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第一章 プロローグ
1-2 富士野宮(ふじのみや)宏恭(ひろやす)王-その2
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私は、海軍横須賀工廠の電気関係将校を自宅に呼んで当該物件を念のために確認してもらうことにした。
その結果は予想した通りであり、『これは間違いなく軍機となりうる物ですので、外部には絶対に秘匿してください。』と当該将校に念押しされ、品物は工廠で確認するために一旦彼が持ち帰った。
因みに便器は半月ほどの施工工事で利用できるようになったが、用を足した後の洗浄装置までも装備された優れものであり、すぐに手放せなくなったのは言うまでもない。
常子などは、これのないところではご不浄に行けなくなってしまいそうと本音を漏らしていた。
海軍工廠の将校が携帯無線電話を持ち帰ってから概ね一月後の二月半ば、海軍艦政本部第三部長(電気部門)の井上大佐が側近二名と共に直々に我が家を訪れ、我が子宏禎と小一時間ほども話をした後で、新型電池一個に付き10円、携帯型無線電話機1機に付き10円、中継装置1基につき100円、交換機1基に付き500円との買値を付けて、継続的な製造を宏禎に頼んだのだった。
これは大変な受注金額となる。
明治35年の時世では、小学校の教員で月に8円程度の給与、ベテランの大工などの技術者で月に20円程度(日当80銭程度)が相場である。
米1俵(60キログラム)の値段がやや変動はあるものの6円ほどであるから、新型電池1個が米二俵弱にも相当するというのは相当に高い価値が認められたことになる。
因みに原価はというと材料費からだけで言えば、宏禎が私の許しを得て花鳥宮の土蔵から持ち出した不要な金錆物や庭土から作ったものであって労力以外はほぼただである。
因みにこの不要な金錆物は所謂ガラクタであって、いずれ捨てようと思っていた物であったので、宏禎から申し出があった際に私が即刻許したものであった。
その際には、まさか宏禎がこのような物を産み出すとは想像もしていなかったのは無論のことである。
但し、今後は受注に応じて必要な材料を買い求めなければならないようであるから、全くのただとは行かない。
その辺を計算し、また、希少性と高機能な性能から、井上大佐が独自に値踏みしたものであるらしい。
宏禎はそうした依頼があることを見越していたのか、既存の手持ち原料から新型電池100個、携帯無線電話機100台、中継装置30台、交換機2台を空いていた土蔵に別枠で準備しており、正式な要請があった翌日には艦政本部へ引き渡すとともに、原料素材が海軍で準備できる限り三か月に一度同量以上を引き渡すことを約したのである。
宏禎が海軍に要求した素材原料は、僅かのくず鉄と海水がドラム缶で5本程度、それに我が家の庭に簡易浄化装置を設置したときに掘り出した土砂と同じような土砂や岩石が大半であるという。
金の支払いについては、お上の御用銀行でもある第十五銀行に宏禎名義の口座を作り、それを艦政本部に通知して振り込むようにしてもらうこととなった。
年端の行かぬ宏禎単独では銀行口座を開設できないので、私が直接赤坂の第十五銀行にまで宏禎を連れて行くことにした。
もちろん口座開設のためには、銀行への届け出印も要るのだが、宏禎は何処で手に入れたか深緑色の石《宏禎曰くコスモクロア輝石という希少なものであるらしい》で実印、銀行印、認印の印鑑を作り上げていた。
宏禎自らが、数種の小刀を使って彫り上げたのだそうだが、素人造りの稚拙なものではなく、玄人の判子屋が造ったような風合いが感じられる見事な出来栄えであった。
斯様に普段からあれやこれやとあって、宏禎に関しては、数えで7歳に過ぎない子であることをすぐに忘れてしまいそうになって困る。
新たな品の製造にしろ、印鑑造りにしろ、私を含めて普通の大人でも容易にはできないことをいとも簡単に成し遂げてしまうところが実に頼もしく、そしてまた怖いとも思うのである。
何れにしろ、軍備には余り関わりが無いと思われる便器とその水洗システムについては、農商務省の特許局に申請を出させている。
まぁ、これとても便座に尻の洗浄機能がついているから三笠の便器に比べると随分と使い勝手が良いと思うのだが、流石に便器まで軍機とする必要はないと判断したのだ。
無論、宏禎だけでは特許の申請すら受け付けてはもらえないだろうから、侍従の金子正明を宏禎に付けて特許局に行かせたのである。
金子の報告では特許局でも就学前の児童が特許申請に訪れるなど前代未聞のこととして随分と驚かれたようであるが、それはそれとして宮家の威光もあって申請そのものは正式に受理され、早ければ三か月後にはその帰趨が判明すると言う。
庭の桜が七分咲きとなった明治36年4月6日、我が子宏禎は常子に連れられて学習院初等科に入学した。
花鳥宮家の屋敷のある三田から学習院初等科のある四ツ谷までは凡そ6キロある。
決して歩けない距離ではないが、それこそ幼児が毎日通学するには少々無理があるだろう。
従って、学習院初等科に入るならば、紀尾井町にある富士野宮本家の邸から通うか、寮に入るかを選ばねばならないのだが、その件を宏禎に尋ねると、宏禎は即座に寮に入ると答えた。
無論、学習院初等科を諦めて最寄りの小学校に入学しても何ら差し支えないのであるが、学習院初等科は私も卒業した学校であり、できるならば他の華族の子弟も多く入る学習院で知人を沢山作って欲しいと願うのは私と常子の我儘なのだ。
宏禎は学習院がどうしても行きたい学び舎とは必ずしも考えていないようではあるが、両親の希望に沿う形で学習院初等科を選んだようである。
因みに学習院初等科に通学するにあたり、馬車等での通学は、富める者と富まざる者の格差をあからさまに見せつけることになるので、学校側はあくまで強制ではないとしながらも馬車等の送迎を自粛するよう親たちに促している。
従って花鳥宮家としてはよほどのことがない限り、宏禎の通学に馬車等の使用は控え、侍従・女官等の送迎も控えるようにしなければならない。
その点、本家である富士野宮家からの通学ならば徒歩でも精々十分程度であるから通学に問題は無いし、ましてや学内の寮に入れば通学の心配は全くないことになる。
尤も高学年になればともかく初等科一年生で寮に入る生徒も極めて稀ではあるようだ。
学校側も仮にそのような生徒で10歳未満の者がいる場合は、特別に世話をする者が寮内で傍につくことも許可制で認めているので、宏禎の入寮には侍従一人を付けている。
明治37年に日露戦争が勃発、私も海軍少佐として旗艦三笠に乗り組み30センチ砲塔の指揮を行っていたが、黄海海戦にて被弾し名誉の負傷を負った。
この黄海海戦では旅順艦隊を殲滅するという所期の目的を達することができず、後の日本海海戦に大きな教訓を残すことになった。
明治38年の日本海海戦と奉天会戦における日本側の勝利を経て、米国ポーツマスにて米国大統領の斡旋による日露講和会議が開催された。
この講和会議では交渉自体がかなり難航し、朝鮮半島、遼東半島及び満州の利権、並び樺太全島の割譲を得たものの、賠償金が一切ないという極めて不本意な結果に終わった。
実のところ、経済的にはこれ以上戦争継続ができないところまで追いつめられていた我が国としては、講和で得るものがあったことだけでも良しとせねばならないが、生憎と市井の者にはそうした政府の懐事情を知らされてはいなかった。
破産寸前の国家があれ以上の無茶な要求をして、講和を放棄し、戦争継続を行えばいずれ破綻しかなかったのである。
戦争前の状況分析では、日露の国力で凡そ10倍以上の開きがあったのだ。
これを打開し、局地戦で勝利を得られたのは、間違いなく将兵の貫徹精神力なのだが、10万を超える将兵の命という非常に大きな犠牲を伴ってのことであり、逆にこのことが悪い影響を将来に与えそうで私自身は怖いと思っているのである。
『成せば成る』も時によりけりで、場合によっては決して成せない場合もあるのだ。
それを知っていて可能事を成そうとするならばよいのだが、不可能事を無理強いしては国も軍も持たないであろう。
正直なところ私は政(まつりごと)には向かないと思うから、今後とも勝手知ったる海軍で微力を尽くそうと思っている。
その意味においても、宏禎の無線電話が日本海海戦で実用に供され、ロシア艦隊の発見通報、戦闘指揮及び艦隊内連絡において大いに功績があったことは父として実に鼻が高いことであった。
その結果は予想した通りであり、『これは間違いなく軍機となりうる物ですので、外部には絶対に秘匿してください。』と当該将校に念押しされ、品物は工廠で確認するために一旦彼が持ち帰った。
因みに便器は半月ほどの施工工事で利用できるようになったが、用を足した後の洗浄装置までも装備された優れものであり、すぐに手放せなくなったのは言うまでもない。
常子などは、これのないところではご不浄に行けなくなってしまいそうと本音を漏らしていた。
海軍工廠の将校が携帯無線電話を持ち帰ってから概ね一月後の二月半ば、海軍艦政本部第三部長(電気部門)の井上大佐が側近二名と共に直々に我が家を訪れ、我が子宏禎と小一時間ほども話をした後で、新型電池一個に付き10円、携帯型無線電話機1機に付き10円、中継装置1基につき100円、交換機1基に付き500円との買値を付けて、継続的な製造を宏禎に頼んだのだった。
これは大変な受注金額となる。
明治35年の時世では、小学校の教員で月に8円程度の給与、ベテランの大工などの技術者で月に20円程度(日当80銭程度)が相場である。
米1俵(60キログラム)の値段がやや変動はあるものの6円ほどであるから、新型電池1個が米二俵弱にも相当するというのは相当に高い価値が認められたことになる。
因みに原価はというと材料費からだけで言えば、宏禎が私の許しを得て花鳥宮の土蔵から持ち出した不要な金錆物や庭土から作ったものであって労力以外はほぼただである。
因みにこの不要な金錆物は所謂ガラクタであって、いずれ捨てようと思っていた物であったので、宏禎から申し出があった際に私が即刻許したものであった。
その際には、まさか宏禎がこのような物を産み出すとは想像もしていなかったのは無論のことである。
但し、今後は受注に応じて必要な材料を買い求めなければならないようであるから、全くのただとは行かない。
その辺を計算し、また、希少性と高機能な性能から、井上大佐が独自に値踏みしたものであるらしい。
宏禎はそうした依頼があることを見越していたのか、既存の手持ち原料から新型電池100個、携帯無線電話機100台、中継装置30台、交換機2台を空いていた土蔵に別枠で準備しており、正式な要請があった翌日には艦政本部へ引き渡すとともに、原料素材が海軍で準備できる限り三か月に一度同量以上を引き渡すことを約したのである。
宏禎が海軍に要求した素材原料は、僅かのくず鉄と海水がドラム缶で5本程度、それに我が家の庭に簡易浄化装置を設置したときに掘り出した土砂と同じような土砂や岩石が大半であるという。
金の支払いについては、お上の御用銀行でもある第十五銀行に宏禎名義の口座を作り、それを艦政本部に通知して振り込むようにしてもらうこととなった。
年端の行かぬ宏禎単独では銀行口座を開設できないので、私が直接赤坂の第十五銀行にまで宏禎を連れて行くことにした。
もちろん口座開設のためには、銀行への届け出印も要るのだが、宏禎は何処で手に入れたか深緑色の石《宏禎曰くコスモクロア輝石という希少なものであるらしい》で実印、銀行印、認印の印鑑を作り上げていた。
宏禎自らが、数種の小刀を使って彫り上げたのだそうだが、素人造りの稚拙なものではなく、玄人の判子屋が造ったような風合いが感じられる見事な出来栄えであった。
斯様に普段からあれやこれやとあって、宏禎に関しては、数えで7歳に過ぎない子であることをすぐに忘れてしまいそうになって困る。
新たな品の製造にしろ、印鑑造りにしろ、私を含めて普通の大人でも容易にはできないことをいとも簡単に成し遂げてしまうところが実に頼もしく、そしてまた怖いとも思うのである。
何れにしろ、軍備には余り関わりが無いと思われる便器とその水洗システムについては、農商務省の特許局に申請を出させている。
まぁ、これとても便座に尻の洗浄機能がついているから三笠の便器に比べると随分と使い勝手が良いと思うのだが、流石に便器まで軍機とする必要はないと判断したのだ。
無論、宏禎だけでは特許の申請すら受け付けてはもらえないだろうから、侍従の金子正明を宏禎に付けて特許局に行かせたのである。
金子の報告では特許局でも就学前の児童が特許申請に訪れるなど前代未聞のこととして随分と驚かれたようであるが、それはそれとして宮家の威光もあって申請そのものは正式に受理され、早ければ三か月後にはその帰趨が判明すると言う。
庭の桜が七分咲きとなった明治36年4月6日、我が子宏禎は常子に連れられて学習院初等科に入学した。
花鳥宮家の屋敷のある三田から学習院初等科のある四ツ谷までは凡そ6キロある。
決して歩けない距離ではないが、それこそ幼児が毎日通学するには少々無理があるだろう。
従って、学習院初等科に入るならば、紀尾井町にある富士野宮本家の邸から通うか、寮に入るかを選ばねばならないのだが、その件を宏禎に尋ねると、宏禎は即座に寮に入ると答えた。
無論、学習院初等科を諦めて最寄りの小学校に入学しても何ら差し支えないのであるが、学習院初等科は私も卒業した学校であり、できるならば他の華族の子弟も多く入る学習院で知人を沢山作って欲しいと願うのは私と常子の我儘なのだ。
宏禎は学習院がどうしても行きたい学び舎とは必ずしも考えていないようではあるが、両親の希望に沿う形で学習院初等科を選んだようである。
因みに学習院初等科に通学するにあたり、馬車等での通学は、富める者と富まざる者の格差をあからさまに見せつけることになるので、学校側はあくまで強制ではないとしながらも馬車等の送迎を自粛するよう親たちに促している。
従って花鳥宮家としてはよほどのことがない限り、宏禎の通学に馬車等の使用は控え、侍従・女官等の送迎も控えるようにしなければならない。
その点、本家である富士野宮家からの通学ならば徒歩でも精々十分程度であるから通学に問題は無いし、ましてや学内の寮に入れば通学の心配は全くないことになる。
尤も高学年になればともかく初等科一年生で寮に入る生徒も極めて稀ではあるようだ。
学校側も仮にそのような生徒で10歳未満の者がいる場合は、特別に世話をする者が寮内で傍につくことも許可制で認めているので、宏禎の入寮には侍従一人を付けている。
明治37年に日露戦争が勃発、私も海軍少佐として旗艦三笠に乗り組み30センチ砲塔の指揮を行っていたが、黄海海戦にて被弾し名誉の負傷を負った。
この黄海海戦では旅順艦隊を殲滅するという所期の目的を達することができず、後の日本海海戦に大きな教訓を残すことになった。
明治38年の日本海海戦と奉天会戦における日本側の勝利を経て、米国ポーツマスにて米国大統領の斡旋による日露講和会議が開催された。
この講和会議では交渉自体がかなり難航し、朝鮮半島、遼東半島及び満州の利権、並び樺太全島の割譲を得たものの、賠償金が一切ないという極めて不本意な結果に終わった。
実のところ、経済的にはこれ以上戦争継続ができないところまで追いつめられていた我が国としては、講和で得るものがあったことだけでも良しとせねばならないが、生憎と市井の者にはそうした政府の懐事情を知らされてはいなかった。
破産寸前の国家があれ以上の無茶な要求をして、講和を放棄し、戦争継続を行えばいずれ破綻しかなかったのである。
戦争前の状況分析では、日露の国力で凡そ10倍以上の開きがあったのだ。
これを打開し、局地戦で勝利を得られたのは、間違いなく将兵の貫徹精神力なのだが、10万を超える将兵の命という非常に大きな犠牲を伴ってのことであり、逆にこのことが悪い影響を将来に与えそうで私自身は怖いと思っているのである。
『成せば成る』も時によりけりで、場合によっては決して成せない場合もあるのだ。
それを知っていて可能事を成そうとするならばよいのだが、不可能事を無理強いしては国も軍も持たないであろう。
正直なところ私は政(まつりごと)には向かないと思うから、今後とも勝手知ったる海軍で微力を尽くそうと思っている。
その意味においても、宏禎の無線電話が日本海海戦で実用に供され、ロシア艦隊の発見通報、戦闘指揮及び艦隊内連絡において大いに功績があったことは父として実に鼻が高いことであった。
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