仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監

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第三章 新たなる展開?

3ー17 米国政府の動き

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 時系列がさかのぼるが、1940年の夏場、米国政府は、内々に目論んでいた対日通商交渉の進展があまり無いことに苛立ち戸惑っていた。
 元々、無理難題を吹っかけて日本を怒らせるのが目的だった。

 しかしながら、その交渉材料となるはずであった日中紛争が、首相の急死に引き続くロイヤルファミリー皇族の首相が任命された途端に様相を変えてしまった。
 日中紛争は講和により集結してしまったのである。

 いまだ満州問題は残っているものの、交渉材料としてはあまりよろしくない。
 ことの是非はともかく、すでに成立している政府を否定することはかなり難しいのだ。

 そうして、もっと厄介なことには、チャイナ・ロビーの情報によれば、一時期、中国大陸の国共合作で動いていた一方の当事者である中国共産党幹部が一斉に抹殺される大事件が発生していたのだった。
 事件は、内蒙古に近い銀窩溝(インワクォ)村での出来事だった。
 
 1940年9月上旬、麻沢屯(マァ・ツァトン)をはじめとする中国共産党幹部が一堂に会して今後の活動方針を決める会議場が爆破され、中国共産党幹部に多数の死傷者が生じたのだった。
 この事件の原因は、私(吉崎)が自立行動のできるスパイ・インセクトを中国北部に空中からばらまいたことにより、魔道具を通じて察知した秘密集会の情報と、高空から監視していた高々度無人偵察機のデータ情報から場所と時間を特定したことによるものだった。

 更には、陸軍の要求に基づいて製造した爆撃機リー201が、試験飛行のために黒竜江省牡丹江海浪陸軍飛行場に立ち寄っていたのだが、これに新型爆弾のメ50番を搭載して、夜間にもかかわらず8千メートルの高空からピンポイント爆撃を実施させた結果だった。
 50番とは500キロ爆弾を意味するのだが、このメ50番は従来の500キロ爆弾の4~5倍の爆発力を有する新型火薬を用いた特殊爆弾である。

 この爆撃作戦自体は、陸海軍にも秘匿している私的な軍事作戦であり、詳細を知っている者は現地に派遣した整備員とロートル搭乗員のみに限定されていたものである。
 搭乗員の爆撃手が位置情報を入力すると、多少の横風が吹こうとその地点に向かってあやまたず落下する優れモノなのであった。

 この爆撃(現地では原因不明の爆発とされている)により、秘密会合の参集者およそ57名の内、麻沢屯をはじめとする56名の主要指導者と、共産党の協力者であり、会議場所を提供した地主一家7人が爆死した。
 唯一重傷ながらも生き残ったのは、彭徳淮ポン・ドーファイただ一人だった。

 たまたま、彼は便意を催したために小休止の間に便所に向かったのだが、たった一つの便所が家を貸してくれた家人に使われていたので、止む無く家屋から少し離れた場所で野糞をしていたところを爆撃されたのだった。
 爆撃に伴う爆風と破片等の飛散により、彭徳淮自身は右目が失明、右腕が吹き飛ばされた上に、破片で右太腰に裂傷を負う重症だったけれど、爆発音で駆け付けた他の村人に救助され一命を取り留めたのだった。

 しかしながら、その受傷が元でその後の活動に支障を来たすことになり、中国共産党からは除名されることになった。
 これまでの指導部を一挙に失ったことにより、中国共産党は後継者を巡って内部で権力争いが勃発、勢力が分散して徐々に求心力を失い、ソ連のテコ入れにも関わらず、次第に民心も離れ、その五年後にはほとんど自然消滅に近くなったのである。

 なお、帝国陸軍首脳部はこの八路軍幹部の一斉死亡についての情報を得ていたが一切の情報を秘匿した。
 何故なら、新型機の試験飛行中に発生した事案であり、当該航空機の関与が疑われたが、生憎と搭乗員も整備員も吉崎航空の手配で来ていたものであり、情報入手の時点では全員が海浪陸軍飛行場から撤収して帰国していたから、事情が聞けなかったということもある。

 そうして、試験飛行中の機体そのものが機密事項であったことと、八路軍由来の情報では航空爆撃ではなく会場に設置された爆弾ではないかとの情報が濃厚であった。
 確かに、航空機の夜間攻撃であるならば、爆撃地点付近の住民が爆撃機のエンジン音や爆弾が落下する際に生じる音を聞いていて然るべきなのに、その情報が欠けているのである。

 従って、時限爆弾等を使ったものと判断するしかなかったという事情もある。
 米国在住のチャイナ・ロビーのメンバーは、日中間の興和と中国共産党の幹部が原因不明の爆死という予想外の展開に焦燥感に駆られたものの、米国議会や親中派の大統領を動かす以外に方策は無かったのだった。

 その後、1年余を経て、ロズベルト政権は、日米通商航海条約の破棄を決断したことにより、日本という市場からていの良い締め出しを食らいそうな石油業界と米国自動車産業界、それにチャイナ・ロビーの圧力が増していた。
 一方、大日本帝国では、1938年(昭和13年)1月11日に、国民の体力向上、結核等伝染病への罹患防止、傷痍軍人や戦死者の遺族に関する行政機関として、内務省から衛生局及び社会局が分離される形で、厚生省が発足し、1官房5局(体力局、衛生局、予防局、社会局及び労働局)からなっていた。
 この厚生省の設置目的の一つに「結核への対応」という命題があったのだが、結核対抗薬としてモノマイシンという新薬の承認を1940年初夏に新興の吉崎製薬が厚生省に申請したのだった。

 新興の吉崎財閥は、三鷹に製薬会社を立ち上げ、抗生物質という新たな新薬を次々に生み出していたのだった。
 厚生省は新たな省庁ではあるけれど、そこに務める事務方の仕事ぶりは旧態然としており、既成団体の利権が優先されたために、吉崎製薬の新薬については棚上げされたまま中々に国内承認が下りなかった。

 しかしながら、吉崎製薬は、別途欧州及び米国等において、この新薬の承認を申請した結果、各国ともに結核が蔓延していたために、最短で一か月、長くても半年で販売承認が下りたのである。
 このため1940年(昭和15年)の晩秋から初冬にかけて、欧米向けの薬品として大々的に販売され始めていたのだった。

 更に半年経った1941年(昭和16年)初夏には、その薬効が大いに認められて各国から大量の輸出要望が出されるようにまでなっていた。
 この状況になっても帝国の厚生省は、中々国内販売の認可を出さなかったが、そもそもの厚生省組織の提唱者である手良内てらうち久一ひさいち陸軍大将から、書簡で『所管官庁が結核患者を捨て置いて関係団体や既存の会社の利権に走るとは何事也』との檄文げきぶんを送りつけられ、ついに新薬の認可を認めるに至ったのだった。

 いずれにしろ吉崎製薬のネームバリューは、既に国外で高まっており、厚生省の抵抗も限界に来ていたのだった。
 今のところ、日米の通商航海条約の効力が無くなっても、医薬品についての輸出を止めるつもりは吉崎個人には全く無い。

 しかしながら、国内で依然として結核が蔓延している米国にとっては大きな精神的負担になっていた。
 別に通商を完全に禁じているわけではないのだから、軍需物資以外は通常通り交易が続けられてはいるものの、米国政府の一方的な指定で原油、石油製品及びくず鉄や軍需物資は制限されている状態にあり、日本側が対抗策として対米輸出を禁ずることは何時いつでも可能なのだ。

 仮に戦争状態にでもなれば、吉崎製薬のモノマイシンは当然に直接輸入ができなくなるのはわかりきっている。
 件のモノマイシンは製造日からの有効期間が短いのだ。

 製造してから30日前後までの消費が一応の目安であり、冷蔵すれば今少し有効期間が延長されるが、それでも45日を超えることはできないとされている。
 従って、日数のかかる第三国経由で、モノマイシンを輸入することは場合により薬効を減ずるという非常に危険なことになる。

 そもそも結核菌を叩くには、病状の初期段階で、強力な抗生物質を投与することで耐性をつけさせずに結核菌を殲滅するのが大事なことなのだ。
 そのことはモノマイシン発売元の吉崎製薬から商社を通じて各国に周知されているほか、関連の学術論文も公表されているところである。

 仮に効能が薄れた薬剤を投与することで耐性がついてしまえば、以後の治療が非常に難しくなるとともに、より感染力を増大させることにもつながりかねない。
 その辺の説明は、ロズベルト大統領も医療担当補佐官のアダムスから聞いており、頭の痛い話であった。

 万が一にでも日米が戦争状態に陥れば、せっかく収まりかけた結核が国内に再び蔓延はびこりかねないのだ。
 しかも経済担当補佐官からは、1941年上半期におけるブレイン・スタッフ達の最新の情報分析では、通商航海条約の破棄に伴う経済封鎖を実施しても日本に対してはほとんど効果が生じないだろうとの判定がなされている旨を聞いている。

 米国が日本の生殺与奪を握っていると思われた原油は、樺太石油のフル稼働によりその生産量が、1942年末頃には年間200万㎘を超えるものと見込まれることが既にわかっている上に、更なる増産の動きさえも見られるようだ。
 日本の民需、軍需も含めて石油関係の需要は、将来的に、ほぼ樺太油田の生産だけで賄えることがわかっているほか、くず鉄の輸出も1941年に入ってから徐々に減少し、1942年には輸出ゼロが予想されている。

 どうも日本の東北地方で新たな鉄鉱石を採掘して、大量の粗鋼生産を始めたようで、この生産量だけで米国からのくず鉄の輸出量を上回る量になっているらしい。
 しかも米国からの輸入額よりも安い価格で販売されていることから、くず鉄の輸出は日本に関する限り今後はあり得ないだろうとの見込みだった。

 これでは経済封鎖の意味が無いではないかとロズベルトは思った。
 後は、英国の息がかかったスズとゴムとボーキサイトだが、これについても禁輸間近の時期になって、日本が合成ゴムを作り出し、更には東京の南方にある半島先端でスズを製造している事実が判明したのだった。

 更には、東北地方では鉄の粗鋼とは別にアルミの粗鋼生産も行っているらしいとの秘密情報も入手したのである。
 日本が新たな通商航海条約の締結に前向きでない理由がこれで明らかとなった。

 思惑としては、通商問題をてこに対日禁輸を断行、日本に戦争の発端を切らせるか、もしくは海軍の戦力を無力化して極東から排除しようと画策していたのだが、彼らに対して通商の脅しはほとんど通じないのだ。
 ではいかにすれば彼らが米国に戦を吹っ掛けるようにできるか・・・。

 ロズベルトの闇は深かった。
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