仇討ちの娘

サクラ近衛将監

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第二章 共に生きるために

2ー12 結納の準備

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 養女にしてもらうために実家より養女先へ相応の礼をすることはあるし、婚儀が決まれば結納の品を婿側から収める習慣は確かにある。
 その使者を水野に依頼したもののようである。

 確かに加賀百万石の家柄に結納の品を届けられるような相応の仲介の者がおいそれといるはずもない。
 本来は、大名家同志での縁組なのである。

 五万石の小大名ではあっても三河以来の譜代であって若年寄に就く水野ならば不足はないものと考えたのであろう。
 まして水野は宗徳に借りがあった。

 藩内の重臣を含む大掛かりな陰謀を暴くきっかけを作ってくれたことであり、その後の措置についても適切に指南をしてくれた。
 水野は否とは言えないし、それにもまして慶事であること、紛れもない親王である宗徳と交誼こうぎがあるのも今後有利に働くと思えた。

 水野は快諾した。
 そのお礼にと差し出された長持ち四つが座敷の奥に運び込まれた。

「宗徳殿、長持ちの中には一体何が入ってござろうか。」

「一つの長持ちに半貫の黄金が二十五本、四つで百本、五十貫の金塊にございます。
 これを水野殿の仲介のお礼に用意しました。
 どうか目出度くお受け取り下され。」

「なんと・・・。
 黄金五十貫とな・・・。
 西脇、そなたいかほどになるか承知か。」

 問われた江戸家老も困って、御傍用人であるかけいに振った。

「さて、某も正確なところは承知いたさぬところではございますが、一両小判にはおよそ五匁に近い分量の金が入れられており、その価値が一両であると聞いております。
 千匁で一貫にござれば、半貫では五百匁ですからおよそ百両の価値、更にそれが百本となれば、およそ一万両を超えましょうか。」

 居合わした岡崎藩主従は目を向いた。
 所領五万石は掛ける税率により多少は異なるもののおよその年間収入が五万両である。

 岡崎藩は忠之が幕府の要職を兼ねるたびに出費が多く、その時点では万両に近い借金を抱えている。
 その額を返済するには十年はかかりましょうと勘定奉行から言われていた。

 だが、僅かに長持ち四つの中にその借財を帳消しにする黄金がある。
 受け取りたいのはやまやまであるが、根が真面目な水野は心配性でもあった。

「しかし、このような大金、受け取っても良いのであろうか。」

「水野様、某と彩華がお願いするは結納の仲介にございます。
 これが他に魂胆があるのであればともかく、某や彩華とお殿様の間に何の縛りも無い者にございます。
 お礼であって賄賂ではございません。
 それも神社仏閣への寄進と同じく真摯な礼にございます。
 どうか快くお受け取り下さりませ。」

「あい、わかった。
 では結納の品々この金を使って用意しよう。」

「いいえ、結納の品々は既に用意してござれば、その要はございませぬ。」

「しかし、加賀家への結納となれば滅多なものではならぬぞ。」

「はい、武家の仕来りにより、九品と鯛それに反物を添えて参りたいと存じます。」

「ほう、九品は儂も知っておるが、鯛と反物とは・・・。
 どのような意味合いがあろうか。」

「はい、宮中にては結納を納采の儀のうさいのぎと申しますが、その際に納められるは鯛のみ、古来偶数は凶、奇数は吉と申します故に、鯛に添えて反物を用意しました。」

「ふむ、左様か。
 帯、衣装を添えるが普通であるが、反物とは・・・。
 で、つかぬ事を聞くが九品の一つ帯、着物は添えてあるのか。」

「帯、着物に変えて今回は金子を用意しました。」

「ふむ、ひょっとして長持ち四つか」

「いいえ、長持ち十六にございます。」

 水野は今度こそ驚嘆した。
 四万両であるからだ。

「なんと・・・。
 いやはや、宗徳殿、今上天皇にてもさほどの金子はご用意できまいが、一体どこでそのような金子をご用意できたのかな。」

「某、武家でありながら商人でもございましてな。
 主家のない自由の身ゆえ、勝手気儘きままをしております。」

「如何にも主家があれば、商いなどに手を出すわけにも行かぬであろうが、・・。
 それにしても桁が違う。」

「某の商いは商人に任せております。
 某は背後に控えて指南をするのみ。
 ある意味で隠居のようなものです。
 指南料としていくばくかの実入りが定期的に入ります。
 某自体が商いをしているわけではございませぬので、使い道が無ければ溜まるも道理にございましょう。」

「確かに宗徳殿が申す通りじゃが、宗徳殿はまだ若い。
 十年二十年と経てば金も溜まるであろうが数年では左程には・・・。」

「某が指南をしておりますは一つの商いだけにはございませぬ。
 両手に余る業種で、しかも場合によっては同じ業種で複数の商人に指南をし、あるいは投資をしておりますれば、ちりも積もればの例え通り大きな財源となりましょう。」

「宗徳殿の懐の算段をしていても何事も始まらぬな。
 加賀前田殿には儂からも書状を認めておこう。
 明後日、某が仮の仲人として結納のため加賀藩邸へ赴くとな。
 前田殿も無碍むげには扱われまい。
 本来、結納は使者が出向くだけであるが、そなた達は如何する。」

「結納の儀に是非お供くださりませ。
 結納の品、長持ちにて二十を超えますれば、当方にて中間を仕立て、行列を作って前田藩邸に運びたく存じます。」

「ふむ、それで四つ時といたしたか。
 良かろう、巳の下刻といたそうか。
 何処か落ち合う場所があるかな。」

「加賀前田上屋敷近く本郷四丁目に上屋敷の南西方向に真光寺というお寺がございます。
 別名北の天神とも申すそうで、そこの住職とは顔見知りにございますれば、そこで落ち合うのが宜しいかと。」

 藩侯との打ち合わせは済んだ。
 その日、宗徳一行は水野邸を出ると、日本橋にある大工清兵衛の元を訪れた。

 特注の大八車の出来上がりを確認しに来たのである。

「おお、これは松倉の旦那、よう来なすった。」

 日焼けた顔の棟梁とうりょう清兵衛が顔を見せた。

「どうかな、無理を申しているが、明日までには出来上がりそうかな?」

「娘の恩人である松倉の旦那の頼みとあれば多少の無理も承知でやす。
 今十九台目を組み上げているところです。
 明日の昼前には間違いなく二十二台の大八車を白木屋にお届けしますよ。」

「済まぬな。」

「旦那、何を仰りますか、わっしらの方こそ過分の手間賃を戴いた上に、旦那の工夫を教えて頂いたお礼を差し上げたいくらいです。
 いえね、試しに作ってみた大八車、前の米問屋の番頭が目ざとく見つけましてな。
 昨日から使っているんでございますが、えらい評判がいいんですよ。
 前に車輪がひとつ、後ろに車輪が二つで荷を積むときに荷台が水平になって使いやすい上に、舵効き小回りが利くんでめっぽう扱いやすい。
 その上に、旦那の工夫した車軸受けが滅法軽いってんで、手代てだい丁稚でっちの評判がいいんです。
 同じ俵五俵を積んでも運びやすいってんで、番頭からは何とか今の大八車十台ばかりを新しい工夫の大八車に変えて欲しいとのことなんです。
 それで旦那、お願いなんですが車の輪に張る部材、それに車軸受けを何とか作っていただきたいんですよ。
 今までの鉄の輪を嵌めるのに比べれば雲泥の差ですし、車軸受けが無ければ工夫も半減します。
 旦那の仰っていた車止めはあっしらで何とかできますが、この二つがなければ・・・。」

「棟梁の希望は判った。
 二つの部材、定期的に大阪から運ぶよう手配しよう。
 値段はその折に浪速屋と相談してくれ。
 大八車は庶民が使う物ゆえ、高値を付けぬように浪速屋には言っておく。」

「ありがてぇ、さすがは松倉の旦那だ。
 所で、そっちのお連れさんは?」

「ああ、儂の許嫁でな。
 彩華と申す。」

「彩華でございます。
 このたびはご面倒な仕事をお願い申して、申し訳ございません。
 今漏れ聞いたお話では期限内にご準備頂けるとのこと本当にありがとうございます。」

「いえ、たいしたことじゃぁござんせん。
 それにしても旦那ぁ、隅におけませんねぇ。
 こんな綺麗な御嬢さんが許嫁だなって・・・。
 日本橋芸者の大半が涙を流しますぜぇ。」

「うん、何故、そんなところに芸者の話が出て来るんだ。」

「あぁ、旦那は野暮だねぇ。
 そらぁ、旦那は芸者を呼んだこともないでしょうけれどね。
 芸者衆の間では旦那のことが噂になってるんですよ。
 松倉と言う名は、この日本橋では粋で鯔背いなせな男の代名詞みたいなもんですよ。
 その前から松倉の男伊達は有名だったけれど、あの仇討の一件、あれで一気に広まっちまったんですよ。
 松倉の旦那は知らずに通り過ぎても、
 「今通り過ぎた男、いい男だねぇ。」、
 「一体誰なんだい?」
て調子で話題に上る。
 そのうちに旦那を知っている者が、
 「あぁ、あれは白木屋さんにいる浪人、松倉の旦那だよ。」、
 「そう言やぁ、確か仇討に助太刀で入ったお武家が白木屋の御浪人さんらしいぜ。」
なんて調子で伝わって、今じゃ、松倉の旦那の噂が勝手に飛び回ってまさぁ。
 旦那、白木屋に戻ったのは一昨日でやしょう。
 その日の夕方には芸者衆の間で松倉の旦那が白木屋に戻ったてぇ話がでておりましたからね。
 何とか松倉の旦那に声を掛けてもらいたいという日本橋芸者が少なく見積もっても五十人はいるねぇ。
 旦那が知らないでも芸者衆の方はとっくの昔に知っていまさぁ。
 尤も、そこの別嬪べっぴんさんが許嫁とは知らないでしょうが、一時、松倉の旦那と歩いている娘は誰なんだという噂は流れていましたけれどねェ。
 かれこれ半月以上も前になるなぁ。
 それからパタッと話が出なくなりましたけれどね。」

「なるほど、符牒ふちょうはあっておるな。
 かれこれ、二十五日ほども江戸を留守にしておったからな。
 まぁ、棟梁も芸者衆相手に遊び過ぎぬようにな。
 では、明日の納品、よろしくお願いする。」

「へい、合点承知の助でぃ。」

 大工清兵衛の工房を出た宗徳一行は、日本橋筋を南に下がって行く。
 半里ほども歩けば伝馬町の白木屋である。
 
 秋の日差しは柔らかであり、間もなく来る冬の到来を告げているようであった。

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 「転生したら幽閉王子でした~これどうすんの?」
   https://www.alphapolis.co.jp/novel/792488792/24979442

 よろしければご一読ください。

  By サクラ近衛将監

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