(和泉視点) (4)
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日下弥生という二十二歳のオメガの男性を担当するようになって三年がすぎた。彼は、四年前に番を事故で亡くした過去を持つ。当時妊娠中で、ショックで流産したという。以来、発情期が近くなると精神的に不安定になり、この病院の精神科に通ったあと、しばらくしてアルファ・オメガ科に定期的に通院してくるようになった。
本来ならば発情期を完全に押さえてしまうほうが、彼にとって楽なのかもしれないと思う。しかし、本人がそれを望んでいない。発情期の間だけ、亡くなった番に抱かれているような気分になるのだという。しかし、心は満たされても身体が辛い。そのアンバランスさに、徐々に精神も犯されてきているように思うのに、本人を説得できず、症状を軽減させる対処療法しかできないのがもどかしい。
番の契約とは罪深い。
教科書には番の契約はどちらかの死亡で解除されるものと書かれており、一般的にもそのように思われている。しかし、弥生のようなケースを見ていると、番と死別したオメガが心身ともに自由になり、次の番を見つけられるのかというと違うのだと実感する。彼の項には、未だに亡くなったアルファが付けた咬み跡が残っている。そんな単純な話ではないはずなのだ。
これから外来だ。急がねばと思うが、弥生のフェロモンに当てられたのか、それとも朝から朔耶といたせいか、少し身体が熱い。
いったん医局に戻り、ヒート抑制剤を多めに服用する。
そういえば、朔耶の香りが今朝は少し強かった。そろそろあの発情期から三ヶ月が経つ。
周期が近い。
「新堂さん、新堂朔耶さん、二番にお入りください」
マイクをオンにして午前の診療の最後の、その名前を呼んだ。
しばらくして、スーツ姿の朔耶が診察室に入ってきた。すると、朝よりも濃厚な朔耶の香りが漂ってくる。明らかに朝とは様子が違っていた。
ふらふらとどこか頼りない。朝は腫れぼったい目をしていたが、それでも溌剌としてたのに。
「一気に来たみたいだな……」
そう呟くと、朔耶は言葉に鳴らない声で応じた。
「す……みません」
「椅子に座るのが辛いなら、横になるか?」
そう問いかけると、朔耶が頷いたので、脇の診療台に寝かせた。ネクタイを寛げ、ワイシャツのボタンを上からいくつか外す。もうかなり発情症状が出てきている様子だった。
「……すみません。なんかあのあと体調がおかしくて……。早く病院に行けと、上司にも言われて……」
さすが長田だ。もう朔耶との間で話は付いているようで、今日の午後から一週間ほどの休暇を取得させられたとのこと。しかも、営業所からそのまま誠心医科大学病院に一人で営業車で行かせるのは心配だからと、丁度営業に向かう同僚が乗せてきてくれたという。
パートナーとしては本当に安心できる職場だ。
和泉も素早く計算する。今日の午後は一件オペが入っているが、それが終われば休みは取得できる。そろそろ朔耶の発情期に入りそうだったから、同僚との連携を欠かしていない。唯一心配なのは弥生であるが、他の同僚医師に任せても問題はないだろう。
「オレはこれから午後一件オペがあるから、休暇はそれを終えてからからだ」
こんな状態の朔耶をすぐに抱いてやることができないのは可哀想だが、どうしてもオペだけは外せない。
「だから、これから緊急抑制剤を投与するよ。終わるまでオレのオフィスで待っててほしい。できるか?」
本当は先に和泉の自宅に帰り、安全な場所で待っていて欲しいと思うが、一人で帰すのは心配だった。
となると、院内で安全な場所といえば、自分のオフィスくらいだろう。特別室は塞がっている。数時間放置するのはあまりに可哀想なので、緊急抑制剤を投与することにした。数時間程度は発情が押さえられるだろう。
朔耶は頷いた。
「……だいじょうぶ…。暁さんには迷惑をかけない……」
そんな気持ちがいじらしい。
「……僕は平気。暁さんの仕事が終わるのをオフィスで待つから…」
朔耶にも緊急抑制剤の筋注を投与して、症状が落ち着いてきたのを見届けてから、オペ室に入った。
オペ自体はさほど難しい術式ではないため、二時間ほどで終了し、自分のオフィスに戻ってきたのは陽が傾き掛けた頃。
朔耶はオフィスのソファで、安らかな寝息を立てていた。薬が効いていると見えて、顔色も戻ってきていた。そういえば昨晩はまた仕事に追われてあまり寝られなかったようだから、せめて目が覚めるまで、このまま寝かせてやろう。
和泉は朔耶の前髪を掻き上げ、額に静かなキスを落とした。
本来ならば発情期を完全に押さえてしまうほうが、彼にとって楽なのかもしれないと思う。しかし、本人がそれを望んでいない。発情期の間だけ、亡くなった番に抱かれているような気分になるのだという。しかし、心は満たされても身体が辛い。そのアンバランスさに、徐々に精神も犯されてきているように思うのに、本人を説得できず、症状を軽減させる対処療法しかできないのがもどかしい。
番の契約とは罪深い。
教科書には番の契約はどちらかの死亡で解除されるものと書かれており、一般的にもそのように思われている。しかし、弥生のようなケースを見ていると、番と死別したオメガが心身ともに自由になり、次の番を見つけられるのかというと違うのだと実感する。彼の項には、未だに亡くなったアルファが付けた咬み跡が残っている。そんな単純な話ではないはずなのだ。
これから外来だ。急がねばと思うが、弥生のフェロモンに当てられたのか、それとも朝から朔耶といたせいか、少し身体が熱い。
いったん医局に戻り、ヒート抑制剤を多めに服用する。
そういえば、朔耶の香りが今朝は少し強かった。そろそろあの発情期から三ヶ月が経つ。
周期が近い。
「新堂さん、新堂朔耶さん、二番にお入りください」
マイクをオンにして午前の診療の最後の、その名前を呼んだ。
しばらくして、スーツ姿の朔耶が診察室に入ってきた。すると、朝よりも濃厚な朔耶の香りが漂ってくる。明らかに朝とは様子が違っていた。
ふらふらとどこか頼りない。朝は腫れぼったい目をしていたが、それでも溌剌としてたのに。
「一気に来たみたいだな……」
そう呟くと、朔耶は言葉に鳴らない声で応じた。
「す……みません」
「椅子に座るのが辛いなら、横になるか?」
そう問いかけると、朔耶が頷いたので、脇の診療台に寝かせた。ネクタイを寛げ、ワイシャツのボタンを上からいくつか外す。もうかなり発情症状が出てきている様子だった。
「……すみません。なんかあのあと体調がおかしくて……。早く病院に行けと、上司にも言われて……」
さすが長田だ。もう朔耶との間で話は付いているようで、今日の午後から一週間ほどの休暇を取得させられたとのこと。しかも、営業所からそのまま誠心医科大学病院に一人で営業車で行かせるのは心配だからと、丁度営業に向かう同僚が乗せてきてくれたという。
パートナーとしては本当に安心できる職場だ。
和泉も素早く計算する。今日の午後は一件オペが入っているが、それが終われば休みは取得できる。そろそろ朔耶の発情期に入りそうだったから、同僚との連携を欠かしていない。唯一心配なのは弥生であるが、他の同僚医師に任せても問題はないだろう。
「オレはこれから午後一件オペがあるから、休暇はそれを終えてからからだ」
こんな状態の朔耶をすぐに抱いてやることができないのは可哀想だが、どうしてもオペだけは外せない。
「だから、これから緊急抑制剤を投与するよ。終わるまでオレのオフィスで待っててほしい。できるか?」
本当は先に和泉の自宅に帰り、安全な場所で待っていて欲しいと思うが、一人で帰すのは心配だった。
となると、院内で安全な場所といえば、自分のオフィスくらいだろう。特別室は塞がっている。数時間放置するのはあまりに可哀想なので、緊急抑制剤を投与することにした。数時間程度は発情が押さえられるだろう。
朔耶は頷いた。
「……だいじょうぶ…。暁さんには迷惑をかけない……」
そんな気持ちがいじらしい。
「……僕は平気。暁さんの仕事が終わるのをオフィスで待つから…」
朔耶にも緊急抑制剤の筋注を投与して、症状が落ち着いてきたのを見届けてから、オペ室に入った。
オペ自体はさほど難しい術式ではないため、二時間ほどで終了し、自分のオフィスに戻ってきたのは陽が傾き掛けた頃。
朔耶はオフィスのソファで、安らかな寝息を立てていた。薬が効いていると見えて、顔色も戻ってきていた。そういえば昨晩はまた仕事に追われてあまり寝られなかったようだから、せめて目が覚めるまで、このまま寝かせてやろう。
和泉は朔耶の前髪を掻き上げ、額に静かなキスを落とした。
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