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第四章 戦に負けないために
4-16 紅兵団の動き その三
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再度、寺島基地長は暫しの時間を置いた。
「どうかな。
判ったかね。」
4人の娘達は顔を見合わせた。
サキが代表するように発言した。
「基地長のおっしゃられた事は良く判ります。
しかしながら、実質的な指揮権を我々に与え、その結果責任だけを、艦長や基地長が取ると言うのは納得できません。
我々、連隊長も責任を取るべきだと思いますが。」
「ふむ、君らがそう言うのではないかと思ってはいたが、・・・。
良いかね。
肝心な点を一つ言おう。
我々は、君達と同様に種々の教育を受け、知識はある。
我々が全面的に部隊の指揮を執れば君達が責任を問われる事も無いだろう。
だが、我々が持っているのは知識だけで、君達が1年以上にも渡って続けてきた訓練を受けてはいないのだよ。
我々も出来るならば君達の指揮を執っては見たいと思うのだが、それは出来ない相談だ。
我々は陸海軍の因習を強く受けた者なのだよ。
仮に君達部隊の指揮を執った場合、おそらくはやりすぎるだろう。
完膚なきまでに相手を叩きのめす事しか我々にはできないのだ。
だからその加減ができる君達が指揮を執るしかない。
我々が指揮を執っていれば必ず付きまとう結果責任は、君達が指揮を執った場合の方が遥かに軽減されているはずなのだ。
だから安心して任せられる。」
「何か、妙な屁理屈のようにも聞こえますが・・・。
いずれにせよ、私達にも覚悟があります。
自分のなした行為で生じた結果から逃げるようなことは決してしたく有りません。」
「ふむ、君の気持ちはわかるが、これだけは曲げて了解して欲しい。
我々が総帥と協議し、決めたことなのだ。
総帥や我々のたっての願いとして聞いて欲しいのだ。」
青龍艦長の大河原貞行が発言した。
「河合サキ君だな。
君の考えは立派だが、国家行為に対して個人が責任を取ることは無い。
もし個人が責任を問われるならば、戦闘に参加する全ての将兵が殺人罪で処罰されなければならない。
国家行為の故をもって処罰されるべきは、政治中枢にあるべき政治家であり、当該国家行為を命じ、あるいはそれを許した国家元首ということになる。
天皇陛下にそれを求める事は恐れ多いことだから、仮にその責任を負うとするならば宰相が責任をとることになるだろうが、・・・。
だが、一般的には国家行為を罰する法律や国際慣習は無いのだよ。
無論、戦争犯罪として条約で定められた規定に違反した行為を行った場合には、関わった個人又は集団が罰せられる事もありえるが、・・・・。
基地長が言いたかったのは、観念的な精神負担を軽減する事なのだ。
君達連隊長には連隊の隊員に対する責任がある。
それを全うするだけで我々の責任は軽減され、あるいは消滅する。
我々がこの件で君達に求めている事はそれだけだ。」
「しかし、・・・」
「いや、申し訳ないが、この件はここらでお仕舞いにしよう。
我々も、君達もこれからやらねばならないことが沢山ある。
現状では、総帥の努力によって政府の軌道修正が種々なされていることから、当面戦の回避ができているが、欧州戦線にまではさすがに総帥の力も及ばない。
その状況次第では、米国が動き出すだろう。
米国が一旦モンロー主義を廃してしまえば、欧州での戦いに参戦するのも、アジアで眼の上のたんこぶになりつつある我が帝国に戦いを挑むのも同じことだ。
現実に、米国首脳は大西洋と太平洋の両面作戦を考えている節がある。
いずれ遠からぬ内に、間違いなく、米国はドイツに対して宣戦布告をするだろう。
一方、アジアについては、日中の不可侵条約締結に際しての条件の一つに、外国の軍隊の進駐等を認めないという条項があるが、あれが格好の標的になるだろう。
蒋介石率いる国民党政府が応じるかどうかも一つの大きな要因なのだが、米国の武力を背景として難癖をつけられたら、只でさえ、未だに中国共産党との覇権争いが続いていて、大勢は国民党政府側に傾いているものの、国内的にまとめ切れていない状態の国民党政府だから、いずれ米国の無理難題に応じるかもしれない。
不可侵条約の合意条件を破って米軍の進駐を認めれば、帝国も黙って指を銜えているわけには行かないだろう。
一旦は、押し黙った陸軍の大陸進駐派の勢力が蠢き始めるのは時間の問題だ。
しかも、これは講和の際の秘密議事録ではあるが、米ソの進駐等があった場合、帝国は帝国に対する宣戦布告と看做すとの宣言さえもなしている。
米国がその内容を知っているならば、先ずこれを利用してくるに違いない。
国民党政府幹部には親米派もいるから間違いなく情報は漏れている。
早ければ年末までに、遅くても来年春には何らかの動きがあるだろう。
米国の対応が遅くなればなるほど英国が持たなくなる。
来年春まで待ってそれでも米国の動きに変化が無ければ、総帥は別の手段も考えておられるようだ。」
「まさか、こちらから宣戦布告を?」
第三連隊長の横山美保が尋ねた。
「若干違うが、似たようなものかな。
状況如何にもよるが総帥は第二次日英同盟を最終的に考えているようだ。」
寺島基地長がそう言うと、第二連隊長の高浜洋子が疑問の声を上げる。
「日英同盟と申しても、ドイツ以上に同盟のメリットは無いはず、・・・。
また、どうしてそのような古証文を持ち出したのでしょう。
英国と同盟を結べば、帝国はドイツと戦わねばなりませんが、それは、帝国の戦を回避しようとしている総帥の信条に反するものです。
また、ドイツ陸軍と戦っても打ち破る戦力はございますが、それは取りも直さず、ソ連を助けることにもつながります。
ソ連の共産主義を紛い物と批判されている総帥のお考えに反すると思いますが・・・。」
「なるほど、君達も紅花談話をよく読んでいるようだね。
だが、投稿者の名は伏せてあるはずだが、よくわかったねぇ。」
「それは、・・・・最初は誰か分かりませんでしたが、・・・。
総帥の訓示や公式発言などを比べて見ると意外と類似点が多いんです。
決定的だったのは、この度の移動に際してのメッセージでした。
あれで、間違いないと確信しました。」
「なるほど、女性の直感恐るべし、・・・かな。
だがね。
総帥は、戦は出来るだけ避けようとしておられるが、決して平和主義者ではない。
君達の紅兵団創設などは正しくその証拠を地で行っているようなものだ。
避ける事の出来ない戦いならば受けて立つお人なのだよ。
今のドイツ首脳は少々の説得に応じるわけが無い。
欧州制覇を企んでいるのだから無理もないが、ヒトラーが生きている以上は神がかりな侵略をやめようとしないだろう。
それに米国が参戦しない場合、放置すれば大勢の無辜の民が戦争以外の事由で死ぬ事になる。
余り表面化していない事実だが、ナチスドイツはユダヤ民族を根絶やしにしようとしている。
既にドイツ国内は元より、ドイツ占領域内で数十万以上に及ぶユダヤ人が迫害を受け、あるいは虐殺されている。
実は、ソ連でも同様のことが秘密裏に行われている。
民族同士の諍いはよくあることではあるが、一つの民族を根絶やしにしようとする蛮行は過去にも余り例が無いはずだ。
いずれにせよ、総帥はそうした蛮行を止めるためには、戦も止むなしと考えておられる。
昨年12月に君達へ訓示を行った際もそのような意図は示唆していたはずだ。
非道な国家権力によって苦しむ民衆を救うことが君達の任務であるとね。
総帥は我が国だけではなく世界の行く末を見据えている。
だから、利己主義、排他主義の国家には憤りを感じておられる。
日英同盟を結ぶにしても、英国にはかなりの譲歩を求める事になるだろう。
英国植民地の独立が交換条件となるだろう。
無論、戦後の措置となるだろうが、それなくば英国も自国の利益のみを追求する古狸だから、救うに値しないと考えているはず。
ソ連を助ける事になるとの考え方もあるが、そうではない。
ドイツの蛮行と一緒にソ連のそれも暴くつもりなのだよ。
そのため、場合によってはソ連との戦いも避けられないだろう。
総帥はそこまで考えておられると私は確信している。
ドイツもソ連も人としてやってはいけないことを、国家権力を背景に強行している。
それを止められるのは、米国か総帥の控える我が帝国だけなのだ。
米国が動かなければ、帝国を動かすしかないだろう。」
第四連隊長の佐々木絵里子が尋ねる。
「でもそれでは、仮に米国が動いた場合、特に米国が太平洋、大西洋の両面 での戦端を開いた場合、我が帝国が米国に勝ってしまうとドイツを助ける事になります。
それもまた拙いのでは・・・。」
「ふむ、・・・。
佐々木君が指摘した矛盾を河合君はどう思うかね。」
「さぁ、今までそこまで深くは考えては見ませんでしたけれど・・・。
私が総帥の立場であるならば、米国との戦には勝ちすぎないようにバランスをとると思います。
米国がドイツとの戦いに勝利してから、必要ならば米国に負けを認めさせる。
あるいは、米国に我が帝国と戦う事の無意味さを教え、アジアを諦めさせる。
その上で米国と講和を結び、場合によっては米国を支援してドイツを降伏に追い込むという筋書きでしょうか。」
「その通りだろうね。
世界は微妙なバランスによって保たれている。
どこかが崩れると、他方もバランスを失い、新たな問題が生じることになる。
ソ連が生き残れば資源と人材に恵まれた大国だから、いずれ米国と拮抗する事になるかもしれない。
ドイツが生き残るかどうかは別だが、少なくともナチスドイツは消えるだろう。
残念だがある意味で二極化は避けられないだろうという見方もされているようだ。
だが、世界は二つの世界で割り切れるような単純なものではない。
総帥は、避けられないものならば、我が帝国をも含めた多極化世界を作ろうとしているのではないだろうか。
考えられるのは、英仏を中心とした欧州共同体、ソ連、米国、日本、それにアジア、アフリカ、ラテンアメリカの開発途上国、さらに石油資源の豊富な中近東世界による多極化構造だ。
国際連盟は、所詮、先進国の仲良しクラブに過ぎないと総帥は日頃から言っておられる。
新たな国際組織をつくるにしても、世界統一政府を目指すものでなければ、世界に戦争は絶えないだろうとも仰っている。
総帥の最終的な目標は其処にあるのじゃないかな。
これはあくまで私の推測だが、君達紅兵団だけの戦力で世界制覇も可能だろう。
だが、総帥は、武力での制圧や制覇を必ずしも望んでいない。
紅兵団は止むを得ざる場合に備えての武力と割り切っておられるようだ。
私達老体が総帥に傾倒しているのもそうした総帥の人柄によるところが大きいのだよ。
国民のためならばいざ知らず、国民を省みずに、軍が軍のために暴走してはならないはずなのに、残念ながらこれまでの帝国は道を外していた。
それには、我々元軍人の果たした役割も大きく、非常に責任を感じているところだ。
ここ数年ほどの間に、総帥がかなりの軌道修正をされたが、依然として過去のわだかまりや軋みは残っている。
但し、これは一朝一夕には解決できないものであり、時を待つしかないだろう。」
サキが尋ねた。
「そういう方面で私達の部隊が、何か貢献出来る事があるのでしょうか。」
「あるだろうと私は確信している。
君らの率いる部隊が、今後の活動で残すであろう実績が世の中を変えるはずだ。
最初に偏見に満ちた社会に風穴を開けることができる。
次にそれを土台に種々の変革が始まることになる。
それには総帥の持つ先進的な知識と技術が役立つはずだし、総帥もそれを望んでいる。
君達には見えない別のところで、そうした地味な作業も着実に行われている。
但し、戦略的な意味合いもあって、その殆どが公表されていない。
変革には周到な準備が必要だ。
総帥はその変革の時期を探っている状況だ。
このまま、平穏に過ごせればそれに越したことは無いし、じっくりと作業を進められるが、それは余りに楽観的に過ぎるだろう。
戦が始まれば、否応無くその作業は加速される事になっている。
加速される事によっていろいろなリスクも負う事になるが、止むを得まい。
その場合、おそらく大半の作業計画が公表される事になるだろうが、そうすることで起きるであろう一般社会の動揺と混乱を鎮めるには宰相として相当の政治力が必要だ。
今の九重首相では無理だろう。
本当は、総帥が首相になるのが一番理想的なのだが、あのお人はそういう役柄を最も嫌っている。」
「では、総帥はあくまでフィクサーとして動かれると言う事ですか。」
「そうなるだろうなぁ。」
「でも、それでは改革の責任を人に押し付けていることにはなりませんか。
それが事実ならば総帥のお考えとはいえ、おかしいのではないでしょうか。
困難な仕事を人に押し付けたまま、ほっかむりをしているようなものだと思います。」
「おやおや、河合君もかなり過激だねぇ。
君の言う事も判らないではないが、・・・。
総帥の名誉のためにここは私が代わって一言弁解しておこう。
総帥はもともと政治家という仕事の価値を余り認めていない。
特に帝国は立憲君主制を執っていながら、民主主義という日和見的な政治体制に陥っている。
民主主義は多数決という一見公平な制度だが、場合によってはこれほど乱暴な制度も無い。
そこに軍部が介入したから、妙な政治体制が出来上がってしまった。
横暴であれ、無茶であれ、多数が絶対正義なのだから魔女裁判だって可能だ。
理想的なのはアリストテレスの哲人政治だが、一般に学者的な哲人は社会や世相に疎く、理念的なものに陥りやすく、その趣旨を理解しない者の反感を招くだけだろう。
結局は、理想的な政治体制などない。
総帥は必ずしも無政府主義者ではないが、害を及ぼす政府ならば無い方がましだと、以前、図らずも口に出された事がある。
欧米諸国も大半は立憲君主制ではないが、最終的に民意と称する付和雷同組によって政策を左右されがちで、特に、政党政治は利益者代表の性格が強いために汚職の温床になる。
総帥は、残念ながら、ご自分のことを、哲人に近い存在かもしれないが、絶対的な善人にはなれないと考えているし、議論で無駄な時間を潰したくないと考えられている。
確かに一国の宰相ともなれば、自由な時間など無く、公務と尽きる事の無い政争に追われているのが現実だ。
公務は別として、総帥は世のためになるとわかっていても、保身のためだけにそうした無駄な時間を費やしたくないと思ってらっしゃる。
保身を考える必要がなければ、多大な自己犠牲を強いられても、有効と思われることならばどんなに面倒な議論も説得もいとわない。
そういうお方だ。あの人は、・・・。
だから、周囲の適切な人物のブレインとなって、その人物を動かしている。
人には人なりの役柄と言うものがある。
宰相には総帥が一番適任ではあるが、同時に総帥ほどの人物が政治家風情に身を崩す必要は無いと私も思っている。
フィクサーで有り続けることが、あの方の持ち味を一番発揮できるのだと思うよ。」
「そう・・ですか。
何だか、釈然とはしませんが、・・。
でも、よく考えてみると、総帥が宰相になるべきだと薦めることも、ある意味で無責任なお節介ですものね。
そういう私自身、総帥の力に甘えて責任逃れをしているのかもしれません。
前言は取り消します。」
「そう言って貰えると、私も総帥の代弁をした甲斐があるというものだ。
いずれにしろ、帝国の守役は総帥にお任せして、我々は取り敢えず総帥から期待されている任務を達成する事に全精力を傾けようではないか。」
「ハイッ。」
娘達は声を揃えて返事をした。
その後、それぞれの艦長と簡単な個別打ち合わせをしてから、娘達は宿舎に引き上げた。
青龍の出港は、サキの申し入れにより、15年6月17日午前9時と決定した。
艦に馴れるためには、岸壁繋留のまま、各種の現状確認と訓練を行ってから出港する必要があると考えたのである。
大河原艦長も同意してくれた。
いずれにせよ、その日の午後一番には隊員全員の引越しが必要であり、引越し整理に約3時間、1600に艦長乗艦の上、艦内大ホールで艦長訓示を行うスケジュールとしたのである。
13日1300からの引越しは大規模なものであり、混雑を極めたが、予定通りのスケジュールでこなされた。
艦内では階級に応じ宿舎と同様のスペースが与えられている。
艦長補佐の加賀谷直美参謀には、サキと同じスペースの部屋が用意され、また二人の副官が付いた。
大河原艦長には、更に大きな部屋と三人も副官が割り当てられた。
加賀谷参謀と大河原艦長は既に引越しを済ませており、1555には二人が乗艦してきた。
艦長訓示の後、割り当て部署ごとの装備確認を、夕食を挟んで実施させた。
2000には一旦作業を中断、翌日の0800から作業を再開させたのである。
五千人を超える人員ではありながら、巨大な艦内では蟻の行列と同様であり、装備確認作業は14日夕刻までかかった。
装備確認の結果、機器の二箇所に作動不良を発見し、原因を調査、必要な修理を行って作業を完了したのである。
作業終了後、サキは各科責任者を集め、翌日の訓練について打ち合わせを行った。
訓練自体は、停泊したままなのでシミュレーション訓練となるが、15日0800から丸1日をかけて各科単位の訓練、16日には各科連携の総合訓練を実施することにした。
「どうかな。
判ったかね。」
4人の娘達は顔を見合わせた。
サキが代表するように発言した。
「基地長のおっしゃられた事は良く判ります。
しかしながら、実質的な指揮権を我々に与え、その結果責任だけを、艦長や基地長が取ると言うのは納得できません。
我々、連隊長も責任を取るべきだと思いますが。」
「ふむ、君らがそう言うのではないかと思ってはいたが、・・・。
良いかね。
肝心な点を一つ言おう。
我々は、君達と同様に種々の教育を受け、知識はある。
我々が全面的に部隊の指揮を執れば君達が責任を問われる事も無いだろう。
だが、我々が持っているのは知識だけで、君達が1年以上にも渡って続けてきた訓練を受けてはいないのだよ。
我々も出来るならば君達の指揮を執っては見たいと思うのだが、それは出来ない相談だ。
我々は陸海軍の因習を強く受けた者なのだよ。
仮に君達部隊の指揮を執った場合、おそらくはやりすぎるだろう。
完膚なきまでに相手を叩きのめす事しか我々にはできないのだ。
だからその加減ができる君達が指揮を執るしかない。
我々が指揮を執っていれば必ず付きまとう結果責任は、君達が指揮を執った場合の方が遥かに軽減されているはずなのだ。
だから安心して任せられる。」
「何か、妙な屁理屈のようにも聞こえますが・・・。
いずれにせよ、私達にも覚悟があります。
自分のなした行為で生じた結果から逃げるようなことは決してしたく有りません。」
「ふむ、君の気持ちはわかるが、これだけは曲げて了解して欲しい。
我々が総帥と協議し、決めたことなのだ。
総帥や我々のたっての願いとして聞いて欲しいのだ。」
青龍艦長の大河原貞行が発言した。
「河合サキ君だな。
君の考えは立派だが、国家行為に対して個人が責任を取ることは無い。
もし個人が責任を問われるならば、戦闘に参加する全ての将兵が殺人罪で処罰されなければならない。
国家行為の故をもって処罰されるべきは、政治中枢にあるべき政治家であり、当該国家行為を命じ、あるいはそれを許した国家元首ということになる。
天皇陛下にそれを求める事は恐れ多いことだから、仮にその責任を負うとするならば宰相が責任をとることになるだろうが、・・・。
だが、一般的には国家行為を罰する法律や国際慣習は無いのだよ。
無論、戦争犯罪として条約で定められた規定に違反した行為を行った場合には、関わった個人又は集団が罰せられる事もありえるが、・・・・。
基地長が言いたかったのは、観念的な精神負担を軽減する事なのだ。
君達連隊長には連隊の隊員に対する責任がある。
それを全うするだけで我々の責任は軽減され、あるいは消滅する。
我々がこの件で君達に求めている事はそれだけだ。」
「しかし、・・・」
「いや、申し訳ないが、この件はここらでお仕舞いにしよう。
我々も、君達もこれからやらねばならないことが沢山ある。
現状では、総帥の努力によって政府の軌道修正が種々なされていることから、当面戦の回避ができているが、欧州戦線にまではさすがに総帥の力も及ばない。
その状況次第では、米国が動き出すだろう。
米国が一旦モンロー主義を廃してしまえば、欧州での戦いに参戦するのも、アジアで眼の上のたんこぶになりつつある我が帝国に戦いを挑むのも同じことだ。
現実に、米国首脳は大西洋と太平洋の両面作戦を考えている節がある。
いずれ遠からぬ内に、間違いなく、米国はドイツに対して宣戦布告をするだろう。
一方、アジアについては、日中の不可侵条約締結に際しての条件の一つに、外国の軍隊の進駐等を認めないという条項があるが、あれが格好の標的になるだろう。
蒋介石率いる国民党政府が応じるかどうかも一つの大きな要因なのだが、米国の武力を背景として難癖をつけられたら、只でさえ、未だに中国共産党との覇権争いが続いていて、大勢は国民党政府側に傾いているものの、国内的にまとめ切れていない状態の国民党政府だから、いずれ米国の無理難題に応じるかもしれない。
不可侵条約の合意条件を破って米軍の進駐を認めれば、帝国も黙って指を銜えているわけには行かないだろう。
一旦は、押し黙った陸軍の大陸進駐派の勢力が蠢き始めるのは時間の問題だ。
しかも、これは講和の際の秘密議事録ではあるが、米ソの進駐等があった場合、帝国は帝国に対する宣戦布告と看做すとの宣言さえもなしている。
米国がその内容を知っているならば、先ずこれを利用してくるに違いない。
国民党政府幹部には親米派もいるから間違いなく情報は漏れている。
早ければ年末までに、遅くても来年春には何らかの動きがあるだろう。
米国の対応が遅くなればなるほど英国が持たなくなる。
来年春まで待ってそれでも米国の動きに変化が無ければ、総帥は別の手段も考えておられるようだ。」
「まさか、こちらから宣戦布告を?」
第三連隊長の横山美保が尋ねた。
「若干違うが、似たようなものかな。
状況如何にもよるが総帥は第二次日英同盟を最終的に考えているようだ。」
寺島基地長がそう言うと、第二連隊長の高浜洋子が疑問の声を上げる。
「日英同盟と申しても、ドイツ以上に同盟のメリットは無いはず、・・・。
また、どうしてそのような古証文を持ち出したのでしょう。
英国と同盟を結べば、帝国はドイツと戦わねばなりませんが、それは、帝国の戦を回避しようとしている総帥の信条に反するものです。
また、ドイツ陸軍と戦っても打ち破る戦力はございますが、それは取りも直さず、ソ連を助けることにもつながります。
ソ連の共産主義を紛い物と批判されている総帥のお考えに反すると思いますが・・・。」
「なるほど、君達も紅花談話をよく読んでいるようだね。
だが、投稿者の名は伏せてあるはずだが、よくわかったねぇ。」
「それは、・・・・最初は誰か分かりませんでしたが、・・・。
総帥の訓示や公式発言などを比べて見ると意外と類似点が多いんです。
決定的だったのは、この度の移動に際してのメッセージでした。
あれで、間違いないと確信しました。」
「なるほど、女性の直感恐るべし、・・・かな。
だがね。
総帥は、戦は出来るだけ避けようとしておられるが、決して平和主義者ではない。
君達の紅兵団創設などは正しくその証拠を地で行っているようなものだ。
避ける事の出来ない戦いならば受けて立つお人なのだよ。
今のドイツ首脳は少々の説得に応じるわけが無い。
欧州制覇を企んでいるのだから無理もないが、ヒトラーが生きている以上は神がかりな侵略をやめようとしないだろう。
それに米国が参戦しない場合、放置すれば大勢の無辜の民が戦争以外の事由で死ぬ事になる。
余り表面化していない事実だが、ナチスドイツはユダヤ民族を根絶やしにしようとしている。
既にドイツ国内は元より、ドイツ占領域内で数十万以上に及ぶユダヤ人が迫害を受け、あるいは虐殺されている。
実は、ソ連でも同様のことが秘密裏に行われている。
民族同士の諍いはよくあることではあるが、一つの民族を根絶やしにしようとする蛮行は過去にも余り例が無いはずだ。
いずれにせよ、総帥はそうした蛮行を止めるためには、戦も止むなしと考えておられる。
昨年12月に君達へ訓示を行った際もそのような意図は示唆していたはずだ。
非道な国家権力によって苦しむ民衆を救うことが君達の任務であるとね。
総帥は我が国だけではなく世界の行く末を見据えている。
だから、利己主義、排他主義の国家には憤りを感じておられる。
日英同盟を結ぶにしても、英国にはかなりの譲歩を求める事になるだろう。
英国植民地の独立が交換条件となるだろう。
無論、戦後の措置となるだろうが、それなくば英国も自国の利益のみを追求する古狸だから、救うに値しないと考えているはず。
ソ連を助ける事になるとの考え方もあるが、そうではない。
ドイツの蛮行と一緒にソ連のそれも暴くつもりなのだよ。
そのため、場合によってはソ連との戦いも避けられないだろう。
総帥はそこまで考えておられると私は確信している。
ドイツもソ連も人としてやってはいけないことを、国家権力を背景に強行している。
それを止められるのは、米国か総帥の控える我が帝国だけなのだ。
米国が動かなければ、帝国を動かすしかないだろう。」
第四連隊長の佐々木絵里子が尋ねる。
「でもそれでは、仮に米国が動いた場合、特に米国が太平洋、大西洋の両面 での戦端を開いた場合、我が帝国が米国に勝ってしまうとドイツを助ける事になります。
それもまた拙いのでは・・・。」
「ふむ、・・・。
佐々木君が指摘した矛盾を河合君はどう思うかね。」
「さぁ、今までそこまで深くは考えては見ませんでしたけれど・・・。
私が総帥の立場であるならば、米国との戦には勝ちすぎないようにバランスをとると思います。
米国がドイツとの戦いに勝利してから、必要ならば米国に負けを認めさせる。
あるいは、米国に我が帝国と戦う事の無意味さを教え、アジアを諦めさせる。
その上で米国と講和を結び、場合によっては米国を支援してドイツを降伏に追い込むという筋書きでしょうか。」
「その通りだろうね。
世界は微妙なバランスによって保たれている。
どこかが崩れると、他方もバランスを失い、新たな問題が生じることになる。
ソ連が生き残れば資源と人材に恵まれた大国だから、いずれ米国と拮抗する事になるかもしれない。
ドイツが生き残るかどうかは別だが、少なくともナチスドイツは消えるだろう。
残念だがある意味で二極化は避けられないだろうという見方もされているようだ。
だが、世界は二つの世界で割り切れるような単純なものではない。
総帥は、避けられないものならば、我が帝国をも含めた多極化世界を作ろうとしているのではないだろうか。
考えられるのは、英仏を中心とした欧州共同体、ソ連、米国、日本、それにアジア、アフリカ、ラテンアメリカの開発途上国、さらに石油資源の豊富な中近東世界による多極化構造だ。
国際連盟は、所詮、先進国の仲良しクラブに過ぎないと総帥は日頃から言っておられる。
新たな国際組織をつくるにしても、世界統一政府を目指すものでなければ、世界に戦争は絶えないだろうとも仰っている。
総帥の最終的な目標は其処にあるのじゃないかな。
これはあくまで私の推測だが、君達紅兵団だけの戦力で世界制覇も可能だろう。
だが、総帥は、武力での制圧や制覇を必ずしも望んでいない。
紅兵団は止むを得ざる場合に備えての武力と割り切っておられるようだ。
私達老体が総帥に傾倒しているのもそうした総帥の人柄によるところが大きいのだよ。
国民のためならばいざ知らず、国民を省みずに、軍が軍のために暴走してはならないはずなのに、残念ながらこれまでの帝国は道を外していた。
それには、我々元軍人の果たした役割も大きく、非常に責任を感じているところだ。
ここ数年ほどの間に、総帥がかなりの軌道修正をされたが、依然として過去のわだかまりや軋みは残っている。
但し、これは一朝一夕には解決できないものであり、時を待つしかないだろう。」
サキが尋ねた。
「そういう方面で私達の部隊が、何か貢献出来る事があるのでしょうか。」
「あるだろうと私は確信している。
君らの率いる部隊が、今後の活動で残すであろう実績が世の中を変えるはずだ。
最初に偏見に満ちた社会に風穴を開けることができる。
次にそれを土台に種々の変革が始まることになる。
それには総帥の持つ先進的な知識と技術が役立つはずだし、総帥もそれを望んでいる。
君達には見えない別のところで、そうした地味な作業も着実に行われている。
但し、戦略的な意味合いもあって、その殆どが公表されていない。
変革には周到な準備が必要だ。
総帥はその変革の時期を探っている状況だ。
このまま、平穏に過ごせればそれに越したことは無いし、じっくりと作業を進められるが、それは余りに楽観的に過ぎるだろう。
戦が始まれば、否応無くその作業は加速される事になっている。
加速される事によっていろいろなリスクも負う事になるが、止むを得まい。
その場合、おそらく大半の作業計画が公表される事になるだろうが、そうすることで起きるであろう一般社会の動揺と混乱を鎮めるには宰相として相当の政治力が必要だ。
今の九重首相では無理だろう。
本当は、総帥が首相になるのが一番理想的なのだが、あのお人はそういう役柄を最も嫌っている。」
「では、総帥はあくまでフィクサーとして動かれると言う事ですか。」
「そうなるだろうなぁ。」
「でも、それでは改革の責任を人に押し付けていることにはなりませんか。
それが事実ならば総帥のお考えとはいえ、おかしいのではないでしょうか。
困難な仕事を人に押し付けたまま、ほっかむりをしているようなものだと思います。」
「おやおや、河合君もかなり過激だねぇ。
君の言う事も判らないではないが、・・・。
総帥の名誉のためにここは私が代わって一言弁解しておこう。
総帥はもともと政治家という仕事の価値を余り認めていない。
特に帝国は立憲君主制を執っていながら、民主主義という日和見的な政治体制に陥っている。
民主主義は多数決という一見公平な制度だが、場合によってはこれほど乱暴な制度も無い。
そこに軍部が介入したから、妙な政治体制が出来上がってしまった。
横暴であれ、無茶であれ、多数が絶対正義なのだから魔女裁判だって可能だ。
理想的なのはアリストテレスの哲人政治だが、一般に学者的な哲人は社会や世相に疎く、理念的なものに陥りやすく、その趣旨を理解しない者の反感を招くだけだろう。
結局は、理想的な政治体制などない。
総帥は必ずしも無政府主義者ではないが、害を及ぼす政府ならば無い方がましだと、以前、図らずも口に出された事がある。
欧米諸国も大半は立憲君主制ではないが、最終的に民意と称する付和雷同組によって政策を左右されがちで、特に、政党政治は利益者代表の性格が強いために汚職の温床になる。
総帥は、残念ながら、ご自分のことを、哲人に近い存在かもしれないが、絶対的な善人にはなれないと考えているし、議論で無駄な時間を潰したくないと考えられている。
確かに一国の宰相ともなれば、自由な時間など無く、公務と尽きる事の無い政争に追われているのが現実だ。
公務は別として、総帥は世のためになるとわかっていても、保身のためだけにそうした無駄な時間を費やしたくないと思ってらっしゃる。
保身を考える必要がなければ、多大な自己犠牲を強いられても、有効と思われることならばどんなに面倒な議論も説得もいとわない。
そういうお方だ。あの人は、・・・。
だから、周囲の適切な人物のブレインとなって、その人物を動かしている。
人には人なりの役柄と言うものがある。
宰相には総帥が一番適任ではあるが、同時に総帥ほどの人物が政治家風情に身を崩す必要は無いと私も思っている。
フィクサーで有り続けることが、あの方の持ち味を一番発揮できるのだと思うよ。」
「そう・・ですか。
何だか、釈然とはしませんが、・・。
でも、よく考えてみると、総帥が宰相になるべきだと薦めることも、ある意味で無責任なお節介ですものね。
そういう私自身、総帥の力に甘えて責任逃れをしているのかもしれません。
前言は取り消します。」
「そう言って貰えると、私も総帥の代弁をした甲斐があるというものだ。
いずれにしろ、帝国の守役は総帥にお任せして、我々は取り敢えず総帥から期待されている任務を達成する事に全精力を傾けようではないか。」
「ハイッ。」
娘達は声を揃えて返事をした。
その後、それぞれの艦長と簡単な個別打ち合わせをしてから、娘達は宿舎に引き上げた。
青龍の出港は、サキの申し入れにより、15年6月17日午前9時と決定した。
艦に馴れるためには、岸壁繋留のまま、各種の現状確認と訓練を行ってから出港する必要があると考えたのである。
大河原艦長も同意してくれた。
いずれにせよ、その日の午後一番には隊員全員の引越しが必要であり、引越し整理に約3時間、1600に艦長乗艦の上、艦内大ホールで艦長訓示を行うスケジュールとしたのである。
13日1300からの引越しは大規模なものであり、混雑を極めたが、予定通りのスケジュールでこなされた。
艦内では階級に応じ宿舎と同様のスペースが与えられている。
艦長補佐の加賀谷直美参謀には、サキと同じスペースの部屋が用意され、また二人の副官が付いた。
大河原艦長には、更に大きな部屋と三人も副官が割り当てられた。
加賀谷参謀と大河原艦長は既に引越しを済ませており、1555には二人が乗艦してきた。
艦長訓示の後、割り当て部署ごとの装備確認を、夕食を挟んで実施させた。
2000には一旦作業を中断、翌日の0800から作業を再開させたのである。
五千人を超える人員ではありながら、巨大な艦内では蟻の行列と同様であり、装備確認作業は14日夕刻までかかった。
装備確認の結果、機器の二箇所に作動不良を発見し、原因を調査、必要な修理を行って作業を完了したのである。
作業終了後、サキは各科責任者を集め、翌日の訓練について打ち合わせを行った。
訓練自体は、停泊したままなのでシミュレーション訓練となるが、15日0800から丸1日をかけて各科単位の訓練、16日には各科連携の総合訓練を実施することにした。
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