コンバット

サクラ近衛将監

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第三章 学院生活編

3ー8 学院の日常と非日常 その二

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 学院の授業と言うものは、精神年齢が三十路に入っている私にとってはひたすら退屈な授業が多いのです。
 何しろ乳飲み子に転生してからの幼い時期は、することが無くってひたすらお父様の書庫の本を読みまくったものですから、この百年もの間あまり変わっていないとやらに基づく考証や考察の結果生まれた少々歪んだ科学知識などと言うものは、その間違いも、そうしてこの先どう正せば良いのかも十分に承知しておりますから、ほとんど学ぶ必要が無いものなのです。

 それでももしかすると何か新しきことは無いのかと探してみるし、先生の言葉の端々を勘ぐって解析してみたりもするのですけれど、私の知らない知識は中々に得られないのです。
 まるで街中で人出の多い大路を歩いていて、目の前に金貨が多数落ちているのを私だけが見つけるような極めて低い確率なのかもしれません。

 乾し草の山の中の一本の針を見つける方が、ヴィオラ(私)にとっては余程簡単なような気がします。
 それでも「美術」と言うのか造形で新たなものを描き、若しくは作るのことはとても楽しい時間です。

 前世ではごくごく限られた時間しかできなかったことですもの。
 そうして貴族子女のたしなみとやらの器楽演奏も大好きですね。

 舞踏も男性の気を惹くための素養とされていますけれど、・・・・。
 それにこだわらず芸術としてみればなかなかのものなのですが、生憎と学院で習うのはソーシャルダンスのみなんです。

 動きの激しいヒップホップやシャッフルダンスなどは論外ですけれど、クラシックバレーすらも認めてはくれません。
 どうやら舞踏とは社交術の一つであって、表現の一つである芸術であるとは認められてはいないようです。

 造形すらも貴族子女には単なる教養の一部としてさわりを知っていれば良いらしく、例えば刺繍や裁縫の時間はあっても、基礎知識のみで実技は専門の工芸人に任せるべしとしていますね。
 貴族のおごりとしか思えませんけれど・・・。

 但し、その意識を無理に変えさせようとすると、流石に大変ですね。
 物事には慣性力があります。

 歴史と言うのは時が経つに連れてその見かけの質量が増大し、大きな慣性力になりますから、その流れを変える若しくは止めようとするには非常に大きな力が必要なんです。
 できないわけではありませんが、それに伴って生じる大小の被害を考えると簡単にはできません。

 革命と言うものはいつでも痛みをどこかに伴うものなのです。
 取り敢えず現状が我慢できないものでなければ放置しますが、ヴィオラ(私)が生きてゆく上で障害になるなら除去するだけの話と割り切ってしまいましょう。

 何れにしろ、絵画や彫刻などの美術の時間、器楽演奏を行う音楽の時間は私の憩いの一時なのです。
 キィキィ云うような雑音を奏でる方も少なからずいらっしゃいますけれど、まぁ、子供のなすこととして許容して差し上げましょう。

 魔法の実技?
 ウーン、にお付き合いしているだけですね。

 私にとっては、学院長が言うようにひたすら周囲の能力に合わせて魔法を加減する我慢大会にしかすぎません。
 学院の授業は、そんな感じですけれど、お友達は徐々に増えてきたかなぁと思います。

 反国王派の子女はガードが堅いんですけれど、理路整然と話しをすると、きちんと聞いてくれます。
 こちらからそうした派閥を卑下ひげするような見方をしなければ、普通に友人として付き合ってくれそうなのです。

 最初は少し苦労しましたね。
 無論、私が国王派の伯爵令嬢であることは知られていますから、話しかけるだけでかなり引かれちゃうのです。

 多分に私と話をしていると国王派に引き込まれたのではないかと邪推じゃすいされるのが怖いようです。
 そんな時は、戦術として大将首をまず落とすことでしょうね。

 幸いにしてヴィオラ(私)のクラスには、大公派のカイン・ド・ヴァル・シス・マーカス・ローランド君が居ます。
 彼は大公派の子女の中でも1学年では頂点に属する子なんです。

 ですから彼を懐柔かいかいじゅうしてからなら、他の子女とも垣根はなくなりますよね。
 そんなこんなでカイン君に接近です。

 流石に7歳の私では、女であっても色香で迷わせる技量はありません。
 色気の方は、もう6~7年は待っていただきましょう。

 でも柔らかい闇魔法で懐柔することはできるんです。
 敵愾心てきがいしんをじっくりと少しずつ取り除いてやるんです。

 そうすれば一月もしないうちにお友達になれてしまうんです。
 元々が邪心の無い子供ですからね。

 親しくお話ができればめでたく私もカイン君のお友達の一人なんです。
 但し、余り仲良くしすぎると、今度は国王派に属する子女たちが心配します。

 ですからお付き合いはほどほどにしていますよ。
 その辺の加減は私の勘でやるしかありません。

 取り敢えず、今のところはうまく行っているようです。

 ◇◇◇◇

 ある日、ローナと一緒にお買い物に参りました。
 正直なところ、ヴィオラ(私)が必要とするものは余りないのですけれど、ローナが必要とするものは色々とありますので、その買い出しですね。

 そのついでに社会見学を兼ねてヴィオラ(私)も行くのです。
 行く先は、貴族街のはずれにある商店街のアーケードとその先にある自由市場です。

 王都には三つの自由市場がありますが、貴族街に近い第一市場が一番高級品を取り扱っています。
 第二市場は商業区の境にあって、高級品もありますけれど品揃えのほとんどは中級品が多いようです。

 第三市場は工業地区の境にあって、工芸品などをメインに置いてある市場です。
 そうしてもう一つ、公認はされてはいませんが、スラム街区のハズレに市場がありますが、ここは治安が悪いので学院生は立ち入りを禁じられている区域なのです。

 私の場合、変身などして内緒で行くことは可能なんですよ。
 ところでその第一市場をウィンドウ・ショッピング中にちょっとした事件に巻き込まれました。

 別に犯罪があったわけではありませんよ。
 上等な衣装に身を包んだ老女が突然、道端で倒れてしまったのです。

 傍についていたメイドの方が支えなければ怪我をしていたかもしれません。
 私とローナが連れ添って歩いているほんの5m程先で起きたことですから、放置するわけにも行きません。

 私がそのままの位置で鑑定を掛けますと、その老女さん脳梗塞のうこうそくを起こしていました。
 早急に手当てをしないと死に至ります。

 かなりの範囲で梗塞が生じていて脳の大部分に酸素が送られていない状況なのです。
 長引くと脳死を引き起こしますし、おそらくこの世界の医療水準では脳梗塞を癒すことはできないのじゃないかと思います。

 ヒールもハイヒールも外傷には効きますが、血栓や酸素不足という状態異常を治す方法ではないのです。
 キュアが最も可能性のある治癒魔法ですが、脳梗塞の場合ハイキュアでなければ治癒は望めないでしょう。

 止むを得ませんから私が治癒します。
 私が駆け寄ってメイドさんらしき人に言いました。

「私は治癒魔法に心得があります。
 このまま放置すると命に関わると思われますので、差し支えなければ治療をさせていただけますか?」

「貴女は、・・・。
 王立学院の生徒さんですね。
 治癒魔法ができるならば是非にお願い申します。
 でも、これまでお元気だった大奥様なのに。
 なぜ急に・・・。」

「説明は後で、今は一刻を争います。」

 ヴィオラ(私)は、脳内の数か所に発生している血栓を物理的に取り除き、キュアを施して血流を正常に戻しました。
 治癒魔法は対象者に光を与えるのでとても派手なアトラクションなのですけれど、多くの通行人が居る人前にもかかわらずそれを行いました。

 私がつき出した手のひらから光り輝く魔力が老女さんに降り注ぎ、間もなく老女さんが目を覚まされたのです。
 多分、発症から短い時間で元に戻しましたので脳細胞の壊死は免れたのじゃないかと思いますが、あるいは一部の記憶障害が残る可能性はございます。

 そうして脳梗塞の原因となった血液の改善も併せて治癒を試みました。
 体質的に高脂血症などになりやすい方は、潜在的に血栓を引き起こしやすいのです。

 血栓が体内の毛細血管で起きると多少の障害を引き起こしても死に至ることは、まずありません。
 でもエコノミー症候群などで血栓を引き起こす代物が血管内に生じて、比較的太い血管を閉塞するような状態になれば、脳梗塞、心筋梗塞などの重症を引き起こします。

 老女さんが気づいて言いました。

「あら、私、・・・。
 どうしたのかしら?」

「大変失礼ながら、奥様は体内をめぐる血液の流れに支障を生じ、この場で倒れられたのです。
 血液が止まった場所が、頭の中でございましたので、放置すれば死に至る恐れがございました。
 それでお付きの方にお伺いして治癒魔法を掛けさせていただきましたが、お加減はいかがでしょうか?」

「貴女は王立学院の生徒さんなのね。
 私は、マティルダ・ミゼ・フォルドレット・ヴァル・エルツィナです。
 貴女のお名前を教えていただけますか?」

 『ミゼ』は寡婦を意味するので、この女性は前エルツィナ侯爵夫人であり、同じくフォルドレット侯爵家の出自を持つ女性である。
 フォルドレット家は中立派ですが、エルツィナ家は反国王派に近い中立派に属する家のはずなのです。

「私は、ヴィオラ・ディ・ラ・フェルティス・エルグンドと申します。
 エルグンド家の次女で、現在は王立学院の初等科一年生です。」

 老女さんは、地べたに腰を下ろしたまま微笑みながら言いました。

「エルグンド伯爵様の・・・。
 どうやら貴女に危ういところを助けられたみたいですね。
 ありがとう。
 後ほど改めてお礼に参りますけれど、貴女は学院の寮にお住まいなのかしら?」

「はい、初等科のオンディーヌ寮に入っておりますが、左程のことはしておりませんので改めてのお礼は不要にございます。」

「ウーン、そうは言ってものね。
 貴族のしがらみというものがあるのですよ。
 お世話になったのにお礼をしなければ私どもの立つ瀬がございません。
 セラフィーネ、取り敢えず、家に戻りましょう。
 衣装も汚れてしまったようですし・・・。」

 どうやら、このメイドさんはセラフィーネさんというようだ。
 彼女の手助けを得て立ち上がったマティルダさんですが確かにお尻のあたりが泥で汚れています。

 ですので、余計なこととは思いながら、クリーンを掛けてあげました。
 クリーンの魔法はわずかに、発動時に魔素が動き、その痕跡を残しますので、それなりに魔法の心得がある人にはその行使に気づくものなのです。

「おや⁉
 無詠唱で魔法を?」

 マティルダさんがちょっとびっくりした表情を見せてから、柔和な笑顔に変えて言いました。

「貴女には重ね重ねお世話になったけれど、これからもお付き合いを願いたいお人のようですね。
 本当にありがとう。
 また改めてお会いしましょう。」

 そうおっしゃって、マティルダさんとメイドさんは立ち去って行きました。
 ほんの短い時間の逢瀬でしたけれど、人と人のえにしが結ばれたような気がします。

 だって、ヴィオラ(私)があの場に居合わせなかったら、多分マティルダさんはおそらく生きてはいません。
 脳梗塞で5分以上放置されると血流の止まった部分は脳死を起こします。

 今回の場合、血栓により閉塞された領域は広範囲で脳幹にまで及んでいましたから本当に一分一秒を争う事態だったのです。
 たまたまヴィオラ(私)が居合わせた偶然というのも、神様か何かのお導きなのかもしれませんね。

 これもある意味で非日常の出来事なのだろうと思います。

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